1-3. ペテロはどんな幻 まぼろし を見 み ましたか。その意 い 味 み を知 し ることが大 たい 切 せつ なのはどうしてですか。
時 とき は36年 ねん 。屋 おく 上 じょう で祈 いの るペテロに秋 あき の日 ひ 差 ざ しが降 ふ り注 そそ いでいます。ペテロはここしばらく,港 みなと 町 まち ヨッパの海 うみ 辺 べ の家 いえ に宿 しゅく 泊 はく しています。皮 かわ なめし職 しょく 人 にん シモンの家 いえ です。ユダヤ人 じん の中 なか にはこの職 しょく 業 ぎょう の人 ひと の家 いえ に泊 と まろうとしない人 ひと もいたので,ペテロにはあまり偏 へん 見 けん がなかったことが分 わ かります。 でもペテロは,エホバの公 こう 平 へい さについてもっと学 まな ばなければいけませんでした。
2 ペテロは祈 いの っているうちに恍 こう 惚 こつ 状 じょう 態 たい になり,幻 まぼろし を見 み ます。大 おお きな亜 あ 麻 ま 布 ぬの が四 よ 隅 すみ をつるされて下 お りてきます。その中 なか には,律 りっ 法 ぽう で清 きよ くないとされている動 どう 物 ぶつ が入 はい っています。ペテロは「ほふって食 た べなさい!」と言 い われ,こう答 こた えます。「汚 けが れたものや清 きよ くないものはこれまで食 た べたことがありません」。ペテロは3度 ど にわたって拒 こば みますが,3度 ど ともこう言 い われます。「神 かみ が清 きよ めたものを,汚 けが れていると言 い ってはなりません」。(使 し 徒 と 10:14-16 )ユダヤ人 じん なら誰 だれ でも嫌 いや な気 き 持 も ちになるような幻 まぼろし でした。ペテロもとても戸 と 惑 まど いましたが,やがてその意 い 味 み を知 し ることになります。
3 私 わたし たちにとってもこの幻 まぼろし の意 い 味 み はとても重 じゅう 要 よう です。そこから,エホバが人 ひと をどう見 み ているかが分 わ かるからです。私 わたし たちも同 おな じ見 み 方 かた をしないと,神 かみ の王 おう 国 こく について徹 てっ 底 てい 的 てき に教 おし えることはできません。では,幻 まぼろし の意 い 味 み を知 し るために,この前 ぜん 後 ご に起 お きた出 で 来 き 事 ごと を調 しら べてみましょう。
4,5. コルネリオはどんな人 ひと でしたか。祈 いの っていると,どんなことがありましたか。
4 ペテロは知 し りませんでしたが,幻 まぼろし を見 み た前 まえ の日 ひ ,約 やく 50㌔北 きた のカエサレアでコルネリオという人 ひと も幻 まぼろし を見 み ていました。コルネリオはローマ軍 ぐん の百 ひゃく 人 にん 隊 たい 長 ちょう で,「神 かみ を畏 おそ れる人 ひと 」 でした。 家 か 族 ぞく を大 だい 事 じ にしていて,「家 いえ の人 ひと 全 ぜん 員 いん と一 いっ 緒 しょ に神 かみ を崇 すう 拝 はい し」ていました。ユダヤ教 きょう に改 かい 宗 しゅう してはおらず,割 かつ 礼 れい を受 う けていない異 い 国 こく 人 じん でした。それでも,困 こま っているユダヤ人 じん を思 おも いやり,お金 かね や物 もの を分 わ け与 あた えていました。とても誠 せい 実 じつ で,「いつも神 かみ に祈 き 願 がん をして」いました。(使 し 徒 と 10:2 )
5 午 ご 後 ご 3時 じ ごろ,コルネリオが祈 いの っていると,幻 まぼろし の中 なか で天 てん 使 し からこう言 い われます。「神 かみ はあなたの祈 いの りと憐 あわ れみの施 ほどこ しに注 ちゅう 目 もく し,覚 おぼ えています」。(使 し 徒 と 10:4 )さらに天 てん 使 し から,使 し 徒 と ペテロを呼 よ ぶよう指 し 示 じ され,その通 とお りにするため人 ひと を遣 つか わします。コルネリオのために今 いま ,扉 とびら が開 ひら こうとしていました。割 かつ 礼 れい を受 う けていない異 い 国 こく 人 じん には,これまで閉 と ざされていた扉 とびら です。その先 さき には救 すく いへの道 みち が続 つづ いています。
