1-3. (ア)ステファノはどんな状 じょう 況 きょう に立 た たされましたか。それでも,どんな気 き 持 も ちでいられましたか。(イ)これからどんなことを考 かんが えますか。
ステファノが法 ほう 廷 てい に立 た っています。エルサレムの神 しん 殿 でん の近 ちか くにあったとされるサンヘドリンの法 ほう 廷 てい です。71人 にん の威 い 圧 あつ 的 てき な裁 さい 判 ばん 官 かん たちが前 まえ にいて,半 はん 円 えん 形 けい に並 なら んでいます。今日 きょう ,ステファノの裁 さい 判 ばん が行 おこな われるのです。裁 さい 判 ばん 官 かん たちは影 えい 響 きょう 力 りょく のある権 けん 力 りょく 者 しゃ で,ほとんどがイエスのこの弟 で 子 し を見 み 下 くだ しています。法 ほう 廷 てい を招 しょう 集 しゅう した大 だい 祭 さい 司 し カヤファは,数 すう カ月 げつ 前 まえ にイエスに死 し 刑 けい を宣 せん 告 こく した時 とき もサンヘドリンを取 と り仕 し 切 き っていました。ステファノはおびえているでしょうか。
2 裁 さい 判 ばん 官 かん たちが見 み たところ,ステファノは全 まった くおびえていません。それどころか,ステファノの顔 かお は「天 てん 使 し の顔 かお のように見 み え」ます。(使 し 徒 と 6:15 )エホバ神 かみ からメッセージを託 たく されている天 てん 使 し たちは,いつも恐 おそ れず,穏 おだ やかで,落 お ち着 つ いています。今 いま のステファノはそういう天 てん 使 し たちのようです。憎 にく しみでいっぱいの裁 さい 判 ばん 官 かん たちからも,そう見 み えます。どうしてそんなに平 へい 然 ぜん としていられるのでしょうか。
3 その秘 ひ 訣 けつ を私 わたし たちもぜひ知 し りたいと思 おも います。ステファノがどういう経 けい 緯 い で裁 さい 判 ばん にかけられることになったか,調 しら べてみましょう。ステファノは自 じ 分 ぶん の信 しん 仰 こう について堂 どう 々 どう と語 かた る人 ひと でした。私 わたし たちはどのように倣 なら えるでしょうか。
4,5. (ア)ステファノが会 かい 衆 しゅう の中 なか で貴 き 重 ちょう な存 そん 在 ざい だったといえるのはどうしてですか。(イ)ステファノが「神 かみ から恵 めぐ みと力 ちから を豊 ゆた かに受 う け」ていたというのは,どういうことですか。
4 発 ほっ 足 そく したばかりの会 かい 衆 しゅう で,ステファノは貴 き 重 ちょう な存 そん 在 ざい でした。前 まえ の章 しょう で見 み たように,使 し 徒 と たちをサポートした7人 にん の謙 けん 虚 きょ な兄 きょう 弟 だい たちの1人 ひとり でした。ステファノがいろいろな能 のう 力 りょく に恵 めぐ まれていたことを考 かんが えると,その謙 けん 虚 きょ さが際 きわ 立 だ ちます。使 し 徒 と 6章 しょう 8節 せつ によると,一 いち 部 ぶ の使 し 徒 と たちと同 おな じように,「とても不 ふ 思 し 議 ぎ なことと奇 き 跡 せき 」を行 おこな うことができました。「神 かみ から恵 めぐ みと力 ちから を豊 ゆた かに受 う け」ていた,ともあります。これはどういうことでしょうか。
5 「神 かみ から[の]恵 めぐ み」と訳 やく されているギリシャ語 ご は「快 こころよ さ」とも訳 やく せます。ステファノは親 しん 切 せつ で優 やさ しく,親 した しみやすい人 ひと だったようです。ステファノの話 はなし には説 せっ 得 とく 力 りょく がありました。誠 せい 実 じつ さがにじみ出 で ていて,内 ない 容 よう に真 しん 実 じつ の響 ひび きがあったからです。そして,「力 ちから を豊 ゆた かに受 う け」ていました。いつも謙 けん 虚 きょ で,エホバの聖 せい なる力 ちから に頼 たよ っていたからです。自 じ 分 ぶん の能 のう 力 りょく にうぬぼれたりせずに,全 すべ てはエホバのおかげであることを認 みと め,愛 あい を込 こ めて伝 でん 道 どう し教 おし えました。反 はん 対 たい 者 しゃ たちが脅 きょう 威 い に感 かん じたのも無 む 理 り はありません。
