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  • 徹 11章 85–92ページ
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神の王国について徹底的に教える
徹 11章 85–92ページ

11章

「喜よろこびにあふれ,聖せいなる力ちからに満みたされていた」

良よい知しらせを聞きこうとしない人ひとたちにパウロはどう対たい応おうしたか

使し徒と 13:1-52

1,2. バルナバとサウロの任にん務むは,どんな意い味みで新あたらしかったといえますか。使し徒と 1章しょう8節せつの言こと葉ばとどう関かん係けいしていましたか。

アンティオキアの会かい衆しゅうは喜よろこびに湧わいています。会かい衆しゅうの預よ言げん者しゃや教おしえる人ひとたちの中なかから,バルナバとサウロが聖せいなる力ちからによって選えらばれ,良よい知しらせを遠とおくに伝つたえることになりました。a (使し徒と 13:1,2)以い前ぜんにも宣せん教きょう者しゃとして遣つかわされた人ひとたちがいましたが,派は遣けん先さきはキリスト教きょうがすでに広ひろまっていた地ち域いきでした。(使し徒と 8:14; 11:22)今こん回かいバルナバとサウロは,付つき添そいのヨハネ・マルコと一いっ緒しょに,良よい知しらせがほとんど伝つたわっていない地ち方ほうに遣つかわされます。

2 14年ねんほど前まえ,イエスは弟で子したちにこう言いいました。「あなたたちは……エルサレムで,ユダヤとサマリアの全ぜん土どで,また地ち上じょうの最もっとも遠とおい所ところにまで,私わたしの証しょう人にんとなります」。(使し徒と 1:8)バルナバとサウロが宣せん教きょう者しゃとして任にん命めいされたことにより,ますますこの言こと葉ばの通とおりになっていくのが期き待たいされます。b

「ある活かつ動どうを行おこなわせるために……選えらびました」(使し徒と 13:1-12)

3. 1世せい紀きの旅たびにはどんな苦く労ろうがありましたか。

3 今いまは自じ動どう車しゃや飛ひ行こう機きなどのおかげで,1,2時じ間かんでかなりの距きょ離りを移い動どうできます。でも,1世せい紀きはそうではありませんでした。当とう時じ,陸りく路ろの旅たびは主おもに徒と歩ほで,たいていは,起き伏ふくの多おおい土と地ちを越こえていきました。1日にち歩あるいても,進すすめる距きょ離りは30㌔ほどで,体たい力りょくを相そう当とう消しょう耗もうしました。c バルナバとサウロは新あたらしい任にん務むをとても楽たのしみにしていたと思おもわれますが,大たい変へんな旅たびになることを覚かく悟ごしていたはずです。(マタ 16:24)

陸りく路ろの旅たび

1世せい紀き当とう時じ,陸りく路ろの旅たびは船ふな旅たびよりも時じ間かんがかかって,かなりの体たい力りょくを要ようし,おそらく費ひ用ようもかかりました。しかし,徒と歩ほでしか行いけない場ば所しょも多おおくありました。

徒と歩ほの場ば合あい,1日にちに進すすめるのは30㌔ほどでした。雨あめや強つよい日ひ差ざし,暑あつさや寒さむさに耐たえなければならず,盗とう賊ぞくに襲おそわれる危き険けんもありました。使し徒とパウロは,「何なん度ども旅たびをし,川かわでの危き険けん,強ごう盗とうの危き険けん」に遭あったことを書かいています。(コリ二に 11:26)

ローマ帝てい国こくには舗ほ装そう道どう路ろが張はり巡めぐらされており,主しゅ要ような街かい道どう沿ぞいには,1日にちで歩あるける距きょ離りごとに宿やど屋やがありました。そうした宿やど屋やと宿やど屋やの間あいだには,基き本ほん的てきな物ぶっ品ぴんが手てに入はいる休きゅう憩けい所じょがありました。当とう時じの著ちょ述じゅつ家かによれば,宿やど屋やや休きゅう憩けい所じょは汚きたなくて人ひとで混こみ合あい,じめじめしていてノミだらけでした。不ふ快かいな場ば所しょで,ならず者もののたまり場ばになっていました。宿やど屋やの主しゅ人じんが旅たび人びとの物ものを盗ぬすんだり,売ばい春しゅんをあっせんしたりすることも少すくなくありませんでした。

