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  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2018
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2018
塔研18 05月号 12–16ページ
セルジョとオリンダがバス停のそばで,行き交う人たちに出版物を見せている。

エホバは「耐たえ忍しのんで実みを結むすぶ」人ひとたちを愛あいされる

「りっぱな土つちの上うえのもの[は]耐たえ忍しのんで実みを結むすぶ者ものたちです」。ルカ 8:15

歌うた: 98,101

説せつ明めいできますか

  • 人ひと々びとの反はん応のうがあまり良よくない時ときに落らく胆たんするのはなぜですか。

  • わたしたちすべてが宣せん教きょうで実みを結むすべるのはなぜですか。

  • 耐たえ忍しのんで実みを結むすび続つづけるうえでどんなことが役やく立だちますか。

1,2. (イ)反はん応のうがあまり良よくない区く域いきで忠ちゅう実じつに奉ほう仕ししている兄きょう弟だい姉し妹まいから,どんな励はげみを得えられますか。(冒ぼう頭とうの写しゃ真しんを参さん照しょう。)(ロ)イエスは「郷きょう里り」で伝でん道どうすることについて,どんなことを述のべましたか。(脚きゃく注ちゅうを参さん照しょう。)

米べい国こくに住すむセルジョとオリンダは,80代だいの開かい拓たく者しゃの夫ふう婦ふです。最さい近きんは足あしが痛いたみ,歩あるくのも大たい変へんです。でも朝あさになると,2人ふたりは人ひと通どおりの多おおい広ひろ場ばに歩あるいて行いきます。7時じにはバス停ていのそばのいつもの場ば所しょに就つき,行いき交かう人ひとたちに聖せい書しょの出しゅっ版ぱん物ぶつを見みせます。ほとんどの人ひとは無む視しして通とおり過すぎて行いきます。でも2人ふたりは目めが合あう人ひとたちに温あたたかくほほえみかけます。そして,昼ひるになるとゆっくり歩あるいて家いえに帰かえります。翌よく日じつも朝あさ7時じから同おなじ場ば所しょで奉ほう仕しを始はじめます。週しゅうに6日か,1年ねん中じゅうそうしています。もう何なん十じゅう年ねんも,こんなふうに王おう国こくについて知しらせ続つづけています。

2 セルジョとオリンダだけではありません。世せ界かい中じゅうの大おお勢ぜいの兄きょう弟だい姉し妹まいが,人ひと々びとの反はん応のうがあまり良よくない地じ元もとの区く域いきで何なん十じゅう年ねんも忠ちゅう実じつに奉ほう仕ししています。あなたもその一人ひとりかもしれません。本ほん当とうによく頑がん張ばっておられます。a あなたが忠ちゅう実じつに奉ほう仕しし続つづけている姿すがたは,経けい験けん豊ゆたかな兄きょう弟だい姉し妹まいを含ふくめ,多おおくの人ひとの励はげみになっています。巡じゅん回かい監かん督とくたちはこう述のべています。「忠ちゅう実じつな兄きょう弟だい姉し妹まいと一いっ緒しょに伝でん道どうすると,力ちからがわいてきます」。「自じ分ぶんもあきらめずに伝でん道どうを続つづけよう,という気き持もちになります」。「兄きょう弟だい姉し妹まいが忠ちゅう実じつに奉ほう仕しする姿すがたに心こころを打うたれます」。

3. この記き事じではどんな点てんを考かんがえますか。なぜですか。

3 イエスから与あたえられた宣せん教きょうの務つとめを行おこない続つづけるため,3つの点てんを考かんがえましょう。落らく胆たんすることがあるのはなぜか,どのように実みを結むすぶことができるか,耐たえ忍しのんで実みを結むすび続つづけるうえでどんなことが役やく立だつか,という点てんです。

