ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 徹 6章 45–51ページ
  • ステファノ 「神から恵みと力を豊かに受けた」人

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • ステファノ 「神から恵みと力を豊かに受けた」人
  • 神の王国について徹底的に教える
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • 「民……をあおり立てた」(使徒 6:8-15)
  • 「栄光の神」について堂々と語る(使徒 7:1-53)
  • 「主イエス,私の命を受け取ってください」(使徒 7:54–8:3)
  • 「信仰が強く聖なる力に満ちた人」
    勇気を持って神と共に歩む
  • ステファノは石打ちにされる
    わたしの聖書物語の本
  • ステファノ
    聖書に対する洞察,第1巻
  • 読者からの質問
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 2005
もっと見る
神の王国について徹底的に教える
徹 6章 45–51ページ

6章

ステファノ 「神かみから恵めぐみと力ちからを豊ゆたかに受うけた」人ひと

サンヘドリンの前まえでステファノがした力ちから強づよい話はなしから学まなぶ

使し徒と 6:8–8:3

1-3. (ア)ステファノはどんな状じょう況きょうに立たたされましたか。それでも,どんな気き持もちでいられましたか。(イ)これからどんなことを考かんがえますか。

ステファノが法ほう廷ていに立たっています。エルサレムの神しん殿でんの近ちかくにあったとされるサンヘドリンの法ほう廷ていです。71人にんの威い圧あつ的てきな裁さい判ばん官かんたちが前まえにいて,半はん円えん形けいに並ならんでいます。今日きょう,ステファノの裁さい判ばんが行おこなわれるのです。裁さい判ばん官かんたちは影えい響きょう力りょくのある権けん力りょく者しゃで,ほとんどがイエスのこの弟で子しを見み下くだしています。法ほう廷ていを招しょう集しゅうした大だい祭さい司しカヤファは,数すうカ月げつ前まえにイエスに死し刑けいを宣せん告こくした時ときもサンヘドリンを取とり仕し切きっていました。ステファノはおびえているでしょうか。

2 裁さい判ばん官かんたちが見みたところ,ステファノは全まったくおびえていません。それどころか,ステファノの顔かおは「天てん使しの顔かおのように見みえ」ます。(使し徒と 6:15)エホバ神かみからメッセージを託たくされている天てん使したちは,いつも恐おそれず,穏おだやかで,落おち着ついています。今いまのステファノはそういう天てん使したちのようです。憎にくしみでいっぱいの裁さい判ばん官かんたちからも,そう見みえます。どうしてそんなに平へい然ぜんとしていられるのでしょうか。

3 その秘ひ訣けつを私わたしたちもぜひ知しりたいと思おもいます。ステファノがどういう経けい緯いで裁さい判ばんにかけられることになったか,調しらべてみましょう。ステファノは自じ分ぶんの信しん仰こうについて堂どう々どうと語かたる人ひとでした。私わたしたちはどのように倣ならえるでしょうか。

「民たみ……をあおり立たてた」(使し徒と 6:8-15)

4,5. (ア)ステファノが会かい衆しゅうの中なかで貴き重ちょうな存そん在ざいだったといえるのはどうしてですか。(イ)ステファノが「神かみから恵めぐみと力ちからを豊ゆたかに受うけ」ていたというのは,どういうことですか。

4 発ほっ足そくしたばかりの会かい衆しゅうで,ステファノは貴き重ちょうな存そん在ざいでした。前まえの章しょうで見みたように,使し徒とたちをサポートした7人にんの謙けん虚きょな兄きょう弟だいたちの1人ひとりでした。ステファノがいろいろな能のう力りょくに恵めぐまれていたことを考かんがえると,その謙けん虚きょさが際きわ立だちます。使し徒と 6章しょう8節せつによると,一いち部ぶの使し徒とたちと同おなじように,「とても不ふ思し議ぎなことと奇き跡せき」を行おこなうことができました。「神かみから恵めぐみと力ちからを豊ゆたかに受うけ」ていた,ともあります。これはどういうことでしょうか。