6-8. (ア)反 はん 対 たい 者 しゃ たちはどんな2つの罪 つみ でステファノを訴 うった えましたか。どうしてですか。(イ)私 わたし たちがステファノから学 まな ぶとよいのはどうしてですか。
6 いろいろな人 ひと たちがステファノと議 ぎ 論 ろん して打 う ち負 ま かそうとしますが,「知 ち 恵 え と聖 せい なる力 ちから に満 み ちて語 かた るステファノには対 たい 抗 こう でき」ませんでした。 いら立 だ ったその人 ひと たちは「ひそかに人 ひと 々 びと を促 うなが し」て,事 じ 実 じつ 無 む 根 こん の罪 つみ をでっち上 あ げさせます。そして,「民 たみ と長 ちょう 老 ろう と律 りっ 法 ぽう 学 がく 者 しゃ たちをあおり立 た て」,ステファノがサンヘドリンに連 つ れていかれるようにします。(使 し 徒 と 6:9-12 )彼 かれ らは2つの罪 つみ でステファノを訴 うった えました。神 かみ を冒 ぼう 瀆 とく した罪 つみ と,モーセを冒 ぼう 瀆 とく した罪 つみ です。どうしてそう言 い うのでしょうか。
7 彼 かれ らいわく,ステファノは「この聖 せい なる場 ば 所 しょ 」(エルサレムの神 しん 殿 でん )のことを悪 わる く言 い って,神 かみ を冒 ぼう 瀆 とく しました。また,モーセが教 おし えた習 しゅう 慣 かん を変 か え,モーセの律 りっ 法 ぽう に逆 さか らうことを語 かた って,モーセのことも冒 ぼう 瀆 とく しました。(使 し 徒 と 6:13 )これが本 ほん 当 とう なら,重 じゅう 大 だい な罪 つみ でした。当 とう 時 じ のユダヤ人 じん は,神 しん 殿 でん ,モーセの律 りっ 法 ぽう ,律 りっ 法 ぽう に加 くわ えてきた多 おお くの口 こう 頭 とう 伝 でん 承 しょう を非 ひ 常 じょう に重 おも んじていたからです。ステファノは,危 き 険 けん 人 じん 物 ぶつ なので死 し 刑 けい にされるべきだと訴 うった えられていたわけです。
8 残 ざん 念 ねん なことに,現 げん 代 だい でも宗 しゅう 教 きょう 家 か たちが同 おな じ手 て を使 つか って,私 わたし たちを追 お い詰 つ めようとすることがあります。これまでも度 たび 々 たび ,政 せい 治 じ 家 か たちに働 はたら きかけてエホバの証 しょう 人 にん への迫 はく 害 がい をあおってきました。何 なに も悪 わる いことをしていないのに訴 うった えられたときは,どうしたらよいでしょうか。ステファノから大 たい 切 せつ なことを学 まな べます。
「 栄 えい 光 こう の 神 かみ 」について 堂 どう 々 どう と 語 かた る( 使 し 徒 と 7:1-53 )
9,10. 批 ひ 評 ひょう 家 か の中 なか には,ステファノの話 はなし についてどんなことを言 い う人 ひと がいますか。これから調 しら べるに当 あ たり,ステファノが問 と われていたどんな罪 つみ を覚 おぼ えておくとよいですか。
9 冒 ぼう 頭 とう で見 み たように,告 こく 発 はつ の内 ない 容 よう を聞 き いても,ステファノの表 ひょう 情 じょう は穏 おだ やかで天 てん 使 し のようでした。カヤファはステファノを見 み て,こう言 い います。「その通 とお りなのか」。(使 し 徒 と 7:1 )自 じ 分 ぶん が話 はな す番 ばん になり,ステファノは熱 あつ く語 かた ります。
