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学ぶ 41章 212–216ページ

41章

神かみに喜よろこばれる子こどもたち

エホバにいちばん喜よろこばれた子こどもはいったいだれだったと思おもいますか。― み子こイエスでした。天てんのお父とうさんに喜よろこばれるためにイエスが行おこなったことについて話はなしましょう。

イエスの家か族ぞくは,エルサレムまで三みっ日かくらいかかる所ところに住すんでいました。エルサレムにはエホバの美うつくしい神しん殿でんがあり,イエスはその神しん殿でんを「自じ分ぶんの父ちちの家いえ」と呼よびました。イエスは家か族ぞくと一いっ緒しょに過すぎ越こしの祭まつりに出でるため,毎まい年としそこに行いきました。

ある年としのことです。イエスは12さいになっていました。過すぎ越こしが終おわり,イエスの家か族ぞくは帰かえりの旅たびを始はじめます。夜よるが来きてとまる時ときになって,イエスが親しん戚せきや友ゆう人じんの中なかにいないことに気きがつきました。それでマリアとヨセフはすぐエルサレムに引ひき返かえしてイエスをさがしました。イエスはどこにいたと思おもいますか。―

神しん殿でんにいたのです。イエスは教きょう師したちの話はなすことに耳みみをかたむけたり質しつ問もんしたりしていました。また,教きょう師しの質しつ問もんには,必かならず答こたえていました。教きょう師したちはイエスがみごとに答こたえるので感かん心しんします。神かみがみ子このことを喜よろこばれた理り由ゆうが分わかりますか。―

イエスをやっと見みつけて,マリアとヨセフがほっとしたことは言いうまでもありません。でも,イエスのほうは心しん配ぱいしていませんでした。神しん殿でんが良よい場ば所しょだということを知しっていたからです。それで,「私わたしが自じ分ぶんの父ちちの家いえにいるはずのことをご存ぞんじではなかったのですか」と聞ききました。イエスは神しん殿でんが神かみの家いえだということを知しっていて,そこにいたいと思おもったのです。

それから,マリアとヨセフは12さいのイエスを連つれてナザレに帰かえりました。イエスは両りょう親しんに対たいしてどのようにふるまったと思おもいますか。― イエスは『引ひき続つづきかれらに服ふくしておられた』と聖せい書しょは述のべています。それはどういう意い味みだと思おもいますか。― 両りょう親しんに従じゅう順じゅんだったという意い味みです。イエスは,お父とうさんやお母かあさんからたのまれたことは,井い戸どから水みずをくんでくるというような仕し事ごとであっても行おこないました。―ルカ 2:41-52。

若いイエスが井戸から水をくんでお手伝いをしている。また,神殿で男の人たちに質問をしている

イエスは子こどもの時とき,どうすることによって神かみに喜よろこばれましたか

次つぎのことを考かんがえてみてください。イエスは完かん全ぜんだったにもかかわらず,不ふ完かん全ぜんな親おやに従したがいました。そのことは神かみに喜よろこばれたでしょうか。― もちろん喜よろこばれました。なぜなら,神かみの言こと葉ばは子こどもたちに,「あなた方がたの親おやに従じゅう順じゅんでありなさい」とすすめているからです。(エフェソス 6:1)あなたも,イエスのようにお父とうさんやお母かあさんに従したがうなら,神かみに喜よろこんでいただけます。

神かみに喜よろこんでいただく別べつの方ほう法ほうは,神かみについて人ひと々びとに知しらせることです。それは若わかい人ひとのすることではないと言いう人ひとがいるかもしれません。しかし,そうする少しょう年ねんたちをだまらせようとした人ひとたちに対たいして,イエスはこう言いいました。『あなた方がたは,「幼おさない子こどもの口くちから,神かみは賛さん美びを引ひき出だされる」と聖せい書しょに書かいてあるのを読よんだことがないのですか』。(マタイ 21:16)ですから,エホバのことや,エホバがどんなにすばらしい神かみであるかについて知しらせたいとほんとうに願ねがっているなら,だれでもそうすることができます。また,そうすれば,神かみに喜よろこんでいただけます。

わたしたちは,神かみについて何なにを話はなしたらよいかということを,どこで学まなんでいるでしょうか。― 家いえで聖せい書しょの勉べん強きょうをして学まなんでいます。でも,神かみの民たみが集あつまって勉べん強きょうする所ところではもっと多おおくのことを学まなびます。では,どんな人ひとたちが神かみの民たみなのか,どうすれば分わかるでしょうか。―

次つぎのことを調しらべてみましょう。その人ひとたちは集しゅう会かいでどんなことをしますか。聖せい書しょに書かいてあることを実じっ際さいに教おしえていますか。聖せい書しょを読よみ,聖せい書しょに基もとづいた話はなしをしていますか。そうするのは,神かみの言いわれる事こと柄がらに耳みみをかたむけることでしたね。― クリスチャンの集しゅう会かいでは,神かみの言いわれることを聞きけるはずです。そうでしたね。― でも,ある人ひとたちが,聖せい書しょの言こと葉ばに従したがった生せい活かつをする必ひつ要ようはないと言いうとしたら,どうでしょうか。その人ひとたちは神かみの民たみだと言いえるでしょうか。―

