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神の王国について徹底的に教える
徹 2章 14–19ページ

2章

「あなたたちは……私わたしの証しょう人にんとなります」

伝でん道どうに打うち込こんで手て本ほんとなるよう,イエスが使し徒とたちを励はげます

使し徒と 1:1-26

1-3. イエスと使し徒とたちはどのように別わかれましたか。これからどんなことを考かんがえますか。

終おわってほしくない,と使し徒とたちは思おもいます。この数すう週しゅう間かんは素す晴ばらしい日ひ々びでした。いっときは落おち込こんでいましたが,イエスが復ふっ活かつし,みんな大おおきな喜よろこびに包つつまれました。これまでの40日にち間かん,イエスは何なん度ども弟で子したちに会あいに行いき,教おしえ,励はげましてきました。でも,それも今日きょうで終おわりです。

2 オリーブ山やまに集あつまった使し徒とたちが,イエスの話はなしを一ひと言ことも聞きき逃のがさないようにと耳みみを傾かたむけています。もっと聞きいていたいのですが,話はなしは終おわってしまいます。イエスは両りょう手てを上あげ,使し徒とたちのために神かみからの祝しゅく福ふくを願ねがいます。そして何なんと,地じ面めんから空そらへと昇のぼっていきます。使し徒とたちが見み上あげる中なか,イエスの姿すがたはやがて雲くもに隠かくれて見みえなくなります。イエスがいなくなっても,使し徒とたちはまだ空そらをじっと見みています。(ルカ 24:50。使し徒と 1:9,10)

3 使し徒とたちの人じん生せいの新あらたなページが開ひらかれようとしていました。イエス・キリストが天てんに昇のぼった今いま,これからどうしていくとよいでしょうか。前まえもってイエスからしっかり教おしえてもらえたので,大だい丈じょう夫ぶです。イエスはどんなことを伝つたえてくれたでしょうか。使し徒とたちはそれを聞きいて,どうしたでしょうか。現げん代だいの私わたしたちは何なにを学まなべるでしょうか。使し徒と 1章しょうを調しらべてみましょう。

使徒たちが見守る中,イエスが昇天する。

「多おおくの確たしかな証しょう拠こ」(使し徒と 1:1-5)

4. ルカはどのように「使し徒との活かつ動どう」を書かき始はじめていますか。

4 ルカはテオフィロへの言こと葉ばで「使し徒との活かつ動どう」を書かき始はじめています。ルカは福ふく音いん書しょもテオフィロに宛あてて書かきました。a 福ふく音いん書しょの続つづきであることが分わかるように,ルカはまず福ふく音いん書しょの最さい後ごに書かいた内ない容ようを振ふり返かえっています。簡かん潔けつにまとめつつ,新あらたな情じょう報ほうを加くわえています。

5,6. (ア)ルカは,クリスチャンの信しん仰こうを強つよめるのに役やく立だつどんなものに触ふれていますか。(イ)今いまの私わたしたちの信しん仰こうも「多おおくの確たしかな証しょう拠こ」に基もとづいています。どうしてそういえますか。

5 使し徒と 1章しょう3節せつでルカは,クリスチャンの信しん仰こうを強つよめるのに役やく立だつものに触ふれています。こうあります。「イエスは……自じ分ぶんが生いきていることを多おおくの確たしかな証しょう拠こによって使し徒とたちに示しめしました」。ここで「確たしかな証しょう拠こ」と訳やくされている語ごを聖せい書しょ中ちゅうで使つかっているのは,「医い者しゃルカ」だけです。(コロ 4:14)これは医い学がく書しょで使つかわれた用よう語ごで,明めい白はくで決けっ定てい的てきで信しん頼らいできる証しょう拠こという意い味みがあります。イエスが残のこしたのは,まさにそういう証しょう拠こでした。弟で子したちの前まえに何なん度ども現あらわれたからです。ある時ときには1人ひとりか2人ふたりに,ある時ときには使し徒とたち全ぜん員いんに,ある時ときには500人にん以い上じょうの人ひとたちの前まえに姿すがたを現あらわしました。(コリ一いち 15:3-6)

