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塔研19 04月号 14–19ページ

研究記事16

死しについての真しん理りを支し持じする

「わたしたちは,真しん理りの霊れい感かんの表ひょう現げんと誤あやまりの霊れい感かんの表ひょう現げんとに気きづくのです」。ヨハネ第だい一いち 4:6

73番ばんの歌うた 私わたしたちに大だい胆たんさを与あたえてください

何なにを学まなぶかa

エホバの証人の夫婦が,大切な人を亡くして悲しんでいる親族を慰めている。

神に喜ばれない慣習に従うのではなく,大切な人を亡くした親族を慰める。(1-2節を参照。)b

1-2. (ア)サタンはどのように人ひと々びとを欺あざむいてきましたか。(イ)この記き事じではどんなことを考かんがえますか。

「偽いつわりの父ちち」であるサタンは,人じん類るい史しの初はじめから人ひと々びとを欺あざむいてきました。(ヨハ 8:44)そのうそには,死しと死し後ごの命いのちについての偽いつわりの教おしえが含ふくまれます。世せ界かいで広ひろく見みられる慣かん習しゅうや迷めい信しんは,そうした教おしえに基もとづいています。そのため多おおくの兄きょう弟だい姉し妹まいは,家か族ぞくや知ち人じんが亡なくなった時とき,「信しん仰こうのために厳きびしい戦たたかい」をしなければなりません。(ユダ 3)

2 そのような試し練れんに遭あう時とき,どうすれば死しについての聖せい書しょの真しん理りをしっかりと支し持じできるでしょうか。(エフェ 6:11)神かみに喜よろこばれない慣かん習しゅうに従したがうよう圧あつ力りょくを受うけている兄きょう弟だい姉し妹まいをどのように支ささえ,力ちからづけることができますか。エホバはどんな助たすけを与あたえてくださっていますか。この記き事じではそうしたことを考かんがえます。ではまず,死しについて聖せい書しょが述のべていることに注ちゅう意いを向むけましょう。

死し者しゃの状じょう態たいについての真しん理り

3. 最さい初しょのうその結けっ果か,どんなことが生しょうじましたか。

3 人にん間げんはいずれ死しぬ者ものとして創そう造ぞうされたわけではありません。しかし,永えい遠えんに生いきるためには,エホバに従したがう必ひつ要ようがありました。エホバはアダムとエバにこう命めいじました。「善ぜん悪あくの知ち識しきの木きについては,あなたはそれから食たべてはならない。それから食たべる日ひにあなたは必かならず死しぬからである」。(創そう 2:16,17)そこへサタンが登とう場じょうし,蛇へびを使つかってエバにこう言いいました。「あなた方がたは決けっして死しぬようなことはありません」。エバはそのうそを信しんじ込こみ,その木きの実みを食たべてしまいました。後のちにアダムも食たべました。(創そう 3:4,6)こうして人じん類るいに罪つみと死しが入はいりました。(ロマ 5:12)

4-5. サタンはどのように人にん間げんを欺あざむき続つづけていますか。

4 神かみが言いわれたとおり,アダムとエバは死しにました。しかし,サタンは死しについてのうそをつくことをやめませんでした。ある時じ点てんで別べつのうそを持もち出だします。それは,人ひとは体からだが死しんでも霊れいの世せ界かいで生いき続つづける,という教おしえです。このうそによって,今いまも世せ界かい中じゅうの人ひとたちが欺あざむかれています。(テモ一いち 4:1)

5 これほど大おお勢ぜいの人ひとが欺あざむかれているのはなぜでしょうか。サタンが,死しに対たいする人にん間げんの自し然ぜんな感かん情じょうに付つけ込こんでいるからです。わたしたちは永えい遠えんに生いきるように創そう造ぞうされたので,死しにたいとは思おもいません。(伝でん 3:11)死しを敵てきと見みています。(コリ一いち 15:26)

6-7. (ア)サタンは死しについての真しん理りを覆おおい隠かくすことができましたか。説せつ明めいしてください。(イ)聖せい書しょの真しん理りによって,わたしたちはどんな恐おそれから解かい放ほうされていますか。

6 サタンは人にん間げんを必ひっ死しに欺あざむこうとしてきましたが,死しについての真しん理りを覆おおい隠かくすことはできませんでした。それどころか今いま,これまでで最もっとも多おおくの人ひとたちが死し者しゃの状じょう態たいや将しょう来らいについての聖せい書しょの教おしえを知しり,人ひと々びとに伝つたえています。(伝でん 9:5,10。使し徒と 24:15)エホバの証しょう人にんはそのような真しん理りによって慰なぐさめられ,不ふ必ひつ要ような恐おそれや不ふ安あんから解かい放ほうされています。死し者しゃを恐おそれることも,死し者しゃに悪わるいことが起おきるのではないかと心しん配ぱいすることもありません。死し者しゃが何なにかの形かたちで生いきていてだれかに危き害がいを加くわえることなどない,ということを知しっているからです。死しは深ふかい眠ねむりのようなものです。(ヨハ 11:11-14)死し者しゃは時ときの経けい過かを感かんじることがありません。ですから,何なん百びゃく年ねん,死しの眠ねむりに就ついていたとしても,復ふっ活かつの時ときにはほんの一いっ瞬しゅんのことのように感かんじるでしょう。

7 死し者しゃの状じょう態たいについての真しん理りは,単たん純じゅん明めい快かいで論ろん理り的てきです。サタンの難なん解かいなうそとは大おお違ちがいです。サタンはそのようなうそによって,人ひと々びとを惑まどわすだけではなく,さらに大おおきな害がいをもたらしました。(1)創そう造ぞう者しゃエホバの評ひょう判ばんを傷きずつけ,(2)キリストの贖あがないの犠ぎ牲せいなど必ひつ要ようないと思おもわせ,(3)人ひと々びとをいっそう苦くるしめ悲かなしませています。どのようにでしょうか。

サタンのうそは多おおくの害がいをもたらしてきた

8. エレミヤ 19章しょう5節せつから分わかるとおり,サタンのうそは,どのようにエホバの評ひょう判ばんを傷きずつけていますか。

8 エホバの評ひょう判ばんを傷きずつけている。サタンのうそには,死し者しゃは火ひの責せめ苦くを受うけるという偽いつわりの教おしえが含ふくまれます。これはエホバの評ひょう判ばんを傷きずつける教おしえです。なぜですか。愛あいの神かみは悪あく魔まのように残ざん忍にんだ,と言いうようなものだからです。(ヨハ一いち 4:8)あなたはこの教おしえについてどう思おもいますか。何なによりも,エホバはどう思おもわれるでしょうか。エホバはどんな残ざん酷こくな行おこないも憎にくまれる方かたなのです。(エレミヤ 19:5を読よむ。)

9. サタンのうそは,ヨハネ 3章しょう16節せつや15章しょう13節せつに記しるされているキリストの贖あがないの犠ぎ牲せいをどう思おもわせていますか。

9 キリストの贖あがないの犠ぎ牲せいなど必ひつ要ようないと思おもわせている。(マタ 20:28)サタンがついたもう一ひとつのうそは,人にん間げんには不ふ滅めつの魂たましいがあるというものです。もしそうだとすれば,人にん間げんは永えい遠えんに生いきられることになり,キリストが贖あがないとして命いのちをなげうつ必ひつ要ようはなかったことになります。キリストの犠ぎ牲せいは人じん類るいに対たいする最さい高こうの愛あいの表あらわれです。(ヨハネ 3:16; 15:13を読よむ。)その貴き重ちょうな贈おくり物ものを踏ふみつけるような教おしえを,エホバとイエスはどうお感かんじになるでしょうか。

10. 死しについてのサタンのうそは,人ひと々びとをどのように苦くるしめ悲かなしませていますか。

10 人ひと々びとをいっそう苦くるしめ悲かなしませている。子こどもを亡なくして悲ひ嘆たんに暮くれている親おやに,「神かみ様さまがお子こさんを天てん使しにするために取とり去さられたんですよ」と言いう人ひとがいます。そう聞きいた親おやは,慰なぐさめられるでしょうか。いっそう苦くるしむのではありませんか。また,地じ獄ごくの火ひについての偽いつわりの教おしえは,教きょう会かいの教おしえに反はん対たいする人ひとを火ひあぶりにして苦くるしめることなどを正せい当とう化かするために使つかわれてきました。スペインの異い端たん審しん問もんに関かんする本ほんによると,「地じ獄ごくの火ひの責せめ苦くがどんなものかを体たい験けんさせ」れば,異い端たん者しゃは死しぬ前まえに改かい心しんし,地じ獄ごくに落おちずに済すむ,と信しんじる人ひとがいたようです。ある国くに々ぐにでは,死しんだ先せん祖ぞを崇すう拝はいし,敬うやまい,先せん祖ぞの加か護ごを求もとめなければならないと信しんじられています。呪のろいやたたりを受うけないようにするために,先せん祖ぞをなだめようとする人ひともいます。しかし,サタンのうそに基もとづく教おしえは,本ほん当とうの慰なぐさめにはなりません。むしろ,不ふ必ひつ要ような心しん配ぱいや恐おそれを生しょうじさせます。

聖せい書しょの真しん理りをどのように支し持じできるか

11. 親しん族ぞくや友ゆう人じんからどんな圧あつ力りょくを受うけることがありますか。

11 神かみと神かみの言こと葉ばに対たいする愛あいは,エホバに従したがう力ちからになります。だれかが亡なくなると,親しん族ぞくや友ゆう人じんが善ぜん意いから,聖せい書しょに反はんする慣かん習しゅうに従したがうよう圧あつ力りょくをかけてくることがあります。従したがわないなら,「死し者しゃへの愛あいや敬けい意いがない」,「死し者しゃにたたられる」などと言いわれるかもしれません。では,聖せい書しょの真しん理りをどのように支し持じできるでしょうか。聖せい書しょの指し針しんを調しらべ,どう当あてはめられるかを考かんがえましょう。

12. 聖せい書しょに反はんする教おしえや慣かん習しゅうにはどのようなものがありますか。

12 聖せい書しょに反はんする教おしえや慣かん習しゅうから「離はなれ[る]」よう決けつ意いする。(コリ二に 6:17)カリブ海かいのある国くにでは,死しんだ人ひとは霊れいとなって,自じ分ぶんにひどい仕し打うちをした人ひとに仕し返かえしをする,と信しんじられています。その霊れいが「地ち域いきの人ひとたちに大だい損そん害がいを与あたえる」こともある,と述のべる参さん考こう文ぶん献けんもあります。アフリカには,だれかが死しぬと,家いえの鏡かがみに覆おおいをかけ,飾かざってあるその人ひとの写しゃ真しんを壁かべに向むけるという習しゅう慣かんがあります。死し者しゃは自じ分ぶんの姿すがたを見みてはいけない,と信しんじられているからです。エホバに仕つかえるわたしたちは決けっして,作つくり話ばなしを信しんじたりサタンのうそを広ひろめる慣かん習しゅうにかかわったりしません。(コリ一いち 10:21,22)

ある兄弟が葬式の慣習について調べている。エホバの証人ではない親族に自分の信仰について話している。

聖書や出版物をよく調べ,自分の信仰についてエホバの証人ではない親族に話しておくなら,問題を避けられる。(13-14節を参照。)c

13. ある慣かん習しゅうに従したがうべきかどうか確かく信しんが持もてない時ときは,ヤコブ 1章しょう5節せつで勧すすめられているように,どうすべきですか。

13 ある慣かん習しゅうに従したがうべきかどうか,確かく信しんが持もてない時ときは,エホバが知ち恵えを与あたえてくださることを信しんじつつ,助たすけを祈いのり求もとめてください。(ヤコブ 1:5を読よむ。)そして,出しゅっ版ぱん物ぶつを調しらべます。必ひつ要ようなら長ちょう老ろうたちに相そう談だんすることもできます。長ちょう老ろうたちは,どうすべきかを指し示じするのではなく,この記き事じで取とり上あげたような聖せい書しょの指し針しんを教おしえてくれるでしょう。このようにして「知ち覚かく力りょく」を訓くん練れんすれば,「正ただしいことも悪わるいことも見み分わけられる」ようになります。(ヘブ 5:14)

14. どうすれば,人ひと々びとをつまずかせることを避さけられますか。

14 「すべての事ことを神かみの栄えい光こうのためにし……つまずきのもととならないように[する]」。(コリ一いち 10:31,32)ある慣かん習しゅうや伝でん統とうに従したがうかどうかを決きめる際さいには,自じ分ぶんの決けっ定ていが他たの人ひと,特とくに仲なか間まの兄きょう弟だい姉し妹まいの良りょう心しんにどんな影えい響きょうを与あたえるかも考かんがえる必ひつ要ようがあります。わたしたちは他たの人ひとを決けっしてつまずかせたくありません。(マル 9:42)また,エホバの証しょう人にんではない人ひとの感かん情じょうを不ふ必ひつ要ように害がいするようなこともしたくありません。愛あいがあれば,敬けい意いのこもった話はなし方かたができます。そうすることはエホバの栄えい光こうとなります。わたしたちは人ひと々びとと言いい争あらそうことも,地じ元もとの伝でん統とうをあざけることもしません。愛あいには大おおきな力ちからがあります。愛あいを表あらわし,思おもいやりや敬けい意いを示しめすなら,反はん感かんを抱いだいている人ひとの心こころも和やわらぐかもしれません。

