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  • 塔研21 02月号 2–7ページ
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  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2021
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2021
塔研21 02月号 2–7ページ

研究記事5

「全すべての男だん性せいの頭かしらはキリストで[す]」

「全すべての男だん性せいの頭かしらはキリストで[す]」。コリント第だい一いち 11:3

12番ばんの歌うた エホバは賛さん美びを受うけるにふさわしい方かた

何なにを学まなぶかa

1. 妻つまや子こ供どもに対たいする男だん性せいの接せっし方かたは,多おおくの場ば合あい,何なんの影えい響きょうを受うけますか。

「頭かしら」という言こと葉ばにはどんなイメージがありますか。家か族ぞくの頭かしらである男だん性せいが妻つまや子こ供どもにどう接せっするかは,多おおくの場ば合あい,伝でん統とうや文ぶん化かや育そだった環かん境きょうの影えい響きょうを受うけます。ヨーロッパに住すんでいるヤニータ姉し妹まいはこう言いっています。「私わたしが住すんでいる地ち域いきの人ひと々びとの心こころには,女じょ性せいは男だん性せいよりも劣おとっていて召めし使つかいと同おなじようなものだ,という考かんがえ方かたが染しみ付ついています」。米べい国こくに住すむルーク兄きょう弟だいはこう言いいます。「父ちち親おやが息子むすこに,『女おんなはおとなしくしていればいい。女おんなの意い見けんなんか聞きく必ひつ要ようはない』と教おしえることがあります」。しかし,こうした考かんがえ方かたは,エホバが家か族ぞくの頭かしらに求もとめているものとは全まったく違ちがいます。(マルコ 7:13と比ひ較かく。)では,男だん性せいはどうすれば家か族ぞくの良よい頭かしらになることができるでしょうか。

2. 家か族ぞくの頭かしらはどんなことを知しっておく必ひつ要ようがありますか。なぜですか。

2 男だん性せいが家か族ぞくの良よい頭かしらになるには,エホバが頭かしらに何なにを求もとめているかをまず知しる必ひつ要ようがあります。また,エホバが頭かしらという立たち場ばを定さだめた理り由ゆうや,エホバとイエスの手て本ほんに倣ならう方ほう法ほうを知しる必ひつ要ようもあります。男だん性せいがこうしたことを知しるのはなぜ大たい切せつでしょうか。家か族ぞくの頭かしらはエホバからある程てい度どの権けん限げんを与あたえられていて,それをふさわしく用もちいるよう期き待たいされているからです。(ルカ 12:48後こう半はん)

頭かしらであるとはどういうことか

3. コリント第だい一いち 11章しょう3節せつから,頭かしらという立たち場ばについてどんなことが分わかりますか。

3 コリント第だい一いち 11:3を読よむ。この節せつには,エホバが自じ分ぶんの大おおきな家か族ぞくをどのように組そ織しきしているかが描えがかれています。「頭かしら」であることには,2つの重じゅう要ような要よう素そが関かん係けいしています。権けん限げんと責せき任にんです。エホバは頭かしらであり,誰だれよりも高たかい地ち位いにおられます。そして,天てん使しや人にん間げんは皆みな,神かみの子こ供どもです。それで,神かみから何なにかの権けん限げんを与あたえられている場ば合あい,その用もちい方かたについてエホバから責せき任にんを問とわれることになります。(ロマ 14:10。エフェ 3:14,15)イエスは,会かい衆しゅうに対たいする権けん限げんをエホバから与あたえられていますが,会かい衆しゅうをどう扱あつかうかについてエホバから責せき任にんを問とわれます。(コリ一いち 15:27)夫おっとは,妻つまと子こ供どもに対たいする権けん限げんをエホバから与あたえられていますが,家か族ぞくにどう接せっするかについてエホバとイエスから責せき任にんを問とわれます。(ペテ一いち 3:7)

4. エホバとイエスにはどんな権けん限げんがありますか。

4 エホバは家か族ぞくの頭かしらなので,子こ供どもたちのために決きまりを作つくる権けん限げんがあります。それを守まもるよう求もとめる権けん限げんもあります。(イザ 33:22)同おなじように,イエスも会かい衆しゅうの頭かしらなので,会かい衆しゅうのために決きまりを作つくってそれを守まもるよう求もとめる権けん限げんがあります。(ガラ 6:2。コロ 1:18-20)