5 「神かみから[の]恵めぐみ」と訳やくされているギリシャ語ごは「快こころよさ」とも訳やくせます。ステファノは親しん切せつで優やさしく,親したしみやすい人ひとだったようです。ステファノの話はなしには説せっ得とく力りょくがありました。誠せい実じつさがにじみ出でていて,内ない容ように真しん実じつの響ひびきがあったからです。そして,「力ちからを豊ゆたかに受うけ」ていました。いつも謙けん虚きょで,エホバの聖せいなる力ちからに頼たよっていたからです。自じ分ぶんの能のう力りょくにうぬぼれたりせずに,全すべてはエホバのおかげであることを認みとめ,愛あいを込こめて伝でん道どうし教おしえました。反はん対たい者しゃたちが脅きょう威いに感かんじたのも無む理りはありません。

6-8. (ア)反はん対たい者しゃたちはどんな2つの罪つみでステファノを訴うったえましたか。どうしてですか。(イ)私わたしたちがステファノから学まなぶとよいのはどうしてですか。

6 いろいろな人ひとたちがステファノと議ぎ論ろんして打うち負まかそうとしますが,「知ち恵えと聖せいなる力ちからに満みちて語かたるステファノには対たい抗こうでき」ませんでした。a いら立だったその人ひとたちは「ひそかに人ひと々びとを促うながし」て,事じ実じつ無む根こんの罪つみをでっち上あげさせます。そして,「民たみと長ちょう老ろうと律りっ法ぽう学がく者しゃたちをあおり立たて」,ステファノがサンヘドリンに連つれていかれるようにします。(使し徒と 6:9-12)彼かれらは2つの罪つみでステファノを訴うったえました。神かみを冒ぼう瀆とくした罪つみと,モーセを冒ぼう瀆とくした罪つみです。どうしてそう言いうのでしょうか。

7 彼かれらいわく,ステファノは「この聖せいなる場ば所しょ」(エルサレムの神しん殿でん)のことを悪わるく言いって,神かみを冒ぼう瀆とくしました。また,モーセが教おしえた習しゅう慣かんを変かえ,モーセの律りっ法ぽうに逆さからうことを語かたって,モーセのことも冒ぼう瀆とくしました。(使し徒と 6:13)これが本ほん当とうなら,重じゅう大だいな罪つみでした。当とう時じのユダヤ人じんは,神しん殿でん,モーセの律りっ法ぽう,律りっ法ぽうに加くわえてきた多おおくの口こう頭とう伝でん承しょうを非ひ常じょうに重おもんじていたからです。ステファノは,危き険けん人じん物ぶつなので死し刑けいにされるべきだと訴うったえられていたわけです。

8 残ざん念ねんなことに,現げん代だいでも宗しゅう教きょう家かたちが同おなじ手てを使つかって,私わたしたちを追おい詰つめようとすることがあります。これまでも度たび々たび,政せい治じ家かたちに働はたらきかけてエホバの証しょう人にんへの迫はく害がいをあおってきました。何なにも悪わるいことをしていないのに訴うったえられたときは,どうしたらよいでしょうか。ステファノから大たい切せつなことを学まなべます。

「栄えい光こうの神かみ」について堂どう々どうと語かたる(使し徒と 7:1-53)

9,10. 批ひ評ひょう家かの中なかには,ステファノの話はなしについてどんなことを言いう人ひとがいますか。これから調しらべるに当あたり,ステファノが問とわれていたどんな罪つみを覚おぼえておくとよいですか。

9 冒ぼう頭とうで見みたように,告こく発はつの内ない容ようを聞きいても,ステファノの表ひょう情じょうは穏おだやかで天てん使しのようでした。カヤファはステファノを見みて,こう言いいます。「その通とおりなのか」。(使し徒と 7:1)自じ分ぶんが話はなす番ばんになり,ステファノは熱あつく語かたります。

10 批ひ評ひょう家かの中なかには,ステファノの話はなしを批ひ判はんし,長ながい割わりに答こたえになっていないと言いう人ひともいます。でも,それは違ちがいます。ステファノの話はなしは,自じ分ぶんの信しんじていることを「弁べん明めい」する素す晴ばらしい手て本ほんです。(ペテ一いち 3:15)ステファノが問とわれていた罪つみは,神しん殿でんのことを悪わるく言いって神かみを冒ぼう瀆とくしたことと,律りっ法ぽうに逆さからうことを語かたってモーセを冒ぼう瀆とくしたことでした。ステファノはイスラエルの歴れき史しの3つの時じ代だいを要よう約やくしながら,ポイントを突ついた弁べん明めいをします。では,3つの時じ代だいを1つずつ見みてみましょう。

