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イエス 道,真理,命
イ道 131章 298ページ–299ページ 3節
イエスが隣にいる犯罪者に,「あなたは私と共にパラダイスにいることになります」と約束しているところ

131章

無む実じつの王おうが杭くいの上うえで苦くるしむ

マタイ 27:33-44 マルコ 15:22-32 ルカ 23:32-43 ヨハネ 19:17-24

  • イエスは苦くるしみの杭くいにくぎ付づけにされる

  • 頭ず上じょうに掲かかげられた罪ざい状じょうゆえにイエスはばかにされる

  • イエスは地ち上じょうのパラダイスで生いきる希き望ぼうを与あたえる

イエスは都みやこからあまり遠とおくない所ところにある処しょ刑けい場ば所しょへ連つれていかれます。他たの2人ふたりの強ごう盗とうもそこで処しょ刑けいされることになっています。そこはゴルゴタ,つまりどくろの場ば所しょとも呼よばれており,「離はなれた所ところ」からもよく見みえます。(マルコ 15:40)

有ゆう罪ざいとされた3人にんは服ふくを脱ぬがされます。それから,鎮ちん痛つう剤ざいとして没もつ薬やくと胆たん汁じゅうを混まぜたぶどう酒しゅが与あたえられます。エルサレムの女じょ性せいたちが準じゅん備びしたようで,ローマ人じんの兵へい士しもそれが与あたえられるのを止とめません。でもイエスは少すこし味あじ見みした後あと,それ以い上じょう飲のもうとしません。なぜでしょうか。重じゅう要ような試し練れんの間あいだ,感かん覚かくを鈍にぶらせることなく,死しぬまで意い識しきをはっきりと保たもって忠ちゅう実じつでありたいと思おもっているのです。

イエスは杭くいの上うえに寝ねかされます。(マルコ 15:25)兵へい士したちがイエスの手てと足あしにくぎを打うち込こみます。くぎは肉にくと靱じん帯たいを貫かん通つうし,イエスの体からだに激げき痛つうが走はしります。杭くいが垂すい直ちょくに起おこされると,傷きず口ぐちが体からだの重おもみで裂さけるため,痛いたみはもっと耐たえ難がたいものになります。しかし,イエスは兵へい士したちを大おお声ごえでののしることなく,こう祈いのります。「父ちちよ,彼かれらをお許ゆるしください。自じ分ぶんたちが何なにをしているのか知しらないのです」。(ルカ 23:34)

ローマ人じんには犯はん罪ざい者しゃの罪ざい状じょうを掲かかげる習しゅう慣かんがあります。それでピラトは,「ナザレ人じんイエス,ユダヤ人じんの王おう」と書かいたものを掲かかげます。大おお勢ぜいの人ひとが読よめるよう,ヘブライ語ご,ラテン語ご,ギリシャ語ごで書かかれています。イエスを殺ころすよう強つよく求もとめたユダヤ人じんをピラトがいかに軽けい蔑べつしていたかが分わかります。罪ざい状じょうを見みて動どう揺ようした祭さい司し長ちょうたちは,「『ユダヤ人じんの王おう』とではなく,『自じ称しょうユダヤ人じんの王おう』と書かいてください」と抗こう議ぎします。ところが今こん回かい,ピラトは言いいなりにならず,「私わたしが書かいたことだ」と答こたえます。(ヨハネ 19:19-22)

怒おこった祭さい司し長ちょうたちはサンヘドリンでの裁さい判ばんでしたのと同おなじ,うその証しょう言げんを繰くり返かえします。それで通つう行こう人にんたちも頭あたまを振ふってあざけり,次つぎのような暴ぼう言げんを吐はきます。「おやおや,神しん殿でんを壊こわして3日かで建たてる者ものよ,苦くるしみの杭くいから下おりてきて自じ分ぶんを救すくってみろ」。祭さい司し長ちょうたちや律りっ法ぽう学がく者しゃたちも,「イスラエルの王おうキリストに,いま苦くるしみの杭くいから下おりてきてもらおうではないか。そうしたら信しんじよう」と言いいます。(マルコ 15:29-32)イエスの両りょう脇わきで杭くいに付つけられている犯はん罪ざい者しゃたちまでが,ただ1人ひとり無む実じつであるイエスのことを非ひ難なんし始はじめます。

