ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 塔研23 07月号 2–7ページ
  • 大患難のために用意をしていますか

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 大患難のために用意をしていますか
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • 忍耐力を鍛える
  • 思いやりを示す
  • 愛を強める
  • 今,用意をしておく
  • エホバの同情心に倣いましょう
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2017
  • 「神の温かい思いやり」
    エホバに近づきなさい
  • あわれみの美しさ
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1969
  • 優しい同情心に富む人でありなさい
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1994
もっと見る
エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
塔研23 07月号 2–7ページ

研究記事29

大だい患かん難なんのために用よう意いをしていますか

「用よう意いができていることを示しめしなさい」。マタイ 24:44

150番ばんの歌うた 救すくいのために神かみに頼たよる

何なにを学まなぶかa

1. 災さい害がいに備そなえて用よう意いをしておくことはどうして大たい切せつですか。

用よう意いをしておくなら,命いのちを守まもることができます。例たとえば災さい害がいが起おきた時とき,用よう意いができているなら,自じ分ぶんの命いのちだけでなくほかの人ひとの命いのちも救すくうことができるでしょう。ヨーロッパで人じん道どう支し援えんを行おこなっているある組そ織しきも,こう言いっています。「命いのちを守まもるためには,良よい準じゅん備びが欠かかせません」。

2. 大だい患かん難なんのために用よう意いをすべきなのはどうしてですか。(マタイ 24:44)

2 「大だい患かん難なん」は突とつ然ぜんに始はじまります。(マタ 24:21)でも災さい害がいとは違ちがい,全すべての人ひとが不ふ意いを突つかれるわけではありません。私わたしたちはイエスの警けい告こくを知しっているからです。イエスは2000年ねんほど前まえに,用よう意いをしておくようにと言いっていました。(マタイ 24:44を読よむ。)用よう意いができているなら,この難むずかしい時ときを乗のり切きり,ほかの人ひとを助たすけることもできるでしょう。(ルカ 21:36)

3. 大だい患かん難なんのために用よう意いをする上うえで,忍にん耐たい,思おもいやり,愛あいはどうして大たい切せつですか。

3 大だい患かん難なんのために準じゅん備びをする上うえで助たすけとなる,3つの性せい質しつについて考かんがえていきましょう。反はん対たいがある中なかで裁さばきについての厳きびしいメッセージを伝つたえなければいけないとしたら,どうでしょうか。(啓けい 16:21)忍にん耐たい力りょくがあるなら,エホバが守まもってくださると信しんじてエホバに従したがうことができるでしょう。兄きょう弟だい姉し妹まいが持もち物ものを失うしなってしまったとしたら,どうしますか。(ハバ 3:17,18)思おもいやりがあるなら,必ひつ要ような物ものを喜よろこんで分わけ合あうことができます。諸しょ国こっ家かの連れん合ごう体たいからの攻こう撃げきを受うけて,仲なか間まと狭せまい所ところでずっと一いっ緒しょに過すごさなければいけないとしたらどうでしょうか。(エゼ 38:10-12)強つよい愛あいがあるなら,そうした大たい変へんな時ときを乗のり切きることができます。

4. 忍にん耐たいや思おもいやりや愛あいを示しめす面めんで成せい長ちょうしていくことは大たい切せつです。どんな聖せい句くからそれが分わかりますか。

4 聖せい書しょは,忍にん耐たいや思おもいやりや愛あいを示しめす面めんで成せい長ちょうしていくようにと勧すすめています。ルカ 21章しょう19節せつには,「あなたたちは忍にん耐たいによって命いのちを受うけます」と書かかれています。コロサイ 3章しょう12節せつには,「思おもいやり……を身みに着つけましょう」とあります。テサロニケ第だい一いち 4章しょう9,10節せつにはこう書かかれています。「皆みなさんは神かみに教おしえられて愛あいし合あって……います。とはいえ,兄きょう弟だいたち,いっそう愛あいし合あうように勧すすめます」。このようなアドバイスを受うけた弟で子したちは,すでに忍にん耐たいや思おもいやりや愛あいを示しめしていました。でも,引ひき続つづき成せい長ちょうしていく必ひつ要ようがありました。私わたしたちにも同おなじことが言いえます。では,1世せい紀きのクリスチャンはこうした性せい質しつをどのように示しめしたでしょうか。私わたしたちはその手て本ほんにどのように見み習ならえますか。そうすることによって大だい患かん難なんに備そなえられると言いえるのはどうしてでしょうか。考かんがえていきましょう。

