1-3. (ア)どんな進 しん 展 てん によって,クリスチャン会 かい 衆 しゅう に不 ふ 穏 おん な空 くう 気 き が漂 ただよ い始 はじ めましたか。(イ)この件 けん についての記 き 録 ろく を調 しら べると,どんなことを学 まな べますか。
パウロとバルナバは意 い 気 き 揚 よう 々 よう としています。1度 ど 目 め の宣 せん 教 きょう 旅 りょ 行 こう を終 お えて,シリアのアンティオキアに戻 もど ってきました。エホバが「信 しん 仰 こう への扉 とびら を異 い 国 こく の人 ひと 々 びと に対 たい して開 ひら い」てくれたことをとても喜 よろこ んでいます。(使 し 徒 と 14:26,27 )アンティオキアの町 まち も良 よ い知 し らせを聞 き いて沸 わ き返 かえ り,「大 おお 勢 ぜい の」異 い 国 こく 人 じん がクリスチャンになっています。(使 し 徒 と 11:20-26 )
2 多 おお くの異 い 国 こく 人 じん がクリスチャンになっているという知 し らせは,すぐにユダヤに届 とど きます。でも,みんなが喜 よろこ んだわけではありません。くすぶっていた割 かつ 礼 れい の問 もん 題 だい が表 ひょう 面 めん 化 か します。ユダヤ人 じん のクリスチャンと異 い 国 こく 人 じん のクリスチャンは,どう接 せっ し合 あ うべきでしょうか。異 い 国 こく 人 じん はモーセの律 りっ 法 ぽう をどう見 み るべきでしょうか。意 い 見 けん が分 わ かれて対 たい 立 りつ が生 しょう じ,このままにしておくとクリスチャン会 かい 衆 しゅう がばらばらになりかねません。どうやって解 かい 決 けつ するとよいでしょうか。
3 この件 けん についての記 き 録 ろく を調 しら べると,大 たい 切 せつ なことを学 まな べます。何 なに かのことで意 い 見 けん が分 わ かれ,会 かい 衆 しゅう に亀 き 裂 れつ が入 はい りそうなとき,どうすればよいかが分 わ かります。
「 割 かつ 礼 れい を 受 う けない 限 かぎ り」( 使 し 徒 と 15:1 )
4. 一 いち 部 ぶ の兄 きょう 弟 だい たちはどんなことを主 しゅ 張 ちょう しましたか。これまでのいきさつを考 かんが えると,どんな疑 ぎ 問 もん が浮 う かびますか。
4 ルカはこう書 か いています。「ある人 ひと たちがユダヤから[アンティオキアに]下 くだ ってきて,兄 きょう 弟 だい たちに,『モーセの慣 かん 例 れい 通 どお り割 かつ 礼 れい を受 う けない限 かぎ り,救 すく われない』と教 おし え始 はじ めた」。(使 し 徒 と 15:1 )この「ある人 ひと たち」は元 もと パリサイ派 は のクリスチャンだったのでしょうか。それは書 か かれていません。でも,パリサイ派 は の厳 げん 格 かく で狭 せま い見 み 方 かた に影 えい 響 きょう されていたようです。しかも,エルサレムの使 し 徒 と や長 ちょう 老 ろう たちも同 おな じ意 い 見 けん であるかのように話 はな したと思 おも われます。(使 し 徒 と 15:23,24 )ペテロが,割 かつ 礼 れい を受 う けていない異 い 国 こく 人 じん を会 かい 衆 しゅう に迎 むか え入 い れてから,もう13年 ねん もたっていました。それなのに,どうしてユダヤ人 じん のクリスチャンはいまだに割 かつ 礼 れい を奨 しょう 励 れい していたのでしょうか。 (使 し 徒 と 10:24-29,44-48 )
5,6. (ア)割 かつ 礼 れい にこだわるユダヤ人 じん のクリスチャンがいたのはどうしてだと考 かんが えられますか。(イ)割 かつ 礼 れい の契 けい 約 やく はアブラハム契 けい 約 やく の一 いち 部 ぶ ではありません。どうしてそういえますか。(脚 きゃく 注 ちゅう を参 さん 照 しょう 。)