11,12. (ア)ステファノはどうしてアブラハムのことを話はなしましたか。(イ)ステファノはどうしてヨセフのことを話はなしましたか。

11 族ぞく長ちょう時じ代だい。(使し徒と 7:1-16)ステファノはまず,聞きき手てがよく知しっている人ひとを取とり上あげ,相あい手ての視し点てんに立たとうとします。ユダヤ人じんから尊そん敬けいされていた信しん仰こうのあつい人ひとアブラハムについて話はなしました。そして,「栄えい光こうの神かみ」エホバがアブラハムに最さい初しょに語かたり掛かけたのは,メソポタミアでのことだったと指し摘てきします。(使し徒と 7:2)アブラハムは約やく束そくの地ちでは外がい国こく人じんだったわけです。神しん殿でんもモーセの律りっ法ぽうもありませんでした。であれば,そういうものがなければ神かみに仕つかえられない,と言いうことはできません。

12 聞きいていたユダヤ人じんたちは,アブラハムの子し孫そんヨセフのことも尊そん敬けいしていました。ステファノが指し摘てきした通とおり,ヨセフは何なにも悪わるいことをしていないのに,兄きょう弟だいたちに捕つかまって奴ど隷れいとして売うられてしまいました。やがてはイスラエルの諸しょ部ぶ族ぞくの父ふ祖そになった人ひとたちから,ひどい仕し打うちを受うけたのです。それでもエホバはヨセフを通とおして,イスラエルの家か族ぞくを飢き饉きんから救すくいました。ステファノは,ヨセフとイエス・キリストの共きょう通つう点てんを意い識しきしていたはずです。でも,相あい手ての聞きく気きをそがないために,そのことにはあえて触ふれません。

13. ステファノがモーセについて話はなしたことが弁べん明めいになったのは,どうしてですか。そうやって,どんな問もん題だい点てんに迫せまっていきましたか。

13 モーセの時じ代だい。(使し徒と 7:17-43)ステファノはモーセについて詳くわしく話はなします。サンヘドリンの多おおくはサドカイ派はで,聖せい書しょのうちモーセが書かいたものだけを認みとめていたからです。それに,ステファノはモーセを冒ぼう瀆とくした罪つみに問とわれていたので,モーセと律りっ法ぽうへの敬けい意いを表あらわすことで,弁べん明めいしました。(使し徒と 7:38)さらに,モーセが,自じ分ぶんが助たすけようとした人ひとたちから拒きょ絶ぜつされたことにも触ふれました。モーセは40歳さいの時ときに仲なか間まから突つっぱねられ,40年ねん以い上じょうたって指し導どう者しゃになってからも何なん度ども非ひ難なんされました。b このように,人ひと々びとはエホバから任にん命めいされた人ひとたちを繰くり返かえし拒きょ絶ぜつしてきました。ステファノは話はなしを進すすめながら,その大おおきな問もん題だい点てんに迫せまっていきました。

14. ステファノはモーセについて話はなすことにより,どんな大たい切せつなポイントを指し摘てきしましたか。

14 ステファノが続つづけて話はなしたように,モーセは自じ分ぶんのような預よ言げん者しゃがイスラエル国こく民みんから生うまれると予よ告こくしました。それは誰だれで,どんなふうに迎むかえられるのでしょうか。ステファノがそのことに触ふれるのは,話はなしの最さい後ごです。その前まえに別べつの大たい切せつなポイントを指し摘てきします。どんな場ば所しょも聖せいなる場ば所しょになり得える,ということです。エホバが,燃もえ盛さかるいばらの木きの中なかからモーセに話はなし掛かけた時ときもそうでした。であれば,エルサレムの神しん殿でんのような1つの建たて物ものだけでしかエホバを崇すう拝はいできないと考かんがえるのは,おかしいのではないでしょうか。

15,16. (ア)ステファノが幕まく屋やについて話はなしたのは,何なにが言いいたかったからですか。(イ)ソロモンの神しん殿でんを引ひき合あいに出だすことで,ステファノは何なにを伝つたえようとしましたか。

15 幕まく屋やと神しん殿でん。(使し徒と 7:44-50)ステファノは,エルサレムに神しん殿でんができる前まえに神かみがモーセに幕まく屋やを造つくらせたことに言げん及きゅうします。幕まく屋やはテントのようなもので,移い動どうさせることができました。モーセが幕まく屋やで崇すう拝はいしたのであれば,幕まく屋やが神しん殿でんより劣おとっているとはいえないはずです。

