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  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2018
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2018
塔研18 01月号 12–16ページ
様々な国の人々が記念式に出席している。

記き念ねん式しきで一いっ致ちの快こころよさを味あじわいましょう

「一いっ致ちのうちに共ともに住すむのは何なんと良よいことであろう。それは何なんと快こころよいことであろう」。詩し 133:1

歌うた: 149,99

どのように答こたえますか

  • どうすれば記き念ねん式しきから益えきが得えられますか。

  • 記き念ねん式しきはどのように神かみの民たみを1つに結むすび合あわせますか。

  • 記き念ねん式しきはどのように一いっ致ちの大たい切せつさを思おもい起おこさせますか。どうすれば一いっ致ちを促そく進しんできますか。

1,2. 2018年ねん3月がつ31日にち,どんなイベントが行おこなわれますか。そのイベントではどんな一いっ致ちが見みられますか。(冒ぼう頭とうの写しゃ真しんを参さん照しょう。)

2018年ねん3月がつ31日にちの日にち没ぼつ後ご,エホバの証しょう人にんは年ねんに1度どの主しゅの晩ばんさんに出しゅっ席せきします。聖せい書しょに関かん心しんを持もつ人ひとたちも大おお勢ぜい出しゅっ席せきします。地ち球きゅうの自じ転てんと共ともに世せ界かい各かく地ちでこの式しきが行おこなわれ,2000万まん人にんほどの人ひとがキリストの死しを記き念ねんすることでしょう。世せ界かい中じゅうの人ひと々びとを1つに結むすび合あわせる素す晴ばらしいイベントです。

2 エホバとイエスは地ち球きゅう上じょうの大おお勢ぜいの人ひとたちが各かく地ちの記き念ねん式しきに出しゅっ席せきする様よう子すを見みて,どんなにか喜よろこばれることでしょう。聖せい書しょの預よ言げんによれば,「すべての国こく民みんと部ぶ族ぞくと民たみと国こく語ごの中なかから来きた,だれも数かぞえつくすことのできない大だい群ぐん衆しゅう」は大おお声ごえでこう言いいます。「救すくいは,み座ざに座すわっておられるわたしたちの神かみと,子こ羊ひつじとによります」。(啓けい 7:9,10)わたしたちは毎まい年としの記き念ねん式しきに出しゅっ席せきすることにより,エホバとイエスをたたえ,深ふかい感かん謝しゃを表あらわすことができます。

3. この記き事じではどんな点てんを取とり上あげますか。

3 この記き事じでは次つぎの点てんを取とり上あげます。(1)記き念ねん式しきから益えきを得えるため,どんな準じゅん備びができますか。(2)記き念ねん式しきはどのように神かみの民たみを1つに結むすび合あわせますか。(3)どのように一いっ致ちに貢こう献けんできますか。(4)いつか最さい後ごの記き念ねん式しきが行おこなわれることになりますか。もしそうなら,いつですか。

記き念ねん式しきから益えきを得えるため,どんな準じゅん備びができるか

4. 記き念ねん式しきに出しゅっ席せきすることが大たい切せつなのはなぜですか。

4 記き念ねん式しきに出しゅっ席せきすることが大たい切せつなのはなぜですか。会かい衆しゅうの集しゅう会かいは崇すう拝はいの一いち部ぶです。エホバとイエスは,1年ねんで最もっとも大たい切せつなこの集しゅう会かいに出しゅっ席せきする努ど力りょくに注ちゅう目もくしておられます。健けん康こう上じょうの問もん題だいなどやむを得えない事じ情じょうがない限かぎり,記き念ねん式しきに出しゅっ席せきしているところをエホバとイエスに見みていただきたいと思おもいます。崇すう拝はいのための集しゅう会かいを大たい切せつにしていることを行こう動どうで示しめすなら,エホバはわたしたちの名な前まえを「覚おぼえの書しょ」,つまり永えい遠えんの命いのちを得える人ひとの名な前まえが記しるされた「命いのちの書しょ」にとどめてくださるでしょう。(マラ 3:16。啓けい 20:15)