5 いろいろな理 り 由 ゆう が考 かんが えられます。まず,割 かつ 礼 れい はエホバが制 せい 定 てい したものであり,エホバとの特 とく 別 べつ な関 かん 係 けい の印 しるし でした。割 かつ 礼 れい はやがて律 りっ 法 ぽう 契 けい 約 やく の一 いち 部 ぶ になったとはいえ,その前 まえ からあり,割 かつ 礼 れい を最 さい 初 しょ に受 う けたのはアブラハムと家 いえ の人 ひと たちでした。 (レビ 12:2,3 )モーセの律 りっ 法 ぽう では,外 がい 国 こく 人 じん も,過 す ぎ越 こ しの食 しょく 事 じ などの祝 いわ いに参 さん 加 か するには割 かつ 礼 れい を受 う けなければいけませんでした。(出 しゅつ 12:43,44,48,49 )それで,ユダヤ人 じん にとっては,割 かつ 礼 れい を受 う けていない人 ひと は汚 けが れていて,嫌 けん 悪 お すべき相 あい 手 て だったわけです。(イザ 52:1 )
6 このように,ユダヤ人 じん のクリスチャンにとって,変 へん 化 か に対 たい 応 おう するのは簡 かん 単 たん なことではありませんでした。信 しん 仰 こう が必 ひつ 要 よう でしたし,自 じ 分 ぶん の考 かんが えに固 こ 執 しつ せず,神 かみ の考 かんが えに自 じ 分 ぶん を合 あ わせなければいけませんでした。律 りっ 法 ぽう 契 けい 約 やく は新 あたら しい契 けい 約 やく に取 と って代 か わっていたので,ユダヤ人 じん として生 う まれたとしても自 じ 動 どう 的 てき に神 かみ と特 とく 別 べつ な関 かん 係 けい になれるわけではありません。ユダヤにいたクリスチャンなど,ユダヤ人 じん 社 しゃ 会 かい で暮 く らす人 ひと たちにとって,キリストへの信 しん 仰 こう を告 こく 白 はく し,割 かつ 礼 れい を受 う けていない異 い 国 こく 人 じん を仲 なか 間 ま として受 う け入 い れるのは勇 ゆう 気 き の要 い ることでした。(エレ 31:31-33。 ルカ 22:20 )
7. ユダヤから来 き た「ある人 ひと たち」はどんなことを理 り 解 かい していませんでしたか。
7 神 かみ の基 き 準 じゅん は変 か わっていませんでした。モーセの律 りっ 法 ぽう の根 こん 幹 かん にあるもの は新 あたら しい契 けい 約 やく にも受 う け継 つ がれていました。(マタ 22:36-40 )パウロも割 かつ 礼 れい についてこう書 か いています。「内 ない 面 めん がユダヤ人 じん である人 ひと が真 しん のユダヤ人 じん なのです。真 しん の割 かつ 礼 れい は聖 せい なる力 ちから によって心 こころ に施 ほどこ されるものであり,書 か かれた法 ほう 典 てん に基 もと づくものではありません」。(ロマ 2:29。 申 しん 10:16 )大 たい 切 せつ なのは,進 すす んで従 したが おうとする純 じゅん 粋 すい な心 こころ でした。ユダヤから来 き た「ある人 ひと たち」はそのことを理 り 解 かい しておらず,神 かみ は割 かつ 礼 れい の律 りっ 法 ぽう を無 む 効 こう にしていないと言 い い張 は りました。彼 かれ らは考 かんが えを変 か えるでしょうか。
ユダヤ 主 しゅ 義 ぎ 者 しゃ の 考 かんが え
1世 せい 紀 き の統 とう 治 ち 体 たい が割 かつ 礼 れい の問 もん 題 だい について決 けっ 定 てい を下 くだ した後 あと でも,クリスチャンと自 じ 称 しょう するある人 ひと たちが自 じ 分 ぶん の考 かんが えに固 こ 執 しつ し,問 もん 題 だい を蒸 む し返 かえ そうとしていました。使 し 徒 と パウロは彼 かれ らのことを,「キリストについての良 よ い知 し らせをゆがめようとしている」「偽 にせ 兄 きょう 弟 だい たち」と言 い いました。(ガラ 1:7; 2:4。 テト 1:10 )
そういうユダヤ主 しゅ 義 ぎ 者 しゃ の「偽 にせ 兄 きょう 弟 だい たち」の目 もく 的 てき は,ユダヤ人 じん をなだめることにありました。ユダヤ人 じん からの迫 はく 害 がい を恐 おそ れていたのです。(ガラ 6:12,13 )ユダヤ主 しゅ 義 ぎ 者 しゃ は,食 しょく 事 じ や割 かつ 礼 れい ,ユダヤ人 じん の祭 まつ りなど,モーセの律 りっ 法 ぽう の習 しゅう 慣 かん を守 まも ることこそが神 かみ から見 み て正 ただ しい,と主 しゅ 張 ちょう しました。(コロ 2:16 )
そういう主 しゅ 義 ぎ の人 ひと たちは,異 い 国 こく 人 じん のクリスチャンと一 いっ 緒 しょ にいることを不 ふ 快 かい に感 かん じました。会 かい 衆 しゅう で責 せき 任 にん を担 にな うユダヤ人 じん のクリスチャンの中 なか にさえ,同 おな じような感 かん 情 じょう を持 も ってしまう人 ひと がいました。例 たと えば,エルサレム会 かい 衆 しゅう の兄 きょう 弟 だい たちはアンティオキアを訪 おとず れた時 とき ,異 い 国 こく 人 じん の兄 きょう 弟 だい たちを避 さ けました。それまで異 い 国 こく 人 じん と親 した しくしていたペテロまで距 きょ 離 り を置 お くようになり,一 いっ 緒 しょ に食 しょく 事 じ をすることもやめました。ペテロは以 い 前 ぜん ,異 い 国 こく 人 じん のクリスチャンとも仲 なか 良 よ くするようにと言 い っていたのに,その正 せい 反 はん 対 たい のことをしてしまいました。そのため,パウロからはっきり指 し 摘 てき されました。(ガラ 2:11-14 )
8. アンティオキアの長 ちょう 老 ろう たちが,割 かつ 礼 れい についてエルサレムの統 とう 治 ち 体 たい に相 そう 談 だん したのはどうしてですか。
8 記 き 録 ろく はこう続 つづ いています。「パウロとバルナバと,その人 ひと たち[「ユダヤから下 くだ って」きた人 ひと たち]との間 あいだ で,かなりの対 たい 立 りつ と議 ぎ 論 ろん が生 しょう じた。この件 けん で,パウロとバルナバと何 なん 人 にん かが,エルサレムにいる使 し 徒 と や長 ちょう 老 ろう たちのもとに上 のぼ ることになった」。 (使 し 徒 と 15:2 ) 「対 たい 立 りつ と議 ぎ 論 ろん 」とあるので,どちらの側 がわ も自 じ 分 ぶん たちが正 ただ しいと強 つよ く主 しゅ 張 ちょう していたことが分 わ かります。アンティオキアの会 かい 衆 しゅう での話 はな し合 あ いでは,答 こた えが出 で ませんでした。それで,兄 きょう 弟 だい たちの関 かん 係 けい がぎくしゃくしてしまわないよう,「エルサレムにいる使 し 徒 と や長 ちょう 老 ろう たち」(当 とう 時 じ の統 とう 治 ち 体 たい )に相 そう 談 だん することにします。このようにしたアンティオキアの長 ちょう 老 ろう たちからどんなことを学 まな べるでしょうか。
何 なん 人 にん かが「彼 かれ ら[異 い 国 こく 人 じん たち]に……モーセの律 りっ 法 ぽう を守 まも るよう命 めい じることが必 ひつ 要 よう だ」と言 い った。
9,10. アンティオキアの兄 きょう 弟 だい たちやパウロとバルナバから,どんなことを学 まな べますか。
9 まず,神 かみ が選 えら んだ人 ひと たちを信 しん 頼 らい することの大 たい 切 せつ さを学 まな べます。アンティオキアの兄 きょう 弟 だい たちは,統 とう 治 ち 体 たい にはユダヤ人 じん のクリスチャンしかいないことを知 し っていました。それでも,統 とう 治 ち 体 たい を信 しん 頼 らい し,聖 せい 書 しょ に沿 そ った決 けっ 定 てい を下 くだ してくれると思 おも っていました。エホバが物 もの 事 ごと を導 みちび くはずだと確 かく 信 しん していたからです。聖 せい なる力 ちから や会 かい 衆 しゅう のリーダー,イエス・キリストを通 とお して導 みちび いてくれる,と信 しん じて疑 うたが いませんでした。(マタ 28:18, 20。 エフェ 1:22,23 )何 なに か答 こた えが出 で ないような問 もん 題 だい が生 しょう じたときは,このアンティオキアの兄 きょう 弟 だい たちに倣 なら いましょう。神 かみ が設 もう けた取 と り決 き めや,聖 せい なる力 ちから で選 えら ばれている統 とう 治 ち 体 たい を信 しん 頼 らい しましょう。
10 自 じ 分 ぶん の立 たち 場 ば をわきまえ,時 とき を待 ま つことの大 たい 切 せつ さも学 まな べます。パウロとバルナバは,異 い 国 こく 人 じん のために奉 ほう 仕 し するよう聖 せい なる力 ちから で特 とく 別 べつ に任 にん 命 めい されていました。でも,だからといって,自 じ 分 ぶん たちに割 かつ 礼 れい の件 けん を判 はん 断 だん する権 けん 限 げん があると思 おも って,アンティオキアで決 けっ 定 てい してしまおうとは考 かんが えませんでした。(使 し 徒 と 13:2,3 )パウロはしばらく後 あと に,「[エルサレムに]上 のぼ っていったのは啓 けい 示 じ があったから」と書 か いているので,神 かみ に導 みちび いてもらおうとしていたことが分 わ かります。(ガラ 2:2 )現 げん 代 だい の長 ちょう 老 ろう たちもこの姿 し 勢 せい に倣 なら います。自 じ 分 ぶん の立 たち 場 ば をわきまえ,勝 かっ 手 て に性 せい 急 きゅう な判 はん 断 だん を下 くだ さないようにします。意 い 見 けん が分 わ かれるようなときは,争 あらそ ったりせず,エホバに頼 たよ りましょう。聖 せい 書 しょ を調 しら べ,「忠 ちゅう 実 じつ な奴 ど 隷 れい 」からの指 し 示 じ や指 し 針 しん を確 かく 認 にん しましょう。(フィリ 2:2,3 )
11,12. エホバを待 ま つことが大 たい 切 せつ なのはどうしてですか。
11 エホバが物 もの 事 ごと をはっきりさせる時 とき を待 ま たなければいけないことがあります。1世 せい 紀 き の兄 きょう 弟 だい たちは,エホバが割 かつ 礼 れい の件 けん をはっきりさせるまで13年 ねん 待 ま ちました。36年 ねん に異 い 国 こく 人 じん のコルネリオが聖 せい なる力 ちから を受 う けましたが,この件 けん に決 けっ 着 ちゃく がついたのは49年 ねん ごろのことでした。どうしてそんなに時 じ 間 かん が必 ひつ 要 よう だったのでしょうか。ユダヤ人 じん は自 じ 分 ぶん の考 かんが えをエホバの考 かんが えに合 あ わせなければいけませんでした。エホバはそのための時 じ 間 かん を十 じゅう 分 ぶん にあげたいと思 おも ったのかもしれません。何 なに しろ,彼 かれ らが敬 けい 愛 あい するアブラハムが結 むす んだ割 かつ 礼 れい の契 けい 約 やく は,それまで1900年 ねん 間 かん も守 まも られてきていました。(ヨハ 16:12 )
12 エホバは私 わたし たちを優 やさ しく教 おし え,じっくり時 じ 間 かん をかけて内 ない 面 めん を整 ととの えてくれます。いつでも,私 わたし たちのためになることを教 おし えてくれます。(イザ 48:17,18; 64:8 )自 じ 分 ぶん が正 ただ しいんだと考 かんが えて,意 い 見 けん を押 お し付 つ けてはいけません。何 なに かの取 と り決 き めが変 へん 更 こう されたり,聖 せい 句 く についての説 せつ 明 めい が変 か わったりするとき,批 ひ 判 はん 的 てき にならないようにしましょう。(伝 でん 7:8 )少 すこ しでもそういう気 き 持 も ちが湧 わ いてきたら,使 し 徒 と 15章 しょう を読 よ んで,1世 せい 紀 き の兄 きょう 弟 だい たちの手 て 本 ほん を思 おも い返 かえ すのはどうでしょうか。