10 批 ひ 評 ひょう 家 か の中 なか には,ステファノの話 はなし を批 ひ 判 はん し,長 なが い割 わり に答 こた えになっていないと言 い う人 ひと もいます。でも,それは違 ちが います。ステファノの話 はなし は,自 じ 分 ぶん の信 しん じていることを「弁 べん 明 めい 」する素 す 晴 ば らしい手 て 本 ほん です。(ペテ一 いち 3:15 )ステファノが問 と われていた罪 つみ は,神 しん 殿 でん のことを悪 わる く言 い って神 かみ を冒 ぼう 瀆 とく したことと,律 りっ 法 ぽう に逆 さか らうことを語 かた ってモーセを冒 ぼう 瀆 とく したことでした。ステファノはイスラエルの歴 れき 史 し の3つの時 じ 代 だい を要 よう 約 やく しながら,ポイントを突 つ いた弁 べん 明 めい をします。では,3つの時 じ 代 だい を1つずつ見 み てみましょう。
11,12. (ア)ステファノはどうしてアブラハムのことを話 はな しましたか。(イ)ステファノはどうしてヨセフのことを話 はな しましたか。
11 族 ぞく 長 ちょう 時 じ 代 だい 。( 使 し 徒 と 7:1-16 ) ステファノはまず,聞 き き手 て がよく知 し っている人 ひと を取 と り上 あ げ,相 あい 手 て の視 し 点 てん に立 た とうとします。ユダヤ人 じん から尊 そん 敬 けい されていた信 しん 仰 こう のあつい人 ひと アブラハムについて話 はな しました。そして,「栄 えい 光 こう の神 かみ 」エホバがアブラハムに最 さい 初 しょ に語 かた り掛 か けたのは,メソポタミアでのことだったと指 し 摘 てき します。(使 し 徒 と 7:2 )アブラハムは約 やく 束 そく の地 ち では外 がい 国 こく 人 じん だったわけです。神 しん 殿 でん もモーセの律 りっ 法 ぽう もありませんでした。であれば,そういうものがなければ神 かみ に仕 つか えられない,と言 い うことはできません。
12 聞 き いていたユダヤ人 じん たちは,アブラハムの子 し 孫 そん ヨセフのことも尊 そん 敬 けい していました。ステファノが指 し 摘 てき した通 とお り,ヨセフは何 なに も悪 わる いことをしていないのに,兄 きょう 弟 だい たちに捕 つか まって奴 ど 隷 れい として売 う られてしまいました。やがてはイスラエルの諸 しょ 部 ぶ 族 ぞく の父 ふ 祖 そ になった人 ひと たちから,ひどい仕 し 打 う ちを受 う けたのです。それでもエホバはヨセフを通 とお して,イスラエルの家 か 族 ぞく を飢 き 饉 きん から救 すく いました。ステファノは,ヨセフとイエス・キリストの共 きょう 通 つう 点 てん を意 い 識 しき していたはずです。でも,相 あい 手 て の聞 き く気 き をそがないために,そのことにはあえて触 ふ れません。
13. ステファノがモーセについて話 はな したことが弁 べん 明 めい になったのは,どうしてですか。そうやって,どんな問 もん 題 だい 点 てん に迫 せま っていきましたか。
13 モーセの 時 じ 代 だい 。( 使 し 徒 と 7:17-43 ) ステファノはモーセについて詳 くわ しく話 はな します。サンヘドリンの多 おお くはサドカイ派 は で,聖 せい 書 しょ のうちモーセが書 か いたもの だけを認 みと めていたからです。それに,ステファノはモーセを冒 ぼう 瀆 とく した罪 つみ に問 と われていたので,モーセと律 りっ 法 ぽう への敬 けい 意 い を表 あらわ すことで,弁 べん 明 めい しました。(使 し 徒 と 7:38 )さらに,モーセが,自 じ 分 ぶん が助 たす けようとした人 ひと たちから拒 きょ 絶 ぜつ されたことにも触 ふ れました。モーセは40歳 さい の時 とき に仲 なか 間 ま から突 つ っぱねられ,40年 ねん 以 い 上 じょう たって指 し 導 どう 者 しゃ になってからも何 なん 度 ど も非 ひ 難 なん されました。 このように,人 ひと 々 びと はエホバから任 にん 命 めい された人 ひと たちを繰 く り返 かえ し拒 きょ 絶 ぜつ してきました。ステファノは話 はなし を進 すす めながら,その大 おお きな問 もん 題 だい 点 てん に迫 せま っていきました。