5. クリスチャンの家か族ぞくの頭かしらにはどんな権けん限げんがありますか。どんな条じょう件けんがありますか。

5 エホバやイエスと同おなじように,クリスチャンの家か族ぞくの頭かしらにも家か族ぞくに関かんする決けっ定ていをする権けん限げんが与あたえられています。(ロマ 7:2。エフェ 6:4)ただし,条じょう件けんがあります。例たとえば,決きまりを作つくる時ときには,聖せい書しょの原げん則そくに沿そったものにする必ひつ要ようがあります。(格かく 3:5,6)また家か族ぞくの頭かしらには,自じ分ぶんの家か族ぞくではない人ひとのために決きまりを作つくる権けん限げんはありません。(ロマ 14:4)子こ供どもたちは成せい長ちょうして家いえを出でた後あとも父ちち親おやに敬けい意いを示しめす必ひつ要ようがありますが,父ちち親おやには家いえを出でた息子むすこや娘むすめに対たいする頭かしらとしての権けん限げんはありません。(マタ 19:5)

エホバが頭かしらという立たち場ばを定さだめたのはなぜか

6. エホバが頭かしらという立たち場ばを定さだめたのはなぜですか。

6 エホバは自じ分ぶんの家か族ぞくを愛あいしているので,頭かしらという立たち場ばを定さだめました。これはエホバからの贈おくり物ものです。頭かしらという立たち場ばがあるおかげで,エホバの家か族ぞくには平へい和わと秩ちつ序じょが見みられます。(コリ一いち 14:33,40)誰だれが頭かしらかがはっきりしていないと,エホバの家か族ぞくはばらばらになり,幸しあわせではいられなくなるでしょう。誰だれが最さい終しゅう判はん断だんをし,誰だれが先せん頭とうに立たって物もの事ごとを進すすめていくかが,分わからなくなってしまうからです。

7. エフェソス 5章しょう25,28節せつからすると,エホバは夫おっとが妻つまにどのように接せっすることを望のぞんでいますか。

7 神かみが定さだめた頭かしらという立たち場ばがそれほど良よいものであるなら,多おおくの女じょ性せいが夫おっとからひどい扱あつかいを受うけたり支し配はいされたりしていると感かんじているのはなぜでしょうか。それは,多おおくの男だん性せいがエホバの定さだめた家か族ぞくのための基き準じゅんを無む視しして地じ元もとの文ぶん化かや伝でん統とうに従したがっているからです。自じ分ぶんの欲よく望ぼうを満まん足ぞくさせるために妻つまを虐ぎゃく待たいする人ひともいます。例たとえば,自じ尊そん心しんを高たかめたり自じ分ぶんの強つよさを示しめしたりするために,妻つまを支し配はいしようとするかもしれません。自じ分ぶんを愛あいするよう強きょう制せいすることはできなくても,恐おそれさせることはできると考かんがえ,その恐おそれを使つかって,妻つまを自じ分ぶんの言いいなりにさせようとするのです。b しかし,こうした考かんがえ方かたや行こう動どうは全まったく間ま違ちがっています。女じょ性せいが受うけるべき尊そん厳げんを奪うばい,エホバを不ふ快かいにさせることになるからです。(エフェソス 5:25,28を読よむ。)

家か族ぞくの良よい頭かしらになるには

8. 男だん性せいはどうすれば家か族ぞくの良よい頭かしらになれますか。

8 男だん性せいは,エホバとイエスに倣ならって頭かしらとしての権けん限げんを用もちいるなら,家か族ぞくの良よい頭かしらになることができます。エホバとイエスの性せい質しつのうち2つを考かんがえましょう。家か族ぞくの頭かしらは,妻つまや子こどもに接せっする際さい,それらの性せい質しつをどのように示しめせるでしょうか。