5. 記き念ねん式しきまでの間あいだ,「自じ分ぶんが信しん仰こうにあるかどうかを」どのように「試ため[す]」ことができますか。

5 記き念ねん式しきまでの間あいだ,祈いのりつつ,自じ分ぶんとエホバとの関かん係けいについてじっくり考かんがえましょう。(コリント第だい二に 13:5を読よむ。)その際さい,「自じ分ぶんが信しん仰こうにあるかどうかを……試ためし」ましょう。こう自じ問もんできます。「この組そ織しきはエホバがご意い志しを行おこなうために用もちいておられる唯ゆい一いつの組そ織しきである,と確かく信しんしているだろうか。王おう国こくの良よいたよりを伝つたえ,教おしえるために,ベストを尽つくしているだろうか。自じ分ぶんの生いき方かたには,今いまが終おわりの日ひであり,サタンの支し配はいの終おわりが近ちかいという信しん仰こうが表あらわれているだろうか。エホバとイエスに対たいする信しん仰こうは,献けん身しんした時ときと同おなじほど強つよいものだろうか」。(マタ 24:14。テモ二に 3:1。ヘブ 3:14)こうした点てんを考かんがえることは,自じ分ぶんがどんな者ものかを絶たえず吟ぎん味みするうえで役やく立だちます。

6. (イ)永えい遠えんの命いのちを得えるには何なにが必ひつ要ようですか。(ロ)ある長ちょう老ろうは,毎まい年とし記き念ねん式しきに備そなえてどんなことをしていますか。あなたはどんなことをしたいと思おもいますか。

6 記き念ねん式しきの大たい切せつさを説せつ明めいした記き事じを読よんで黙もく想そうするのは良よいことです。(ヨハネ 3:16; 17:3を読よむ。)永えい遠えんの命いのちを得えるには,エホバについての「知ち識しきを取とり入いれ」,神かみの独ひとり子ごイエスに「信しん仰こうを働はたらかせる」ことが必ひつ要ようです。記き念ねん式しきに備そなえて,エホバとイエスにいっそう近ちかづくための個こ人じん研けん究きゅうをしてみるのはいかがですか。長ながい経けい験けんを持もつ一人ひとりの長ちょう老ろうはこれまで何なん年ねんもの間あいだ,記き念ねん式しきやエホバとイエスの愛あいについて取とり上あげた「ものみの塔とう」の記き事じを集あつめています。記き念ねん式しき前まえの数すう週しゅう間かん,それらの記き事じを読よみ返かえし,記き念ねん式しきの意い義ぎを熟じゅっ考こうします。時とき折おり,その資し料りょうに1つか2つの記き事じを加くわえます。この兄きょう弟だいは,そうした記き事じを読よみ返かえし,記き念ねん式しきの聖せい書しょ朗ろう読どくの範はん囲いを読よんで黙もく想そうすることで,毎まい年とし新あらたな点てんを発はっ見けんしています。何なによりも,エホバとイエスに対たいする愛あいが深ふかまっています。あなたもそのような個こ人じん研けん究きゅうをするなら,エホバとイエスに対たいする愛あいと感かん謝しゃが深ふかまるでしょう。記き念ねん式しきからいっそう大おおきな益えきを得えることができます。

記き念ねん式しきはわたしたちを1つに結むすび合あわせる

7. (イ)最さい初しょの主しゅの晩ばんさんが行おこなわれた夜よる,イエスはどんなことを祈いのりましたか。(ロ)エホバはイエスの祈いのりにどのように答こたえられましたか。

7 最さい初しょの主しゅの晩ばんさんが行おこなわれた夜よる,イエスはご自じ分ぶんの追つい随ずい者しゃたちがみな1つになるようにと祈いのりました。また,ご自じ分ぶんと父ちちエホバが結むすびついているのと同おなじように,彼かれらも互たがいに結むすびつくことを祈いのり求もとめました。(ヨハネ 17:20,21を読よむ。)エホバはイエスのこの祈いのりに答こたえられました。今いまでは何なん百びゃく万まん人にんもの人ひとたちが,エホバがイエスを遣つかわしてくださったことを信しんじています。エホバの証しょう人にんの集しゅう会かいの中なかでも記き念ねん式しきは,神かみの民たみの一いっ致ちを示しめす強きょう力りょくな証しょう拠ことなっています。様さま々ざまな国こく籍せきや人じん種しゅの人ひとたちが世せ界かい中じゅうで共ともに集あつまります。国くにによっては,異ことなる人じん種しゅの人ひとたちが共ともに宗しゅう教きょうの集あつまりに出しゅっ席せきすることはめったにありません。そうした集あつまりに眉まゆをひそめる人ひとたちもいます。しかし,エホバとイエスはそのような一いっ致ちを美うつくしいものとご覧らんになります。

8. エホバはエゼキエルを通とおしてどんなことを予よ告こくされましたか。

8 神かみの民たみの間あいだに見みられる一いっ致ちは驚おどろくには当あたりません。実じっ際さい,エホバは神かみの民たみの一いっ致ちを予よ告こくしておられました。「ユダ……のため」の棒ぼうと「ヨセフのため」の棒ぼうが1つになるという預よ言げんです。(エゼキエル 37:15-17を読よむ。)「ものみの塔とう」2016年ねん7月がつ号ごうの「読どく者しゃからの質しつ問もん」はこう説せつ明めいしています。「エホバは預よ言げん者しゃエゼキエルを通とおして,イスラエル国こく民みんが約やく束そくの地ちに戻もどって1つになることを予よ告こくされました。この預よ言げんは,終おわりの日ひに神かみの民たみが1つになることも予よ告こくしていました」。

9. 毎まい年としの記き念ねん式しきの際さい,エゼキエルが預よ言げんしたどんな一いっ致ちを見みることができますか。

9 1919年ねん以い降こう,エホバはまず油あぶらそそがれた者ものたちを徐じょ々じょに再さい組そ織しきして再ふたたび1つに結むすばれました。象しょう徴ちょう的てきな意い味みで,その人ひと々びとは「ユダ……のため」の棒ぼうのようでした。その後ご,地ち的てきな希き望ぼうを持もつ大おお勢ぜいの人ひと々びとが油あぶらそそがれた者ものたちに加くわわっていきました。彼かれらは「ヨセフのため」の棒ぼうのようでした。この2つのグループは「一ひとつの群むれ」になりました。(ヨハ 10:16。ゼカ 8:23)エホバはこの2本ほんの棒ぼうをご自じ分ぶんの手ての中なかで1つにすることを約やく束そくしておられました。(エゼ 37:19)今こん日にち,この2つのグループは,神かみの「僕しもべダビデ」と呼よばれている1人ひとりの王おう,つまり栄えい光こうを受うけたイエス・キリストのもとで,一いっ致ちしてエホバに仕つかえています。(エゼ 37:24,25)毎まい年とし,油あぶらそそがれた残のこりの者ものと「ほかの羊ひつじ」がキリストの死しの記き念ねん式しきに共ともに出しゅっ席せきする時とき,エゼキエルが描びょう写しゃした一いっ致ちがはっきり見みられます。では,わたしたちはどのようにその一いっ致ちを守まもり,促そく進しんすることができるでしょうか。

どのように一いっ致ちを促そく進しんできるか

10. 神かみの民たみの一いっ致ちをどのように促そく進しんできますか。

10 神かみの民たみの一いっ致ちを促そく進しんする一ひとつの方ほう法ほうは,謙けん遜そんさを培つちかうことです。イエスは地ち上じょうにいた時とき,弟で子したちに謙けん遜そんになるよう教おしえました。(マタ 23:12)謙けん遜そんであれば,世よの人ひと々びとのように高こう慢まんになったりしません。指し導どうの任にんに当あたっている人ひとたちに従したがいます。そのような従じゅう順じゅんな態たい度どは会かい衆しゅうの一いっ致ちに欠かかせません。何なによりも,謙けん遜そんであれば神かみが喜よろこんでくださいます。「神かみはごう慢まんな者ものに敵てき対たいし,謙けん遜そんな者ものに過か分ぶんのご親しん切せつを施ほどこされるからです」。(ペテ一いち 5:5)