6,7. (ア)神 かみ について知 し りたいと願 ねが う人 ひと の祈 いの りを,神 かみ は確 たし かに聞 き いています。そのことが分 わ かるどんな例 れい がありますか。(イ)そうした例 れい から,どんなことが分 わ かりますか。
6 現 げん 代 だい でも,神 かみ について知 し りたいと願 ねが う人 ひと の祈 いの りを,神 かみ は確 たし かに聞 き いています。アルバニアの女 じょ 性 せい の例 れい があります。女 じょ 性 せい は,伝 でん 道 どう にやって来 き たエホバの証 しょう 人 にん から,子 こ 育 そだ てについて書 か かれた「ものみの塔 とう 」誌 し を受 う け取 と り,こう言 い いました。 「信 しん じられません。子 こ 供 ども の育 そだ て方 かた について教 おし えてくださいと祈 いの っていたところでした。神 かみ 様 さま があなたを遣 つか わしてくださったんですね。本 ほん 当 とう にありがとうございます。ちょうど知 し りたかったことなんです」。女 じょ 性 せい は娘 むすめ たちと一 いっ 緒 しょ に聖 せい 書 しょ レッスンを受 う けるようになり,後 あと から夫 おっと も学 まな ぶようになりました。
7 これは決 けっ して珍 めずら しい例 れい ではありません。世 せ 界 かい 中 じゅう でこうしたことがよくあるので,偶 ぐう 然 ぜん とはいえません。こういう例 れい から,2つのことが分 わ かります。1つ目 め に,神 かみ について知 し りたいと願 ねが う人 ひと の祈 いの りを,エホバは間 ま 違 ちが いなく聞 き いています。(王 おう 一 いち 8:41-43。詩 し 65:2 )2つ目 め に,天 てん 使 し が私 わたし たちの伝 でん 道 どう をサポートしてくれています。(啓 けい 14:6,7 )
8,9. 聖 せい なる力 ちから はペテロにどんなことを知 し らせましたか。ペテロはどうしましたか。
8 まだ屋 おく 上 じょう にいるペテロが「幻 まぼろし は何 なに を意 い 味 み するのだろうと戸 と 惑 まど っていると」,コルネリオから遣 つか わされた人 ひと たちが家 いえ にやって来 き ます。(使 し 徒 と 10:17 )ペテロは,清 きよ くない動 どう 物 ぶつ は食 た べられないと3度 ど も言 い うほど,律 りっ 法 ぽう を重 おも んじていました。ではそのペテロは,やって来 き た人 ひと たちと一 いっ 緒 しょ に異 い 国 こく 人 じん の家 いえ を訪 たず ねるでしょうか。神 かみ は,どうしてほしいと思 おも っているかを聖 せい なる力 ちから によって知 し らせます。「3人 にん の人 ひと が会 あ いに来 き ています。立 た って,下 した に下 お り,何 なに も疑 うたが わないで一 いっ 緒 しょ に行 い きなさい。私 わたし が遣 つか わした人 ひと たちです」。(使 し 徒 と 10:19,20 )ペテロは清 きよ くない動 どう 物 ぶつ の幻 まぼろし を見 み ていたおかげで,素 す 直 なお に聖 せい なる力 ちから に導 みちび いてもらうことができました。
9 遣 つか わされた人 ひと たちは,コルネリオが神 かみ から指 し 示 じ を受 う け,ペテロを連 つ れてくるようにと言 い われたことを話 はな します。ペテロはそれを聞 き いて,異 い 国 こく 人 じん の3人 にん を家 いえ に「招 まね き入 い れてもてなし」ました。(使 し 徒 と 10:23前 ぜん 半 はん )こうしてペテロは,神 かみ が考 かんが えている事 こと を感 かん じ取 と り,新 あら たな展 てん 開 かい に自 じ 分 ぶん を合 あ わせていきました。