クリスチャンは,そのような場ば所しょをできるだけ避さけたに違ちがいありません。とはいえ,親しん族ぞくや友ゆう人じんのいない地ち方ほうを旅たびするときは,選せん択たくの余よ地ちがなかったでしょう。

4. (ア)バルナバとサウロが選えらばれたことには,何なにが関かかわっていましたか。ほかの兄きょう弟だいたちは,その任にん命めいをどう受うけ止とめましたか。(イ)会かい衆しゅうで誰だれかが責せき任にんを担になうことになったとき,どのようにサポートできますか。

4 神かみが聖せいなる力ちからによって,バルナバとサウロを「ある活かつ動どうを行おこなわせるために……選えらび」なさいと指し示じしたのはどうしてでしょうか。(使し徒と 13:2)詳くわしいことは書かかれていません。でも,2人ふたりが選えらばれたことに聖せいなる力ちからが関かかわっていたのは確たしかです。アンティオキアの預よ言げん者しゃや教おしえる人ひとたちは反はん対たいせず,この任にん命めいを心こころから支し持じしました。兄きょう弟だいたちはねたむことなく,「断だん食じきをして祈いのってから,2人ふたりに手てを置おき,送おくり出だし」ました。(使し徒と 13:3)兄きょう弟だいたちがそうしてくれたので,バルナバとサウロは温あたたかい気き持もちになったことでしょう。私わたしたちもアンティオキアの兄きょう弟だいたちのようでありたいと思おもいます。会かい衆しゅうの長ちょう老ろうに任にん命めいされるなど,誰だれかが責せき任にんを担になうことになったとき,ねたむのではなく,「よく働はたらいているその人ひとたちに愛あいと深ふかい思おもいやりを示しめし」ましょう。(テサ一いち 5:13)

5. バルナバとサウロはキプロス島とうでどのように伝でん道どうしましたか。

5 バルナバとサウロはアンティオキアから近ちかくの港みなとセレウキアまで歩あるいて行いき,そこからキプロス島とうまで200㌔ほど船ふねで旅たびをします。d キプロス島とう生うまれのバルナバは,故こ郷きょうの人ひとたちに良よい知しらせをぜひ伝つたえたいと思おもっているはずです。キプロス島とうの東とう岸がんの町まちサラミスに着つくと,2人ふたりはすぐに「ユダヤ人じんの会かい堂どうで神かみの言こと葉ばを広ひろめ始はじめ」ます。e (使し徒と 13:5)2人ふたりはキプロス島とうの西せい岸がんまで旅たびをしながら,おそらく主おもな町まちで伝でん道どうしたことでしょう。通とおったルートによっては,160㌔も歩あるいた可か能のう性せいがあります。

ユダヤ人じんの会かい堂どう

「会かい堂どう」と訳やくされる原げん語ごには,「集あつめること」という意い味みがあります。この語ごはユダヤ人じんの集しゅう会かいや会かい衆しゅうを指さし,やがて,集しゅう会かいが開ひらかれる場ば所しょや建たて物ものを意い味みするようになりました。

会かい堂どうが設もうけられるようになったのは,ユダヤ人じんの70年ねん間かんのバビロン捕ほ囚しゅうの期き間かん中ちゅうか,そのすぐ後あとだと考かんがえられています。会かい堂どうは,教きょう育いく,崇すう拝はい,聖せい書しょの朗ろう読どく,講こう話わのための場ば所しょでした。1世せい紀きのパレスチナでは,町まちごとに会かい堂どうがありました。大おおきな町まちには2つ以い上じょうあり,エルサレムにはたくさんありました。

