ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • イ道 17章 44ページ–45ページ 1節
  • 夜にニコデモを教える

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 夜にニコデモを教える
  • イエス 道,真理,命
  • 関連する記事
  • ニコデモを教える
    これまでに生存した最も偉大な人
  • ニコデモを教える
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1985
  • ニコデモから学ぶ
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 2002
  • ニコデモ
    聖書に対する洞察,第2巻
もっと見る
イエス 道,真理,命
イ道 17章 44ページ–45ページ 1節
イエスは夜にニコデモと話し合う

17章

夜よるにニコデモを教おしえる

ヨハネ 2:23–3:21

  • イエスはニコデモに話はなす

  • 再ふたたび生うまれるとはどういう意い味みか

イエスは西せい暦れき30年ねんの過すぎ越こしの祭まつりでエルサレムにいる間あいだ,目め覚ざましいしるし,つまり奇き跡せきを行おこないます。その結けっ果か,たくさんの人ひとがイエスに信しん仰こうを持もちます。パリサイ派はの人ひとで,ユダヤ人じんの高こう等とう法ほう廷ていサンヘドリンの一いち員いんであるニコデモも,心こころを動うごかされます。そして,もっと学まなびたいと思おもい,暗くらくなってからイエスを訪ほう問もんします。誰だれかに見みられて,ユダヤ人じんの指し導どう者しゃたちからの良よい評ひょう判ばんを失うしなってしまうのを恐おそれたからでしょう。

ニコデモはこう言いいます。「ラビ,私わたしたちは,あなたが教きょう師しとして神かみの元もとから来きたことを知しっています。神かみが共ともにいない限かぎり,あなたがするようなしるしは行おこなえないからです」。するとイエスは,神かみの王おう国こくに入はいるには「再ふたたび生うまれなければ」ならない,と話はなします。(ヨハネ 3:2,3)

でも,人ひとが再ふたたび生うまれることなどあるでしょうか。ニコデモは,「母はは親おやの腹はらにもう一いち度ど入はいって生うまれてくることなどできません」と言いいます。(ヨハネ 3:4)

もちろん,再ふたたび生うまれるとは,そのような意い味みではありません。イエスは,「水みずと聖せい霊れいによって生うまれなければ,誰だれも神かみの王おう国こくに入はいることはできません」と説せつ明めいします。(ヨハネ 3:5)イエスはバプテスマを受うけて聖せい霊れいが下くだってきた時ときに,「水みずと聖せい霊れいによって」生うまれました。その時とき,「これは私わたしの愛あいする子こ,私わたしはこの子このことを喜よろこんでいる」という天てんからの宣せん言げんがありました。(マタイ 3:16,17)神かみは,イエスが天てんの王おう国こくに入はいる希き望ぼうを持もつ,聖せい霊れいによって生うみ出だされた子こになった,と宣せん言げんしたのです。後のちに,西せい暦れき33年ねんのペンテコステにおいて,バプテスマを受うけた他たの人ひとたちに聖せい霊れいが注そそぎ出だされ,その人ひとたちも神かみの子ことして再ふたたび生うまれることになります。(使し徒と 2:1-4)

ニコデモは,神かみの王おう国こくについてのイエスの話はなしをなかなか理り解かいできません。それでイエスは,自じ分ぶんが果はたす特とく別べつな役やく割わりについて,さらに説せつ明めいします。「モーセが荒こう野やで蛇へびをさおに掲かかげたのと同おなじように,人ひとの子こも掲かかげられなければなりません。彼かれを信しんじる人ひとが皆みな,永えい遠えんの命いのちを受うけるためです」。(ヨハネ 3:14,15)

毒蛇にかまれたイスラエル人は生き延びるために銅の蛇を見なければならなかった

ずっと昔むかし,毒どく蛇へびにかまれたイスラエル人じんは生いき延のびるために銅どうの蛇へびを見みなければなりませんでした。(民みん数すう記き 21:9)私わたしたちの場ば合あいは,罪つみと死しから救すくわれ永えい遠えんの命いのちを得えるため,神かみの子こに信しん仰こうを抱いだかなければなりません。この点てんでエホバがどのように大おおきな愛あいを示しめしているかを強きょう調ちょうするため,イエスは次つぎのように話はなします。「神かみは,自じ分ぶんの独ひとり子ごを与あたえるほどに人じん類るいを愛あいしたのです。そのようにして,彼かれに信しん仰こうを抱いだく人ひとが皆みな,滅ほろぼされないで永えい遠えんの命いのちを受うけられるようにしました」。(ヨハネ 3:16)このように,イエスは伝でん道どう開かい始しから半はん年としほどたった時ときに,自じ分ぶんは人じん類るいが救すくわれるための道みちであるということを明あきらかにされました。

さらにイエスは,「神かみが自じ分ぶんの子こを世よに遣つかわしたのは,彼かれが世よを裁さばくため」ではないと話はなします。子こが遣つかわされたのは,人じん類るいに滅ほろびを宣せん告こくして,世よに不ふ利りな裁さばきをもたらすためではありません。むしろ,「世よが彼かれを通とおして救すくわれる」ためなのです。(ヨハネ 3:17)

ニコデモは夜よるになってから恐おそる恐おそるイエスの所ところへやって来きました。ですから,イエスがニコデモとの会かい話わの最さい後ごで次つぎのように言いったのは興きょう味み深ぶかいことです。「さて,裁さばきの根こん拠きょは次つぎの通とおりです。光ひかり[イエスの生いき方かたと教おしえ]が世よに来きているのに,人ひと々びとは光ひかりではなく闇やみを愛あいしました。邪じゃ悪あくなことを行おこなっていたからです。悪あくを行おこなっている人ひとは,光ひかりを憎にくんで,光ひかりの所ところに来きません。自じ分ぶんの行おこないが暴ばく露ろされないようにするためです。しかし,正ただしいことを行おこなう人ひとは光ひかりの所ところに来きます。自じ分ぶんの行おこないが神かみの意い志しに沿そっていることが明あきらかになるようにするためです」。(ヨハネ 3:19-21)

パリサイ派はでイスラエルの教きょう師しでもあるニコデモは,この時ときにイエスから聞きいた神かみの目もく的てきにおけるイエスの役やく割わりについて熟じゅっ考こうするでしょうか。それは,ニコデモ次し第だいです。

  • ニコデモがイエスを訪ほう問もんしたのはなぜですか。それが夜よるだったのはなぜでしたか。

  • 再ふたたび生うまれる,とはどういう意い味みですか。

  • イエスは「世よを裁さばくため」に来きたのではない,とはどういう意い味みですか。

    日本語出版物(1953-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2026 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする