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アラビア聖書に対する洞察,第1巻
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西暦前115年ごろに南アラビアを制覇したヒムヤル王国の首都はツァファル(創世記 10:30のセファルではないかと考える人もいる)にありました。北方では,エドムの岩の多い峡谷にあるペトラに首都を置いたナバテア人(恐らく創世記 25:13のネバヨトの子孫)が,西暦前4世紀以降勢力を得るようになりました。彼らはやがてネゲブの南部一帯を支配下に収め,勢力範囲をさらにモアブからヨルダンの東の地域にまで広げました。彼らは西暦前1世紀に何年かの間,また西暦1世紀にも再びダマスカスを支配しました。彼らの王アレタ4世(西暦前9-西暦40年ごろ)のことが,使徒 9章23-25節に説明されているダマスカスからのパウロの逃亡に関連してコリント第二 11章32節で述べられています。ヘロデ・アンテパスはアレタ4世の娘と結婚しましたが,ヘロデアと結婚するために彼女と離婚しました。―マル 6:17。「アレタ」を参照。
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アレタ聖書に対する洞察,第1巻
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アレタ
(Aretas)[徳のある; 優れた]
この名前を持つ何人かのアラビア人の王のうち,最後の王がダマスカスを支配していた時,ダマスカスの総督はパウロを除き去ろうとするユダヤ人の企てに荷担しました。使徒パウロは,市の城壁の窓から編かごで降ろしてもらい難を逃れました。―使徒 9:23-25; コリ二 11:32,33。
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