バビロン捕ほ囚しゅうの後あと,全すべてのユダヤ人じんがパレスチナに戻もどったわけではありません。仕し事ごとのために異い国こくに移うつり住すむ人ひとも多おおくいました。紀き元げん前ぜん5世せい紀きには,ペルシャ帝てい国こくの127の管かん轄かつ地ち域いき全ぜん体たいにユダヤ人じんコミュニティーがありました。(エス 1:1; 3:8)時ときたつうちに,地ち中ちゅう海かい周しゅう辺へんの町まち々まちにもユダヤ人じん地ち区くができました。各かく地ちに散ちっていたユダヤ人じんは,ディアスポラつまり離り散さんしている人ひとたちとして知しられるようになり,定てい住じゅうした先さきで会かい堂どうを設もうけました。

会かい堂どうでは,安あん息そく日びごとに律りっ法ぽうが朗ろう読どくされ,説せつ明めいされました。朗ろう読どくは1段だん高たかくなった演えん壇だんから行おこなわれ,その周まわりの3方ほう向こうに座ざ席せきがありました。神かみを畏おそれるユダヤ人じん男だん性せいは誰だれでも,朗ろう読どく,説せっ教きょう,講こう話わに参さん加かできました。

6,7. (ア)セルギオ・パウロはどんな人ひとでしたか。セルギオ・パウロが信しん仰こうを持もつのを,バルイエスが邪じゃ魔ましたのはどうしてですか。(イ)バルイエスに妨ぼう害がいされたサウロはどうしましたか。

6 1世せい紀きのキプロス島とうは,間ま違ちがった崇すう拝はいにすっかり染そまっていました。バルナバとサウロが着ついた西せい岸がんの町まちパフォスもそうでした。2人ふたりはそこで「呪じゅ術じゅつ師しで偽にせ預よ言げん者しゃ」のバルイエスに会あいます。バルイエスは,「執しっ政せい官かん代だい理りで知ち的てきな人ひとセルギオ・パウロと一いっ緒しょに」いました。f 1世せい紀き当とう時じ,教きょう養ようのあるローマ人じんは(セルギオ・パウロのような「知ち的てきな人ひと」も),重じゅう要ような決けっ定ていをするときに呪じゅ術じゅつ師しや占せん星せい術じゅつ師しに相そう談だんすることがよくありました。それでもセルギオ・パウロは,神かみの王おう国こくの良よい知しらせに興きょう味みを引ひかれ,「神かみの言こと葉ばを聞ききたが」りました。バルイエスはそのことが面おも白しろくありません。バルイエスには,エルマ(「呪じゅ術じゅつ師し」という意い味み)という別べつ名めいもありました。(使し徒と 13:6-8)

7 バルイエスは,神かみの王おう国こくの良よい知しらせを聞きこうとせず,妨ぼう害がいします。セルギオ・パウロの顧こ問もんという地ち位いを守まもるため,「執しっ政せい官かん代だい理りが信しん仰こうを持もつのを邪じゃ魔ましようとし」ます。(使し徒と 13:8)サウロは黙だまっていません。呪じゅ術じゅつ師しのせいで誠せい実じつな人ひとの関かん心しんが失うしなわれるのは許ゆるせません。どうするでしょうか。こう書かかれています。「パウロとも呼よばれるサウロは聖せいなる力ちからに満みたされ,エルマをじっと見みて,こう言いった。『ああ,あらゆる詐さ欺ぎと罪ざい悪あくに満みちた者もの,悪あく魔まの子こ,あらゆる正ただしいことの敵てきよ,エホバの正ただしい道みちをゆがめるのをやめないのですか。さあ,エホバの手てがあなたの上うえにあります。あなたは目めが見みえなくなり,しばらく日ひの光ひかりを見みません』。たちまちエルマは濃こい霧きりと闇やみで目めが見みえなくなり,手てを引ひいてくれる人ひとを探さがし回まわった」。g セルギオ・パウロはどうしたでしょうか。「起おきたことを見みた執しっ政せい官かん代だい理りは,エホバの教おしえにすっかり驚おどろいて信しん者じゃとなった」とあります。(使し徒と 13:9-12)

兄弟が裁判官の前で聖書を開き,信じていることを語っている。

パウロのように,反はん対たいに遭あっても信しんじていることを勇ゆう敢かんに語かたる。

8. パウロの勇ゆう敢かんさにどう倣ならえますか。

8 パウロはバルイエスを恐おそれたりしませんでした。私わたしたちも同おなじです。誰だれかが誠せい実じつな人ひとの関かん心しんを台だい無なしにしようとしても,おじけづいたりしません。もちろん,「塩しおで味あじ付つけされた快こころよい言こと葉ばを語かたるように心こころ掛がけ」ます。(コロ 4:6)でも,ただ対たい立りつを避さけようとして,関かん心しんのある人ひとを助たすけずに終おわってしまう,ということがないようにしましょう。また,間ま違ちがっているものは間ま違ちがっていると恐おそれずに言いえるようでありたいと思おもいます。バルイエスのように「エホバの正ただしい道みちをゆがめ」ている宗しゅう教きょうがあるからです。(使し徒と 13:10)パウロのように真しん実じつを勇ゆう敢かんに語かたり,学まなぶ意い欲よくのある人ひとを助たすけましょう。パウロの時ときのような奇き跡せきは起おこらないとはいえ,良よい人ひとがクリスチャンになれるよう,エホバは聖せいなる力ちからで必かならず助たすけてくれます。(ヨハ 6:44)

「励はげましの言こと葉ば」(使し徒と 13:13-43)

9. 会かい衆しゅうで責せき任にんを担になう兄きょう弟だいたちは,パウロとバルナバにどのように倣ならえますか。

9 パフォスを出でる頃ころ,ちょっとした変へん化かがあったようです。次つぎは,小しょうアジアの沿えん岸がん部ぶにあるペルガに向むかって,250㌔ほど船ふねで旅たびをします。使し徒と 13章しょう13節せつには,「パウロの一いっ行こうは……船ふねに乗のっ[た]」とあり,この頃ころパウロが中ちゅう心しん的てきな存そん在ざいになったことがうかがえます。それでも,バルナバが張はり合あおうとしたという記き録ろくはありません。2人ふたりは一いっ緒しょに協きょう力りょくしながら,奉ほう仕しを続つづけました。会かい衆しゅうで責せき任にんを担になう兄きょう弟だいたちにとって,とても良よい手て本ほんです。ライバル心しんを持もたず,「あなたたちは皆みな,兄きょう弟だい……です」というイエスの言こと葉ばを忘わすれないようにしましょう。「高こう慢まんになる人ひとは低ひくく評ひょう価かされ,謙けん遜そんになる人ひとは高たかく評ひょう価かされ」ます。(マタ 23:8,12)

10. ペルガからピシデアのアンティオキアへの旅たびは,どんな旅たびでしたか。

10 ペルガに着ついた時とき,ヨハネ・マルコはパウロとバルナバから離はなれてエルサレムに帰かえりました。どうして突とつ然ぜん帰かえったかは書かかれていません。パウロとバルナバは旅たびを続つづけ,ペルガからピシデアのアンティオキア(ガラテア州しゅうの町まち)に向むかいます。楽らくな旅たびではありませんでした。ピシデアのアンティオキアは海かい抜ばつ1100㍍ほどの所ところにあるからです。道どう中ちゅうの険けわしい山やま道みちは,盗とう賊ぞくが出でることでも知しられていました。しかもこの時とき,パウロは健けん康こうの問もん題だいを抱かかえていたようです。h

11,12. ピシデアのアンティオキアの会かい堂どうで,パウロはどのように聞きき手ての興きょう味みを引ひこうとしましたか。

11 ピシデアのアンティオキアで,パウロとバルナバは安あん息そく日びに会かい堂どうに入はいります。こう書かかれています。「律りっ法ぽうと預よ言げん者しゃの言こと葉ばが朗ろう読どくされた後あと,会かい堂どうの役やく員いんたちからこう頼たのまれた。『兄きょう弟だいたち,皆みなに何なにか励はげましの言こと葉ばがあれば,話はなしてください』」。(使し徒と 13:15)パウロは立たち上あがって話はなします。

12 パウロは,「皆みなさん,イスラエルの方かたも神かみを畏おそれるほかの方かたも」と言いって話はなし始はじめます。(使し徒と 13:16)話はなしを聞きいていたのはユダヤ人じんとユダヤ教きょうに改かい宗しゅうした人ひとたちでした。彼かれらは,イエスには神かみから与あたえられた大たい切せつな役やく目めがあることをまだ知しりません。パウロはどのように教おしえるでしょうか。まず,ユダヤ国こく民みんの歴れき史しを簡かん単たんに振ふり返かえりました。エホバが「エジプトで外がい国こく人じんとして生せい活かつする民たみを強きょう大だいにし……そこから連つれ出だし」たこと,その後ごの40年ねん間かん「荒こう野やでその民たみのことを辛しん抱ぼうし」たことを話はなします。また,イスラエル人じんが約やく束そくの地ちを征せい服ふくし,エホバから「その土と地ちを……授さずけ」られたことも話はなしました。(使し徒と 13:17-19)パウロは,つい先さきほど安あん息そく日びの習しゅう慣かんで朗ろう読どくされた聖せい句くに触ふれていたのかもしれない,と言いわれています。もしそうだとすれば,パウロはこの時ときも,「あらゆる人ひとに対たいしてあらゆるものにな」ろうとしていたことになります。(コリ一いち 9:22)

13. 伝でん道どうする時とき,パウロにどのように倣ならえますか。

13 私わたしたちも伝でん道どうする時とき,興きょう味みを持もってもらえるような話はなしをしたいと思おもいます。相あい手てに宗しゅう教きょう心しんがあるか,どういう考かんがえを持もっているかを知しるようにし,ぴったりの話わ題だいを選えらびましょう。なるほどと思おもってもらえるような聖せい書しょのフレーズに触ふれることもできます。聖せい書しょを開ひらいて見みせ,読よんでもらうことが良よい場ば合あいもあります。何なにが相あい手ての心こころに響ひびくかをいつも考かんがえましょう。

14. (ア)パウロは,イエスについての良よい知しらせをどのように伝つたえましたか。どんなことを警けい告こくしましたか。(イ)聞きいていた人ひとたちはどうしましたか。

14 パウロは次つぎに,イスラエルの王おうの家か系けいから「救すくい主ぬしイエス」が生うまれた経けい緯いを話はなし,イエスが登とう場じょうする前まえに,バプテスマを施ほどこす人ひとヨハネが活かつ躍やくしたことに触ふれます。さらに,イエスが処しょ刑けいされ,復ふっ活かつしたことも説せつ明めいします。(使し徒と 13:20-37)そしてこう言いいます。「ですから……このことを知しってください。この方かたの死しによる罪つみの許ゆるしが皆みなさんに広ひろめられており,……信しんじる人ひとは皆みな,この方かたによって無む罪ざいとされるのです」。それからこう警けい告こくします。「預よ言げん書しょで述のべられている次つぎのことが皆みなさんに起おきないように注ちゅう意いしてください。『あざける者ものたち,見みて,驚おどろき,滅ほろびてしまいなさい。私わたしはあなたたちの時じ代だいに1つのことをする。そのことを誰だれかが詳くわしく話はなしたとしても,あなたたちは決けっして信しんじない』」。聞きいていた人ひとたちはどうしたでしょうか。うれしいことに,「人ひと々びとは,こうしたことを次つぎの安あん息そく日びにもぜひ話はなしてほしいと頼たのんだ」とあります。しかも,会かい堂どうの集しゅう会かいが終おわると,「多おおくのユダヤ人じんや神かみを崇すう拝はいする改かい宗しゅう者しゃがパウロとバルナバに付ついて」いきました。(使し徒と 13:38-43)

「私わたしたちは異い国こくの人ひと々びとの方ほうに向むかいます」(使し徒と 13:44-52)

15. 次つぎの安あん息そく日びにどんなことがありましたか。

15 次つぎの安あん息そく日び,「町まちのほとんどの人ひと」がパウロの話はなしを聞ききにやって来きます。ユダヤ人じんはそれが気きに入いらず,「パウロが語かたることを冒ぼう瀆とくして反はん論ろんするように」なります。パウロとバルナバは彼かれらに堂どう々どうとこう言いいます。「神かみの言こと葉ばはまずあなた方がたに語かたられることが必ひつ要ようでした。あなた方がたがそれを退しりぞけて,永えい遠えんの命いのちに値あたいしない者ものであることを示しめすのですから,私わたしたちは異い国こくの人ひと々びとの方ほうに向むかいます。エホバは次つぎのような言こと葉ばで私わたしたちに命めい令れいしています。『私わたしはあなたを国くに々ぐにの光ひかりに任にん命めいした。あなたは地ちの果はてにまで救すくいをもたらすのである』」。(使し徒と 13:44-47。イザ 49:6)

ピシデアのアンティオキアで,怒った人たちから町の外に追い出されたパウロとバルナバ

「ユダヤ人じんたちは……パウロとバルナバに対たいして迫はく害がいを起おこし[た]。弟で子したちはその後ごも喜よろこびにあふれ,聖せいなる力ちからに満みたされていた」。使し徒と 13:50-52

16. ユダヤ人じんたちは,パウロとバルナバの話はなしを聞きいてどうしましたか。それに対たいして,2人ふたりはどうしましたか。

16 2人ふたりの話はなしを聞きいた異い国こく人じんたちは喜よろこび,「永えい遠えんの命いのちを得えるための正ただしい態たい度どを持もつ人ひとは皆みな,信しん者じゃとな」りました。(使し徒と 13:48)エホバの言こと葉ばはその地ち方ほう一いっ帯たいに広ひろまります。一いっ方ぽう,ユダヤ人じんたちはかたくなです。パウロとバルナバが言いったように,神かみの言こと葉ばはまず彼かれらに語かたられたのに,彼かれらはメシアを拒きょ絶ぜつしました。それで,神かみから処しょ罰ばつされても仕し方かたありません。ユダヤ人じんたちは2人ふたりの話はなしの後あと,「著ちょ名めいな女じょ性せいたちや町まちの主おも立だった人ひとたちをあおり,パウロとバルナバに対たいして迫はく害がいを起おこし,境きょう界かいの外そとに追おい出だし」ます。2人ふたりはどうするでしょうか。「その人ひとたちに対たいして足あしの土つちを振ふり払はらい,イコニオムに行い」きます。ピシデアのアンティオキアでのキリスト教きょうの進しん展てんはもう見み込こめないのでしょうか。そんなことはありません。残のこされた弟で子したちは「その後ごも喜よろこびにあふれ,聖せいなる力ちからに満みたされて」いました。(使し徒と 13:50-52)

17-19. パウロとバルナバからどんなことを学まなべますか。どうすれば喜よろこびながら伝でん道どうを続つづけられますか。

17 パウロとバルナバの対たい応おうから大たい切せつなことを学まなべます。たとえ権けん力りょく者しゃたちが伝でん道どうをやめさせようとしても,私わたしたちはやめません。アンティオキアの人ひとたちからの反はん対たいに遭あった時とき,パウロとバルナバは「足あしの土つちを振ふり払はらい」ました。いら立だってそうしたわけではありません。これは,自じ分ぶんに責せき任にんがないことを示しめす動どう作さでした。2人ふたりは,自じ分ぶんの力ちからではどうにもできないことがあるのを認みとめていました。その人ひとが良よい知しらせを聞きくかどうかは,その人ひとにしか決きめられません。でも,私わたしたちにも決きめられることがあります。伝でん道どうを続つづけるかどうかです。それは私わたしたちが自じ分ぶんで決きめられます。2人ふたりはイコニオムに行いって伝でん道どうを続つづけることに決きめました。

18 アンティオキアに残のこされた弟で子したちはどうだったでしょうか。反はん対たいの中なか,活かつ動どうを続つづけなければいけませんでした。でも喜よろこんでいられました。相あい手てが聞きいてくれるかどうかだけに注ちゅう目もくしていたわけではないからです。イエスが言いったように,「神かみの言こと葉ばを聞きいて守まもっている人ひとたちこそ幸こう福ふくです!」(ルカ 11:28)アンティオキアの人ひとたちは,神かみから言いわれた通とおりに働はたらけていることをうれしく思おもっていました。それで,喜よろこんでいられました。

