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イエス 道,真理,命
イ道 74章 174ページ–175ページ 8節
イエスがマルタに忠告している。マリアはイエスの足元に座っている

74章

もてなしと祈いのりについての教おしえ

ルカ 10:38–11:13

  • イエスはマルタとマリアの家いえを訪おとずれる

  • 粘ねばり強つよく祈いのることは大たい切せつ

エルサレムから3㌔ほど離はなれたオリーブ山やまの東ひがし斜しゃ面めんに,ベタニヤという村むらがあります。(ヨハネ 11:18)イエスはその村むらに住すむ友ゆう人じん,マルタとマリアという2人ふたりの姉し妹まいまたその兄きょう弟だいラザロを訪たずね,温あたたかく歓かん迎げいされます。

メシアを客きゃくとして迎むかえるのは大たい変へん名めい誉よなことです。マルタはイエスをもてなすため,手ての込こんだ食しょく事じを準じゅん備びしています。一いっ方ぽう,マリアはイエスの足あし元もとに座すわり,話はなしを聞きいています。やがて,マルタがイエスにこう言いいます。「主しゅよ,マリアが私わたしだけに用よう事じをさせていることを何なんとも思おもわないのですか。手て伝つだうよう言いってください」。(ルカ 10:40)

イエスはマリアを叱しからず,食しょく事じの準じゅん備びに注ちゅう意いを奪うばわれているマルタにこう言いいます。「マルタ,マルタ,あなたは多おおくのことに気きを遣つかってかき乱みだされています。でも,必ひつ要ようなのはわずかなもの,というより1つだけです。マリアは良よいものを選えらびました。それが彼かの女じょから取とり上あげられることはありません」。(ルカ 10:41,42)イエスは,たくさんの料りょう理りを出だすために多おおくの時じ間かんをかける必ひつ要ようはないと教おしえていました。簡かん単たんな食しょく事じで十じゅう分ぶんでした。

マルタの動どう機きは良よいものです。イエスをもてなしたかったのです。でも,食しょく事じのことに気きを取とられ過すぎて,神かみの子こから貴き重ちょうな教おしえを学まなぶチャンスを逃のがしています。イエスはマリアが賢かしこい選せん択たくをしたと強きょう調ちょうしました。その選せん択たくはマリアの人じん生せいにとって大おおきな祝しゅく福ふくとなります。私わたしたちもマリアから大たい切せつな教きょう訓くんを学まなべます。

別べつの時ときにもイエスは,弟で子したちに重じゅう要ようなことを教おしえます。ある弟で子しが,「主しゅよ,私わたしたちに祈いのり方かたを教おしえてください。ヨハネも弟で子したちに教おしえました」と頼たのんだ時ときのことです。(ルカ 11:1)イエスは約やく1年ねん半はん前まえに山さん上じょうの垂すい訓くんで祈いのり方かたを教おしえました。(マタイ 6:9-13)この弟で子しはその場ばにいなかったのかもしれません。それでイエスは同おなじ内ない容ようをもう一いち度ど教おしえます。そして例たとえを使つかい,粘ねばり強つよく祈いのらなければならないということを強きょう調ちょうします。

「あなたたちの1人ひとりが真ま夜よ中なかに友ゆう人じんの所ところに行いって,こう言いったとしましょう。『友ともよ,パンを3つ貸かしてください。友ゆう人じんが旅たびの途と中ちゅうで今いまうちに来きたのですが,出だす物ものが何なにもありません』。しかし,その人ひとは中なかからこう答こたえます。『無む理りなことを言いわないでください。もう戸とには鍵かぎを掛かけ,幼おさない子こ供どもたちが私わたしと一いっ緒しょに寝ねています。起おきて行いって何なにかをあげることはできません』。あなたたちに言いいますが,その人ひとは,友ゆう人じんだという理り由ゆうで起おきて来きて何なにかを与あたえることはないとしても,執しつ拗ように頼たのむなら,必かならず起おきて来きて何なんでも必ひつ要ようとする物ものを与あたえてくれます」。(ルカ 11:5-8)

エホバは私わたしたちの願ねがいになかなか応おうじない方かたではありません。友ゆう人じんが,気きが進すすまないとしても粘ねばり強つよく頼たのまれた時ときに願ねがいを聞きくのであれば,愛あいある天てんの父ちちはなおのこと忠ちゅう実じつな人ひとの誠せい実じつな願ねがいを聞きいて行こう動どうしてくださるのです。イエスはさらにこう言いいます。「求もとめ続つづけなさい。そうすれば与あたえられます。探さがし続つづけなさい。そうすれば見みつかります。たたき続つづけなさい。そうすれば開ひらかれます。求もとめている人ひとは受うけ,探さがしている人ひとは見みつけ,たたいている人ひとには開ひらかれるのです」。(ルカ 11:9,10)

イエスは人にん間げんの父ちち親おやと神かみを比ひ較かくすることで要よう点てんを強きょう調ちょうします。「あなたたちのうちどの父ちち親おやが,自じ分ぶんの子こから魚さかなを求もとめられて,魚さかなではなく蛇へびを渡わたすでしょうか。また,卵たまごを求もとめられて,サソリを渡わたすでしょうか。それで,あなたたちが邪じゃ悪あくな人にん間げんでありながら,子こ供どもに良よい贈おくり物ものを与あたえることを心こころ得えているのであれば,まして天てんの父ちちは,ご自じ分ぶんに求もとめている人ひとに聖せい霊れいを与あたえてくださるのです」。(ルカ 11:11-13)ですから私わたしたちは,神かみが願ねがいを喜よろこんで聞きき,私わたしたちのために行こう動どうしてくださることを確かく信しんできます。

  • マルタとマリアの注ちゅう意いはそれぞれ何なにに向むけられていましたか。そのことから何なにを学まなべますか。

  • イエスが祈いのり方かたについてもう一いち度ど教おしえたのはなぜですか。

  • イエスは粘ねばり強つよく祈いのることの大たい切せつさをどのように教おしえましたか。

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