14. ステファノはモーセについて話 はな すことにより,どんな大 たい 切 せつ なポイントを指 し 摘 てき しましたか。
14 ステファノが続 つづ けて話 はな したように,モーセは自 じ 分 ぶん のような預 よ 言 げん 者 しゃ がイスラエル国 こく 民 みん から生 う まれると予 よ 告 こく しました。それは誰 だれ で,どんなふうに迎 むか えられるのでしょうか。ステファノがそのことに触 ふ れるのは,話 はなし の最 さい 後 ご です。その前 まえ に別 べつ の大 たい 切 せつ なポイントを指 し 摘 てき します。どんな場 ば 所 しょ も聖 せい なる場 ば 所 しょ になり得 え る,ということです。エホバが,燃 も え盛 さか るいばらの木 き の中 なか からモーセに話 はな し掛 か けた時 とき もそうでした。であれば,エルサレムの神 しん 殿 でん のような1つの建 たて 物 もの だけでしかエホバを崇 すう 拝 はい できないと考 かんが えるのは,おかしいのではないでしょうか。
15,16. (ア)ステファノが幕 まく 屋 や について話 はな したのは,何 なに が言 い いたかったからですか。(イ)ソロモンの神 しん 殿 でん を引 ひ き合 あ いに出 だ すことで,ステファノは何 なに を伝 つた えようとしましたか。
15 幕 まく 屋 や と 神 しん 殿 でん 。( 使 し 徒 と 7:44-50 ) ステファノは,エルサレムに神 しん 殿 でん ができる前 まえ に神 かみ がモーセに幕 まく 屋 や を造 つく らせたことに言 げん 及 きゅう します。幕 まく 屋 や はテントのようなもので,移 い 動 どう させることができました。モーセが幕 まく 屋 や で崇 すう 拝 はい したのであれば,幕 まく 屋 や が神 しん 殿 でん より劣 おと っているとはいえないはずです。
16 後 こう 代 だい にソロモンはエルサレムに神 しん 殿 でん を建 た てた時 とき ,祈 いの りの中 なか でもっともなことを言 い いました。ステファノはそれに触 ふ れ,「至 し 高 こう 者 しゃ は人 ひと が造 つく った家 いえ には住 す みません」と言 い います。(使 し 徒 と 7:48。代 だい 二 に 6:18 )エホバが物 もの 事 ごと を進 すす めていく上 うえ で,神 しん 殿 でん は役 やく に立 た つかもしれませんが,どうしても必 ひつ 要 よう なわけではありません。そうであれば,神 しん 殿 でん のような建 たて 物 もの だけでしかエホバを崇 すう 拝 はい できない,と考 かんが えるのは間 ま 違 ちが っています。ステファノはイザヤ書 しょ から引 いん 用 よう して畳 たた み掛 か けます。「エホバは言 い う。天 てん は私 わたし の王 おう 座 ざ ,地 ち は私 わたし の足 あし 台 だい である。あなたたちは私 わたし のためにどんな家 いえ を建 た てるのか。また,私 わたし が休 やす む場 ば 所 しょ はどこか。私 わたし の手 て がこの全 すべ てを造 つく ったのではないか」。(使 し 徒 と 7:49,50。イザ 66:1,2 )
17. (ア)ステファノの話 はなし からすると,裁 さい 判 ばん 官 かん たちはどこが間 ま 違 ちが っていましたか。(イ)ステファノの弁 べん 明 めい が的 てき 確 かく だったといえるのはどうしてですか。
17 こうして見 み てくると,裁 さい 判 ばん 官 かん たちの間 ま 違 ちが いをステファノが見 み 事 ごと に明 あき らかにしていったことが分 わ かるのではないでしょうか。ステファノの言 い う通 とお り,エホバのやり方 かた は,決 き まりきっ たものでも伝 でん 統 とう に縛 しば られたものでもなく,いつも柔 じゅう 軟 なん で臨 りん 機 き 応 おう 変 へん です。裁 さい 判 ばん 官 かん たちは,いかにも立 りっ 派 ぱ な神 しん 殿 でん や,モーセの律 りっ 法 ぽう に加 くわ えられてきた習 しゅう 慣 かん にこだわるあまり,大 だい 事 じ なことを見 み 落 お としていました。神 しん 殿 でん や律 りっ 法 ぽう だけしか見 み えておらず,エホバの考 かんが えや気 き 持 も ちが分 わ かっていませんでした。ステファノはこう考 かんが えさせたかったのです。「一 いち 番 ばん 重 じゅう 要 よう なのはエホバに従 したが うことではないか。たとえ神 しん 殿 でん や律 りっ 法 ぽう を重 おも んじていても,エホバに従 したが っていないとしたら,意 い 味 み がないのではないか」。まさに的 てき 確 かく な弁 べん 明 めい でした。ステファノは,訴 うった えられるような間 ま 違 ちが ったことを何 なに もしていませんでした。エホバにずっと従 したが ってきたからです。
18. ステファノにどのように倣 なら えますか。
18 ステファノの弁 べん 明 めい からどんなことを学 まな べるでしょうか。ステファノは聖 せい 書 しょ に通 つう じていました。私 わたし たちも,「真 しん 理 り の言 こと 葉 ば を正 ただ しく用 もち いることができ」るよう,聖 せい 書 しょ をよく学 まな びましょう。(テモ二 に 2:15 )ステファノの話 はな し方 かた は物 もの 柔 やわ らかで,機 き 転 てん が利 き いていました。相 あい 手 て は敵 てき 対 たい 心 しん むき出 だ しでしたが,ステファノは聞 き き手 て が大 だい 事 じ にしているものを引 ひ き合 あ いに出 だ して,同 おな じ視 し 点 てん に立 た とうとしました。そして,敬 けい 意 い を込 こ めて話 はな し,「年 ねん 長 ちょう の方 かた 々 がた 」と呼 よ び掛 か けることもしました。(使 し 徒 と 7:2 )私 わたし たちも,聖 せい 書 しょ について「語 かた る時 とき には,温 おん 和 わ な態 たい 度 ど と深 ふか い敬 けい 意 い を示 しめ しましょう」。(ペテ一 いち 3:15 )
19. ステファノは最 さい 後 ご にどのように核 かく 心 しん を突 つ きましたか。
19 敬 けい 意 い を忘 わす れないようにしますが,相 あい 手 て の反 はん 応 のう を恐 おそ れて,聖 せい 書 しょ に書 か かれている真 しん 実 じつ を語 かた らないでおく,ということはしません。エホバからの警 けい 告 こく を和 やわ らげて伝 つた えることもしません。ステファノもそうはしませんでした。どれほど言 い っても,かたくなな裁 さい 判 ばん 官 かん たちは態 たい 度 ど を変 か えない,ということが分 わ かったのでしょう。聖 せい なる力 ちから に動 うご かされ,恐 おそ れずに核 かく 心 しん を突 つ いて話 はなし を締 し めくくります。あなたたちはヨセフやモーセや預 よ 言 げん 者 しゃ たちを迫 はく 害 がい した父 ふ 祖 そ たちと同 おな じだ,と指 し 摘 てき しました。確 たし かにそうです。サンヘドリンの裁 さい 判 ばん 官 かん たちは,モーセや預 よ 言 げん 者 しゃ たちがずっと期 き 待 たい を掛 か けていたメシアを殺 ころ しました。一 いち 番 ばん やってはいけないことをして,モーセの律 りっ 法 ぽう を破 やぶ ったのです。(使 し 徒 と 7:51-53 )
「 主 しゅ イエス, 私 わたし の 命 いのち を 受 う け 取 と ってください」( 使 し 徒 と 7:54–8:3 )
「これを聞 き いた人 ひと たちは,心 こころ の中 なか で激 げき 怒 ど し,ステファノに向 む かって歯 は ぎしりし始 はじ めた」。使 し 徒 と 7:54
20,21. ステファノの話 はなし を聞 き いて,サンヘドリンの人 ひと たちはどうしましたか。エホバはどのようにしてステファノを勇 ゆう 気 き づけましたか。
20 ステファノの話 はなし があまりにも的 まと を射 い ていたため,裁 さい 判 ばん 官 かん たちは全 まった く反 はん 論 ろん できず,怒 いか り狂 くる います。理 り 性 せい を失 うしな い,ステファノをにらみ付 つ けて歯 は ぎしりし始 はじ めます。ステファノはきっと,イエスと同 おな じ仕 し 打 う ちを受 う けると悟 さと ったはずです。
21 耐 た えられるよう助 たす けるため,エホバはステファノに幻 まぼろし を見 み せて勇 ゆう 気 き づけます。ステファノは神 かみ の栄 えい 光 こう を目 め にし,イエスが神 かみ の右 みぎ に立 た っているのを見 み ます。ステファノがその様 よう 子 す を話 はな すと,裁 さい 判 ばん 官 かん たちは手 て で耳 みみ をふさぎます。以 い 前 ぜん ,この同 おな じ法 ほう 廷 てい でイエスが,自 じ 分 ぶん はメシアで,間 ま もなく神 かみ の右 みぎ に座 すわ ると言 い っていました。(マル 14:62 )ステファノが見 み た幻 まぼろし からすると,まさにその通 とお りになっています。そのメシアをサンヘドリンはむごく扱 あつか って殺 ころ したのです。彼 かれ らは一 いっ 斉 せい に突 とっ 進 しん し,ステファノを石 いし 打 う ちにして殺 ころ しました。
22,23. ステファノの最 さい 期 ご はイエスとどのように似 に ていましたか。ステファノと同 おな じく,現 げん 代 だい のクリスチャンもどんな確 かく 信 しん を持 も っていますか。
22 ステファノは穏 おだ やかな心 こころ で,エホバを全 まった く信 しん 頼 らい し,敵 てき たちを許 ゆる して死 し んでいきました。尊 そん 敬 けい していたイエスとまさに同 おな じでした。おそらく幻 まぼろし でエホバと一 いっ 緒 しょ にいるイエスが見 み えていたのでしょう。「主 しゅ イエス,私 わたし の命 いのち を受 う け取 と ってください」と言 い います。イエスが言 い った「私 わたし は復 ふっ 活 かつ であり,命 いのち です」という言 こと 葉 ば を知 し っていたはずです。(ヨハ 11:25 )最 さい 後 ご に神 かみ に祈 いの って,大 おお きな声 こえ で「エホバ,この罪 つみ を彼 かれ らに負 お わせないでください」と言 い い,息 いき を引 ひ き取 と りました。(使 し 徒 と 7:59,60 )
23 こうしてステファノは,殉 じゅん 教 きょう した最 さい 初 しょ のクリスチャンになりました。(「ステファノ 殉 じゅん 教 きょう 者 しゃ ? 証 しょう 人 にん ? 」という囲 かこ みを参 さん 照 しょう 。)残 ざん 念 ねん ながら,その後 あと にも,殉 じゅん 教 きょう したクリスチャンたちがいます。現 げん 代 だい でも,狂 きょう 信 しん 的 てき な宗 しゅう 教 きょう 家 か や過 か 激 げき な政 せい 治 じ 家 か などの手 て に掛 か かって亡 な くなったエホバの証 しょう 人 にん がいます。それでも,私 わたし たちはステファノと同 おな じ確 かく 信 しん を持 も っています。エホバから並 なみ 外 はず れた力 ちから をもらったイエスが今 いま ,王 おう として統 とう 治 ち しています。そのイエスが,死 し ぬまで信 しん 仰 こう を貫 つらぬ いたクリスチャンたちを必 かなら ず復 ふっ 活 かつ させてくれます。(ヨハ 5:28,29 )
ステファノ 殉 じゅん 教 きょう 者 しゃ ? 証 しょう 人 にん ?
聖 せい 書 しょ の中 なか でステファノは,「証 しょう 人 にん 」と呼 よ ばれています。(使 し 徒 と 22:20 )そう訳 やく されているギリシャ語 ご はマルテュスです。歴 れき 史 し を見 み ると分 わ かるように,クリスチャンは反 はん 対 たい に遭 あ い,逮 たい 捕 ほ されて殴 おう 打 だ され,命 いのち を落 お とすことさえありました。そのため,このマルテュスという語 ご は,2世 せい 紀 き には,そのように信 しん 仰 こう を捨 す てなかったために亡 な くなった人 ひと ,つまり殉 じゅん 教 きょう 者 しゃ を指 さ すようにもなりました。この意 い 味 み で,ステファノは最 さい 初 しょ のマルテュスと言 い えます。
とはいえ,マルテュスの元 もと 々 もと の意 い 味 み を知 し っておくのは大 たい 切 せつ なことです。マルテュスには「証 しょう 人 にん 」という意 い 味 み があり,ある行 こう 為 い や出 で 来 き 事 ごと を目 め にした人 ひと を指 さ します。そして,あるギリシャ語 ご 辞 じ 書 しょ によると,それ以 い 上 じょう の意 い 味 み があります。聖 せい 書 しょ 中 ちゅう でマルテュスは,「行 こう 動 どう する」人 ひと ,「自 じ 分 ぶん が見 み 聞 き きした事 こと を話 はな すよう,また知 し っている事 こと を告 つ げるよう求 もと められる」人 ひと を指 さ しています。マルテュスのこの意 い 味 み は,クリスチャンの責 せき 任 にん を思 おも い起 お こさせます。私 わたし たちみんなには,エホバがどんな方 かた でどんな考 かんが えを持 も っているか,自 じ 分 ぶん が学 まな んだ事 こと を伝 つた える責 せき 務 む があります。ステファノはまさにその責 せき 務 む を立 りっ 派 ぱ に果 は たした人 ひと でした。(ルカ 24:48。 使 し 徒 と 1:8 )
24. サウロはステファノの殺 さつ 害 がい にどのように関 かか わっていましたか。ステファノの殉 じゅん 教 きょう は後 のち 々 のち どんな影 えい 響 きょう を与 あた えていきましたか。
24 この一 いち 部 ぶ 始 し 終 じゅう をサウロという若 わか 者 もの が見 み ていました。サウロはステファノの殺 さつ 害 がい に賛 さん 成 せい し,石 いし を投 な げる人 ひと たちの外 がい 衣 い を見 み 張 は っていました。そして間 ま もなくして,クリスチャンへの激 はげ しい迫 はく 害 がい を先 せん 導 どう しました。とはいえ,伝 でん 道 どう の勢 いきお いは弱 よわ まるどころか,ステファノの殉 じゅん 教 きょう がかえってクリスチャンたちに勇 ゆう 気 き と力 ちから を与 あた えました。多 おお くの人 ひと が同 おな じように命 いのち を懸 か けて伝 でん 道 どう し,信 しん 仰 こう を貫 つらぬ いたのです。やがてパウロと呼 よ ばれるようになったサウロさえ,ステファノの殺 さつ 害 がい に関 かか わったことを心 こころ から悔 く やむようになります。(使 し 徒 と 22:20 )自 じ 分 ぶん のことを,「以 い 前 ぜん は神 かみ を冒 ぼう 瀆 とく し,神 かみ の民 たみ を迫 はく 害 がい し,横 おう 柄 へい だった」と認 みと めるようになります。(テモ一 いち 1:13 )きっとパウロは,ステファノのこと,彼 かれ がした力 ちから 強 づよ い話 はなし をずっと忘 わす れなかったはずです。自 じ 分 ぶん の話 はなし や手 て 紙 がみ の中 なか で,ステファノの話 はなし と似 に たポイントを取 と り上 あ げています。(使 し 徒 と 7:48; 17:24。 ヘブ 9:24 )パウロは,「神 かみ から恵 めぐ みと力 ちから を豊 ゆた かに受 う けた」ステファノの信 しん 仰 こう と勇 ゆう 気 き にしっかり見 み 習 なら っていきました。私 わたし たちはどうでしょうか。