19 私わたしたちの責せき任にんはあくまで良よい知しらせを伝つたえることです。パウロとバルナバに倣ならって,そのことを忘わすれないようにしましょう。良よい知しらせを聞きこうとするかどうかは,相あい手てが決きめることです。聞きいてくれる人ひとが少すくないと思おもえるときは,1世せい紀きの兄きょう弟だいたちのことを思おもい出だしましょう。良よい知しらせの素す晴ばらしさを忘わすれず,聖せいなる力ちからに導みちびかれるようにすれば,反はん対たいに遭あっても喜よろこんでいられます。(ガラ 5:18,22)

バルナバ 「慰なぐさめの子こ」

初しょ期きのエルサレム会かい衆しゅうの主おも立だった人ひとの中なかに,レビ族ぞくでキプロス島とう生うまれのヨセフがいました。ヨセフは使し徒とたちからバルナバとも呼よばれていました。バルナバは「慰なぐさめの子こ」という意い味みで,彼かれの人ひと柄がらをよく表あらわす名な前まえでした。(使し徒と 4:36)バルナバは,仲なか間まの信しん者じゃが困こまっていることに気き付づくと,すぐに助たすけました。

バルナバがお金の入った袋2つを差し出し,寄付している。

33年ねんのペンテコステの日ひに,3000人にんがバプテスマを受うけました。その多おおくはおそらく,祭まつりのために遠とおくからエルサレムに来きていた人ひとたちで,予よ定ていより長ながく滞たい在ざいすることになりました。会かい衆しゅうには,大おお勢ぜいの人ひとを世せ話わするための資し金きんが必ひつ要ようでした。そこでバルナバは土と地ちを売うり,得えたお金かねを使し徒とたちの所ところに持もっていって寄き付ふしました。(使し徒と 4:32-37)

バルナバはクリスチャンの立りっ派ぱな監かん督とくで,進すすんで人ひとを助たすけました。タルソスのサウロがクリスチャンになって間まもない頃ころ,弟で子したちはみんなサウロを怖こわがっていましたが,バルナバが仲なかを取とり持もってあげました。(使し徒と 9:26,27)異い国こく人じんのクリスチャンとの関かん係けいについて,ペテロと一いっ緒しょにパウロからはっきり助じょ言げんされた時とき,素す直なおに受うけ入いれました。(ガラ 2:9,11-14)このように,バルナバは「慰なぐさめの子こ」という名な前まえの通とおり,優やさしい人ひとでした。

a 「バルナバ 『慰なぐさめの子こ』」という囲かこみを参さん照しょう。

b この時じ点てんで各かく地ちに会かい衆しゅうがあり,エルサレムから遠とおく550㌔ほど北きたに位い置ちするシリアのアンティオキアにもありました。

c 「陸りく路ろの旅たび」という囲かこみを参さん照しょう。

d 1世せい紀き当とう時じ,追おい風かぜであれば船ふねは1日にちに160㌔ほど進すすめました。気き象しょう条じょう件けんが悪わるいと,もっと時じ間かんがかかりました。

e 「ユダヤ人じんの会かい堂どう」という囲かこみを参さん照しょう。

f キプロス島とうはローマ元げん老ろう院いんの統とう治ち下かにありました。島しまの行ぎょう政せいのトップは,執しっ政せい官かん代だい理りの位くらいにある属ぞく州しゅう総そう督とくでした。

g これ以い降こう,サウロではなくパウロという名な前まえが使つかわれています。彼かれはここでローマ名めいを使つかってセルギオ・パウロに敬けい意いを表ひょうした,と言いう人ひともいます。しかし,キプロス島とうを去さった後あともパウロという名な前まえを使つかっているので,「異い国こくの人ひと々びとへの使し徒と」として以い後ごローマ名めいを使つかうことにしたとも考かんがえられます。また,ヘブライ語ご名めいサウロをギリシャ語ご式しきに発はつ音おんすると,悪わるい意い味みがあるギリシャ語ごによく似にてしまうので,パウロという名な前まえを使つかった,ということかもしれません。(ロマ 11:13)

h パウロは,数すう年ねん後ごに書かいた「ガラテアのクリスチャンへの手て紙がみ」の中なかで,「私わたしが皆みなさんに良よい知しらせを伝つたえるきっかけになったのは,私わたしの病びょう気きでした」と言いっています。(ガラ 4:13)

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