10. エホバは私 わたし たちをどのように導 みちび いていますか。どんなことを考 かんが えてみるとよいですか。
10 現 げん 代 だい でも,エホバは自 じ 分 ぶん の考 かんが えを少 すこ しずつ明 あき らかにし,私 わたし たちが良 よ い方 ほう 向 こう に進 すす めるようにしてくれています。(格 かく 4:18 )聖 せい なる力 ちから によって「忠 ちゅう 実 じつ で思 し 慮 りょ 深 ぶか い奴 ど 隷 れい 」を導 みちび いています。(マタ 24:45 )時 とき 々 どき ,聖 せい 書 しょ の理 り 解 かい が変 か わったり,物 もの 事 ごと のやり方 かた が変 へん 更 こう されたりすることがあります。「そういう進 しん 展 てん にどう反 はん 応 のう しているだろうか。聖 せい なる力 ちから が導 みちび いている方 ほう 向 こう に自 じ 分 ぶん を合 あ わせているだろうか」と考 かんが えてみましょう。
11,12. カエサレアに着 つ いたペテロはどうしましたか。ペテロは何 なに を学 まな んでいましたか。
11 幻 まぼろし を見 み た次 つぎ の日 ひ ,ペテロは9人 にん (コルネリオに遣 つか わされた3人 にん とヨッパの「6人 にん の[ユダヤ人 じん の]兄 きょう 弟 だい たち」)と一 いっ 緒 しょ にカエサレアに向 む かいます。(使 し 徒 と 11:12 )コルネリオは「親 しん 族 ぞく や親 した しい友 ゆう 人 じん たちを呼 よ び集 あつ めて」,ペテロが来 く るのを待 ま っていました。みんな異 い 国 こく 人 じん だったと思 おも われます。(使 し 徒 と 10:24 )家 いえ の前 まえ に着 つ いたペテロはどうするでしょうか。ここは割 かつ 礼 れい を受 う けていない異 い 国 こく 人 じん の家 いえ です。以 い 前 ぜん のペテロなら家 いえ に入 はい るなんて考 かんが えられません。でも中 なか に入 はい り,こう言 い います。「よくご存 ぞん じの通 とお り,ユダヤ人 じん にとって,別 べつ の人 じん 種 しゅ の人 ひと と交 こう 友 ゆう を持 も ったりそのもとを訪 おとず れたりするのは許 ゆる されないことです。しかし神 かみ は,誰 だれ のことも汚 けが れているとか清 きよ くないとか言 い ってはならないことを私 わたし に示 しめ しました」。(使 し 徒 と 10:28 )ペテロは幻 まぼろし の意 い 味 み に気 き 付 づ いていました。単 たん に,食 た べてよい動 どう 物 ぶつ について教 おし える幻 まぼろし ではありませんでした。ポイントは,「誰 だれ のことも [異 い 国 こく 人 じん のことも]汚 けが れていると……言 い ってはならない」ということです。
「コルネリオは待 ま ち受 う けていて,親 しん 族 ぞく や親 した しい友 ゆう 人 じん たちを呼 よ び集 あつ めていた」。使 し 徒 と 10:24
12 家 いえ に集 あつ まっていた人 ひと たちは興 きょう 味 み 津 しん 々 しん です。「今 いま ,私 わたし たちは皆 みな ,あなたが話 はな すようにとエホバが命 めい じた事 こと 柄 がら を,全 すべ て聞 き くために神 かみ の前 まえ にいます」とコルネリオが言 い います。(使 し 徒 と 10:33 )伝 でん 道 どう で会 あ った人 ひと からこんなふうに言 い われたら,本 ほん 当 とう にうれしいのではないでしょうか。ペテロは確 かく 信 しん を持 も ってこう言 い います。