忍にん耐たい力りょくを鍛きたえる

5. 1世せい紀きのクリスチャンが大たい変へんな中なかでも忍にん耐たいする上うえで,どんなことが助たすけになりましたか。

5 1世せい紀きのクリスチャンは忍にん耐たいする必ひつ要ようがありました。(ヘブ 10:36)誰だれもがぶつかる問もん題だいに加くわえて,クリスチャンだからこそ経けい験けんする問もん題だいもありました。多おおくの人ひとは,ユダヤ人じんの宗しゅう教きょう指し導どう者しゃやローマ当とう局きょくだけでなく,自じ分ぶんの家か族ぞくからも迫はく害がいされました。(マタ 10:21)会かい衆しゅうでは,背はい教きょう者しゃが分ぶん裂れつをもたらす教おしえを広ひろめることもあったので,影えい響きょうされないように闘たたかう必ひつ要ようがありました。(使し徒と 20:29,30)そうした中なかでも,1世せい紀きのクリスチャンは忍にん耐たいすることができました。(啓けい 2:3)何なにが助たすけになったのでしょうか。ヨブなどの聖せい書しょ中ちゅうの手て本ほんについてじっくり考かんがえました。(ヤコ 5:10,11)力ちからを求もとめてエホバに祈いのりました。(使し徒と 4:29-31)そして,忍にん耐たいするならどんな良よい結けっ果かになるかに目めを向むけました。(使し徒と 5:41)

6. メリータ姉し妹まいの例れいからどんなことを学まなべますか。

6 私わたしたちも,聖せい書しょや出しゅっ版ぱん物ぶつに載のせられている手て本ほんを学まなんでじっくり考かんがえるなら,忍にん耐たいすることができます。アルバニアのメリータ姉し妹まいの例れいを考かんがえてみましょう。姉し妹まいは家か族ぞくからの激はげしい反はん対たいを忍にん耐たいすることができました。こう言いいます。「ヨブについて学まなんで,とても感かん動どうしました。ヨブはすごく大たい変へんな目めに遭あい,その理り由ゆうも知しりませんでした。それでも,『私わたしは死しぬまで忠ちゅう誠せいを貫つらぬく!』と言いいました。(ヨブ 27:5)ヨブについてじっくり考かんがえると,自じ分ぶんの問もん題だいはそれほど大おおきくないと思おもえるようになりました。ヨブとは違ちがい,私わたしは自じ分ぶんがどうして大たい変へんな目めに遭あっているかを知しっているからです」。

7. 今いまは大おおきな問もん題だいを経けい験けんしていないとしても,どんなことを意い識しきできますか。

7 忍にん耐たい力りょくを鍛きたえる別べつの方ほう法ほうは,真しん剣けんに何なん度ども祈いのり,心しん配ぱい事ごとをエホバに打うち明あけることです。(フィリ 4:6。テサ一いち 5:17)今いまはそれほど大おおきな問もん題だいを経けい験けんしていないかもしれません。そうだとしても,がっかりする時ときやどうしたら良よいか分わからない時ときには,いつでもエホバに導みちびきを求もとめていますか。毎まい日にちの小ちいさな問もん題だいに対たい処しょする時ときにも,エホバに助たすけを求もとめるようにしましょう。そうするなら,将しょう来らいもっと大おおきな問もん題だいにぶつかった時ときに,ためらうことなくエホバに頼たよることができます。そして,エホバはいつどのように助たすけるのが一いち番ばん良よいかを知しっている,と確かく信しんすることができます。(詩し 27:1,3)