6 今いまの私わたしたちの信しん仰こうも「多おおくの確たしかな証しょう拠こ」に基もとづいています。私わたしたちは,イエスが人にん間げんとして生いきたこと,人じん類るいを救すくうために死しんだこと,そして復ふっ活かつしたことを信しんじていますが,どれにも証しょう拠こがあります。実じっ際さいに目もく撃げきした人ひとたちからの情じょう報ほうが聖せい書しょに載のせられています。神かみが導みちびいてそれを記き録ろくさせました。そういう記き録ろくを読よみ,よく祈いのって研けん究きゅうすると,信しん仰こうが強つよまります。信しん仰こうとはただ信しんじることではありません。証しょう拠こがあって初はじめて信しん仰こうが生うまれます。楽らく園えんになった地ち球きゅうでいつまでも幸しあわせに暮くらすには,そういう本ほん物ものの信しん仰こうが欠かかせません。(ヨハ 3:16)

7. 伝でん道どうのテーマは神かみの王おう国こくです。イエスのどんな手て本ほんからそのことが分わかりますか。

7 ルカが言いっているように,復ふっ活かつしたイエスは「神かみの王おう国こくについて話はなしました」。例たとえば,預よ言げんを説せつ明めいし,神かみから選えらばれた者ものは苦くるしみと死しを経けい験けんすることになっていたと言いいました。(ルカ 24:13-32,46,47)イエスは神かみから選えらばれ,将しょう来らい王おうになることになっていたので,神かみの王おう国こくについて語かたりました。神かみの王おう国こくはイエスの伝でん道どうのテーマでした。クリスチャンも同おなじテーマを意い識しきして伝でん道どうします。(マタ 24:14。ルカ 4:43)

「地ち上じょうの最もっとも遠とおい所ところにまで」(使し徒と 1:6-12)

8,9. (ア)使し徒とたちはどんな2つの勘かん違ちがいをしていましたか。(イ)イエスはどのように使し徒とたちの勘かん違ちがいを正ただしましたか。私わたしたちもそこからどんなことを学まなべますか。

8 使し徒とたちがオリーブ山やまに集あつまった時ときは,天てんに行いく前まえのイエスと話はなす最さい後ごのチャンスでした。こう尋たずねます。「主しゅよ,今いまイスラエルに王おう国こくを回かい復ふくするのですか」。(使し徒と 1:6)ここから,使し徒とたちが2つの勘かん違ちがいをしていたことが分わかります。まず,神かみの王おう国こくは当とう時じのイスラエルにつくられると思おもっていました。さらに,神かみの王おう国こくは「今いま」その時ときに統とう治ちを始はじめると思おもっていました。イエスは何なんと答こたえたでしょうか。

9 1つ目めの勘かん違ちがいはすぐに正ただされることになっていました。イエスはそれを知しっていたはずです。使し徒とたちはわずか10日か後ご,イスラエル国こく民みんとは違ちがう,新あたらしい国こく民みんの誕たん生じょうを目めにしました。それは,神かみに選えらばれた人ひとたちから成なる国こく民みんで,イスラエル人じんではない人ひともたくさん含ふくまれています。もうイスラエル国こく民みんは神かみの特とく別べつな国こく民みんではなくなりました。2つ目めの勘かん違ちがいについては,イエスはこう言いいました。「天てんの父ちちの権けん限げんで定さだめられた時ときや時じ期きについて,あなたたちが知しる必ひつ要ようはありません」。(使し徒と 1:7)以い前ぜんにもイエスは,終おわりが来くる「日ひと時じ刻こく」は自じ分ぶんも知しらず,「父ちちだけが」知しっていると言いいました。エホバは決きめたタイミングを必かならず守まもります。(マタ 24:36)それで私わたしたちも,今いまの体たい制せいが終おわるタイミングについて考かんがえ過すぎるなら,知しる必ひつ要ようのないことを知しろうとしていることになります。

10. 弟で子したちに倣ならって,どんな姿し勢せいでいたいと思おもいますか。どうしてですか。

10 勘かん違ちがいをしたとはいえ,弟で子したちは信しん仰こうのあつい人ひとたちでした。イエスに指し摘てきされて,間ま違ちがいを素す直なおに認みとめました。それに,勘かん違ちがいをしたのは,鋭するどい関かん心しんがあったからこそでした。イエスから何なん度ども「ずっと見み張はっていなさい」と言いわれていたので,エホバが行こう動どうするタイミングを見み逃のがさないようにしたいと思おもっていました。(マタ 24:42; 25:13; 26:41)私わたしたちも同おなじような姿し勢せいでいたいと思おもいます。今いまは「終おわりの時じ代だい」なので,特とくにそういえます。(テモ二に 3:1-5)