ほかにも考かんがえなければならないことがあります。聖せい書しょには,神かみの民たみは「み名なのための民たみ」になると書かかれています。(使し徒と 15:14)神かみの名な前まえはエホバですから,みなさんの神かみはエホバですか,と聞きいてみるとよいでしょう。その人ひとたちが,ちがいますと答こたえるなら,その人ひとたちは神かみの民たみではないことが分わかります。また,神かみの民たみであれば,神かみの王おう国こくについてほかの人ひとに話はなしているはずです。そして,神かみのおきてを守まもることによって神かみへの愛あいを示しめしているはずです。―ヨハネ第だい一いち 5:3。

このようなことをぜんぶ行おこなっている人ひとたちを知しっていたら,神かみを崇すう拝はいするためにその人ひとたちの集あつまりに行いく必ひつ要ようがあります。集しゅう会かいでは注ちゅう意い深ぶかく耳みみをかたむけ,質しつ問もんが出だされた時ときには答こたえましょう。イエスは神かみの家いえにいた時とき,そのようにしました。あなたもそうすれば,イエスと同おなじように,神かみに喜よろこんでいただけます。

聖せい書しょの中なかに出でてくる,神かみに喜よろこばれた子こどもがほかにも思おもいうかびますか。― テモテは際きわ立だった例れいです。テモテのお父とうさんはエホバを信しんじていませんでした。でも,お母かあさんのユニケとおばあさんのロイスはエホバを信しんじていました。テモテはお母かあさんとおばあさんの言いうことに耳みみをかたむけ,エホバについて学まなびました。

ユニケが若いテモテを教えている,近くにはテモテのお父さんと,おばあさんのロイスがいる

テモテはお父とうさんが信しん者じゃでなかったのに,どんな願ねがいを持もっていましたか

テモテが大おおきくなった時とき,使し徒とパウロがテモテの住すむ町まちを訪おとずれました。パウロは,テモテがエホバに仕つかえたいと強つよく願ねがっていることに気きづきました。それで,いっそうじゅうぶん神かみに仕つかえるため,一いっ緒しょに来くるようにとテモテにすすめました。二人ふたりは行いく先さき々ざきで,神かみの王おう国こくとイエスについて話はなしました。―使し徒と 16:1-5。テモテ第だい二に 1:5; 3:14,15。

ところで,神かみに喜よろこばれた例れいとして聖せい書しょに出でてくるのは男おとこの子こだけでしょうか。― 決けっしてそのようなことはありません。神かみに喜よろこばれたイスラエルの少しょう女じょについて考かんがえてみましょう。その少しょう女じょは,シリアの国くにとイスラエルの国くにが争あらそっていた時じ代だいに生いきていました。ある日ひ,シリア人じんがイスラエルと戦たたかって,その少しょう女じょをほりょにしました。少しょう女じょは,ナアマンという将しょう軍ぐんの家いえへ送おくられ,そこでナアマンの妻つまの召めし使つかいになりました。

ナアマンは,今いまはハンセン病びょうと呼よばれる病びょう気きにかかっていました。医い者しゃはだれ一人ひとりとしてナアマンを助たすけることができません。でも,イスラエルから来きたその少しょう女じょは,神かみの特とく別べつなしもべである預よ言げん者しゃだったら,ナアマンを助たすけられると信しんじていました。もちろん,ナアマンとその妻つまはエホバを崇すう拝はいしていませんでした。少しょう女じょは自じ分ぶんの知しっていることを二人ふたりに話はなしたほうがよいでしょうか。あなただったら,どうしたと思おもいますか。―

イスラエルの少女がナアマンの妻に話している

このイスラエルの少しょう女じょはどうすることによって神かみに喜よろこばれましたか

少しょう女じょは言いいました。『ナアマン様さまがイスラエルのエホバの預よ言げん者しゃのところへいらっしゃりさえすれば,ナアマン様さまの病びょう気きは治なおります』。ナアマンは少しょう女じょの言こと葉ばに耳みみをかたむけ,エホバの預よ言げん者しゃのところに行いきました。そして,預よ言げん者しゃから命めいじられたとおりにすると,病びょう気きが治なおりました。それでナアマンは,まことの神かみの崇すう拝はい者しゃになりました。―列れつ王おう第だい二に 5:1-15。

あなたもその少しょう女じょのように,ほかの人ひとがエホバについて知しり,自じ分ぶんにできることを学まなべるよう助たすけたいと思おもいますか。― 助たすけてあげられそうな人ひとがいますか。― もちろん,最さい初しょはその人ひとたちも自じ分ぶんが助たすけを必ひつ要ようとしているとは思おもっていないでしょう。でも,エホバが行おこなっておられる良よい事こと柄がらについて話はなしてみたらどうでしょう。耳みみをかたむけてくれるかもしれません。そうすれば,神かみに喜よろこんでいただけるにちがいありません。

次つぎの聖せい句くにも,喜よろこんで神かみに仕つかえるよう若わか者ものたちにすすめる言こと葉ばが記しるされています。詩し編へん 122:1; 148:12,13。伝でん道どうの書しょ 12:1。テモテ第だい一いち 4:12。ヘブライ 10:23-25。

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