16 後こう代だいにソロモンはエルサレムに神しん殿でんを建たてた時とき,祈いのりの中なかでもっともなことを言いいました。ステファノはそれに触ふれ,「至し高こう者しゃは人ひとが造つくった家いえには住すみません」と言いいます。(使し徒と 7:48。代だい二に 6:18)エホバが物もの事ごとを進すすめていく上うえで,神しん殿でんは役やくに立たつかもしれませんが,どうしても必ひつ要ようなわけではありません。そうであれば,神しん殿でんのような建たて物ものだけでしかエホバを崇すう拝はいできない,と考かんがえるのは間ま違ちがっています。ステファノはイザヤ書しょから引いん用ようして畳たたみ掛かけます。「エホバは言いう。天てんは私わたしの王おう座ざ,地ちは私わたしの足あし台だいである。あなたたちは私わたしのためにどんな家いえを建たてるのか。また,私わたしが休やすむ場ば所しょはどこか。私わたしの手てがこの全すべてを造つくったのではないか」。(使し徒と 7:49,50。イザ 66:1,2)

17. (ア)ステファノの話はなしからすると,裁さい判ばん官かんたちはどこが間ま違ちがっていましたか。(イ)ステファノの弁べん明めいが的てき確かくだったといえるのはどうしてですか。

17 こうして見みてくると,裁さい判ばん官かんたちの間ま違ちがいをステファノが見み事ごとに明あきらかにしていったことが分わかるのではないでしょうか。ステファノの言いう通とおり,エホバのやり方かたは,決きまりきったものでも伝でん統とうに縛しばられたものでもなく,いつも柔じゅう軟なんで臨りん機き応おう変へんです。裁さい判ばん官かんたちは,いかにも立りっ派ぱな神しん殿でんや,モーセの律りっ法ぽうに加くわえられてきた習しゅう慣かんにこだわるあまり,大だい事じなことを見み落おとしていました。神しん殿でんや律りっ法ぽうだけしか見みえておらず,エホバの考かんがえや気き持もちが分わかっていませんでした。ステファノはこう考かんがえさせたかったのです。「一いち番ばん重じゅう要ようなのはエホバに従したがうことではないか。たとえ神しん殿でんや律りっ法ぽうを重おもんじていても,エホバに従したがっていないとしたら,意い味みがないのではないか」。まさに的てき確かくな弁べん明めいでした。ステファノは,訴うったえられるような間ま違ちがったことを何なにもしていませんでした。エホバにずっと従したがってきたからです。

18. ステファノにどのように倣ならえますか。

18 ステファノの弁べん明めいからどんなことを学まなべるでしょうか。ステファノは聖せい書しょに通つうじていました。私わたしたちも,「真しん理りの言こと葉ばを正ただしく用もちいることができ」るよう,聖せい書しょをよく学まなびましょう。(テモ二に 2:15)ステファノの話はなし方かたは物もの柔やわらかで,機き転てんが利きいていました。相あい手ては敵てき対たい心しんむき出だしでしたが,ステファノは聞きき手てが大だい事じにしているものを引ひき合あいに出だして,同おなじ視し点てんに立たとうとしました。そして,敬けい意いを込こめて話はなし,「年ねん長ちょうの方かた々がた」と呼よび掛かけることもしました。(使し徒と 7:2)私わたしたちも,聖せい書しょについて「語かたる時ときには,温おん和わな態たい度どと深ふかい敬けい意いを示しめしましょう」。(ペテ一いち 3:15)

19. ステファノは最さい後ごにどのように核かく心しんを突つきましたか。

19 敬けい意いを忘わすれないようにしますが,相あい手ての反はん応のうを恐おそれて,聖せい書しょに書かかれている真しん実じつを語かたらないでおく,ということはしません。エホバからの警けい告こくを和やわらげて伝つたえることもしません。ステファノもそうはしませんでした。どれほど言いっても,かたくなな裁さい判ばん官かんたちは態たい度どを変かえない,ということが分わかったのでしょう。聖せいなる力ちからに動うごかされ,恐おそれずに核かく心しんを突ついて話はなしを締しめくくります。あなたたちはヨセフやモーセや預よ言げん者しゃたちを迫はく害がいした父ふ祖そたちと同おなじだ,と指し摘てきしました。確たしかにそうです。サンヘドリンの裁さい判ばん官かんたちは,モーセや預よ言げん者しゃたちがずっと期き待たいを掛かけていたメシアを殺ころしました。一いち番ばんやってはいけないことをして,モーセの律りっ法ぽうを破やぶったのです。(使し徒と 7:51-53)