11. 記き念ねん式しきの表ひょう象しょう物ぶつについてじっくり考かんがえることは,一いっ致ちを促そく進しんするうえでどのように役やく立だちますか。

11 一いっ致ちを促そく進しんする2つ目めの方ほう法ほうは,記き念ねん式しきの表ひょう象しょう物ぶつについてじっくり考かんがえることです。記き念ねん式しきの前まえ,また特とくに記き念ねん式しきの晩ばん,パンとぶどう酒しゅが何なにを表あらわすかを真しん剣けんに考かんがえてください。(コリ一いち 11:23-25)無む酵こう母ぼパンはイエスがささげた罪つみのない体からだを表あらわし,赤あかぶどう酒しゅはイエスの流ながした血ちを表あらわしています。でも,そうしたことを頭あたまで理り解かいするだけでは不ふ十じゅう分ぶんです。キリストの贖あがないの犠ぎ牲せいには,エホバとイエスの深ふかい愛あいが表あらわれています。エホバはわたしたちのためにイエスを与あたえ,イエスはわたしたちのために命いのちをなげうってくださいました。エホバとイエスの愛あいについて思おもい巡めぐらすと,わたしたちもエホバとイエスを愛あいさずにはいられません。クリスチャンがエホバに対たいして抱いだく愛あいは互たがいを結むすび合あわせ,一いっ致ちの絆きずなを強つよめます。

ある兄弟が記念式の前に,他の兄弟を許さなければならないと考えている。

他の人を許すなら,一致に貢献できる。(12,13節を参照。)

12. イエスの例たとえからエホバが何なにを望のぞんでおられることが分わかりますか。

12 一いっ致ちを促そく進しんする3つ目めの方ほう法ほうは,他たの人ひとを進すすんで許ゆるすことです。エホバはキリストの贖あがないに基もとづいてわたしたちの罪つみを許ゆるしてくださいます。傷きずつけられても相あい手てを許ゆるすなら,自じ分ぶんの罪つみが許ゆるされていることへの感かん謝しゃを表あらわせます。マタイ 18章しょう23-34節せつに記しるされているイエスの例たとえについて考かんがえ,こう自じ問もんしてください。「イエスの教おしえを当あてはめたいと思おもうだろうか。兄きょう弟だい姉し妹まいに辛しん抱ぼう強づよさや思おもいやりを示しめすだろうか。自じ分ぶんを傷きずつけた人ひとを進すすんで許ゆるすだろうか」。もちろん,罪つみにも様さま々ざまな程てい度どのものがあり,不ふ完かん全ぜんなわたしたちにとってなかなか許ゆるせない罪つみもあります。それでもこの例たとえから,エホバが何なにを望のぞんでおられるかが分わかります。(マタイ 18:35を読よむ。)イエスがはっきり教おしえたとおり,許ゆるすべき十じゅう分ぶんな理り由ゆうがあるのに兄きょう弟だいたちを許ゆるさないなら,エホバもわたしたちを許ゆるしてくださいません。考かんがえさせられるのではありませんか。イエスの教おしえに従したがって他たの人ひとを許ゆるすなら,神かみの民たみの大たい切せつな一いっ致ちを守まもることができます。

13. どうすれば兄きょう弟だい姉し妹まいとの平へい和わな関かん係けいを保たもてますか。

13 他たの人ひとを許ゆるすなら,兄きょう弟だい姉し妹まいとの平へい和わな関かん係けいを保たもてます。パウロは,「結けつ合ごうのきずなである平へい和わのうちに霊れいの一いっ致ちを守まもるため真しん剣けんに励はげみなさい」と勧すすめました。(エフェ 4:3)記き念ねん式しきの時じ期き,特とくに記き念ねん式しきの晩ばん,自じ分ぶんが日ひごろ他たの人ひとにどのように接せっしているかを考かんがえましょう。こう自じ問もんできます。「自じ分ぶんは根ねに持もたない人ひととして知しられているだろうか。平へい和わと一いっ致ちを保たもつために努ど力りょくしていることが,他たの人ひとの目めにも明あきらかだろうか」。記き念ねん式しきの時じ期きにこうした点てんを真しん剣けんに考かんがえるのは良よいことです。