9. エホバはどのように謙けん遜そんさを示しめしていますか。

9 謙けん遜そんさ。エホバは誰だれよりも賢かしこい方かたです。それでも,ご自じ分ぶんに仕つかえる者ものたちの意い見けんに耳みみを傾かたむけます。(創そう 18:23,24,32)提てい案あんを求もとめることもあります。(王おう一いち 22:19-22)エホバは完かん全ぜんな方かたですが,不ふ完かん全ぜんな人にん間げんに完かん全ぜんさを求もとめることはしません。それどころか,ご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちを助たすけてくださいます。(詩し 113:6,7)聖せい書しょの中なかでも,エホバのことが「助たすける方かた」と表ひょう現げんされています。(詩し 27:9。ヘブ 13:6)ダビデ王おうも,自じ分ぶんが大おおきなことを成なし遂とげられたのはエホバが謙けん遜そんに助たすけてくれたからだ,と認みとめています。(サム二に 22:36)

10. イエスはどのように謙けん遜そんさを示しめしましたか。

10 イエスの手て本ほんも考かんがえてみましょう。イエスは,主しゅまた先せん生せいでしたが,弟で子したちの足あしを洗あらいました。エホバがこの出で来き事ごとを聖せい書しょに記き録ろくさせたのはなぜでしょうか。家か族ぞくの頭かしらをはじめ,私わたしたちが皆みな,イエスの手て本ほんに倣ならえるようにするためです。イエス自じ身しんこう言いいました。「私わたしはあなたたちのために模も範はんを示しめしました。あなたたちも同おなじようにするためです」。(ヨハ 13:12-17)イエスは大おおきな権けん限げんを持もっていましたが,仕つかえてもらうことを期き待たいするのではなく,人ひとに仕つかえました。(マタ 20:28)

1. 夫が妻を手伝って,楽しそうに料理している。2. 同じ夫婦が,家族の崇拝を楽しそうに行っている。

家か族ぞくの頭かしらは,家か事じを行おこなったり家か族ぞくがエホバとの友ゆう情じょうを築きずけるよう助たすけたりすることによって,謙けん遜そんさと愛あいを示しめせる。(11,13節せつを参さん照しょう。)

11. 家か族ぞくの頭かしらはエホバとイエスの謙けん遜そんさの手て本ほんから何なにを学まなべますか。

11 学まなべること。家か族ぞくの頭かしらはいろいろな場ば面めんで謙けん遜そんさを示しめすことができます。例たとえば,妻つまや子こ供どもに完かん全ぜんさを期き待たいしません。家か族ぞくの意い見けんに耳みみを傾かたむけます。自じ分ぶんの考かんがえとは違ちがう意い見けんでもそうします。米べい国こくに住すむマーリー姉し妹まいはこう言いいます。「主しゅ人じんと私わたしは,いつも意い見けんが合あうというわけではありません。でも,主しゅ人じんは何なにかを決きめる前まえには必かならず私わたしの意い見けんを聞きいて,よく考かんがえてくれます。それで,私わたしのことを大たい切せつにしてくれているんだなと感かんじます」。また,謙けん遜そんな夫おっとは家か事じを進すすんで行おこないます。家か事じが女じょ性せいの仕し事ごとと見みなされている地ち域いきに住すんでいるとしてもです。確たしかに,そうするのは簡かん単たんなことではありません。なぜでしょうか。レイチェル姉し妹まいはこう言いっています。「私わたしが育そだったところでは,夫おっとが妻つまを手て伝つだって皿さらを洗あらったり家いえの掃そう除じをしたりすると,近きん所じょの人ひとや親しん戚せきから男おとこらしくないと思おもわれてしまいます。妻つまの言いいなりになっていると思おもわれるんです」。もしあなたの住すんでいる地ち域いきでも同おなじような態たい度どが見みられるなら,イエスが弟で子したちの足あしを洗あらったことを思おもい出だしてください。足あしを洗あらうことは奴ど隷れいの仕し事ごとと見みなされていたのに,そうしたのです。家か族ぞくの良よい頭かしらは,自じ分ぶんのメンツよりも妻つまや子こ供どもの気き持もちを大たい切せつにします。では,男だん性せいが家か族ぞくの良よい頭かしらになるのに必ひつ要ようなもう1つの性せい質しつは何なんでしょうか。