13. じっくり時 じ 間 かん をかけて教 おし えるエホバにどのように倣 なら えますか。
13 聖 せい 書 しょ レッスンを受 う けている人 ひと が,それまで長 なが い間 あいだ してきた習 しゅう 慣 かん をなかなかやめられないことがあります。今 いま までの宗 しゅう 教 きょう の信 しん 条 じょう を捨 す てられないこともあります。本 ほん 人 にん が聖 せい なる力 ちから に助 たす けてもらいながら変 へん 化 か していくには,時 じ 間 かん がかかるかもしれません。その間 あいだ ,いらいらせずに待 ま ちましょう。(コリ一 いち 3:6,7 )その人 ひと のために祈 いの ることも大 たい 切 せつ です。どうしてあげるのが本 ほん 人 にん にとって一 いち 番 ばん 良 よ いか,エホバがちょうどよい時 とき に教 おし えてくれるはずです。(ヨハ一 いち 5:14 )
エホバの 証 しょう 人 にん は「 聖 せい 書 しょ ……で 信 しん 条 じょう と 慣 かん 行 こう の 体 たい 系 けい を 築 きず いている」
1世 せい 紀 き のクリスチャンの例 れい からよく分 わ かるように,神 かみ に仕 つか える人 ひと たちはこれまで,神 かみ の考 かんが えを徐 じょ 々 じょ によりよく理 り 解 かい できるようになってきました。(格 かく 4:18。ダニ 12:4, 9,10。 使 し 徒 と 15:7-9 )現 げん 代 だい でもエホバの証 しょう 人 にん は,いったん聖 せい 書 しょ の理 り 解 かい が深 ふか まったなら,それまでの考 かんが えを改 あらた めます。自 じ 分 ぶん たちの考 かんが えに合 あ うよう,聖 せい 書 しょ を都 つ 合 ごう 良 よ く理 り 解 かい したりはしません。外 がい 部 ぶ の人 ひと もそのことを認 みと めています。米 べい 国 こく ノーザン・アリゾナ大 だい 学 がく の宗 しゅう 教 きょう 学 がく 准 じゅん 教 きょう 授 じゅ ジェイスン・デービッド・ベドゥーンは,「翻 ほん 訳 やく の真 しん 実 じつ 」(英 えい 語 ご )という著 ちょ 書 しょ の中 なか でエホバの証 しょう 人 にん についてこう書 か いています。「素 す 直 なお な気 き 持 も ちで聖 せい 書 しょ に向 む き合 あ っており,こう書 か いてあるはずだと決 き めてかかることなく,聖 せい 書 しょ という原 げん 材 ざい 料 りょう で信 しん 条 じょう と慣 かん 行 こう の体 たい 系 けい を築 きず いている」。
伝 でん 道 どう の 成 せい 果 か について「 詳 くわ しく 話 はな した」( 使 し 徒 と 15:3-5 )
14,15. アンティオキアの兄 きょう 弟 だい たちは,パウロとバルナバたちを大 たい 切 せつ に思 おも っていることをどのように伝 つた えましたか。旅 たび をする一 いっ 行 こう に出 で 会 あ った兄 きょう 弟 だい たちが喜 よろこ んだのはどうしてですか。
14 ルカは次 つぎ にこう書 か いています。「この人 ひと たちは途 と 中 ちゅう まで会 かい 衆 しゅう に見 み 送 おく られた後 あと ,進 すす んでいってフェニキアやサマリアを通 とお り,異 い 国 こく の人 ひと 々 びと が信 しん 者 じゃ になったことについて詳 くわ しく話 はな したので,兄 きょう 弟 だい たちは皆 みな ,非 ひ 常 じょう に喜 よろこ んだ」。(使 し 徒 と 15:3 )会 かい 衆 しゅう の人 ひと たちは,パウロとバルナバの一 いっ 行 こう を愛 あい し,尊 そん 敬 けい していたので,途 と 中 ちゅう まで見 み 送 おく り,神 かみ からの支 ささ えがあることを願 ねが いました。私 わたし たちにとってとても良 よ い手 て 本 ほん です。会 かい 衆 しゅう の兄 きょう 弟 だい 姉 し 妹 まい に,感 かん 謝 しゃ が伝 つた わるような接 せっ し方 かた をしましょう。「とりわけ一 いっ 生 しょう 懸 けん 命 めい に話 はな したり教 おし えたりしている人 ひと [長 ちょう 老 ろう ]たち」にそうしましょう。(テモ一 いち 5:17 )
15 旅 たび をする一 いっ 行 こう に出 で 会 あ ったフェニキアやサマリアの兄 きょう 弟 だい たちは,とても喜 よろこ びました。異 い 国 こく 人 じん への伝 でん 道 どう の成 せい 果 か を「詳 くわ しく」話 はな してもらったからです。話 はなし を聞 き いた人 ひと の中 なか には,ステファノの殉 じゅん 教 きょう の後 あと ,逃 に げてきたユダヤ人 じん のクリスチャンもいたかもしれません。現 げん 代 だい でも,いろんな報 ほう 告 こく から,エホバが私 わたし たちの宣 せん 教 きょう を成 せい 功 こう させてくれているのを知 し ると,本 ほん 当 とう に元 げん 気 き が出 で ます。大 たい 変 へん な目 め に遭 あ っているときにそういううれしいニュースを聞 き くと,力 ちから がもらえるものです。集 しゅう 会 かい や大 たい 会 かい に行 い けば,良 よ い報 ほう 告 こく が聞 き けます。出 しゅっ 版 ぱん 物 ぶつ やjw.orgにも経 けい 験 けん 談 だん やライフ・ストーリーが載 の せられています。
16. 割 かつ 礼 れい の件 けん が大 おお きな問 もん 題 だい になっていたことは,どんなことから分 わ かりますか。
16 パウロとバルナバたちは,南 みなみ に550㌔ほど旅 たび をして目 もく 的 てき 地 ち に到 とう 着 ちゃく します。こう書 か かれています。「一 いっ 行 こう はエルサレムに着 つ くと,会 かい 衆 しゅう および使 し 徒 と や長 ちょう 老 ろう たちに親 しん 切 せつ に迎 むか えられ,神 かみ が自 じ 分 ぶん たちを通 とお して行 おこな った多 おお くのことを話 はな した」。(使 し 徒 と 15:4 )どんな反 はん 応 のう が返 かえ ってきたでしょうか。「以 い 前 ぜん はパリサイ派 は だった信 しん 者 じゃ の何 なん 人 にん かが席 せき から立 た ち,『彼 かれ らに割 かつ 礼 れい を施 ほどこ し,モーセの律 りっ 法 ぽう を守 まも るよう命 めい じることが必 ひつ 要 よう だ』と言 い った」とあります。(使 し 徒 と 15:5 )異 い 国 こく 人 じん のクリスチャンの割 かつ 礼 れい の件 けん は,大 おお きな問 もん 題 だい になっていました。はっきりさせなければいけません。
「 使 し 徒 と や 長 ちょう 老 ろう たちは…… 集 あつ まった」( 使 し 徒 と 15:6-12 )
17. どんな人 ひと がエルサレムの統 とう 治 ち 体 たい として奉 ほう 仕 し していましたか。その中 なか に「長 ちょう 老 ろう たち」がいたのはどうしてですか。
17 格 かく 言 げん 13章 しょう 10節 せつ には,「助 じょ 言 げん を求 もと める人 ひと たちには知 ち 恵 え がある」とあります。この言 こと 葉 ば の通 とお り,「使 し 徒 と や長 ちょう 老 ろう たちは,この件 けん [割 かつ 礼 れい の問 もん 題 だい ]について調 しら べるために集 あつ ま」りました。(使 し 徒 と 15:6 )「使 し 徒 と や長 ちょう 老 ろう たち」はクリスチャン会 かい 衆 しゅう みんなの代 だい 表 ひょう としてこの件 けん を検 けん 討 とう しました。現 げん 代 だい の統 とう 治 ち 体 たい もそうしています。1世 せい 紀 き の統 とう 治 ち 体 たい の中 なか に,使 し 徒 と たちだけでなく「長 ちょう 老 ろう たち」もいたのはどうしてでしょうか。使 し 徒 と ヤコブは処 しょ 刑 けい されていましたし,使 し 徒 と ペテロは一 いち 時 じ 期 き ,牢 ろう 屋 や に入 い れられていました。ほかの使 し 徒 と たちも同 おな じような目 め に遭 あ うかもしれません。重 おも い責 せき 任 にん を担 にな う監 かん 督 とく の中 なか に,使 し 徒 と 以 い 外 がい の,聖 せい なる力 ちから を受 う けた信 しん 頼 らい できる兄 きょう 弟 だい たちがいれば,安 あん 心 しん です。
18,19. ペテロは確 かく 信 しん を持 も ってどんなことを話 はな しましたか。聞 き いていた人 ひと はどんなふうに考 かんが えることができたはずですか。
18 「使 し 徒 と の活 かつ 動 どう 」の記 き 録 ろく はこう続 つづ きます。「活 かっ 発 ぱつ な論 ろん 議 ぎ が続 つづ いた後 あと ,ペテロが立 た ってこう言 い った。『皆 みな さん,兄 きょう 弟 だい たち,よくご存 ぞん じの通 とお り,神 かみ は私 わたし たちの中 なか から私 わたし をまず選 えら んで異 い 国 こく の人 ひと 々 びと に良 よ い知 し らせを伝 つた えさせ,その人 ひと たちが聞 き いて信 しん じるようにしました。そして,人 ひと の心 こころ を知 し っている神 かみ は,私 わたし たちと同 おな じようにその人 ひと たちにも聖 せい なる力 ちから を与 あた え,その人 ひと たちを認 みと めていることを示 しめ しました。また,私 わたし たちとその人 ひと たちとの間 あいだ に何 なん の差 さ 別 べつ も設 もう けず,彼 かれ らの心 こころ を信 しん 仰 こう のゆえに清 きよ めました』」。(使 し 徒 と 15:7-9 )ある文 ぶん 献 けん によれば,「活 かっ 発 ぱつ な論 ろん 議 ぎ 」と訳 やく されているギリシャ語 ご には「探 さが し求 もと めること」,「質 しつ 問 もん すること」という意 い 味 み もあります。兄 きょう 弟 だい たちは意 い 見 けん が分 わ かれていましたが,自 じ 分 ぶん の考 かんが えを自 じ 由 ゆう に発 はつ 言 げん したことが分 わ かります。
19 ペテロの話 はなし には説 せっ 得 とく 力 りょく がありました。彼 かれ は,異 い 国 こく 人 じん たちが初 はじ めて聖 せい なる力 ちから を受 う けるのを実 じっ 際 さい に見 み ていました。それは36年 ねん ,割 かつ 礼 れい を受 う けていないコルネリオと家 いえ の人 ひと たちに聖 せい なる力 ちから が注 そそ がれた時 とき のことでした。エホバがユダヤ人 じん と異 い 国 こく 人 じん を区 く 別 べつ しなくなったのであれば,いったい誰 だれ がそうしてよいでしょうか。さらに,エホバに正 ただ しいと認 みと めてもらうのに必 ひつ 要 よう なのは,キリストへの信 しん 仰 こう であって,モーセの律 りっ 法 ぽう を守 まも ることではありません。(ガラ 2:16 )
20. 割 かつ 礼 れい を奨 しょう 励 れい するなら,どうして「神 かみ を試 ため 」すことになりますか。
20 神 かみ の言 こと 葉 ば を聞 き き,聖 せい なる力 ちから が働 はたら くのを見 み てきたペテロは,自 じ 信 しん を持 も って最 さい 後 ご にこう言 い います。「ですから,どうして今 いま ,父 ふ 祖 そ も私 わたし たちも負 お えなかった重 おも 荷 に を弟 で 子 し たちに課 か して,神 かみ を試 ため したりするのですか。今 いま や私 わたし たちは,救 すく いは主 しゅ イエスの惜 お しみない親 しん 切 せつ によるという信 しん 仰 こう を持 も っており,その人 ひと たちの救 すく いも同 おな じなのです」。割 かつ 礼 れい を奨 しょう 励 れい するなら,「神 かみ を試 ため 」す(別 べつ の訳 やく によると「神 かみ に辛 しん 抱 ぼう を強 し い」る)ことになってしまいます。(使 し 徒 と 15:10,11 ,フィリップス訳 やく [英 えい 語 ご ])自 じ 分 ぶん たちもしっかり守 まも れなかった律 りっ 法 ぽう を,異 い 国 こく 人 じん に守 まも るよう勧 すす めることになるからです。ユダヤ人 じん は,律 りっ 法 ぽう を守 まも ると約 やく 束 そく しながら守 まも らず,国 こく 民 みん として有 ゆう 罪 ざい とされました。(ガラ 3:10 )それでも神 かみ は,イエスを遣 つか わして惜 お しみない親 しん 切 せつ を示 しめ しました。大 たい 切 せつ なのは,そのことに感 かん 謝 しゃ して信 しん 仰 こう を持 も つことでした。
21. バルナバとパウロはどんなことを話 はな しましたか。
21 聞 き いていた人 ひと たちは,はっとさせられたようです。「一 いち 同 どう は黙 だま り」込 こ んでしまいます。その後 ご ,バルナバとパウロは「自 じ 分 ぶん たちを通 とお して神 かみ が異 い 国 こく の人 ひと 々 びと の間 あいだ で行 おこな った多 おお くの奇 き 跡 せき や不 ふ 思 し 議 ぎ なことについて話 はな し」ます。(使 し 徒 と 15:12 )こうして証 しょう 拠 こ は全 すべ て出 で そろい,使 し 徒 と や長 ちょう 老 ろう たちが割 かつ 礼 れい の件 けん について決 けっ 定 てい を下 くだ す時 とき が来 き ました。神 かみ の考 かんが えに沿 そ った決 けっ 定 てい ができるはずです。
22-24. (ア)現 げん 代 だい の統 とう 治 ち 体 たい は1世 せい 紀 き の統 とう 治 ち 体 たい にどのように倣 なら っていますか。(イ)長 ちょう 老 ろう たちは話 はな し合 あ っても答 こた えが出 で ないとき,自 じ 分 ぶん の立 たち 場 ば をわきまえ,どうしますか。
22 現 げん 代 だい でも,統 とう 治 ち 体 たい が会 かい 合 ごう する時 とき には,聖 せい 書 しょ をよく調 しら べ,真 しん 剣 けん に祈 いの って聖 せい なる力 ちから を求 もと めます。(詩 し 119:105。マタ 7:7-11 )前 まえ もって議 ぎ 題 だい を知 し らされるので,それぞれが祈 いの りつつよく考 かんが えておくことができます。(格 かく 15:28 )会 かい 合 ごう では,敬 けい 意 い を込 こ めながら自 じ 由 ゆう に意 い 見 けん を出 だ し合 あ います。いつも聖 せい 書 しょ を使 つか いながら話 はな し合 あ います。
23 会 かい 衆 しゅう の長 ちょう 老 ろう たちもその手 て 本 ほん に倣 なら います。長 ちょう 老 ろう たちが話 はな し合 あ っても答 こた えが出 で ない重 じゅう 要 よう なことがあれば,長 ちょう 老 ろう 団 だん は支 し 部 ぶ 事 じ 務 む 所 しょ か,支 し 部 ぶ 事 じ 務 む 所 しょ の代 だい 表 ひょう 者 しゃ (巡 じゅん 回 かい 監 かん 督 とく など)に相 そう 談 だん します。支 し 部 ぶ は必 ひつ 要 よう に応 おう じて統 とう 治 ち 体 たい に尋 たず ねます。
24 エホバが愛 あい するのは,自 じ 分 ぶん の立 たち 場 ば をわきまえて時 とき を待 ま ち,設 もう けられている取 と り決 き めを尊 そん 重 ちょう する人 ひと たちです。エホバはそういう人 ひと たちを成 せい 功 こう させてくださいます。次 つぎ の章 しょう で見 み るように,1世 せい 紀 き のクリスチャンも,そうやってみんなが心 こころ を一 ひと つにして平 へい 和 わ になり,ますます活 かっ 気 き づいていきます。