「主しゅイエス,私わたしの命いのちを受うけ取とってください」(使し徒と 7:54–8:3)

ステファノが穏やかな様子でサンヘドリンの前に立っている。

「これを聞きいた人ひとたちは,心こころの中なかで激げき怒どし,ステファノに向むかって歯はぎしりし始はじめた」。使し徒と 7:54

20,21. ステファノの話はなしを聞きいて,サンヘドリンの人ひとたちはどうしましたか。エホバはどのようにしてステファノを勇ゆう気きづけましたか。

20 ステファノの話はなしがあまりにも的まとを射いていたため,裁さい判ばん官かんたちは全まったく反はん論ろんできず,怒いかり狂くるいます。理り性せいを失うしない,ステファノをにらみ付つけて歯はぎしりし始はじめます。ステファノはきっと,イエスと同おなじ仕し打うちを受うけると悟さとったはずです。

21 耐たえられるよう助たすけるため,エホバはステファノに幻まぼろしを見みせて勇ゆう気きづけます。ステファノは神かみの栄えい光こうを目めにし,イエスが神かみの右みぎに立たっているのを見みます。ステファノがその様よう子すを話はなすと,裁さい判ばん官かんたちは手てで耳みみをふさぎます。以い前ぜん,この同おなじ法ほう廷ていでイエスが,自じ分ぶんはメシアで,間まもなく神かみの右みぎに座すわると言いっていました。(マル 14:62)ステファノが見みた幻まぼろしからすると,まさにその通とおりになっています。そのメシアをサンヘドリンはむごく扱あつかって殺ころしたのです。彼かれらは一いっ斉せいに突とっ進しんし,ステファノを石いし打うちにして殺ころしました。c

22,23. ステファノの最さい期ごはイエスとどのように似にていましたか。ステファノと同おなじく,現げん代だいのクリスチャンもどんな確かく信しんを持もっていますか。

22 ステファノは穏おだやかな心こころで,エホバを全まったく信しん頼らいし,敵てきたちを許ゆるして死しんでいきました。尊そん敬けいしていたイエスとまさに同おなじでした。おそらく幻まぼろしでエホバと一いっ緒しょにいるイエスが見みえていたのでしょう。「主しゅイエス,私わたしの命いのちを受うけ取とってください」と言いいます。イエスが言いった「私わたしは復ふっ活かつであり,命いのちです」という言こと葉ばを知しっていたはずです。(ヨハ 11:25)最さい後ごに神かみに祈いのって,大おおきな声こえで「エホバ,この罪つみを彼かれらに負おわせないでください」と言いい,息いきを引ひき取とりました。(使し徒と 7:59,60)

23 こうしてステファノは,殉じゅん教きょうした最さい初しょのクリスチャンになりました。(「ステファノ 殉じゅん教きょう者しゃ? 証しょう人にん?」という囲かこみを参さん照しょう。)残ざん念ねんながら,その後あとにも,殉じゅん教きょうしたクリスチャンたちがいます。現げん代だいでも,狂きょう信しん的てきな宗しゅう教きょう家かや過か激げきな政せい治じ家かなどの手てに掛かかって亡なくなったエホバの証しょう人にんがいます。それでも,私わたしたちはステファノと同おなじ確かく信しんを持もっています。エホバから並なみ外はずれた力ちからをもらったイエスが今いま,王おうとして統とう治ちしています。そのイエスが,死しぬまで信しん仰こうを貫つらぬいたクリスチャンたちを必かならず復ふっ活かつさせてくれます。(ヨハ 5:28,29)

ステファノ 殉じゅん教きょう者しゃ? 証しょう人にん?