15-16. (ア)自じ分ぶんの信しん仰こうについて他たの人ひとに知しらせておくとよいのはなぜですか。例れいを挙あげてください。(イ)ローマ 1章しょう16節せつにあるパウロの言こと葉ばから何なにを学まなべますか。

15 親しん族ぞくや近きん所じょの人ひとに,自じ分ぶんがエホバの証しょう人にんであることを知しらせておく。(イザ 43:10)自じ分ぶんがエホバ神かみを崇すう拝はいしていることを,親しん族ぞくや近きん所じょの人ひとに知しらせておけば,緊きん迫ぱくした状じょう況きょうでもうまく対たい処しょできるでしょう。モザンビークに住すむフランシスコはこう述のべています。「妻つまのカロライナとわたしは真しん理りを学まなんで,自じ分ぶんたちは死しんだ人ひとを崇すう拝はいするのをやめた,と家か族ぞくに伝つたえました。カロライナの姉あねが亡なくなった時とき,難むずかしい事じ態たいに直ちょく面めんしました。わたしたちの地ち域いきでは,だれかが死しぬと,死し体たいを水みずで洗あらう儀ぎ式しきを行おこないます。その水みずを捨すてた場ば所しょで最さい近きん親しん者しゃが3夜やにわたって寝ねます。そうすることで,死し者しゃの霊れいをなだめられると信しんじているのです。家か族ぞくは,カロライナにその役やく目めをさせるつもりでした」。

16 2人ふたりはどうしたでしょうか。フランシスコはこう言いいます。「わたしたちはエホバを愛あいしており,エホバに喜よろこばれたいので,その役やく目めを果はたすのを断ことわりました。カロライナの親しん族ぞくはひどく腹はらを立たてました。死し者しゃへの敬けい意いがないとか,家か族ぞくの縁えんを切きるとか言いわれました。自じ分ぶんたちの信しん仰こうについては以い前ぜんに説せつ明めいしていたので,親しん族ぞくが怒おこっている時ときにまた持もち出だすのはやめました。親しん族ぞくの中なかには,『2人ふたりの信しん念ねんについては,以い前ぜんに聞きいたじゃないか』と言いってくれる人ひともいました。そのうちにカロライナの親しん族ぞくも冷れい静せいになり,穏おだやかに話はなし合あえるようになりました。家いえに来きて,『聖せい書しょに関かんする本ほんが欲ほしい』と言いう人ひとたちさえいました」。わたしたちも難むずかしい状じょう況きょうに置おかれるかもしれませんが,良よい知しらせを恥はじることなく,死しについての真しん理りをしっかりと支し持じしましょう。(ローマ 1:16を読よむ。)

悲かなしんでいる人ひとを慰なぐさめ,支ささえる

長老たちが,大切な人を亡くした兄弟を慰めている。

真の友は,大切な人を亡くした仲間を慰め,支える。(17-19節を参照。)d

17. 仲なか間まのクリスチャンが大たい切せつな人ひとを亡なくした時とき,どんな努ど力りょくを払はらうべきですか。

17 仲なか間まのクリスチャンが大たい切せつな人ひとを亡なくして悲かなしんでいる時ときには,「真しんの友とも……,苦く難なんのときのために生うまれた兄きょう弟だい」になるために,できる限かぎりのことをしましょう。(箴しん 17:17)特とくに,兄きょう弟だい姉し妹まいが聖せい書しょに反はんする慣かん習しゅうに従したがわせようとする圧あつ力りょくを受うけている場ば合あい,どのように「真しんの友とも」になれますか。兄きょう弟だい姉し妹まいを慰なぐさめるうえで役やく立だつ聖せい書しょの2つのアドバイスに注ちゅう目もくしましょう。

