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イエス 道,真理,命
イ道 30章 74ページ–75ページ 9節
安息日を破ったとしてイエスを非難しているユダヤ人たち

30章

イエスは神かみの子こ

ヨハネ 5:17-47

  • 神かみはイエスの父ちち

  • 復ふっ活かつは約やく束そくされている

ユダヤ人じんたちは,イエスが男だん性せいを癒いやすことで安あん息そく日びを破やぶったと非ひ難なんします。それに対たいし,イエスはこう答こたえます。「天てんの父ちちは今いままでずっと働はたらいてきました。それで私わたしも働はたらき続つづけています」。(ヨハネ 5:17)

イエスは,安あん息そく日びに関かんする神かみの律りっ法ぽうに反はんしていません。伝でん道どうや癒いやしを行おこなうことにより,神かみの良よい行おこないに倣ならっているのです。それで,毎まい日にち良よいことを行おこないます。でも,ユダヤ人じんたちはイエスの答こたえを聞きいてますます怒おこり,イエスを殺ころそうとします。なぜでしょうか。

彼かれらは,イエスが癒いやしを行おこなって安あん息そく日びを破やぶっているという間ま違ちがった見み方かたをしているだけでなく,イエスが自じ分ぶんを神かみの子ことしたことで非ひ常じょうに腹はらを立たてているのです。神かみを父ちちと考かんがえるのは不ふ敬けいだ,自じ分ぶんを神かみと同どう等とうの存そん在ざいとしていることになる,というわけです。しかしイエスは恐おそれずに,自じ分ぶんと神かみとの特とく別べつな関かん係けいについて,こう話はなします。「父ちちは子こに愛あい情じょうを抱いだいていて,自じ分ぶんがする事こと全すべてを子こに示しめします」。(ヨハネ 5:20)

イエスの父ちちは命いのちを与あたえることができます。過か去こにおいて,復ふっ活かつさせる力ちからをある人ひとたちに与あたえたこともあります。それでイエスは,「父ちちが死し者しゃを生いき返かえらせて命いのちを与あたえるように,子こも自じ分ぶんが望のぞむ人ひとに命いのちを与あたえる」でしょう,と言いいます。(ヨハネ 5:21)まさに将しょう来らいへの希き望ぼうを抱いだかせる言こと葉ばです。とはいえ,神かみの子こはすでに,神かみから離はなれてしまった人ひと々びとの心こころが再ふたたび神かみに向むかうよう助たすけています。イエスはこう言いいます。「私わたしの言こと葉ばを聞きいて,私わたしを遣つかわした方かたを信しんじる人ひとは,永えい遠えんの命いのちを受うけます。処しょ罰ばつされず,死しから命いのちへ移うつっています」。(ヨハネ 5:24)

イエスが誰だれかを実じっ際さいに生いき返かえらせたことはまだありません。しかし,そうした復ふっ活かつが起おきることを,イエスはこう予よ告こくします。「記き念ねんの墓はかの中なかにいる人ひとが皆みな,彼かれの声こえを聞きいて出でてくる時ときが来くるのです」。(ヨハネ 5:28,29)

ですから,イエスには特とく別べつな役やく割わりがあります。それでもイエスは,自じ分ぶんは神かみに次つぐ存そん在ざいだとはっきり言いいます。「私わたしは自じ分ぶんからは何なに一ひとつ行おこなえません。……自じ分ぶんの意い志しではなく,私わたしを遣つかわした方かたの意い志しに沿そって行おこなうからです」。(ヨハネ 5:30)イエスが人ひと々びとに神かみの目もく的てきの中なかでの自じ分ぶんの役やく割わりを話はなすのは初はじめてです。でも人ひと々びとは,別べつの人ひとがイエスの役やく割わりについて証しょう言げんしたのも聞きいています。イエスはその点てんを指し摘てきし,「あなた方がたは[バプテストの]ヨハネの所ところに人ひと々びとを遣つかわし,ヨハネは真しん理りについて証しょう言げんしました」と言いいます。(ヨハネ 5:33)

イエスを非ひ難なんする人ひと々びとは,2年ねんほど前まえにヨハネが宗しゅう教きょう指し導どう者しゃに話はなすことを聞きいていたでしょう。それは,「預よ言げん者しゃ」また「キリスト」と呼よばれる人ひとが自じ分ぶんの後あとから来くる,ということです。(ヨハネ 1:20-25)イエスは,今いまは投とう獄ごく中ちゅうのヨハネを彼かれらが尊そん敬けいしていたことを指し摘てきし,「あなた方がたはしばらくの間あいだ,彼かれの光ひかりを受うけて喜よろこびにあふれたいと思おもっていました」と言いいます。(ヨハネ 5:35)しかし,イエスはヨハネを超こえる証しょう言げんを行おこなっています。

イエスはさらに,「[これまで行おこなってきた癒いやしも含ふくめ]私わたしがしている事こと……それが,父ちちが私わたしを遣つかわしたことの証しょう拠ことなるのです」と話はなした上うえで,「私わたしを遣つかわした父ちちが私わたしについて証しょう言げんしてくださいました」と言いいます。(ヨハネ 5:36,37)例たとえば,神かみはイエスのバプテスマの時ときに,イエスについて証しょう言げんしました。(マタイ 3:17)

ですから,イエスを非ひ難なんする人ひとたちには,イエスを退しりぞける根こん拠きょがありません。彼かれらが調しらべていると主しゅ張ちょうする聖せい書しょそのものが,イエスの立たち場ばについて証しょう明めいしているのです。イエスは結けつ論ろんとしてこう言いいます。「あなた方がたが本ほん当とうにモーセを信しんじているなら,私わたしを信しんじるはずです。モーセは私わたしについて書かいたからです。しかし,モーセが書かいた物ものを信しんじないのであれば,どうして私わたしが言いうことを信しんじるでしょうか」。(ヨハネ 5:46,47)

  • イエスが安あん息そく日びに伝でん道どうや癒いやしを行おこなっても,安あん息そく日びを破やぶったことにならないのはなぜですか。

  • 神かみの目もく的てきの中なかでのイエスの重じゅう要ような役やく割わりとはどんなものですか。

  • イエスが神かみの子こであることをどんな証しょう拠こが示しめしていますか。

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