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  • 塔研23 04月号 8–13ページ
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  • 「あなたの兄弟は生き返ります」
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
塔研23 04月号 8–13ページ

研究記事16

「あなたの兄きょう弟だいは生いき返かえります」

「イエスは[マルタに]言いった。『あなたの兄きょう弟だいは生いき返かえります』」。ヨハネ 11:23

151番ばんの歌うた 神かみは呼よんでくださる

何なにを学まなぶかa

1. マシューの言こと葉ばには復ふっ活かつの希き望ぼうへの確かく信しんがどのように表あらわれていますか。

マシューという7歳さいの男おとこの子こは重おもい病びょう気きを抱かかえていて,手しゅ術じゅつが何なん度ども必ひつ要ような状じょう況きょうでした。ある日ひ,家か族ぞくでJW Broadcasting®のマンスリープログラムを見みていました。その最さい後ごの方ほうで流ながれたミュージックビデオでは,復ふっ活かつしてきた愛あいする家か族ぞくを出で迎むかえるシーンが描えがかれていました。b マンスリープログラムを見み終おわった後あと,マシューは両りょう親しんの手てを握にぎってこう言いいました。「パパ,ママ,もしぼくが死しんでも必かならず復ふっ活かつしてくるからね。心しん配ぱいしないで待まっててね」。この両りょう親しんは,息子むすこにとって復ふっ活かつの約やく束そくが現げん実じつのものになっていることを知しって,どれほどうれしかったことでしょう。

2-3. 復ふっ活かつの約やく束そくについて考かんがえるとよいのはどうしてですか。

2 聖せい書しょに書かかれている復ふっ活かつの約やく束そくについて時とき々どき考かんがえるのは大たい切せつなことです。(ヨハ 5:28,29)どうしてでしょうか。私わたしたちは突とつ然ぜん,命いのちに関かかわる病びょう気きになったり,大たい切せつな人ひとを亡なくしたりするかもしれないからです。(伝でん 9:11。ヤコ 4:13,14)でも復ふっ活かつの希き望ぼうがあるなら,こうした大たい変へんな経けい験けんをしても耐たえることができます。(テサ一いち 4:13)聖せい書しょを調しらべると,エホバが私わたしたちのことをよく知しっていて,深ふかく愛あいしてくださっていることが分わかります。(ルカ 12:7)エホバは私わたしたちの性せい格かくや記き憶おくといった細こまかいところまでよく知しっているからこそ,私わたしたちを復ふっ活かつさせることができます。そして私わたしたちに永えい遠えんの命いのちを与あたえたいと思おもっています。本ほん当とうに愛あい情じょう深ぶかい神かみではないでしょうか。

3 この記き事じではまず,復ふっ活かつの約やく束そくを信しんじられる理り由ゆうについて考かんがえます。そして,この記き事じの主しゅ題だいである,「あなたの兄きょう弟だいは生いき返かえります」という言こと葉ばが語かたられた感かん動どう的てきな記き述じゅつについて調しらべます。(ヨハ 11:23)復ふっ活かつの希き望ぼうを自じ分ぶんにとってもっと現げん実じつのものとするためにどんなことができるかも考かんがえます。

復ふっ活かつの約やく束そくを信しんじられるのはどうしてか

4. 約やく束そくを信しんじるためには,どんなことを確かく信しんしている必ひつ要ようがありますか。

4 誰だれかの約やく束そくを信しんじるためには,その人ひとが約やく束そくを果はたしたいという願ねがいと,そうするための力ちからや能のう力りょくを持もっていることを確かく信しんしている必ひつ要ようがあります。例たとえで考かんがえてみましょう。あなたの家いえが嵐あらしで壊こわれてしまったとします。そこに友とも達だちがやって来きて,「家いえの修しゅう理りを手て伝つだってあげるよ」と約やく束そくしてくれます。あなたは,その友とも達だちが誠せい実じつな人ひとで,助たすけてあげたいという願ねがいを持もっていることを知しっています。しかも,腕うでのいい大だい工くで必ひつ要ような道どう具ぐも持もっているので,家いえを修しゅう理りする能のう力りょくもあります。そうであれば,その友とも達だちの約やく束そくを信しんじられるでしょう。では,亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせるというエホバの約やく束そくについてはどうでしょうか。エホバは,約やく束そくを果はたしたいという願ねがいと,そうするための力ちからを持もっているでしょうか。

5-6. エホバが亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせたいと心こころから願ねがっていることは,どんなことから分わかりますか。

5 まずはエホバの願ねがいについて考かんがえてみましょう。エホバは何なん人にんもの聖せい書しょ筆ひっ者しゃを聖せいなる力ちからによって導みちびき,将しょう来らい起おきる復ふっ活かつについて書かかせました。(イザ 26:19。ホセ 13:14。啓けい 20:11-13)エホバが約やく束そくを果はたさなかったことは一いち度どもありません。(ヨシュ 23:14)エホバは亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせたいと心こころから願ねがっています。どうしてそう言いえるでしょうか。

6 ヨブが語かたった言こと葉ばについて考かんがえてみましょう。ヨブは,たとえ死しんでも,エホバが自じ分ぶんを生いき返かえらせたいと願ねがっていることをよく理り解かいしていました。(ヨブ 14:14,15)エホバは,ご自じ分ぶんに忠ちゅう実じつに仕つかえて亡なくなった全すべての人ひとについても同おなじ願ねがいを持もっています。そうした人ひとたちを生いき返かえらせ,健けん康こうで幸しあわせな毎まい日にちを過すごせるようにしてあげたいと思おもっているのです。では,生いきている間あいだにエホバを知しるチャンスがなかった大おお勢ぜいの人ひとたちについてはどうでしょうか。エホバは愛あい情じょう深ぶかい方かたなので,そうした人ひとたちのことも復ふっ活かつさせたいと思おもっています。(使し徒と 24:15)ご自じ分ぶんと友ともになり,地ち上じょうで永えい遠えんに暮くらしてほしいと思おもっているのです。(ヨハ 3:16)こうしたことから,エホバが亡なくなった人ひとたちを復ふっ活かつさせたいと願ねがっていることが分わかります。

7-8. エホバに亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせる力ちからがあると言いえるのはどうしてですか。

7 エホバには復ふっ活かつさせる力ちからもあるのでしょうか。もちろんです。エホバは「全ぜん能のう者しゃ」です。(啓けい 1:8)それで,死しという敵てきでさえ打うち負まかすことができます。(コリ一いち 15:26)このことを知しると,慰なぐさめられ,力ちからになるのではないでしょうか。エマ・アーノルド姉し妹まいの例れいを考かんがえてみましょう。第だい2次じ世せ界かい大たい戦せん中ちゅう,姉し妹まいと家か族ぞくは信しん仰こうを試ためされる大たい変へんな経けい験けんをしました。ナチ強きょう制せい収しゅう容よう所じょで大たい切せつな人ひとたちが亡なくなった時とき,姉し妹まいはこう言いって娘むすめを慰なぐさめました。「もし死しが人じん類るいを永えい久きゅうに束そく縛ばくするとしたら,死しは神かみよりも強つよいことになってしまうわね」。エホバはどんなものよりも強つよい方かたです。全ぜん能のう者しゃで,人にん間げんに命いのちを与あたえた方かたなのですから,亡なくなった人ひとに命いのちを再ふたたび与あたえて生いき返かえらせることも必かならずできるはずです。

8 エホバに復ふっ活かつさせる力ちからがあると言いえるもう1つの理り由ゆうは,無む限げんの記き憶おく力りょくを持もっているということです。エホバは,全すべての星ほしをそれぞれ名な前まえで呼よんでいます。(イザ 40:26)亡なくなった人ひとたちのことも忘わすれずに覚おぼえています。(ヨブ 14:13。ルカ 20:37,38)亡なくなった人ひとが生いきている間あいだに経けい験けんしたことや,その人ひとの記き憶おくや遺い伝でん情じょう報ほうといった細こまかなことさえ,エホバは覚おぼえているのです。

9. 亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせるというエホバの約やく束そくをあなたが信しんじているのはどうしてですか。

9 このように,私わたしたちは亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせるというエホバの約やく束そくを信しんじることができます。エホバがその約やく束そくを果はたしたいと思おもっていて,そうするための力ちからも持もっているからです。信しんじられる理り由ゆうはほかにもあります。エホバが亡なくなった人ひとをすでに復ふっ活かつさせたことがある,ということです。聖せい書しょには,イエスや幾いく人にんかの人ひとがエホバの助たすけで亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせたことが記き録ろくされています。ではその中なかから,ヨハネ 11章しょうに書かかれているイエスが行おこなった奇き跡せきについて見みてみましょう。

親しん友ゆうの死し

10. イエスがヨルダン川がわの東ひがし側がわで伝でん道どうしていた時とき,どんなことが起おきましたか。イエスはどうしましたか。(ヨハネ 11:1-3)

10 ヨハネ 11:1-3を読よむ。西せい暦れき32年ねんの終おわりごろ,ベタニヤでの出で来き事ごとです。この村むらには,ラザロとその姉し妹まいたち,マリアとマルタが住すんでいました。3人にんはイエスの親しん友ゆうでした。(ルカ 10:38-42)ラザロが病びょう気きになった時とき,心しん配ぱいしたマリアとマルタはそのことをイエスに伝つたえます。その時ときイエスは,ヨルダン川がわの向むこう側がわにいました。ベタニヤから歩あるいて2日ふつかほどかかる場ば所しょです。(ヨハ 10:40)残ざん念ねんなことに,使つかいがイエスの元もとに到とう着ちゃくする頃ころにラザロは死しんでしまいます。イエスはラザロが死しんだことを知しった後あと,そこに2日ふつかとどまってからベタニヤに向むかいました。イエスが到とう着ちゃくした頃ころには,ラザロが死しんでもう4日かたっていました。この時とき,イエスは友とものために素す晴ばらしいことを行おこなおうとしていました。そして,それは神かみに栄えい光こうをもたらすものとなりました。(ヨハ 11:4,6,11,17)

11. この記き述じゅつから,友ゆう情じょうについてどんな大たい切せつなことを学まなべますか。

11 この記き述じゅつから,友ゆう情じょうについて大たい切せつなことを学まなべます。マリアとマルタはイエスに使つかいを送おくった時とき,ベタニヤに来きてほしいとは言いいませんでした。あなたの大たい切せつな友ともが病びょう気きです,とだけ伝つたえました。(ヨハ 11:3)ラザロが死しんだ時とき,イエスは自じ分ぶんがいた場ば所しょからラザロを復ふっ活かつさせることもできましたが,そうはしませんでした。ベタニヤに行いって,マリアとマルタのそばにいることにしました。あなたにも,こちらから頼たのまなくても助たすけになってくれる友ゆう人じんがきっといるでしょう。そうした人ひとは,あなたにとって「苦く難なんの時とき」に頼たよれる友ともと言いえます。(格かく 17:17)イエスのように,私わたしたちもそんな友ともになりたいものです。では,聖せい書しょの記き述じゅつに戻もどって,次つぎにどんなことが起おきたか見みてみましょう。

12. イエスはマルタにどんなことを約やく束そくしますか。それを信しんじられるのはなぜですか。(ヨハネ 11:23-26)

12 ヨハネ 11:23-26を読よむ。マルタは,イエスがベタニヤの近ちかくまで来きていることを知しると,すぐにイエスに会あいに行いきます。そして,「主しゅよ,もしここにいてくださったなら,私わたしの兄きょう弟だいは死しななかったでしょう」と言いいます。(ヨハ 11:21)確たしかに,イエスにはラザロを癒いやす力ちからがありました。でもイエスはもっと驚おどろくべきことを行おこなおうとしていました。イエスは,「あなたの兄きょう弟だいは生いき返かえります」と約やく束そくします。さらに,「私わたしは復ふっ活かつであり,命いのちです」と言いって,マルタの確かく信しんを強つよめます。イエスは死し者しゃを復ふっ活かつさせる力ちからを神かみから与あたえられていたので,そう言いうことができました。実じっ際さい,これより前まえにも2人ふたりの人ひとを復ふっ活かつさせていました。1人ひとりは亡なくなった直ちょく後ごの少しょう女じょで,もう1人ひとりは亡なくなってから少すこし時じ間かんがたっていた若わか者ものでした。(ルカ 7:11-15; 8:49-55)でも,死し後ご4日かたって,体からだが腐くさり始はじめている人ひとを復ふっ活かつさせることなどできるのでしょうか。

「ラザロ,出でてきなさい!」

イエスがマリアやマルタたちと一緒に泣いている。

イエスは深ふかく悲かなしんでいる友ともを見みて,同おなじようにつらく感かんじた。(13-14節せつを参さん照しょう。)

13. ヨハネ 11章しょう32-35節せつによると,イエスはマリアやほかの人ひとたちが泣なき悲かなしんでいるのを見みて,どんな気き持もちになりましたか。(挿さし絵えも参さん照しょう。)

13 ヨハネ 11:32-35を読よむ。ラザロのもう1人ひとりの姉し妹まいマリアもイエスに会あいに行いきます。そして,マルタと同おなじように,「主しゅよ,もしここにいてくださったなら,私わたしの兄きょう弟だいは死しななかったでしょう」と言いいます。イエスはマリアや周まわりの人ひとたちが泣なき悲かなしんでいるのを見みて,胸むねが締しめ付つけられるように感かんじ,涙なみだを流ながします。イエスは,愛あいする人ひとを亡なくすことがどれほどつらいことか,よく理り解かいしています。だからこそ,悲かなしみの原げん因いんとなるものをなくしたいと強つよく願ねがっています。

14. マリアが悲かなしんでいるのを見みた時ときのイエスの様よう子すから,エホバについてどんなことが分わかりますか。

14 マリアが悲かなしんでいるのを見みた時ときのイエスの様よう子すから,エホバが温あたたかい思おもいやりのある神かみだということが分わかります。なぜそう言いえますか。前まえの記き事じで学まなんだ通とおり,イエスは考かんがえ方かたや感かんじ方かたがエホバとそっくりです。(ヨハ 12:45)それで,友ともが悲かなしんでいる様よう子すを見みた時ときにイエスが同おなじようにつらく感かんじ,涙なみだを流ながしたという記き述じゅつを読よむ時とき,エホバも私わたしたちの悲かなしみの涙なみだを見みて,同おなじようにつらく感かんじてくださるということが分わかります。(詩し 56:8)このことを知しると,優やさしいエホバにもっと近ちかづきたいと思おもうのではないでしょうか。

イエスが,布を巻かれたラザロに墓から出てくるようにと呼び掛けている。マルタやマリアたちは墓の中を見て驚いている。

イエスは亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせる力ちからがあることを示しめした。(15-16節せつを参さん照しょう。)

15. ヨハネ 11章しょう41-44節せつによると,ラザロの墓はかでどんなことが起おきましたか。(挿さし絵えも参さん照しょう。)

15 ヨハネ 11:41-44を読よむ。イエスはラザロの墓はかの所ところにやって来くると,入いり口ぐちの石いしをどけるようにと言いいます。でもマルタは,もう臭くさくなっているはずだと,言いいます。それに対たいしてイエスはこう言いいます。「信しんじるなら神かみの輝かがやかしい力ちからを見みる,とあなたに言いいませんでしたか」。(ヨハ 11:39,40)そして天てんを見み上あげて,みんなの前まえで祈いのりを捧ささげます。全すべての栄えい光こうがエホバにもたらされることを願ねがっていたからです。そして,「ラザロ,出でてきなさい!」と言いいます。すると,多おおくの人ひとがあり得えないと思おもっていたことが起おきます。何なんとラザロが墓はかの中なかから出でてきたのです。(ヨハネ 11:17の注ちゅう釈しゃくを参さん照しょう。)

16. ヨハネ 11章しょうの記き述じゅつを読よむと,復ふっ活かつの約やく束そくに対たいする信しん仰こうが強つよまると言いえるのはどうしてですか。

16 ヨハネ 11章しょうの記き述じゅつを読よむと,復ふっ活かつの約やく束そくに対たいする信しん仰こうが強つよまります。イエスはマルタに,「あなたの兄きょう弟だいは生いき返かえります」と約やく束そくしました。(ヨハ 11:23)イエスもエホバと同おなじように,亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせたいと思おもっていて,そうするための力ちからを持もっています。イエスが涙なみだを流ながしたことから,死しやそれによって生しょうじる悲かなしみをなくしたいと心こころから願ねがっていることが分わかります。そして,ラザロが墓はかから出でてきたことから,イエスに亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせる力ちからがあることも分わかります。さらに,イエスはマルタにこう言いいました。「信しんじるなら神かみの輝かがやかしい力ちからを見みる,とあなたに言いいませんでしたか」。(ヨハ 11:40)確たしかに,私わたしたちには復ふっ活かつの約やく束そくを信しんじる十じゅう分ぶんの理り由ゆうがあります。では,どうすれば復ふっ活かつの希き望ぼうを自じ分ぶんにとってもっと現げん実じつのものとすることができるでしょうか。

復ふっ活かつの希き望ぼうをもっと現げん実じつ的てきなものとするには

17. 復ふっ活かつについての記き録ろくを読よむ時ときには,どんな点てんに注ちゅう目もくするとよいですか。

17 復ふっ活かつの記き録ろくを読よんでじっくり考かんがえる。聖せい書しょには,地ち上じょうに復ふっ活かつした人ひとたちの記き録ろくが8つ収おさめられています。c それぞれの記き述じゅつをじっくり調しらべてみるのはどうでしょうか。実じつ在ざいしたこれらの人ひとたち一人ひとり一人ひとりをイメージしながら読よんでみましょう。エホバの願ねがいや力ちからについてどんなことが分わかるかも考かんがえてください。そして,最もっとも重じゅう要ような意い味みを持もつイエスの復ふっ活かつについても考かんがえてみましょう。何なん百びゃく人にんもの人ひとが復ふっ活かつしたイエスを目もく撃げきしました。このイエスの復ふっ活かつは,将しょう来らいの復ふっ活かつが必かならず起おきることの強きょう力りょくな証しょう拠ことなっています。(コリ一いち 15:3-6,20-22)

18. 復ふっ活かつの希き望ぼうについての歌うたをどのように活かつ用ようできますか。(脚きゃく注ちゅうも参さん照しょう。)

18 復ふっ活かつについての「崇すう拝はいの歌うた」を活かつ用ようする。d (エフェ 5:19)そうするなら,復ふっ活かつの希き望ぼうをもっと現げん実じつ的てきなものとすることができます。家か族ぞくの崇すう拝はいで,こうした歌うたを聞きいたり練れん習しゅうしたりしましょう。歌か詞しの意い味みを話はなし合あうこともできます。歌か詞しを覚おぼえ,情じょう景けいを思おもい描えがくようにしてください。そうするなら,命いのちに関かかわる問もん題だいにぶつかったり大たい切せつな人ひとを亡なくしたりする時ときにも,エホバが聖せいなる力ちからによってそうした歌うたを思おもい出ださせてくれます。そして,慰なぐさめや力ちからを得えることができるでしょう。

19. 新あたらしい世せ界かいについてどんなことをイメージするとよいですか。(「どんなことを聞きいてみたいですか」の囲かこみも参さん照しょう。)

19 想そう像ぞう力りょくを働はたらかせる。エホバは私わたしたちに想そう像ぞう力りょくを与あたえて,楽らく園えんでの様よう子すをイメージできるようにしてくださっています。ある姉し妹まいはこう言いいます。「私わたしは時じ間かんを取とって新あたらしい世せ界かいにいる自じ分ぶんをイメージするようにしています。そうしていると,楽らく園えんで咲さいているバラの香かおりもしてきます」。聖せい書しょに出でてくる忠ちゅう実じつな人ひとたちと会あった時ときの様よう子すもイメージしてみましょう。あなたは誰だれに会あいたいですか。どんなことを聞きいてみたいと思おもいますか。亡なくなった愛あいする人ひとと再さい会かいする時ときのことも考かんがえてみてください。最さい初しょにどんな言こと葉ばを掛かけますか。その人ひとを抱だき締しめる時とき,どんな気き持もちになるでしょうか。喜よろこびのあまり涙なみだを流ながしているでしょうか。

どんなことを聞きいてみたいですか

新あたらしい世せ界かいで復ふっ活かつしてくる人ひとたちにこんな質しつ問もんができるかもしれません。

ノアの妻つま: 名な前まえは何なんですか。邪じゃ悪あくな人ひとたちが大おお勢ぜいいる中なかで子こ供どもを守まもるために,夫ふう婦ふでどんなことをしたんですか。(創そう 6:5,13)

イサク: まきを背せ負おって山やまを登のぼっていた時とき,どんな心しん境きょうだったんですか。(創そう 22:6-8)

ヨブ: 試し練れんに遭あっていた時ときに天てんで起おきていたことを知しって,どう思おもいましたか。(ヨブ 1:6-12; 2:1-7)

バプテスマを施ほどこす人ひとヨハネ: エホバの声こえってどんな感かんじでしたか。(マタ 3:13-17)

イエスの隣となりで杭くいに掛かけられた人ひと: イエスが亡なくなる直ちょく前ぜんの様よう子すについて,何なにか話はなしてもらえますか。(ルカ 23:39-43)

あなたなら次つぎの人ひとたちにどんなことを聞ききたいですか。

アベル

アブラハム

エフタの娘むすめ

ダビデ

ヨナ

20. あなたはどんなことをしたいと思おもいますか。

20 亡なくなった人ひとを復ふっ活かつさせるとエホバが約やく束そくしてくれていることに,本ほん当とうに感かん謝しゃできます。エホバはその約やく束そくを果はたしたいと思おもっていて,そうするための力ちからを持もっているので,必かならずその通とおりになると確かく信しんできます。では,この約やく束そくへの信しん仰こうをこれからも強つよめていきましょう。そうするなら,優やさしいエホバともっと親したしくなることができます。エホバは私わたしたち一人ひとり一人ひとりにこう約やく束そくしています。「あなたの大たい切せつな人ひとは生いき返かえります」。

どのように答こたえますか

  • 復ふっ活かつに関かんするエホバの約やく束そくを信しんじられるのはどうしてですか。

  • イエスがラザロを復ふっ活かつさせた時ときの記き述じゅつから,どんなことを学まなべますか。

  • 復ふっ活かつの希き望ぼうをもっと現げん実じつ的てきなものとするために,どんなことができますか。

147番ばんの歌うた 約やく束そくされた永えい遠えんの命いのち

a 愛あいする人ひとを亡なくすという経けい験けんをしたことがありますか。もしあるなら,復ふっ活かつの約やく束そくはあなたにとって大おおきな慰なぐさめとなっていることでしょう。では,この約やく束そくを信しんじている理り由ゆうをどのように説せつ明めいできるでしょうか。復ふっ活かつの希き望ぼうをもっと現げん実じつ的てきなものとするために,どんなことができるでしょうか。この記き事じを学まなぶと,復ふっ活かつの希き望ぼうが必かならず実じつ現げんするという信しん仰こうが強つよまるでしょう。

b これは,2016年ねん11月がつのマンスリープログラムで紹しょう介かいされた「Just Around the Corner ― もうすぐそこに ―」のミュージックビデオです。

c 「ものみの塔とう」2015年ねん8月がつ1日ついたち号ごう4ページの「聖せい書しょに記き録ろくされている8つの復ふっ活かつ」という囲かこみを参さん照しょう。

d 「喜よろこびにあふれてエホバに歌うたう」には,次つぎのような歌うたがあります。「新あたらしい世せ界かいを見みつめて」(139番ばん),「報むくいを見みつめて」(144番ばん),「神かみは呼よんでくださる」(151番ばん)。オリジナルソングには,次つぎのような歌うたもあります。「Just Around the Corner ― もうすぐそこに ―」,「希き望ぼうはぼくらを」,「心こころの目めで見みれば」。

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