落らく胆たんすることがあるのはなぜか

4. (イ)良よい反はん応のうを示しめさなかったユダヤ人じんについて,パウロはどう感かんじましたか。(ロ)パウロがそのような気き持もちになったのはなぜですか。

4 区く域いきの人ひと々びとの反はん応のうが良よくないために落らく胆たんしたことがありますか。使し徒とパウロも落らく胆たんしたことがあります。パウロは30年ねんほど宣せん教きょうを行おこない,大おお勢ぜいの人ひと々びとがキリストの弟で子しになるよう助たすけました。(使し徒と 14:21。コリ二に 3:2,3)しかし,ユダヤ人じんへの伝でん道どうはあまり成せい果かを収おさめませんでした。ほとんどのユダヤ人じんは良よいたよりに耳みみを貸かさず,パウロを迫はく害がいする人ひとたちもいました。(使し徒と 14:19; 17:1,4,5,13)パウロはどんな気き持もちになったでしょうか。こう述のべています。「わたしはキリストにあって真しん実じつを語かたります。……わたしの心こころには大おおきな悲ひ嘆たんと絶たえざる苦く痛つうがあります」。(ロマ 9:1-3)パウロがそのような気き持もちになったのは,心こころをこめて宣せん教きょうを行おこなっていたからです。ユダヤ人じんを深ふかく気き遣づかっていたので,彼かれらが神かみの憐あわれみを退しりぞけるのを見みてつらく感かんじました。

5. (イ)わたしたちが伝でん道どうするのは,どんな気き持もちを抱いだいているからですか。(ロ)人ひと々びとの反はん応のうがあまり良よくない時とき,落らく胆たんすることがあるのはなぜですか。

5 わたしたちも人ひと々びとを深ふかく気き遣づかっているので伝でん道どうしています。(マタ 22:39。コリ一いち 11:1)エホバに仕つかえるならたくさんの祝しゅく福ふくがある,ということを知しっています。どれほど素す晴ばらしい祝しゅく福ふくが得えられるか知しってほしい,と思おもいます。そう願ねがっているからこそ,エホバがどんな方かたか,人じん類るいに対たいしてどんな目もく的てきをお持もちかを学まなぶよう勧すすめ続つづけます。いわば人ひと々びとにこう言いっています。「素す晴ばらしいプレゼントをお持もちしました。ぜひ受うけ取とってください」。プレゼントを受うけ取とってもらえないと,「心こころに……苦く痛つう」を感かんじます。そう感かんじるのは信しん仰こうが足たりないからではありません。心こころをこめて宣せん教きょうを行おこなっているからです。それで,落らく胆たんすることがあっても,耐たえ忍しのんで頑がん張ばり続つづけます。25年ねん以い上じょう開かい拓たく奉ほう仕しをしているエレナという姉し妹まいもこう述のべています。「伝でん道どうは簡かん単たんな仕し事ごとではありません。でも,これこそわたしがしたい仕し事ごとです」。

どのように実みを結むすべるか

6. これからどんな点てんを考かんがえますか。何なにに注ちゅう目もくしますか。

6 どんな区く域いきで伝でん道どうしていても,実みを結むすぶことができます。なぜそう言いえますか。この大たい切せつな点てんを考かんがえるため,「実みを結むす[ぶ]」ことに関かんするイエスの2つの例たとえに注ちゅう目もくしましょう。(マタ 13:23)最さい初しょは,ぶどうの木きに関かんする例たとえです。

7. (イ)「耕こう作さく者しゃ」,「ぶどうの木き」,「枝えだ」はそれぞれだれを表あらわしていますか。(ロ)これからどんな点てんを考かんがえますか。

7 ヨハネ 15:1-5,8を読よむ。イエスは使し徒とたちにこう言いいました。「あなた方がたが多おおくの実みを結むすびつづけてわたしの弟で子しであることを示しめすこと,これによってわたしの父ちちは栄えい光こうをお受うけになるのです」。イエスはエホバが「耕こう作さく者しゃ」,自じ分ぶんが「真しんのぶどうの木き」,弟で子したちが「枝えだ」であると述のべました。b では,弟で子したちが結むすばなければならない実みとは何なんでしょうか。イエスはその点てんを直ちょく接せつ述のべていませんが,手てがかりとなる事こと柄がらを述のべています。

8. (イ)実みとは新あたらしい弟で子しのことではありません。なぜそう言いえますか。(ロ)エホバはどんな要よう求きゅうをされませんか。

8 イエスは,「父ちちは,わたしにあって実みを結むすんでいない枝えだをみな取とり去さ[る]」と言いいました。言いい換かえると,エホバは実みを結むすぶ人ひとだけをご自じ分ぶんの僕しもべとご覧らんになります。(マタ 13:23; 21:43)クリスチャン各かく自じが結むすばなければならない実みとは,新あたらしい弟で子しのことではありません。(マタ 28:19)なぜでしょうか。実みが新あたらしい弟で子しを表あらわすとしたら,反はん応のうの良よくない区く域いきで忠ちゅう実じつに伝でん道どうしていても,人ひと々びとを弟で子しとすることができていないクリスチャンは,実みを結むすんでいない枝えだということになります。そんなはずはありません。人ひと々びとを強きょう制せい的てきに弟で子しにすることはできません。愛あいあるエホバは,わたしたちに無む理りな要よう求きゅうを課かして,できなかったら切きり捨すてるという方かたではありません。神かみが求もとめる事こと柄がらはすべて,わたしたちに行おこなえる事こと柄がらなのです。(申しん 30:11-14)

9. (イ)何なにを行おこなえば実みを結むすんでいることになりますか。(ロ)これからどんな例たとえについて考かんがえますか。

9 結むすばなければならない実みとは何なんでしょうか。わたしたちすべてが行おこなえる事こと柄がらを表あらわしているはずです。何なにを行おこなえば「実みを結むすんでいる」ことになるでしょうか。神かみの王おう国こくの良よい知しらせを伝つたえることです。c (マタ 24:14)その点てんは種たねまき人びとに関かんする例たとえからも分わかります。次つぎにその例たとえについて考かんがえましょう。

10. (イ)種たねと土つちは何なにを表あらわしていますか。(ロ)生うみ出だされた実みとは何なんですか。

10 ルカ 8:5-8,11-15を読よむ。種たねまき人びとの例たとえに出でてくる種たねは,「神かみの言こと葉ば」つまり王おう国こくの知しらせを表あらわしています。土つちは人ひとの心こころを表あらわしています。りっぱな土つちの上うえに落おちた種たねは根ねを出だし,芽め生ばえ,成せい長ちょうしました。茎くきが伸のび,葉はが出でてきたのです。そして,「百ひゃく倍ばいの実みを生うみ出だしました」。茎くきや葉はのある小ちいさな植しょく物ぶつを生うみ出だしたのでしょうか。いいえ,新あたらしい種たねを生うみ出だしたのです。この例たとえでは,1粒つぶの種たねが100粒つぶの種たねを生うみ出だしました。この例たとえは宣せん教きょうにどのように当あてはまりますか。

ある姉妹が,電話証言,家から家の証言,非公式の証言,公の証言を行ない,耐え忍んで実を結んでいる。

どのように「耐え忍んで実を結ぶ」ことができますか。(11節を参照。)

11. (イ)種たねまき人びとの例たとえは宣せん教きょうにどのように当あてはまりますか。(ロ)どうすれば新あたらしい王おう国こくの種たねを生うみ出だすことができますか。

11 わたしたちはエホバの証しょう人にんの兄きょう弟だい姉し妹まいや親おやから王おう国こくの知しらせを聞ききました。りっぱな土つちのように,わたしたちの心こころは種たねのような王おう国こくの知しらせを受うけ入いれ,しっかり保たもちました。その結けっ果か,王おう国こくの知しらせは根ねを出だし,成せい長ちょうし,実みを生うみ出だせるようになりました。植しょく物ぶつの生うみ出だす実みが小ちいさな新あたらしい植しょく物ぶつではなく新あたらしい種たねであるように,わたしたちの生うみ出だす実みも新あたらしい弟で子しではなく新あたらしい王おう国こくの種たねです。d では,どうすれば新あたらしい王おう国こくの種たねを生うみ出だせますか。様さま々ざまな方ほう法ほうで王おう国こくの知しらせを伝つたえることによって,自じ分ぶんの心こころに植うえられた種たねをまくことができます。(ルカ 6:45; 8:1)王おう国こくについて知しらせ続つづける限かぎり,「耐たえ忍しのんで実みを結むす[んで]」いることになるのです。