11,12. (ア)イエスはクリスチャンたちにどんな任にん務むを与あたえましたか。(イ)イエスが聖せいなる力ちからについて話はなしたのはどうしてですか。

11 イエスは使し徒とたちに,何なにに集しゅう中ちゅうすべきかを教おしえました。こう言いいました。「聖せいなる力ちからがあなたたちに働はたらく時とき,あなたたちは力ちからを受うけ,エルサレムで,ユダヤとサマリアの全ぜん土どで,また地ち上じょうの最もっとも遠とおい所ところにまで,私わたしの証しょう人にんとなります」。(使し徒と 1:8)イエスが復ふっ活かつしたことはまず,イエスが杭くいに掛かけられたエルサレムで知しらされます。そこからユダヤ全ぜん域いきに,そしてサマリアに,さらにはもっと遠とおくに広ひろめられていきます。

12 イエスはここで,「聖せいなる力ちからがあなたたちに働はたらく」とまず言いってから,伝でん道どうする任にん務むに触ふれています。ここを含ふくめ,「使し徒との活かつ動どう」には「聖せいなる力ちから」という語ごが60回かいも出でてきます。エホバの望のぞむことを行おこなうには,聖せいなる力ちからのサポートが絶ぜっ対たいに必ひつ要ようだということが伝つたわってきます。エホバに祈いのって,「聖せいなる力ちからを下ください」とお願ねがいすることは,とても大たい切せつです。(ルカ 11:13)今いまは伝でん道どうに特とくに聖せいなる力ちからが必ひつ要ようです。

13. 今いま,「地ち上じょうの最もっとも遠とおい所ところ」はどこまで広ひろがっていますか。一いっ生しょう懸けん命めい伝でん道どうすることが大たい切せつなのはどうしてですか。

13 今いまでは,「地ち上じょうの最もっとも遠とおい所ところ」は世せ界かい中じゅうにまで広ひろがっています。エホバは,「あらゆる人ひと」が良よい知しらせを聞きいて救すくわれることを願ねがっています。(テモ一いち 2:3,4)前まえの章しょうで見みたように,エホバの証しょう人にんは一いっ生しょう懸けん命めいに良よい知しらせを伝つたえています。あなたはどうですか。これほどやりがいのある仕し事ごとはほかにありません。エホバからのサポートもあります。どうやって伝でん道どうすればよいか,どんな心こころ構がまえが大たい切せつか,「使し徒との活かつ動どう」から学まなべます。

14,15. (ア)天てん使したちは,イエスがどのように来くると言いいましたか。それはどういう意い味みですか。(脚きゃく注ちゅうも参さん照しょう。)(イ)イエスは天てんに行いった時ときと「同おなじ仕し方かたで」再ふたたび来きた,といえるのはどうしてですか。

14 この章しょうの初はじめで取とり上あげたように,イエスは空そらへと昇のぼっていき,やがて見みえなくなりました。それでも,11人にんの弟で子したちは立たったまま,じっと空そらを見みつめていました。すると,2人ふたりの天てん使しが現あらわれ,こう言いって考かんがえさせます。「ガリラヤの人ひとたち,なぜ空そらを眺ながめて立たっているのですか。空そらへ上あげられたこのイエスは,空そらに入はいっていくのをあなたたちが見みたのと同おなじ仕し方かたで来きます」。(使し徒と 1:11)これはイエスが人にん間げんの肉にく体たいを着つけて再ふたたび来くるという意い味みだ,と教おしえる人ひともいます。でも,本ほん当とうはそういう意い味みではありません。どうしてそういえるでしょうか。

15 天てん使したちが,「同おなじ姿すがたで」ではなく「同おなじ仕し方かたで」と言いっていることに注ちゅう目もくしてください。b イエスはどんな仕し方かたで天てんに行いったでしょうか。天てん使したちが現あらわれた時とき,イエスはすでにいませんでした。限かぎられた数かずの使し徒とたちだけが,天てんへと旅たび立だつイエスを見みて,エホバのもとに戻もどっていったのを理り解かいしました。天てん使したちによれば,イエスは「同おなじ仕し方かたで」再ふたたびやって来きます。そして,実じっ際さいにそうなりました。現げん在ざい,聖せいなる力ちからに頼たよって学まなぶ人ひとたちだけが,イエスがすでに来きていて,王おうになっていることを理り解かいしています。(ルカ 17:20)イエスが王おう位いについている証しょう拠こを調しらべて信しん仰こうを強つよめ,今いまがどんな時じ代だいかについて伝でん道どうすることはとても大たい切せつです。

「どちらを選えらばれたかをお示しめしください」(使し徒と 1:13-26)

16-18. (ア)使し徒と 1章しょう13,14節せつから,クリスチャンの集しゅう会かいについてどんなことが分わかりますか。(イ)イエスの母はは親おやマリアの手て本ほんから何なにを学まなべますか。(ウ)集しゅう会かいがとても大たい切せつなのはどうしてですか。

16 その後ご,使し徒とたちは「大おおきな喜よろこびを抱いだいてエルサレムに帰かえ」りました。(ルカ 24:52)イエスに励はげましてもらった彼かれらはどうしたでしょうか。使し徒と 1章しょう13,14節せつによると,「階かい上じょうの部へ屋や」に集あつまりました。当とう時じ,パレスチナの家いえの上うえの階かいにはよく,外そと階かい段だんから入はいれる部へ屋やがありました。この「階かい上じょうの部へ屋や」は,使し徒と 12章しょう12節せつに出でてくるマルコの母はは親おやの家いえの部へ屋やだったかもしれません。いずれにしても,そこは集あつまりやすい場ば所しょでした。誰だれが集あつまり,何なにをしていたのでしょうか。

17 集あつまったのは,使し徒とたちだけでも,男だん性せいたちだけでもありませんでした。「何なん人にんかの女じょ性せい」もいて,その中なかにはイエスの母はは親おやマリアもいました。聖せい書しょ中ちゅうでマリアが出でてくるのは,ここが最さい後ごです。マリアは目め立だとうとしたりせず,ほかの兄きょう弟だい姉し妹まいたちと一いっ緒しょに崇すう拝はいのために集あつまりました。イエスが生いきていた頃ころは信しん者じゃでなかった4人にんの息子むすこもその場ばにいたので,うれしかったはずです。(マタ 13:55。ヨハ 7:5)イエスが亡なくなって復ふっ活かつした後あと,息子むすこたちは信しん仰こうを持もつようになりました。(コリ一いち 15:7)

18 みんなが集あつまっていたのは,「思おもいを一ひとつにしてひたすら祈いのり続つづけ」るためでした。(使し徒と 1:14)このように,クリスチャンが集あつまるのは崇すう拝はいのためです。もちろん,仲なか間まとの絆きずなを強つよめたり,大だい事じなことを学まなんだりしますが,何なによりエホバを崇すう拝はいするために集あつまります。エホバに喜よろこんでもらうために,心こころから祈いのり,賛さん美びの歌うたを歌うたいます。神かみを畏おそれ敬うやまう気き持もちで集あつまり,みんなで励はげまし合あえる集しゅう会かいは,本ほん当とうに大たい切せつです。(ヘブ 10:24,25)

19-21. (ア)ペテロの活かつ躍やくからどんなことを学まなべますか。(イ)ユダの代かわりが必ひつ要ようだったのはどうしてですか。その選えらび方かたからどんなことを学まなべますか。

19 さて,使し徒とたちには,検けん討とうしなければいけないことが1つありました。ペテロがみんなをまとめるために発はつ言げんします。(15-26節せつ)ペテロといえば,数すう週しゅう間かん前まえに大おおきな失しっ敗ぱいをし,イエスのことを知しらないと3度ど言いったばかりです。(マル 14:72)でも今いまは見み事ごとに立たち直なおり,エホバからも仲なか間まからも信しん頼らいされています。私わたしたちは誰だれもが間ま違ちがいをしますが,心こころから反はん省せいしてやり直なおすなら,エホバは「快こころよく許ゆるしてくださいます」。(詩し 86:5)

20 ペテロは,イエスを裏うら切ぎった使し徒とユダの代かわりを選えらばなければいけないと考かんがえます。誰だれがよいでしょうか。イエスの宣せん教きょうにずっと付ついてきていた人ひとで,復ふっ活かつしたイエスに会あった人ひとです。(使し徒と 1:21,22)イエスも以い前ぜん,こう言いっていました。「私わたしに従したがってきたあなたたちも12の座ざに座すわり,イスラエルの12部ぶ族ぞくを裁さばきます」。(マタ 19:28)エホバは,イエスの宣せん教きょうに付ついていった12使し徒とが新あたらしいエルサレムの「12の土ど台だい石いし」になる,と考かんがえていたようです。(啓けい 21:2,14)それでペテロに,「監かん督とくの職しょくにほかの人ひとが就つきますように」という預よ言げんがユダに当あてはまることに気き付づかせました。(詩し 109:8)

21 代かわりの1人ひとりをどうやって選えらんだでしょうか。くじを引ひきました。昔むかし,くじを引ひくのは一いっ般ぱん的てきなことでした。(格かく 16:33)しかし,聖せい書しょにくじを引ひくことが出でてくるのはここが最さい後ごです。この後あと,ペンテコステで聖せいなる力ちからが注そそがれてからは必ひつ要ようなくなったようです。ここで注ちゅう目もくしたいのは,どうしてくじを使つかったかです。使し徒とたちはこう祈いのりました。「全すべての人ひとの心こころを知しっておられるエホバ,この2人ふたりのうちどちらを選えらばれたかをお示しめしください」。(使し徒と 1:23,24)彼かれらはエホバが選えらんだ人ひとを選えらびたいと思おもっていました。結けっ果か,マッテヤが選えらばれました。マッテヤは,イエスが伝でん道どうに遣つかわした70人にんの弟で子しの1人ひとりだったと思おもわれます。こうして,マッテヤが「12人にん」の1人ひとりになりました。c (使し徒と 6:2)

22,23. 先せん頭とうに立たってくれる監かん督とくたちに従したがい,進すすんで協きょう力りょくすることが大たい切せつなのは,どうしてですか。

22 この記き録ろくから,クリスチャンの活かつ動どうにはまとめ役やくがいることが分わかります。現げん代だいでも会かい衆しゅうでは,責せき任にんを担になえる兄きょう弟だいたちが選えらばれて,監かん督とくとして奉ほう仕しします。監かん督とくたちはそういう兄きょう弟だいを選えらぶ時とき,聖せい書しょに書かかれている監かん督とくの資し格かくを慎しん重ちょうに検けん討とうし,聖せいなる力ちからに導みちびいてもらえるよう祈いのります。それで,選えらばれた兄きょう弟だいたちは聖せいなる力ちからによって任にん命めいされたといえます。先せん頭とうに立たってくれる監かん督とくたちに従したがい,進すすんで協きょう力りょくすることが大たい切せつです。そうすると,会かい衆しゅうみんなが一ひとつになってエホバに仕つかえられます。(ヘブ 13:17)

長老団の集まり

監かん督とくたちに従したがい,進すすんで協きょう力りょくする。

23 使し徒とたちは,復ふっ活かつしたイエスに励はげましてもらい,12使し徒とに新あらたな人ひとを迎むかえ,今こん後ごに向むけて準じゅん備びが整ととのいました。これからどんな展てん開かいが待まっているでしょうか。次つぎの章しょうで学まなびましょう。

a ルカは福ふく音いん書しょで,テオフィロを「閣かっ下か」と呼よんでいます。ここから,テオフィロが著ちょ名めいな人じん物ぶつで,その時ときは信しん者じゃではなかったことがうかがえます。(ルカ 1:3)しかしルカは,「使し徒との活かつ動どう」では「テオフィロ様さま」と呼よび掛かけています。学がく者しゃによると,「閣かっ下か」と呼よぶのをやめたのは,テオフィロが福ふく音いん書しょを読よんだ後あとに信しん者じゃになり,クリスチャンの仲なか間まになったからかもしれません。

b ここで使つかわれているギリシャ語ごは,「姿すがた」を意い味みするモルフェーではなく,「仕し方かた」を意い味みするトロポスです。

c パウロは「異い国こくの人ひと々びとへの使し徒と」に選えらばれましたが,12使し徒との1人ひとりではありませんでした。(ロマ 11:13。コリ一いち 15:4-8)イエスの宣せん教きょうに付ついていってはいなかったからです。

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