18. イエスが涙なみだを流ながしたのはなぜですか。そのことから何なにを学まなべますか。

18 「泣なく人ひとたちと共ともに泣な[く]」。(ロマ 12:15)悲かなしみに暮くれている人ひとに何なんと言こと葉ばをかけたらよいか分わからないことがあります。でも時ときには,言こと葉ばより涙なみだのほうが雄ゆう弁べんです。イエスの友ともであるラザロが亡なくなった時とき,その姉し妹まいであるマリアとマルタ,そして友ゆう人じんたちは深ふかく悲かなしんで泣なきました。イエスは4日か後ごにそこに到とう着ちゃくした時とき,すぐにラザロを復ふっ活かつさせるつもりでしたが,それでも「涙なみだを流なが[し]」ました。(ヨハ 11:17,33-35)イエスの涙なみだには,父ちちエホバの気き持もちが表あらわれていました。マリアとマルタはイエスの涙なみだを見みた時とき,自じ分ぶんたちを本ほん当とうに愛あいしてくれていると感かんじて,慰なぐさめられたことでしょう。同どう様ように,兄きょう弟だい姉し妹まいはわたしたちの愛あいや気き遣づかいを感かんじる時とき,自じ分ぶんは独ひとりではなく,優やさしく頼たよりになる友ともに囲かこまれている,と思おもうに違ちがいありません。

19. 悲かなしみに暮くれる兄きょう弟だい姉し妹まいを慰なぐさめる時とき,伝でん道どうの書しょ 3章しょう7節せつの言こと葉ばをどのように当あてはめることができますか。

19 「黙だまっているのに時ときがあり,話はなすのに時ときがある」ことをわきまえる。(伝でん 3:7)悲かなしみに暮くれる兄きょう弟だい姉し妹まいを慰なぐさめるには,話はなしに耳みみを傾かたむけるだけでよい場ば合あいもあります。兄きょう弟だい姉し妹まいが心こころの内うちを自じ由ゆうに話はなせるようにしましょう。「乱らん暴ぼうな話はなし」をされて,言いい過すぎだと思おもうことがあっても,優やさしく受うけ止とめてください。(ヨブ 6:2,3)その人ひとはエホバの証しょう人にんではない親しん族ぞくから圧あつ力りょくを受うけ,気き持もちが張はり詰つめているのかもしれません。一いっ緒しょに祈いのりましょう。「祈いのりを聞きかれる方かた」に力ちからと冷れい静せいな判はん断だん力りょくを与あたえてください,とお願ねがいすることができます。(詩し 65:2)状じょう況きょうが許ゆるすなら,一いっ緒しょに聖せい書しょの言こと葉ばを読よんでください。出しゅっ版ぱん物ぶつの中なかから,励はげみになるライフ・ストーリーなどを読よむこともできます。

20. 次つぎの記き事じではどんなことを学まなびますか。

20 うれしいことに,わたしたちは死しについての真しん理りを知しっています。記き念ねんの墓はかにいる人ひとたちにどんな素す晴ばらしい見み込こみがあるかも知しっています。(ヨハ 5:28,29)ですから,言こと葉ばによっても行おこないによっても聖せい書しょの真しん理りを勇ゆう敢かんに支し持じし,ふさわしい時ときにはいつでも人ひと々びとに伝つたえましょう。次つぎの記き事じでは,サタンが真しん理りを覆おおい隠かくすために使つかっているもう一ひとつの方ほう法ほうを取とり上あげます。それは心しん霊れい術じゅつです。このわなに関かん係けいした行おこないやエンターテインメントを避さける必ひつ要ようがあるのはなぜかを学まなびます。

どのように答こたえますか

  • 死しについての真しん理りを知しると慰なぐさめられるのはなぜですか。

  • 死しについてのサタンのうそは,どんな害がいをもたらしてきましたか。

  • 死しについての真しん理りをどのように支し持じできますか。

24番ばんの歌うた エホバの山やまに登のぼろう

a サタンと邪じゃ悪あくな天てん使したちは,死し者しゃの状じょう態たいについてのうそを使つかって人ひと々びとを欺あざむいてきました。その結けっ果か,聖せい書しょに反はんする慣かん習しゅうが広ひろまりました。そのような慣かん習しゅうに従したがわせようとする圧あつ力りょくを受うける時とき,どうすればエホバに忠ちゅう実じつであり続つづけることができるでしょうか。この記き事じではその点てんを取とり上あげます。

b 写しゃ真しんや挿さし絵え: エホバの証しょう人にんである親しん族ぞくが,大たい切せつな人ひとを亡なくして悲かなしみに暮くれている女じょ性せいを慰なぐさめている。

c 写しゃ真しんや挿さし絵え: ある兄きょう弟だいが葬そう式しきの慣かん習しゅうについて調しらべてから,自じ分ぶんの信しん仰こうについて親しん族ぞくに穏おだやかに話はなしている。

d 写しゃ真しんや挿さし絵え: 長ちょう老ろうたちが,大たい切せつな人ひとを亡なくした兄きょう弟だいを慰なぐさめ,支ささえている。

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