12. (イ)ぶどうの木きの例たとえと種たねまき人びとの例たとえから何なにを学まなべますか。(ロ)あなたは2つの例たとえから学まなんだことについてどう思おもいますか。

12 ぶどうの木きの例たとえと種たねまき人びとの例たとえから何なにを学まなべますか。実みを生うみ出だせるかどうかは区く域いきの人ひと々びとの反はん応のうに依い存ぞんしていない,ということです。忠ちゅう実じつに伝でん道どうし続つづけるなら,実みを生うみ出だしていることになります。パウロもこう述のべています。「各おの々おのはその労ろう苦くに応おうじて報むくいを受うけます」。(コリ一いち 3:8)報むくいは労ろう苦くの結けっ果かに応おうじてではなく,労ろう苦くに応おうじて与あたえられるのです。20年ねん開かい拓たく奉ほう仕しをしてきたマティルダという姉し妹まいはこう言いいます。「エホバが努ど力りょくに報むくいてくださるのは本ほん当とうにうれしいことです」。

耐たえ忍しのんで実みを結むすぶ

13,14. ローマ 10章しょう1,2節せつによると,パウロが王おう国こくの知しらせに良よい反はん応のうを示しめさなかった人ひとたちを見み限かぎらなかったのはなぜですか。

13 耐たえ忍しのんで実みを結むすび続つづけるうえでどんなことが役やく立だちますか。先さきほど考かんがえたとおり,パウロは王おう国こくの知しらせに対たいするユダヤ人じんの反はん応のうにがっかりしました。それでもユダヤ人じんのことを見み限かぎったりしませんでした。ローマのクリスチャンに宛あてた手て紙がみの中なかで,ユダヤ人じんについてこう述のべています。「わたしの心こころの善ぜん意いと,彼かれらのために神かみにささげる祈き願がんは,彼かれらの救すくいのためにほかなりません。わたしは,彼かれらが神かみに対たいする熱ねっ心しんさを抱いだいていることを証あかしするのです。しかし,それは正せい確かくな知ち識しきによるものではありません」。(ロマ 10:1,2)パウロが宣せん教きょうを続つづけたのはなぜでしたか。

14 第だい一いちに,パウロは「心こころの善ぜん意い」に動うごかされて伝でん道どうし続つづけたと述のべています。ユダヤ人じんが幾いく人にんかでも救すくわれることを心こころから願ねがっていたのです。(ロマ 11:13,14)第だい二にに,「彼かれらのために神かみにささげる祈き願がん」と述のべています。ユダヤ人じんが王おう国こくの知しらせを受うけ入いれるよう助たすけてほしいと,神かみに懇こん願がんしました。第だい三さんに,「彼かれらが神かみに対たいする熱ねっ心しんさを抱いだいている」とも述のべました。ユダヤ人じんの可か能のう性せいに目めを向むけていたのです。正ただしい事こと柄がらに熱ねつ意いを向むけるようになれば,誠せい実じつなユダヤ人じんは熱ねっ心しんな弟で子しになるかもしれません。パウロはそのことをよく知しっていました。

15. どのようにパウロに倣ならえますか。例れいを挙あげてください。

15 どのようにパウロに倣ならえますか。第だい一いちに,「永えい遠えんの命いのちのために正ただしく整ととのえられた」人ひとを見みつけたいという心こころからの願ねがいを持もち続つづけます。第だい二にに,誠せい実じつな人ひとたちの心こころを開ひらいてください,とエホバに祈き願がんします。(使し徒と 13:48; 16:14)30年ねん近ちかく開かい拓たく奉ほう仕しをしているシルバナはこう言いいます。「家いえを訪ほう問もんする前まえ,積せっ極きょく的てきな見み方かたを持もてるように助たすけてください,とエホバに祈いのります」。誠せい実じつな人ひとたちに会あえるよう天てん使しが導みちびいてくれますように,と祈いのることもできます。(マタ 10:11-13。啓けい 14:6)30年ねん以い上じょう開かい拓たく奉ほう仕しをしているロバートはこう述のべています。「天てん使したちは家いえの人ひとたちの生せい活かつに何なにが起おきているかを知しっています。そのような天てん使したちと共ともに働はたらいていると思おもうとわくわくします」。第だい三さんに,人ひと々びとの可か能のう性せいに目めを向むけます。バプテスマを受うけて50年ねん以い上じょうになるカールという長ちょう老ろうはこう言いいます。「家いえの人ひとの誠せい実じつさを示しめすわずかなサインも見み逃のがさないようにします。笑え顔がお,親しん切せつな応おう対たい,誠せい実じつな質しつ問もんなどです」。わたしたちもパウロのように耐たえ忍しのんで実みを結むすびましょう。