「神 かみ が不 ふ 公 こう 平 へい ではないことがよく分 わ かりました。神 かみ を畏 おそ れて正 ただ しいことを行 おこな う人 ひと はどの国 くに の人 ひと でも神 かみ に受 う け入 い れられるのです」。そう言 い ってから,イエスの宣 せん 教 きょう ,死 し ,復 ふっ 活 かつ について伝 つた えました。(使 し 徒 と 10:34,35 )ペテロはすでに大 だい 事 じ なことを学 まな んでいました。神 かみ は,人 じん 種 しゅ や国 こく 籍 せき ,見 み た目 め などで人 ひと をひいきしたりはしません。
13,14. (ア)36年 ねん に異 い 国 こく 人 じん たちがクリスチャンになったのは画 かっ 期 き 的 てき なことでした。どうしてですか。(イ)人 ひと を見 み た目 め で判 はん 断 だん してはいけないのはどうしてですか。
13 すると何 なん と,「ペテロが話 はな しているうちに」,そこにいた「異 い 国 こく の人 ひと 々 びと 」に聖 せい なる力 ちから が注 そそ がれます。(使 し 徒 と 10:44,45 )バプテスマの前 まえ に 聖 せい なる力 ちから が注 そそ がれた例 れい が書 か かれているのは,聖 せい 書 しょ の中 なか でここだけです。神 かみ のサインを感 かん じ取 と ったペテロは,その異 い 国 こく 人 じん たちに「バプテスマを受 う けるようにと命 めい じ」ます。(使 し 徒 と 10:48 )こうして36年 ねん ,異 い 国 こく 人 じん がクリスチャンになり,ユダヤ人 じん が特 とく 別 べつ だった時 じ 代 だい は終 お わりを迎 むか えました。(ダニ 9:24-27 )ペテロはこのようにして,「王 おう 国 こく の鍵 かぎ 」の3つ目 め ,最 さい 後 ご の鍵 かぎ を使 つか いました。(マタ 16:19 )扉 とびら が開 ひら いたことにより,割 かつ 礼 れい を受 う けていない異 い 国 こく 人 じん にも,聖 せい なる力 ちから によって選 えら ばれたクリスチャンになる道 みち が開 ひら かれました。
14 私 わたし たちも伝 でん 道 どう するとき,「神 かみ は不 ふ 公 こう 平 へい ではない」ことを忘 わす れないようにします。(ロマ 2:11 )神 かみ は「あらゆる人 ひと が救 すく われ」ることを望 のぞ んでいます。(テモ一 いち 2:4 )それで,人 ひと を見 み た目 め で判 はん 断 だん しないようにしましょう。私 わたし たちの使 し 命 めい は,神 かみ の王 おう 国 こく について徹 てっ 底 てい 的 てき に教 おし えることです。人 じん 種 しゅ ,国 こく 籍 せき ,外 がい 見 けん ,何 なに を信 しん じているかに関 かか わりなく,全 すべ ての 人 ひと に伝 でん 道 どう します。
「 兄 きょう 弟 だい たちは…… 反 はん 対 たい をやめ, 神 かみ をたたえ[た]」( 使 し 徒 と 11:1-18 )
15,16. ユダヤ人 じん のクリスチャンがペテロを批 ひ 判 はん したのはどうしてですか。ペテロはどう答 こた えましたか。
15 起 お きたことを話 はな したくて,ペテロはエルサレムに向 む かいます。でも,割 かつ 礼 れい を受 う けていない「異 い 国 こく の人 ひと 々 びと も神 かみ の言 こと 葉 ば を受 う け入 い れた」という知 し らせはすでに伝 つた わっていたようです。「割 かつ 礼 れい を支 し 持 じ する人 ひと 々 びと 」が,到 とう 着 ちゃく したペテロを「批 ひ 判 はん し始 はじ め」ます。「あなたは割 かつ 礼 れい を受 う けていない人 ひと の家 いえ に入 はい って一 いっ 緒 しょ に食 しょく 事 じ をした」と言 い ってきます。(使 し 徒 と 11:1-3 )彼 かれ らが問 もん 題 だい にしたのは,異 い 国 こく 人 じん がクリスチャンになるのはおかしいということではありません。エホバを崇 すう 拝 はい するには,異 い 国 こく 人 じん も律 りっ 法 ぽう を守 まも って割 かつ 礼 れい を受 う けなければいけない, と考 かんが えていました。これまで厳 げん 守 しゅ してきたモーセの律 りっ 法 ぽう から離 はな れるのが難 むずか しかったのです。
16 ペテロは何 なん と答 こた えるでしょうか。使 し 徒 と 11章 しょう 4-16節 せつ で,神 かみ が物 もの 事 ごと を動 うご かしている証 しょう 拠 こ を4つ挙 あ げています。(1)神 かみ からの幻 まぼろし を見 み たこと(4-10節 せつ ),(2)聖 せい なる力 ちから を通 とお して神 かみ から指 し 示 じ があったこと(11,12節 せつ ),(3)天 てん 使 し がコルネリオを訪 たず ねたこと(13,14節 せつ ),(4)異 い 国 こく 人 じん たちに聖 せい なる力 ちから が注 そそ がれたこと(15,16節 せつ )です。それから,こう言 い って考 かんが えさせます。「それで,神 かみ が,主 しゅ イエス・キリストを信 しん じた私 わたし たち[ユダヤ人 じん ]に与 あた えたのと同 おな じ無 む 償 しょう の贈 おく り物 もの [聖 せい なる力 ちから ]をその人 ひと たち[異 い 国 こく 人 じん ]に与 あた えた以 い 上 じょう ,どうしてこの私 わたし が神 かみ を妨 さまた げることなどできたでしょうか」。(使 し 徒 と 11:17 )
17,18. (ア)ペテロの説 せつ 明 めい を聞 き いたユダヤ人 じん のクリスチャンには,どんな葛 かっ 藤 とう があったかもしれませんか。(イ)会 かい 衆 しゅう の絆 きずな を守 まも るのが難 むずか しいことがあるのはどうしてですか。自 じ 分 ぶん についてどんなことを考 かんが えてみるとよいですか。
17 ユダヤ人 じん のクリスチャンたちはどうするでしょうか。偏 かたよ った見 み 方 かた を捨 す てて,異 い 国 こく 人 じん たちを仲 なか 間 ま として受 う け入 い れるでしょうか。こう書 か かれています。「兄 きょう 弟 だい たち[使 し 徒 と たちとほかのユダヤ人 じん のクリスチャン]はこれらのことを聞 き くと,反 はん 対 たい をやめ,神 かみ をたたえてこう言 い った。『それでは,神 かみ は異 い 国 こく の人 ひと 々 びと が悔 く い改 あらた めて命 いのち を得 え ることも望 のぞ んでいるのだ』」。(使 し 徒 と 11:18 )こうして,みんなが新 あら たな進 しん 展 てん を前 まえ 向 む きに受 う け止 と め,会 かい 衆 しゅう の絆 きずな は守 まも られました。
18 現 げん 代 だい でも,会 かい 衆 しゅう の絆 きずな を守 まも るのが難 むずか しいことがあります。エホバの証 しょう 人 にん は「全 すべ ての国 くに や民 みん 族 ぞく や種 しゅ 族 ぞく や言 げん 語 ご の人 ひと 々 びと の中 なか から来 き [ている]」からです。(啓 けい 7:9 )多 おお くの会 かい 衆 しゅう では,いろんな人 じん 種 しゅ ,文 ぶん 化 か ,生 お い立 た ちの人 ひと たちが混 ま ざり合 あ っています。それで,こう考 かんが えてみましょう。「自 じ 分 ぶん はちょっとでも偏 かたよ った見 み 方 かた をしていないだろうか。世 よ の中 なか に見 み られる国 こっ 家 か 主 しゅ 義 ぎ ,民 みん 族 ぞく 主 しゅ 義 ぎ ,文 ぶん 化 か 的 てき 偏 へん 見 けん ,人 じん 種 しゅ 差 さ 別 べつ などの影 えい 響 きょう を少 すこ しでも受 う けていないだろうか」。今 こん 回 かい エホバの公 こう 平 へい さを学 まな んだペテロ(ケファ)も,数 すう 年 ねん 後 ご には失 しっ 敗 ぱい してしまいました。周 まわ りの偏 へん 見 けん の影 えい 響 きょう を受 う けて,異 い 国 こく 人 じん のクリスチャンから「離 はな れていき」,パウロから間 ま 違 ちが いを正 ただ されました。(ガラ 2:11-14 )私 わたし たちも気 き を付 つ けたいものです。