入院している姉妹がベッドの背もたれを起こし,膝の上で聖書を開いている。

忍にん耐たい

試し練れんを忍にん耐たいするなら,次つぎの試し練れんを忍にん耐たいする力ちからが身みに付つく。(8節せつを参さん照しょう。)

8. ミラ姉し妹まいの経けい験けんからどんなことを学まなべますか。(ヤコブ 1:2-4)(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

8 今いま経けい験けんしている問もん題だいを忍にん耐たいするなら,将しょう来らい大だい患かん難なんが起おきた時ときにも忍にん耐たいできるでしょう。(ロマ 5:3)どうしてそう言いえますか。多おおくの兄きょう弟だい姉し妹まいが実じっ感かんしている通とおり,何なにかの問もん題だいを忍にん耐たいするたびに,次つぎの試し練れんを忍にん耐たいする力ちからが身みに付つくからです。忍にん耐たいすると信しん仰こうが強つよまり,エホバがいつでも喜よろこんで助たすけてくださると確かく信しんできます。そしてその信しん仰こうによって,次つぎの試し練れんも忍にん耐たいすることができます。(ヤコブ 1:2-4を読よむ。)アルバニアで開かい拓たく奉ほう仕しをしているミラ姉し妹まいの場ば合あいもそうでした。姉し妹まいは,どうして自じ分ぶんばかりこんな大たい変へんな目めに遭あうんだろうと感かんじることがあります。そういう時ときには,これまで20年ねんにわたってエホバがどれほど支ささえてくださったかを思おもい返かえすようにしています。そして,自じ分ぶんにこう言いい聞きかせます。「エホバから離はなれちゃだめだ。これまでエホバのおかげでいろんな問もん題だいを乗のり越こえてきたんだから,それを無む駄だにしちゃいけない」。私わたしたちも,エホバが助たすけてくださったことについてじっくり考かんがえることができます。エホバが私わたしたちの忍にん耐たいする姿すがたを見みていて,その努ど力りょくに必かならず報むくいてくださることを確かく信しんしましょう。(マタ 5:10-12)今いまそうしておくなら,大だい患かん難なんの時ときにも忍にん耐たいし続つづけることができるでしょう。

思おもいやりを示しめす

9. シリアのアンティオキアの兄きょう弟だい姉し妹まいは,どのように思おもいやりを示しめしましたか。

9 ユダヤのクリスチャンが大だい飢き饉きんに見み舞まわれた時ときのことについて考かんがえてみましょう。飢き饉きんについて聞きいたシリアのアンティオキアの兄きょう弟だい姉し妹まいは,ユダヤの兄きょう弟だいたちのことをかわいそうに思おもったはずです。でもそれだけでなく,仲なか間まを助たすけるために行こう動どうしました。「それぞれが提てい供きょう可か能のうなものを提てい供きょうし,ユダヤに住すむ兄きょう弟だいたちを救きゅう援えんすることに」しました。(使し徒と 11:27-30)アンティオキアのクリスチャンはユダヤから遠とおく離はなれた所ところに住すんでいましたが,仲なか間まを助たすけることにしたのです。(ヨハ一いち 3:17,18)

兄弟が建設プロジェクトで働いている。

思おもいやり

自し然ぜん災さい害がいが起おきた時とき,思おもいやりを示しめすことができる。(10節せつを参さん照しょう。)

10. 仲なか間まの兄きょう弟だい姉し妹まいが災さい害がいに遭あった時とき,どのように思おもいやりを示しめせますか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

10 私わたしたちも,仲なか間まの兄きょう弟だい姉し妹まいが災さい害がいに遭あって困こまっている時とき,思おもいやりを示しめせます。例たとえば,救きゅう援えん活かつ動どうに参さん加かできるかどうか長ちょう老ろうに尋たずねることができます。世せ界かい的てきな活かつ動どうのために寄き付ふすることや,被ひ災さいしている仲なか間まのために祈いのることもできます。b (格かく 17:17)パンデミックが起おきた2020年ねんには,950余あまりの災さい害がい救きゅう援えん委い員いん会かいが設せっ置ちされ,世せ界かい中じゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいをサポートしました。仲なか間まを思おもいやって救きゅう援えん奉ほう仕しを行おこなっている兄きょう弟だい姉し妹まいに,私わたしたちは心こころから感かん謝しゃしています。兄きょう弟だい姉し妹まいは,物ぶっ資しを届とどけたりエホバとの絆きずなを保たもてるよう仲なか間まを助たすけたりしています。家いえや崇すう拝はいのための場ば所しょを修しゅう理りしたり,建たて直なおしたりもしています。(コリント第だい二に 8:1-4と比ひ較かく。)