14. どうすれば「愛あいのうちに互たがいに忍しの[ぶ]」ことができますか。

14 一いっ致ちを促そく進しんする4つ目めの方ほう法ほうは,愛あいの神かみエホバに倣ならって他たの人ひとに愛あいを示しめすことです。(ヨハ一いち 4:8)わたしたちは兄きょう弟だい姉し妹まいについてこんなふうには言いいたくありません。「一いち応おう,愛あいは示しめすけれど,好すきにはなれない」。そのような考かんがえ方かたは,「愛あいのうちに互たがいに忍しのび」なさいというパウロの助じょ言げんに反はんします。(エフェ 4:2)パウロは,単たんに「互たがいに忍しのび」なさいとではなく,「愛あいのうちに」忍しのびなさいと勧すすめました。会かい衆しゅうには様さま々ざまな個こ性せいや背はい景けいの人ひとがいます。皆みな,エホバが引ひき寄よせた人ひとたちです。(ヨハ 6:44)エホバは彼かれらをいとおしく感かんじておられるのです。ですから兄きょう弟だい姉し妹まいについて,「あの人ひとは好すきになれない」と決きめつけないようにしましょう。むしろ,エホバが望のぞんでおられるように,心こころから愛あいするよう努ど力りょくすべきです。(ヨハ一いち 4:20,21)

最さい後ごの記き念ねん式しき いつ?

15. いつか最さい後ごの記き念ねん式しきが行おこなわれる,と言いえるのはなぜですか。

15 いつか最さい後ごの記き念ねん式しきが行おこなわれることになります。なぜそう言いえますか。パウロは,油あぶらそそがれたクリスチャンが毎まい年としイエスの死しの記き念ねん式しきを行おこなうことによって「主しゅの死しをふれ告つげてゆくのであり,それは彼かれが到とう来らいする時ときにまで及およぶ」と述のべています。(コリ一いち 11:26)彼かれつまりイエスが「到とう来らいする」時ときとはいつのことでしょうか。それはイエスが終おわりの時ときに関かんする預よ言げんの中なかで述のべた,イエスが「来くる」時ときのことです。イエスは大だい患かん難なんについてこう言いいました。「人ひとの子このしるしが天てんに現あらわれます。そしてその時とき,地ちのすべての部ぶ族ぞくは嘆なげきのあまり身みを打うちたたき,彼かれらは,人ひとの子こが力ちからと大おおいなる栄えい光こうを伴ともない,天てんの雲くもに乗のって来くるのを見みるでしょう。そして[イエス]は,大おおきなラッパの音おととともに自じ分ぶんの使つかいたちを遣つかわし,彼かれらは,四し方ほうの風かぜから,天てんの一ひとつの果はてから他たの果はてにまで,その選えらばれた者ものたちを集あつめるでしょう」。(マタ 24:29-31)「選えらばれた者ものたち[が]集あつめ」られるのは,地ち上じょうに残のこっている油あぶらそそがれたクリスチャンすべてが天てんでの報むくいを受うける時ときです。それは大だい患かん難なんの最さい初しょの部ぶ分ぶんの後のち,ハルマゲドンの戦たたかいの前まえに生しょうじます。その後ご,14万まん4000人にん全ぜん員いんがイエスと共ともに地ちの王おうたちを征せい服ふくします。(啓けい 17:12-14)ですから,イエスが「到とう来らい」して油あぶらそそがれた者ものたちが集あつめられる前まえに行おこなわれる記き念ねん式しきが,最さい後ごの記き念ねん式しきとなるでしょう。

16. あなたは今こ年としの記き念ねん式しきに出しゅっ席せきしたいと思おもいますか。なぜですか。

16 では,ぜひ2018年ねん3月がつ31日にちの記き念ねん式しきに出しゅっ席せきしましょう。これからも神かみの民たみの一いっ致ちに貢こう献けんできるよう,エホバに助たすけを祈いのり求もとめましょう。(詩し編へん 133:1を読よむ。)いつか最さい後ごの記き念ねん式しきが行おこなわれます。それまでの間あいだ,記き念ねん式しきに毎まい年とし出しゅっ席せきする努ど力りょくを払はらってください。記き念ねん式しきで一いっ致ちの快こころよさを味あじわいましょう。

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