19. アンティオキアのユダヤ人 じん のクリスチャンは,どんな人 ひと たちに伝 でん 道 どう し始 はじ めましたか。どんな成 せい 果 か がありましたか。
19 クリスチャンたちは,割 かつ 礼 れい を受 う けていない異 い 国 こく 人 じん にも伝 でん 道 どう し始 はじ めるでしょうか。シリアのアンティオキアで起 お きたことに注 ちゅう 目 もく しましょう。 この都 と 市 し には多 おお くのユダヤ人 じん が住 す んでいましたが,ユダヤ人 じん と異 い 国 こく 人 じん の間 あいだ に敵 てき 対 たい 心 しん はほとんどありませんでした。そのため,異 い 国 こく 人 じん への伝 でん 道 どう がしやすい場 ば 所 しょ だったといえます。それでこの都 と 市 し で,ユダヤ人 じん が「ギリシャ語 ご を話 はな す人 ひと 々 びと 」に良 よ い知 し らせを伝 つた えることが始 はじ まりました。(使 し 徒 と 11:20 )ギリシャ語 ご を話 はな すユダヤ人 じん にだけでなく,割 かつ 礼 れい を受 う けていない異 い 国 こく 人 じん にも伝 でん 道 どう しました。エホバが成 せい 功 こう させてくださり,「大 おお 勢 ぜい の人 ひと が信 しん じるようにな」りました。(使 し 徒 と 11:21 )
シリアのアンティオキア
シリアのアンティオキアは,地 ち 中 ちゅう 海 かい 沿 えん 岸 がん の港 みなと セレウキアからオロンテス川 がわ を30㌔ほどさかのぼった所 ところ にあり,エルサレムの約 やく 550㌔北 きた に位 い 置 ち していました。(使 し 徒 と 13:4 )セレウコス朝 ちょう の最 さい 初 しょ の統 とう 治 ち 者 しゃ セレウコス1世 せい ニカトールが,紀 き 元 げん 前 ぜん 300年 ねん にアンティオキアを建 た てました。アンティオキアはセレウコス朝 ちょう の首 しゅ 都 と として,すぐに非 ひ 常 じょう に重 じゅう 要 よう な都 と 市 し になります。紀 き 元 げん 前 ぜん 64年 ねん ,ローマの将 しょう 軍 ぐん ポンペイウスがシリアをローマの属 ぞく 州 しゅう とし,アンティオキアを州 しゅう 都 と にしました。西 せい 暦 れき 1世 せい 紀 き には,アンティオキアはローマ帝 てい 国 こく の都 と 市 し の中 なか で,規 き 模 ぼ と豊 ゆた かさの面 めん で,ローマとアレクサンドリアに次 つ ぐ第 だい 3の地 ち 位 い にありました。
アンティオキアは政 せい 治 じ だけでなく商 しょう 業 ぎょう の中 ちゅう 心 しん 地 ち でもありました。シリア全 ぜん 土 ど の商 しょう 品 ひん はこの都 と 市 し を経 けい 由 ゆ して地 ち 中 ちゅう 海 かい 沿 えん 岸 がん 地 ち 域 いき に輸 ゆ 出 しゅつ されました。「ギリシャ・ローマ世 せ 界 かい と東 とう 方 ほう 地 ち 域 いき の境 きょう 界 かい に近 ちか かったので,たいていのヘレニズム都 と 市 し よりもはるかに国 こく 際 さい 色 しょく 豊 ゆた かだった」とある学 がく 者 しゃ は言 い っています。アンティオキアには大 おお きなユダヤ人 じん コミュニティーがあり,ユダヤ人 じん の歴 れき 史 し 家 か フラウィウス・ヨセフスによれば,彼 かれ らはその都 と 市 し の「非 ひ 常 じょう に大 おお 勢 ぜい のギリシャ人 じん を改 かい 宗 しゅう 者 しゃ にした」とのことです。
20,21. バルナバは自 じ 分 ぶん の限 げん 界 かい を認 みと めて,どんなことをしましたか。宣 せん 教 きょう でどのようにバルナバに倣 なら えますか。
20 アンティオキアでの発 はっ 展 てん が見 み 込 こ まれたため,エルサレムの会 かい 衆 しゅう はバルナバを遣 つか わします。それでも,関 かん 心 しん を持 も つ人 ひと があまりにも多 おお く,バルナバ1人 ひとり では足 た りませんでした。ほかに誰 だれ がここで奉 ほう 仕 し するとよいでしょうか。異 い 国 こく 人 じん への使 し 徒 と になるよう選 えら ばれていたサウロがまさに適 てき 任 にん です。(使 し 徒 と 9:15。ロマ 1:5 )バルナバはライバル心 しん を抱 いだ いて,サウロを誘 さそ うことをためらうでしょうか。そんなことはありません。助 たす けが必 ひつ 要 よう なことを謙 けん 虚 きょ に認 みと め,タルソスに行 い ってサウロを捜 さが し,アンティオキアに来 き てもらいます。2人 ふたり は丸 まる 1年 ねん 一 いっ 緒 しょ に働 はたら き,アンティオキアの会 かい 衆 しゅう の人 ひと たちの信 しん 仰 こう を強 つよ めました。(使 し 徒 と 11:22-26前 ぜん 半 はん )
21 私 わたし たちも自 じ 分 ぶん の限 げん 界 かい を認 みと め,謙 けん 虚 きょ でいたいと思 おも います。宣 せん 教 きょう で,みんなそれぞれ違 ちが う得 とく 意 い 分 ぶん 野 や を持 も っています。日 にち 常 じょう で出 で 会 あ う人 ひと に話 はな し掛 か けたり,家 いえ を訪 ほう 問 もん したりするのが得 とく 意 い でも,再 ふたた び訪 ほう 問 もん したり聖 せい 書 しょ レッスンを始 はじ めたりするのは苦 にが 手 て かもしれません。伸 の ばしたい分 ぶん 野 や があれば,得 とく 意 い な人 ひと に教 おし えてもらうのはどうでしょうか。そうすれば,宣 せん 教 きょう がもっと楽 たの しくなり,成 せい 果 か もきっと上 あ がるはずです。(コリ一 いち 9:26 )
22,23. アンティオキアの兄 きょう 弟 だい たちはどのように兄 きょう 弟 だい 愛 あい を表 あらわ しましたか。現 げん 代 だい のエホバの証 しょう 人 にん はどうですか。
22 「弟 で 子 し たちが神 かみ の導 みちび きによってクリスチャンと呼 よ ばれた」のは,アンティオキアが最 さい 初 しょ でした。(使 し 徒 と 11:26後 こう 半 はん )神 かみ の導 みちび きにより,キリストの生 い き方 かた に倣 なら う人 ひと たちにぴったりの名 めい 称 しょう が生 う まれました。異 い 国 こく 人 じん もクリスチャンになっていましたが,ユダヤ人 じん のクリスチャンとの関 かん 係 けい はどのようなものだったのでしょうか。46年 ねん ごろ,大 だい 飢 き 饉 きん が起 お きました。 昔 むかし は特 とく に,飢 き 饉 きん になると貧 まず しい人 ひと たちが苦 くる しみました。お金 かね や食 た べ物 もの の蓄 たくわ えがなかったからです。この大 だい 飢 き 饉 きん の時 とき も,ユダヤに住 す むユダヤ人 じん のクリスチャンの多 おお くは貧 まず しかったため,困 こん 窮 きゅう しました。そのことを知 し って,アンティオキアの兄 きょう 弟 だい たち(異 い 国 こく 人 じん のクリスチャンも含 ふく む)は「ユダヤに住 す む兄 きょう 弟 だい たちを救 きゅう 援 えん する」ことにしました。(使 し 徒 と 11:29 )素 す 晴 ば らしい兄 きょう 弟 だい 愛 あい です。クリスチャンたちは固 かた い絆 きずな で結 むす ばれていました。
23 現 げん 代 だい のエホバの証 しょう 人 にん も同 おな じです。近 ちか くであれ遠 とお くであれ,兄 きょう 弟 だい たちが苦 くる しんでいるのを知 し ると,助 たす けになろうとします。仲 なか 間 ま がハリケーン,地 じ 震 しん ,津 つ 波 なみ などの自 し 然 ぜん 災 さい 害 がい に見 み 舞 ま われると,支 し 部 ぶ 委 い 員 いん 会 かい はすぐに災 さい 害 がい 救 きゅう 援 えん 委 い 員 いん 会 かい を設 もう けます。私 わたし たちは兄 きょう 弟 だい たちを心 こころ から愛 あい しているので,そうした救 きゅう 援 えん 活 かつ 動 どう をします。(ヨハ 13:34,35。 ヨハ一 いち 3:17 )
24. ペテロが見 み た幻 まぼろし の意 い 味 み を忘 わす れずに,どうしていくことが大 たい 切 せつ ですか。
24 では,1世 せい 紀 き にヨッパでペテロが見 み た幻 まぼろし の意 い 味 み を忘 わす れないようにしましょう。エホバは公 こう 平 へい な方 かた です。私 わたし たちが相 あい 手 て の人 じん 種 しゅ ,国 こく 籍 せき ,社 しゃ 会 かい 的 てき 地 ち 位 い に関 かか わりなく,神 かみ の王 おう 国 こく について徹 てっ 底 てい 的 てき に教 おし えることを,エホバは願 ねが っています。これからも良 よ い知 し らせをあらゆる人 ひと に伝 つた えていきましょう。(ロマ 10:11-13 )
兄 きょう 弟 だい たちが困 こま っているときは助 たす けになろうとする。
コルネリオとローマ 軍 ぐん
ローマの属 ぞく 州 しゅう ユダヤの行 ぎょう 政 せい ・軍 ぐん 事 じ の本 ほん 拠 きょ 地 ち はカエサレアでした。総 そう 督 とく の指 し 揮 き 下 か にあった軍 ぐん 隊 たい は,500騎 き から1000騎 き の騎 き 兵 へい 隊 たい と5つの歩 ほ 兵 へい 隊 たい から成 な っていました。1つの歩 ほ 兵 へい 隊 たい は総 そう 勢 ぜい 600人 にん ほどでした。これらの兵 へい 士 し は通 つう 常 じょう ,ローマ市 し 民 みん ではない人 ひと たちの中 なか から徴 ちょう 募 ぼ されました。大 たい 半 はん はカエサレアで軍 ぐん 務 む に就 つ きましたが,ユダヤ各 かく 地 ち に小 ちい さな守 しゅ 備 び 隊 たい が駐 ちゅう 屯 とん しました。エルサレムでは,アントニアの塔 とう に1つの歩 ほ 兵 へい 隊 たい が常 じょう 駐 ちゅう し,神 しん 殿 でん の丘 おか と都 と 市 し を警 けい 備 び しました。ユダヤ人 じん の祭 まつ りの時 じ 期 き になると,騒 そう 動 どう に備 そな えてエルサレムのローマ軍 ぐん が増 ぞう 強 きょう されました。
百 ひゃく 人 にん 隊 たい 長 ちょう は約 やく 100人 にん の兵 へい 士 し を率 ひき いました。使 し 徒 と 10章 しょう 1節 せつ のギリシャ語 ご 本 ほん 文 もん によれば,コルネリオはイタリア隊 たい という部 ぶ 隊 たい の百 ひゃく 人 にん 隊 たい 長 ちょう の1人 ひとり でした。カエサレアを拠 きょ 点 てん としていたと思 おも われるこの部 ぶ 隊 たい は,「ローマ市 し 民 みん 志 し 願 がん 兵 へい の第 だい 二 に イタリア歩 ほ 兵 へい 隊 たい 」だったかもしれません。 百 ひゃく 人 にん 隊 たい 長 ちょう は,社 しゃ 会 かい でも軍 ぐん 隊 たい でもかなり高 たか い地 ち 位 い にあり,裕 ゆう 福 ふく でした。給 きゅう 与 よ は普 ふ 通 つう の兵 へい 士 し の16倍 ばい だったともいわれています。