11. 私わたしたちが思おもいやりを示しめすことはエホバの良よい評ひょう判ばんにつながります。どうしてそう言いえますか。

11 災さい害がいの時ときに思おもいやりを示しめすなら,私わたしたちの行こう動どうは人ひと々びとの目めに留とまります。2019年ねんにハリケーン・ドリアンがバハマを襲おそい,王おう国こく会かい館かんが倒とう壊かいしてしまいました。兄きょう弟だいたちは王おう国こく会かい館かんを建たて直なおすために,エホバの証しょう人にんではない業ぎょう者しゃに見み積つもりを依い頼らいしました。すると,こんな返へん事じが返かえってきました。「機き材ざいも人じん材ざいも資し材ざいもぜひ提てい供きょうさせてください。お代だいは要いりません。仲なか間まを思おもってここまでするなんて,とても感かん動どうしました。私わたしも何なにか助たすけになりたいです」。世せ界かい中じゅうのほとんどの人ひとは,エホバのことをよく知しりません。でも,エホバの証しょう人にんがどんなことをしているかはよく見みています。私わたしたちが思おもいやりを行こう動どうで表あらわすなら,「憐あわれみ深ぶかい神かみ」であるエホバに引ひき寄よせることができるのです。本ほん当とうに素す晴ばらしいことではないでしょうか。(エフェ 2:4)

12. 思おもいやりを示しめすよう今いま努ど力りょくすることは,大だい患かん難なんの時ときにどのように役やく立だちますか。(啓けい示じ 13:16,17)

12 大だい患かん難なんの時ときに思おもいやりを示しめす必ひつ要ようがあるのはどうしてでしょうか。聖せい書しょによれば,人にん間げんの政せい府ふを支し持じしない人ひとたちは今いまも大だい患かん難なんの時ときにも大たい変へんな経けい験けんをするからです。(啓けい示じ 13:16,17を読よむ。)毎まい日にちの生せい活かつに必ひつ要ような物ものも手てに入はいらず,助たすけを必ひつ要ようとする兄きょう弟だい姉し妹まいもいるかもしれません。王おうであるキリスト・イエスが裁さばきを行おこなうために来くる時とき,私わたしたちは思おもいやりを示しめした人ひととして認みとめられ,「王おう国こくを受うけ」る人ひとになりたいものです。(マタ 25:34-40)

愛あいを強つよめる

13. 1世せい紀きのクリスチャンはどのようにして互たがいへの愛あいを強つよめましたか。(ローマ 15:7)

13 1世せい紀きのクリスチャンは,愛あいを示しめし合あうことでよく知しられていました。でも,愛あいを示しめすのは簡かん単たんだったのでしょうか。ローマの会かい衆しゅうにはさまざまな人ひとたちがいました。モーセの律りっ法ぽうを教おしえられて育そだったユダヤ人じんだけでなく,育そだった環かん境きょうが全まったく違ちがう異い国こくの人ひとたちもいました。奴ど隷れいだった人ひともいれば,奴ど隷れいの主しゅ人じんだった人ひともいたことでしょう。では,どのようにしてこうした違ちがいを乗のり越こえ,愛あいを強つよめたのでしょうか。パウロは「互たがいを迎むかえ入いれてください」と勧すすめていました。(ローマ 15:7を読よむ。)ここで「迎むかえ入いれ[る]」と訳やくされている言こと葉ばには,人ひとに優やさしく接せっし,家いえに招まねいたり友とも達だちの輪わに入いれたりするという意い味みがあります。例たとえば,パウロはフィレモンに,逃とう亡ぼう奴ど隷れいの「オネシモを優やさしく迎むかえてあげてください」と言いいました。(フィレ 17)アクラとプリスキラも,キリスト教きょうについてよく知しらなかったアポロを自じ分ぶんたちの家いえに「連つれてい」きました。(使し徒と 18:26)このように,1世せい紀きのクリスチャンはさまざまな違ちがいによってばらばらになってしまうのではなく,互たがいを迎むかえ入いれました。