12. エホバとイエスが私わたしたちを愛あいしていることは,どんなことから分わかりますか。

12 愛あい。エホバはどんなことも愛あいの気き持もちから行おこなう方かたです。(ヨハ一いち 4:7,8)私わたしたちを愛あいし,私わたしたちと友ともになりたいと思おもっているので,聖せい書しょや組そ織しきを通とおして必ひつ要ようなものを与あたえてくださっています。また,私わたしたちが愛あいされていることを実じっ感かんして安あん心しん感かんを持もてるようにしてくださいます。生せい活かつに必ひつ要ようなものについてはどうでしょうか。エホバは,「私わたしたちが楽たのしむあらゆるものを豊ゆたかに与あたえてくださいます」。(テモ一いち 6:17)間ま違ちがいをした人ひとには矯きょう正せいを与あたえますが,愛あいを示しめさなくなるということはありません。愛あいの気き持もちから,私わたしたちのためにイエスを贖あがないとしてくださいました。イエスも私わたしたちを深ふかく愛あいし,自じ分ぶんの命いのちを与あたえてくれました。(ヨハ 3:16; 15:13)エホバとイエスは,自じ分ぶんに忠ちゅう実じつな者ものたちを愛あいしています。その愛あいの絆きずなが断たち切きられることは決けっしてありません。(ヨハ 13:1。ロマ 8:35,38,39)

13. 家か族ぞくの頭かしらが妻つまや子こ供どもに愛あいを示しめすのが大たい切せつなのはなぜですか。(「結けっ婚こんしたばかりの男だん性せいが妻つまの敬けい意いを得えるには」という囲かこみも参さん照しょう。)

13 学まなべること。家か族ぞくの頭かしらがどんなことも愛あいの気き持もちから行おこなうのは,とても大たい切せつなことです。なぜでしょうか。使し徒とヨハネによると,「自じ分ぶんが見みている兄きょう弟だい[または家か族ぞく]を愛あいさない人ひとは,見みたことがない神かみを愛あいすることはできない」からです。(ヨハ一いち 4:11,20)家か族ぞくを愛あいし,エホバとイエスに倣ならいたいと思おもっている男だん性せいは,家か族ぞくがエホバとの友ゆう情じょうを築きずけるように助たすけ,安あん心しん感かんを持もてるようにし,生せい活かつするのに必ひつ要ようなものを得えられるようにします。(テモ一いち 5:8)また,子こ供どもを教おしえ,矯きょう正せいを与あたえます。そして,自じ分ぶんの決けっ定ていが家か族ぞくのためになり,エホバの良よい評ひょう判ばんにつながるものになるように努ど力りょくを続つづけます。家か族ぞくの頭かしらはどうすればこうした点てんでエホバとイエスに倣ならうことができるでしょうか。

結けっ婚こんしたばかりの男だん性せいが妻つまの敬けい意いを得えるには

  • 自じ分ぶんと妻つまが「一いっ体たい」であること,また,ほかの誰だれも(親おやも子こ供どもも長ちょう老ろうたちも)この関かん係けいの一いち部ぶではないことを認みとめる。(マタ 19:5)

  • 自じ分ぶんも妻つまもそれぞれの新あたらしい役やく割わりに順じゅん応のうするのに時じ間かんがかかるということを忘わすれない。(ペテ一いち 3:7)

  • 妻つまを自じ分ぶんの母はは親おやと比ひ較かくしない。(ガラ 6:4)

  • 聖せい書しょの原げん則そくに合あわない文ぶん化かや伝でん統とうに従したがうことを妻つまに期き待たいしない。(格かく 3:5,6。マル 7:13)

  • 自じ分ぶんに従したがうよう要よう求きゅうしたりしない。聖せい書しょにあるエホバの指し示じに従したがうことによって手て本ほんを示しめす。(コリ一いち 11:3)

  • 敬けい意いを示しめすよう要よう求きゅうしたりしない。敬けい意いを示しめしてもらえるような行こう動どうをする。(エフェ 5:25。ペテ一いち 5:3)

家か族ぞくの頭かしらが行おこなうべきこと

14. 家か族ぞくの頭かしらは,家か族ぞくがエホバとの友ゆう情じょうを築きずけるよう助たすけるために何なにができますか。

14 家か族ぞくがエホバとの友ゆう情じょうを築きずけるように助たすける。イエスは父ちちエホバと同おなじように,弟で子したちが強つよい信しん仰こうを保たもつことを願ねがっていました。(マタ 5:3,6。マル 6:34)家か族ぞくの頭かしらも,家か族ぞくが信しん仰こうを強つよく保たもてるよう助たすけることを最さい優ゆう先せんに考かんがえます。(申しん 6:6-9)それで家か族ぞくと一いっ緒しょに,聖せい書しょを読よんで研けん究きゅうし,集しゅう会かいに出しゅっ席せきし,良よい知しらせを広ひろめ,エホバとの友ゆう情じょうを深ふかめていくよう努ど力りょくします。