ローマの4人にんの兵へい士したちもイエスをからかいます。彼かれらは恐おそらくぶどう酒しゅを飲のんでいたのでしょう。それでイエスにも飲のませるまねをします。さらに,イエスの頭ず上じょうにある罪ざい状じょうを見みてばかにし,「ユダヤ人じんの王おうなら,自じ分ぶんを救すくってみろ」と言いいます。(ルカ 23:36,37)考かんがえてもみてください。道みち,真しん理り,命いのちである方かたが,不ふ当とうな虐ぎゃく待たいと侮ぶ辱じょく全すべてにじっと耐たえているのです。自じ分ぶんを見みているユダヤ人じんたち,ばかにしてくるローマの兵へい士したち,両りょう脇わきにいる犯はん罪ざい者しゃたちを非ひ難なんすることは決けっしてありません。

兵士たちがくじを引いて,誰がイエスの内衣を取るか決めているところ

4人にんの兵へい士しはイエスの外がい衣いを取とり,4つに分わけます。そして,くじを引ひいて分ぶん配ぱいします。しかし内ない衣いは「縫ぬい目めがなく,上うえから下したまで織おった」上じょう等とうのものでした。それで彼かれらは,「これは裂さかないで,誰だれのものにするかをくじで決きめよう」と言いいます。そのようにして,次つぎの預よ言げんが実じつ現げんします。「彼かれらは私わたしの外がい衣いを自じ分ぶんたちの間あいだで分わけ,私わたしの衣い服ふくのためにくじを引ひいた」。(ヨハネ 19:23,24。詩し編へん 22:18)

しばらくすると,犯はん罪ざい者しゃの1人ひとりがイエスは本ほん当とうに王おうであると認みとめるようになります。その人ひとはもう1人ひとりの犯はん罪ざい者しゃを叱しかってこう言いいます。「神かみを少すこしも畏おそれないのか。同おなじ処しょ罰ばつを受うけているのに。われわれの場ば合あいは当とう然ぜんだ。自じ分ぶんがした事ことの報むくいを受うけているのだから。しかしこの人ひとは何なにも悪わるい事ことはしていない」。それから,「イエスよ,王おう国こくに入はいる時ときに私わたしを思おもい出だしてください」と言いいます。(ルカ 23:40-42)

するとイエスは,「今日きょうあなたに言いいます。あなたは私わたしと共ともにパラダイスにいることになります」と言いいます。王おう国こくではなくパラダイスです。(ルカ 23:43)これは,王おう国こくでイエスと一いっ緒しょに王おう座ざに座すわるという使し徒とたちに対たいする約やく束そくとは違ちがいます。(マタイ 19:28。ルカ 22:29,30)とはいえこのユダヤ人じんの犯はん罪ざい者しゃは,エホバがアダムとエバに与あたえた地ち上じょうのパラダイスについては聞きいたことがあったでしょう。それで,この男だん性せいは死しぬ前まえに,地ち上じょうのパラダイスで生いきるという希き望ぼうを抱いだくことができました。

  • 用よう意いされたぶどう酒しゅをイエスが飲のまなかったのはなぜですか。

  • イエスの頭ず上じょうにはどんな罪ざい状じょうが掲かかげられましたか。ユダヤ人じんたちはそれを見みてどう反はん応のうしましたか。

  • イエスの服ふくについて,どんな預よ言げんが実じつ現げんしましたか。

  • イエスは犯はん罪ざい者しゃの1人ひとりにどんな希き望ぼうを与あたえましたか。

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