「手てを休やすめるな」

16,17. (イ)伝でん道どうの書しょ 11章しょう6節せつからどんなことを学まなべますか。(ロ)種たねをまく仕し事ごとは,わたしたちを観かん察さつしている人ひとたちにどんな影えい響きょうを与あたえますか。例れいを挙あげてください。

16 王おう国こくの知しらせが人ひと々びとの心こころに達たっしていないように思おもえても,種たねをまく仕し事ごとによって成なし遂とげられている事こと柄がらを過か小しょう評ひょう価かしないようにしましょう。(伝でん道どうの書しょ 11:6を読よむ。)多おおくの人ひとは耳みみを傾かたむけませんが,わたしたちを観かん察さつしています。きちんとした服ふく装そうや礼れい儀ぎ正ただしい態たい度どや温あたたかい笑え顔がおを見みています。やがて,わたしたちに対たいする見み方かたを変かえるかもしれません。冒ぼう頭とうに出でてきたセルジョとオリンダはそのような経けい験けんをしました。

17 セルジョはこう言いいます。「具ぐ合あいが悪わるくて,しばらく広ひろ場ばでの奉ほう仕しに行いけませんでした。体たい調ちょうが回かい復ふくして久ひさしぶりにいつもの場ば所しょに行いくと,そばを通とおる人ひとたちが『久ひさしぶりですね。元げん気きでしたか』とか『心しん配ぱいしてましたよ』と声こえをかけてくれました」。オリンダは笑え顔がおでこう言いいます。「バスの運うん転てん手しゅさんたちが手てを振ふって,『頑がん張ばってますね!』と言いってくださいました。雑ざっ誌しを取とりに来きた運うん転てん手しゅさんたちもいます」。ある男だん性せいは証しょう言げんカートの所ところに来きて花はな束たばを差さし出だし,「いつもありがとうございます」と言いいました。2人ふたりはびっくりしました。

18. 「耐たえ忍しのんで実みを結むすぶ」ことが大たい切せつなのはなぜですか。

18 「手てを休やすめる」ことなく王おう国こくの種たねをまき続つづけるなら,「あらゆる国こく民みんに対たいする証あかし」に貢こう献けんできます。(マタ 24:14)何なによりも,エホバに是ぜ認にんされているという深ふかい喜よろこびを味あじわえます。エホバは「耐たえ忍しのんで実みを結むすぶ」人ひとを愛あいされるのです。

a イエスも自じ分ぶんの「郷きょう里り」の人ひと々びとの反はん応のうが良よくないと述のべました。四よん福ふく音いん書しょの筆ひっ者しゃ全ぜん員いんがその点てんを記き録ろくしています。(マタ 13:57。マル 6:4。ルカ 4:24。ヨハ 4:44)

b 枝えだは天てんでの命いのちを得える見み込こみのある人ひとたちを表あらわしていますが,この例たとえには神かみの僕しもべすべてに役やく立だつ教きょう訓くんが含ふくまれています。

c 「実みを結むす[ぶ]」ことは「霊れいの実み」を生うみ出だすことにも当あてはまりますが,この記き事じと次つぎの記き事じでは,「唇くちびるの実み」を生うみ出だすこと,つまり王おう国こくについて知しらせることを考かんがえます。(ガラ 5:22,23。ヘブ 13:15)

d イエスは別べつの機き会かいに,まく者ものと刈かり取とる者ものの例たとえを用もちいて,人ひと々びとを弟で子しとする活かつ動どうについて説せつ明めいしました。(マタ 9:37。ヨハ 4:35-38)

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