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  • イ道 65章 154ページ–155ページ 3節
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  • エルサレムへの旅の途中で教える
  • イエス 道,真理,命
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イエス 道,真理,命
イ道 65章 154ページ–155ページ 3節
イエスと弟子たちがエルサレムに向かっているところ

65章

エルサレムへの旅たびの途と中ちゅうで教おしえる

マタイ 8:19-22 ルカ 9:51-62 ヨハネ 7:2-10

  • イエスの兄きょう弟だいたちはイエスのことをどう見みていたか

  • 王おう国こくのための奉ほう仕しを最さい優ゆう先せんにした生いき方かたはどれほど大たい切せつか

イエスはしばらくの間あいだ,主おもにガリラヤだけで活かつ動どうします。その地ち域いきの人ひと々びとがユダヤの人ひと々びとよりも良よい反はん応のうを示しめしたからです。イエスがエルサレムで安あん息そく日びにある男だん性せいを癒いやした時とき,「ユダヤ人じんたちはますますイエスを殺ころそうとするようにな」りました。(ヨハネ 5:18; 7:1)

今いまは西せい暦れき32年ねんの秋あきで,幕まく屋や(または仮かり小ご屋や)の祭まつりが近ちかづいています。祭まつりは7日か間かん続つづき,8日か目めには特とく別べつな集あつまりが開ひらかれます。農のう耕こうの1年ねんの終おわりを示しめすもので,皆みなが喜よろこびにあふれ,神かみに感かん謝しゃする時ときです。

イエスと弟子のヤコブとヨハネ

イエスの異い父ふ兄きょう弟だいヤコブ,シモン,ヨセフ,ユダはイエスに,「ここを去さってユダヤに入はいりなさい」と勧すすめます。エルサレムは国くに全ぜん体たいにおける宗しゅう教きょうの中ちゅう心しん地ちで,年ねん3回かいの祭まつりの時ときには大だい混こん雑ざつします。エルサレムへ行いくよう勧すすめる理り由ゆうとして彼かれらはこう言いいます。「公おおやけに知しられることを求もとめながら,物もの事ごとをひそかに行おこなう人ひとはいません。行おこなっている事ことを人ひと々びとに見みせなさい」。(ヨハネ 7:3,4)

4人にんの異い父ふ兄きょう弟だいたちは「イエスに信しん仰こうを抱いだいて」おらず,イエスがメシアであるとは考かんがえていません。それでも,祭まつりで集あつまった人ひとたちにイエスの強きょう力りょくな行おこないを見みてほしいと思おもっています。イエスは危き険けんが待まっていることを知しっているため,こう答こたえます。「世よがあなたたちを憎にくむ理り由ゆうはありません。しかし,私わたしのことは憎にくみます。世よの行おこないが邪じゃ悪あくであることを明あきらかにするからです。あなたたちは祭まつりに行いきなさい。私わたしはまだ行いきません。私わたしの時ときはまだ来きていないからです」。(ヨハネ 7:5-8)

イエスの異い父ふ兄きょう弟だいたちがエルサレムに向むかう大おお勢ぜいの人ひとたちと一いっ緒しょに出で掛かけてから数すう日じつ後ご,イエスと弟で子したちも人ひと々びとの目めを避さけながらこっそりと出しゅっ発ぱつします。人ひと々びとがよく使つかうヨルダン川がわに近ちかい道みちではなく,サマリアを抜ぬける直ちょっ行こうルートを行いきます。そして,サマリアのどこかで夜よるを過すごす手て配はいをするため,イエスは先さきに使し者しゃを遣つかわします。ところが,ある場ば所しょの人ひとたちは彼かれらを迎むかえたり普ふ通つうするようなもてなしをしたりはしません。なぜなら,イエスがユダヤ人じんの祭まつりのためにエルサレムへ向むかっているからです。ヤコブとヨハネは怒おこり,「主しゅよ,お望のぞみでしたら,天てんから火ひが下くだるよう求もとめて彼かれらを滅ほろぼし尽つくしましょうか」と言いいます。(ルカ 9:54)イエスはそういう発はつ言げんをした2人ふたりを叱しかります。そして,旅たびを続つづけます。

その途と中ちゅう,ある律りっ法ぽう学がく者しゃがイエスに,「先せん生せい,あなたが行いく所ところなら,どこへでも付ついていきます」と言いいます。しかしイエスは,「キツネには穴あながあり,鳥とりには巣すがあります。しかし人ひとの子こには頭あたまを横よこたえる所ところがありません」と答こたえます。(マタイ 8:19,20)イエスは,自じ分ぶんの弟で子しになるなら試し練れんを経けい験けんする,と言いっていました。この律りっ法ぽう学がく者しゃはプライドが高たか過すぎてイエスの弟で子しとしての生せい活かつを受うけ入いれられないのでしょう。私わたしたちも,自じ分ぶんは喜よろこんでイエスの弟で子しになるだろうか,と考かんがえてみるべきです。

1. 穴にいるキツネ。2. 巣にいる鳥

イエスは別べつの男だん性せいに,「私わたしの弟で子しになりなさい」と言いいます。するとその人ひとは,「主しゅよ,まず行いって父ちちを葬ほうむらせてください」と答こたえます。その男だん性せいの状じょう況きょうを知しっていたイエスは,「死し人にんは死し人にんに葬ほうむらせ,あなたは行いって神かみの王おう国こくを広ひろく知しらせなさい」と言いいます。(ルカ 9:59,60)その人ひとの父ちち親おやはまだ生いきていたようです。もし父ちち親おやが亡なくなったのであれば,その男だん性せいがその場ばにいてイエスと話はなすことはなかったでしょう。神かみの王おう国こくを最さい優ゆう先せんにした生せい活かつをする準じゅん備びができていなかったのです。

エルサレムへの道みちを進すすんでいくと,また別べつの男だん性せいがイエスに,「主しゅよ,私わたしはあなたの後あとに従したがいます。でも,まず家いえの者ものに別わかれを告つげさせてください」と言いいます。イエスはこう答こたえます。「すきに手てを掛かけてから後うしろのものを見みる人ひとは神かみの王おう国こくにふさわしい人ひとではありません」。(ルカ 9:61,62)

イエスの真しんの弟で子しになりたいと思おもうなら,王おう国こくのための奉ほう仕しに目めの焦しょう点てんを合あわせていなければなりません。畑はたけを耕たがやす人ひとが真まっすぐ前まえを見みていないと,畝うねは曲まがってしまうでしょう。また,後うしろのものを見みるためにすきを下おろしてしまうなら,畑はたけでの作さ業ぎょうは進すすみません。同おなじように,後うしろを向むいて今いまの体たい制せいを見みる人ひとは,永えい遠えんの命いのちへと続つづく道みちからそれてしまうかもしれません。

  • イエスの4人にんの異い父ふ兄きょう弟だいたちはイエスのことをどう見みていましたか。

  • サマリアの人ひとたちがイエスを迎むかえなかったのはなぜですか。ヤコブとヨハネはどんな反はん応のうをしましたか。

  • エルサレムに向むかう途と中ちゅう,イエスは3人にんの人ひととどんな会かい話わをしましたか。その会かい話わでイエスは神かみへの奉ほう仕しについてどんなことを強きょう調ちょうしましたか。

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