15. 家か族ぞくの頭かしらは,家か族ぞくが安あん心しん感かんを持もてるようにするために何なにができますか。

15 家か族ぞくが安あん心しん感かんを持もてるようにする。エホバはイエスを愛あいしていることを言こと葉ばで表ひょう現げんしました。(マタ 3:17)イエスも弟で子したちを愛あいしていることを言こと葉ばと行こう動どうで示しめしました。そして弟で子したちも,愛あいしていることをイエスに伝つたえました。(ヨハ 15:9,12,13; 21:16)家か族ぞくの頭かしらも同おなじように,妻つまや子こ供どもを愛あいしていることを言こと葉ばや行こう動どうで示しめせます。例たとえば,一いっ緒しょに聖せい書しょを研けん究きゅうできます。家か族ぞくを愛あいし,大たい切せつに思おもい,感かん謝しゃしていることを言こと葉ばで伝つたえることもできます。ふさわしい時ときには,ほかの人ひともいるところで家か族ぞくを褒ほめることができるでしょう。(格かく 31:28,29)

兄弟が自動車整備工場で働いている。

家か族ぞくの頭かしらは,エホバに喜よろこんでいただくために,家か族ぞくが生せい活かつするのに必ひつ要ようなものを得えられるようにしなければならない。(16節せつを参さん照しょう。)

16. 家か族ぞくの頭かしらは,どんなこともする必ひつ要ようがありますか。どんな面めんで上じょう手ずにバランスを取とる必ひつ要ようがありますか。

16 家か族ぞくが生せい活かつするのに必ひつ要ようなものを得えられるようにする。エホバはイスラエル人じんに,生いきていくのに必ひつ要ようなものを与あたえました。イスラエル人じんが不ふ従じゅう順じゅんになったために罰ばつを受うけていた間あいだもです。(申しん 2:7; 29:5)エホバは現げん代だいの私わたしたちにも,生いきていくのに必ひつ要ようなものを与あたえてくださっています。(マタ 6:31-33; 7:11)イエスも,自じ分ぶんのもとに来きた人ひとたちに食たべる物ものを与あたえました。(マタ 14:17-20)病びょう気きの人ひとたちを治なおすこともしました。(マタ 4:24)家か族ぞくの頭かしらも,エホバに喜よろこんでいただくためには,家か族ぞくが生せい活かつするのに必ひつ要ようなものを得えられるようにしなければなりません。しかし,上じょう手ずにバランスを取とる必ひつ要ようがあります。家か族ぞくを養やしなうための仕し事ごとばかり行おこなうなら,家か族ぞくがエホバとの友ゆう情じょうを築きずいたり安あん心しん感かんを持もったりするよう助たすけることができなくなってしまうからです。

17. エホバとイエスはどのように私わたしたちを教おしえ,矯きょう正せいしてくださいますか。

17 家か族ぞくを教おしえる。エホバは,私わたしたちのためを思おもって教おしえ,矯きょう正せいしてくださいます。(ヘブ 12:7-9)イエスも,自じ分ぶんに従したがう人ひとたちを愛あい情じょう深ぶかく教おしえます。(ヨハ 15:14,15)イエスは何なにをすべきかはっきり言いいますが,親しん切せつな方かたです。(マタ 20:24-28)そして,私わたしたちが不ふ完かん全ぜんで何なん度ども間ま違ちがいをすることを分わかってくださっています。(マタ 26:41)

18. 家か族ぞくの良よい頭かしらはどんなことを忘わすれませんか。

18 エホバとイエスに倣ならう家か族ぞくの頭かしらは,妻つまや子こ供どもが不ふ完かん全ぜんであることを忘わすれません。妻つまや子こ供どもに「ひどく怒おこっ」たりはしません。(コロ 3:19)そうではなく,ガラテア 6章しょう1節せつの原げん則そくを当あてはめ,家か族ぞくを「優やさしく正ただ」します。自じ分ぶんも不ふ完かん全ぜんであることを忘わすれません。イエスと同おなじように,手て本ほんで教おしえるのが一いち番ばん良よいということを理り解かいしています。(ペテ一いち 2:21)

19-20. 家か族ぞくの頭かしらは,何なにかを決きめる時とき,どのようにエホバとイエスに倣ならえますか。

19 家か族ぞくのことを考かんがえて決けっ定ていする。エホバはいつでも,自じ分ぶんの家か族ぞくのためになる決けっ定ていを下くだします。例たとえば,エホバが命いのちを造つくろうと思おもったのは,自じ分ぶんのためではなく,私わたしたちと生いきる喜よろこびを分わけ合あいたいと思おもったからです。私わたしたちの罪つみを許ゆるすために独ひとり子ごを与あたえてくださったのは,誰だれかに言いわれたからではありません。私わたしたちのために,自じ分ぶんから進すすんでそうしてくださったのです。イエスも人ひとのためになる決けっ定ていをしました。(ロマ 15:3)とても疲つかれていた時ときにも,休やすむのではなく,大おお勢ぜいの人ひとを教おしえました。(マル 6:31-34)

20 家か族ぞくの良よい頭かしらは,家か族ぞくのために賢けん明めいな決けっ定ていをすることが自じ分ぶんの責せき任にんの中なかでも特とくに難むずかしいものであることをよく知しっています。それで,そのことに真しん剣けんに取とり組くみます。何なにかを決きめる時ときには,自じ分ぶん勝かっ手てに考かんがえたり感かん情じょうに流ながされたりしないようにします。また,良よい決けっ定ていができるように,進すすんでエホバに教おしえていただきます。c (格かく 2:6,7)そうするなら,自じ分ぶんではなく家か族ぞくのことを考かんがえていることになります。(フィリ 2:4)

21. 次つぎの記き事じでは,どんなことを考かんがえますか。

21 家か族ぞくの頭かしらは,エホバから難むずかしい務つとめを託たくされています。そして,その務つとめの果はたし方かたについて,エホバから責せき任にんを問とわれます。それでも,エホバとイエスの手て本ほんに倣ならうよう真しん剣けんに取とり組くむなら,家か族ぞくの良よい頭かしらになれます。そして,妻つまも自じ分ぶんの務つとめを果はたすなら,結けっ婚こん生せい活かつは幸しあわせなものになります。では,妻つまは頭かしらという立たち場ばをどう見みるべきでしょうか。どんな点てんに難むずかしさを感かんじることがありますか。次つぎの記き事じでは,こうした点てんを考かんがえます。

どのように答こたえますか

  • 頭かしらであるとはどういうことですか。

  • 家か族ぞくの頭かしらは謙けん遜そんであることをどのように示しめせますか。

  • 家か族ぞくの頭かしらは家か族ぞくのためにどんなことを行おこなうべきですか。

16番ばんの歌うた 王おうを任にん命めいしたヤハを賛さん美びする

a 男だん性せいは,結けっ婚こんすると家か族ぞくの頭かしらになります。この記き事じでは,頭かしらであるとはどういうことか,エホバが頭かしらという立たち場ばを定さだめたのはなぜか,男だん性せいはエホバとイエスの手て本ほんから何なにを学まなべるかを考かんがえます。2番ばん目めの記き事じでは,イエスや聖せい書しょに出でてくる人ひとたちの手て本ほんから夫おっとと妻つまが何なにを学まなべるかを考かんがえます。3番ばん目めの記き事じでは,会かい衆しゅうの中なかで長ちょう老ろうたちに与あたえられている権けん限げんについて考かんがえます。

b 一いち部ぶの映えい画がや演えん劇げきや漫まん画がでは,夫おっとが妻つまをひどく扱あつかったり暴ぼう力りょくを振ふるったりすることが普ふ通つうのことのように描えがかれています。こうしたポップカルチャーの影えい響きょうを受うけると,夫おっとが妻つまを支し配はいするのは間ま違ちがったことではない,と考かんがえるようになるかもしれません。

c 良よい決けっ定ていをすることについて,さらに詳くわしくは,「ものみの塔とう」2011年ねん4月がつ15日にち号ごう13-17ページの「神かみの誉ほまれとなる決けっ定ていをする」という記き事じを参さん照しょう。

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