一組の夫婦と若い兄弟が年配の兄弟の家を訪ね,みんなで楽しそうにおしゃべりしている。

愛あい

兄きょう弟だい姉し妹まい全すべてを愛あいすることが大たい切せつ。(15節せつを参さん照しょう。)

14. アナ姉し妹まいと夫おっとは,どのようにして愛あいを示しめしましたか。

14 私わたしたちも,兄きょう弟だい姉し妹まいと友とも達だちになり,一いっ緒しょに時じ間かんを過すごすことによって,愛あいを示しめすことができます。そうするなら,兄きょう弟だい姉し妹まいも私わたしたちに愛あいを示しめしてくれるでしょう。(コリ二に 6:11-13)アナ姉し妹まいの経けい験けんを考かんがえてみましょう。姉し妹まいは夫おっとと共ともに西にしアフリカで宣せん教きょう者しゃ奉ほう仕しの割わり当あてを受うけました。でも,移い動どうした直ちょく後ご,新しん型がたコロナウイルスのパンデミックが始はじまりました。そのせいで,会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいと直ちょく接せつ会あうことができませんでした。2人ふたりはどのようにして愛あいを示しめしたでしょうか。兄きょう弟だい姉し妹まいとビデオ通つう話わをして,よく知しり合あいたいと思おもっていることを伝つたえました。すると,兄きょう弟だい姉し妹まいはその愛あいに心こころを動うごかされ,電でん話わやメールをくれるようになりました。2人ふたりが仲なか間まのことをよく知しるために進すすんで行こう動どうしたのはどうしてでしょうか。姉し妹まいはこう言いいます。「私わたしや家か族ぞくは,これまで兄きょう弟だい姉し妹まいからいろんな時ときに愛あいを示しめしてもらってきました。そのことがすごく心こころに残のこっています。それで,私わたしも愛あいを示しめしたいと思おもうんです」。

15. 兄きょう弟だい姉し妹まい全すべてに愛あいを示しめすことについて,バネッサ姉し妹まいの例れいからどんなことを学まなべますか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

15 私わたしたちの会かい衆しゅうにも,育そだった環かん境きょうや個こ性せいが異ことなるいろいろな兄きょう弟だい姉し妹まいがいることでしょう。そうした人ひとたちの良よいところに注ちゅう目もくするなら,愛あいを強つよめることができます。ニュージーランドで奉ほう仕ししているバネッサ姉し妹まいのことを考かんがえてみましょう。姉し妹まいは,会かい衆しゅうの中なかのある人ひとたちの個こ性せいが気きになって,仲なか良よくやっていくのを難むずかしく感かんじたことがありました。でも姉し妹まいは,そうした人ひとたちを避さけるのではなく,一いっ緒しょに時じ間かんを過すごすようにしました。そうすることで,エホバがその人ひとたちを愛あいしているということに気き付づけるようになりました。姉し妹まいはこう言いいます。「主しゅ人じんが巡じゅん回かい監かん督とくになり,私わたしたちは個こ性せいが異ことなる兄きょう弟だい姉し妹まいと時じ間かんを過すごすことが増ふえました。今いまではそうした人ひとたちの違ちがいを楽たのしめるようになり,仲なか良よくすることができています。エホバも,これほどさまざまな人ひとたちをご自じ分ぶんの元もとに引ひき寄よせているんですから,それぞれの違ちがいを楽たのしんでいるはずです」。仲なか間まに対たいしてエホバと同おなじ見み方かたをするなら,仲なか間まに愛あいを示しめすことができます。(コリ二に 8:24)