聖せい書しょの中なかでステファノは,「証しょう人にん」と呼よばれています。(使し徒と 22:20)そう訳やくされているギリシャ語ごはマルテュスです。歴れき史しを見みると分わかるように,クリスチャンは反はん対たいに遭あい,逮たい捕ほされて殴おう打だされ,命いのちを落おとすことさえありました。そのため,このマルテュスという語ごは,2世せい紀きには,そのように信しん仰こうを捨すてなかったために亡なくなった人ひと,つまり殉じゅん教きょう者しゃを指さすようにもなりました。この意い味みで,ステファノは最さい初しょのマルテュスと言いえます。

とはいえ,マルテュスの元もと々もとの意い味みを知しっておくのは大たい切せつなことです。マルテュスには「証しょう人にん」という意い味みがあり,ある行こう為いや出で来き事ごとを目めにした人ひとを指さします。そして,あるギリシャ語ご辞じ書しょによると,それ以い上じょうの意い味みがあります。聖せい書しょ中ちゅうでマルテュスは,「行こう動どうする」人ひと,「自じ分ぶんが見み聞ききした事ことを話はなすよう,また知しっている事ことを告つげるよう求もとめられる」人ひとを指さしています。マルテュスのこの意い味みは,クリスチャンの責せき任にんを思おもい起おこさせます。私わたしたちみんなには,エホバがどんな方かたでどんな考かんがえを持もっているか,自じ分ぶんが学まなんだ事ことを伝つたえる責せき務むがあります。ステファノはまさにその責せき務むを立りっ派ぱに果はたした人ひとでした。(ルカ 24:48。使し徒と 1:8)

24. サウロはステファノの殺さつ害がいにどのように関かかわっていましたか。ステファノの殉じゅん教きょうは後のち々のちどんな影えい響きょうを与あたえていきましたか。

24 この一いち部ぶ始し終じゅうをサウロという若わか者ものが見みていました。サウロはステファノの殺さつ害がいに賛さん成せいし,石いしを投なげる人ひとたちの外がい衣いを見み張はっていました。そして間まもなくして,クリスチャンへの激はげしい迫はく害がいを先せん導どうしました。とはいえ,伝でん道どうの勢いきおいは弱よわまるどころか,ステファノの殉じゅん教きょうがかえってクリスチャンたちに勇ゆう気きと力ちからを与あたえました。多おおくの人ひとが同おなじように命いのちを懸かけて伝でん道どうし,信しん仰こうを貫つらぬいたのです。やがてパウロと呼よばれるようになったサウロさえ,ステファノの殺さつ害がいに関かかわったことを心こころから悔くやむようになります。(使し徒と 22:20)自じ分ぶんのことを,「以い前ぜんは神かみを冒ぼう瀆とくし,神かみの民たみを迫はく害がいし,横おう柄へいだった」と認みとめるようになります。(テモ一いち 1:13)きっとパウロは,ステファノのこと,彼かれがした力ちから強づよい話はなしをずっと忘わすれなかったはずです。自じ分ぶんの話はなしや手て紙がみの中なかで,ステファノの話はなしと似にたポイントを取とり上あげています。(使し徒と 7:48; 17:24。ヘブ 9:24)パウロは,「神かみから恵めぐみと力ちからを豊ゆたかに受うけた」ステファノの信しん仰こうと勇ゆう気きにしっかり見み習ならっていきました。私わたしたちはどうでしょうか。

a この反はん対たいした人ひとの中なかには,「自じ由ゆう民みんの会かい堂どう」の人ひとたちがいました。これは,ローマ人じんに捕とらえられて後のちほど解かい放ほうされた人ひとたちか,ユダヤ教きょうに改かい宗しゅうした解かい放ほう奴ど隷れいかもしれません。ほかに,タルソスのサウロと同おなじキリキア州しゅう出しゅっ身しんの人ひとたちもいました。とはいえ,そのキリキア出しゅっ身しんの人ひとたちの中なかにサウロがいたかどうかは書かかれていないため,分わかりません。

b ステファノの話はなしには,聖せい書しょのほかの箇か所しょには書かかれていない情じょう報ほうが含ふくまれています。モーセがエジプトで教きょう育いくを受うけたこと,エジプトから逃にげた時ときの年ねん齢れい,ミディアンにいた期き間かんなどです。

c ローマ法ほうでは,サンヘドリンに死し刑けいを宣せん告こくする権けん限げんはなかったようです。(ヨハ 18:31)いずれにしても,ステファノの殺さつ害がいは法ほう的てき処しょ罰ばつではなく,暴ぼう徒とによる殺さつ人じんだったと考かんがえられます。

    日本語出版物(1953-2027)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2026 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする