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イエス 道,真理,命
イ道 12章 34ページ–35ページ 4節
バプテスマを受けようとしてやって来たイエスを止めているヨハネ

12章

バプテスマを受うける

マタイ 3:13-17 マルコ 1:9-11 ルカ 3:21,22 ヨハネ 1:32-34

  • イエスはバプテスマを受うけ,油あぶらを注そそがれる

  • エホバはイエスを自じ分ぶんの子こであると宣せん言げんする

バプテストのヨハネが伝でん道どうを始はじめてから約やく半はん年としがたちました。イエスはおよそ30歳さいになっています。そして,ヨルダン川がわにいるヨハネの所ところへやって来きます。何なんのためでしょうか。ただヨハネの所ところに立たち寄よったのでも,その活かつ動どうの進すすみ具ぐ合あいを見みに来きたのでもありません。バプテスマを受うけようとして来きたのです。

当とう然ぜんのことながらヨハネは,「私わたしこそあなたからバプテスマを受うける必ひつ要ようがあるのに,あなたが私わたしの所ところに来こられるのですか」と言いって,イエスを止とめます。(マタイ 3:14)ヨハネはイエスが神かみの子こであることを知しっています。母はは親おやエリサベツのおなかの中なかにいたヨハネは,イエスを妊にん娠しんしたマリアが訪たずねて来きた時とき,喜よろこんで跳とびはねました。ヨハネは,そのことをエリサベツから教おしえてもらったに違ちがいありません。また,ガブリエルがマリアにイエスの誕たん生じょうを予よ告こくしたことや,イエスが生うまれた晩ばんに天てん使したちが羊ひつじ飼かいに現あらわれたことも聞きいたでしょう。

ヨハネは自じ分ぶんのバプテスマが罪つみを悔くい改あらためた人ひとのためのものであり,イエスに罪つみがないことを知しっています。それでヨハネが止とめても,イエスは譲ゆずらず,「このたびはそうさせてください。このようにして,正ただしいことを全すべて果はたすのは,私わたしたちにとってふさわしいことです」と言いいます。(マタイ 3:15)

イエスがバプテスマを受うけるのはなぜ正ただしいことですか。イエスのバプテスマは,罪つみを悔くい改あらためたことではなく,エホバの意い志しを行おこなうために自じ分ぶんを差さし出だすことを表あらわしています。(ヘブライ 10:5-7)イエスはこれまで大だい工くでした。しかし,伝でん道どうを始はじめる時ときが来きたのです。それは,天てんの父ちちがイエスを地ち上じょうに遣つかわした本ほん来らいの目もく的てきです。ヨハネは,イエスにバプテスマを施ほどこす際さいに何なにか特とく別べつなことが起おきるのではないか,と期き待たいしています。なぜでしょうか。

ヨハネは後のちに次つぎのように語かたりました。「水みずでバプテスマを施ほどこすように私わたしを遣つかわした神かみが言いいました。『聖せい霊れいが下くだって誰だれかの上うえにとどまるのを見みたら,それこそ聖せい霊れいでバプテスマを施ほどこす者ものである』」。(ヨハネ 1:33)つまりヨハネは,自じ分ぶんがバプテスマを施ほどこす誰だれかに聖せい霊れいが下くだることを予よ想そうしていたのです。ですから,イエスが水みずから上あがった時ときに「神かみの聖せい霊れいがハトのように下くだってイエスの上うえに来くるのを」見みても,驚おどろかなかったでしょう。(マタイ 3:16)

バプテスマを受けたイエスの上に聖霊が下ってきたところ

しかしこの時とき,別べつのことも生しょうじます。「天てんが開ひら[いた]」のです。これは,イエスがバプテスマの時ときに,天てんでの記き憶おくを取とり戻もどしたことを意い味みしているようです。イエスは,地ち上じょうに来くる前まえに神かみから教おしえられた真しん理りや,天てんでどんな生せい活かつを送おくっていたかを思おもい出だしました。

さらに,天てんから,「これは私わたしの愛あいする子こ,私わたしはこの子このことを喜よろこんでいる」と宣せん言げんする声こえが聞きこえました。(マタイ 3:17)イエスはヨハネの目めの前まえにいたので,イエスの声こえではありません。それは神かみの声こえでした。ですからイエスが神かみの子こであり,神かみでないことは明あきらかです。

地ち上じょうにいた時ときのイエスは,アダムと同おなじで,神かみの子こであっても人にん間げんでした。弟で子しルカは,イエスのバプテスマについて書かいた後のち,こう記しるしています。「イエスは活かつ動どうを開かい始しした時とき,およそ30歳さいで,人ひと々びとの意い見けんでは,ヨセフの子こであった。ヨセフの父ちちはヘリで,さかのぼると,……ダビデ……アブラハム……ノア……アダムに至いたる。そしてアダムは神かみの子こであった」。(ルカ 3:23-38)

イエスはアダムと同おなじく,「神かみの子こ」であり人にん間げんでもありました。しかし,バプテスマを受うけた時ときに,神かみとの新あたらしい関かん係けいに入はいり,聖せい霊れいによって生うみ出だされた神かみの子こになりました。そのようなわけで,イエスは神かみの真しん理りを教おしえ,命いのちへの道みちを示しめすのにふさわしい方かたです。この後のちイエスは,罪つみ深ぶかい人じん類るいのために,自じ分ぶんの人にん間げんとしての命いのちを犠ぎ牲せいとして差さし出だす道みちを歩あゆみ始はじめます。

  • ヨハネがイエスのことを知しっているのはなぜですか。

  • 罪つみがないのに,イエスがヨハネからバプテスマを受うけるのはなぜですか。

  • 神かみの聖せい霊れいがイエスの上うえに下くだってくるのを見みてもヨハネが驚おどろかなかったのはなぜですか。

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