1. 先ほどの3つの写真に登場した兄弟姉妹が,大患難の時に地下室でほかの兄弟姉妹と一緒に集まっている。2. 地下室にいた兄弟姉妹が大患難を通過してきたところ。

仲なか間まと一いっ致ちしてエホバに仕つかえ続つづけるなら,大だい患かん難なんの時ときにエホバに守まもってもらえる。(16節せつを参さん照しょう。)

16. 大だい患かん難なんの時ときに愛あいが欠かかせないのはどうしてですか。(写しゃ真しんと挿さし絵えも参さん照しょう。)

16 大だい患かん難なんの時とき,愛あいは必ひつ要よう不ふ可か欠けつなものになります。エホバはその時とき,私わたしたちをどのように守まもってくださるのでしょうか。古こ代だいバビロンが攻こう撃げきを受うけた時ときにエホバがどんな指し示じを出だしたか考かんがえてみましょう。こうあります。「私わたしの民たみよ,行いって,奥おくの部へ屋やに入はいり,扉とびらを閉しめなさい。少すこしの間あいだ,隠かくれていなさい。憤いきどおりが過すぎ去さるまで」。(イザ 26:20)この言こと葉ばは私わたしたちにとっても大たい切せつです。大だい患かん難なんが目もく前ぜんに迫せまっているからです。この「奥おくの部へ屋や」は会かい衆しゅうを表あらわしているようです。私わたしたちは仲なか間まと一いっ致ちしてエホバに仕つかえ続つづけるなら,大だい患かん難なんの時ときにエホバに守まもってもらうことができます。それで,兄きょう弟だい姉し妹まいとただ仕し方かたなく一いっ緒しょにいるというのではなく,愛あいを強つよめるように努ど力りょくする必ひつ要ようがあります。私わたしたちの命いのちが懸かかっているのです。

今いま,用よう意いをしておく

17. 今いま用よう意いをしておくなら,大だい患かん難なんの時ときにどんなことを行おこなえますか。

17 「エホバの大おおいなる日ひ」は,全すべての人ひとにとって苦く難なんの時ときとなります。(ゼパ 1:14,15)エホバに仕つかえる人ひとたちも大たい変へんな経けい験けんをすることでしょう。でも,今いま用よう意いをしておくなら,そうした中なかでも穏おだやかな気き持もちでいることができ,ほかの人ひとを助たすけることもできます。どんな問もん題だいにぶつかるとしても,忍にん耐たいすることができるでしょう。仲なか間まが困こまっているなら,思おもいやりを示しめし,必ひつ要ような物ものを分わけ合あうことができます。そして,今いま仲なか間まへの愛あいを強つよめているなら,大だい患かん難なんの時ときにも愛あいを示しめせるでしょう。そうするならエホバは,どんな問もん題だいや大たい変へんな経けい験けんも思おもい出だされることのない新あたらしい世せ界かいで,私わたしたちが永えい遠えんに生いきられるようにしてくださいます。(イザ 65:17)

どのように答こたえますか

  • どうすれば忍にん耐たい力りょくを鍛きたえることができますか。

  • 仲なか間まに思おもいやりを示しめすためにどんなことができますか。

  • どのように兄きょう弟だい姉し妹まいへの愛あいを強つよめることができますか。

144番ばんの歌うた 報むくいを見みつめて

a 大だい患かん難なんは間ま近ぢかに迫せまっています。それは前ぜん代だい未み聞もんの難むずかしい時ときとなります。その時ときに向むけて備そなえておくためには,忍にん耐たい,思おもいやり,愛あいが必ひつ要ようです。1世せい紀きのクリスチャンはこうした性せい質しつをどのように身みに付つけたでしょうか。私わたしたちはどのように身みに付つけられますか。そうすることによって大だい患かん難なんに備そなえられると言いえるのはどうしてでしょうか。

b 災さい害がい救きゅう援えんの奉ほう仕しに参さん加かしたいと思おもう場ば合あいは,「LDCボランティア申もうし込こみ書しょ」(DC-50)か,「ボランティア・プログラム申もうし込こみ書しょ」(A-19)をまず提てい出しゅつしてください。招しょう待たいが来くるまでは待たい機きしていてください。

    日本語出版物(1953-2027)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2026 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする