「会堂」と訳される原語には,「集めること」という意味があります。この語はユダヤ人の集会や会衆を指し,やがて,集会が開かれる場所や建物を意味するようになりました。
会堂が設けられるようになったのは,ユダヤ人の70年間のバビロン捕囚の期間中か,そのすぐ後だと考えられています。会堂は,教育,崇拝,聖書の朗読,講話のための場所でした。1世紀のパレスチナでは,町ごとに会堂がありました。大きな町には2つ以上あり,エルサレムにはたくさんありました。
バビロン捕囚の後,全てのユダヤ人がパレスチナに戻ったわけではありません。仕事のために異国に移り住む人も多くいました。紀元前5世紀には,ペルシャ帝国の127の管轄地域全体にユダヤ人コミュニティーがありました。(エス 1:1; 3:8)時たつうちに,地中海周辺の町々にもユダヤ人地区ができました。各地に散っていたユダヤ人は,ディアスポラつまり離散している人たちとして知られるようになり,定住した先で会堂を設けました。
会堂では,安息日ごとに律法が朗読され,説明されました。朗読は1段高くなった演壇から行われ,その周りの3方向に座席がありました。神を畏れるユダヤ人男性は誰でも,朗読,説教,講話に参加できました。