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学ぶ 7章 42–46ページ

7章

従じゅう順じゅんはあなたを守まもる

したいことが何なんでもできたらいいなあ,と思おもいますか。ああしなさい,こうしなさいと,だれからも言いわれたくないときがありますか。正しょう直じきに言いっていいですよ。―

男の子が年上の人の言葉に耳をかたむけている

年とし上うえの人ひとの言こと葉ばに耳みみをかたむける必ひつ要ようがあるのはなぜですか

でも,どちらがあなたのためになるでしょうか。したいことを何なんでもするのは,ほんとうにかしこいことですか。それとも,お父とうさんやお母かあさんに従したがうほうが,良よい結けっ果かになりますか。― 親おやに従したがわなければならない,と言いっておられるのは神かみです。ですから,親おやに従したがうことにはもっともな理り由ゆうがあるにちがいありません。では,その理り由ゆうを考かんがえてみましょう。

あなたは何なん歳さいですか。― お父とうさんは何なん歳さいか知しっていますか。― お母かあさんやおばあさん,おじいさんは何なん歳さいですか。― みんな,あなたよりずっと長ながく生いきてきました。長ながく生いきれば生いきるほど,いろいろなことを学まなぶ時じ間かんは増ふえます。聞きく事こと柄がら,見みる事こと柄がら,行おこなう事こと柄がらが毎まい年とし加くわわってゆきます。ですから,若わかい人ひとは年とし上うえの人ひとから学まなぶことができるのです。

あなたより年とし下したの子こをだれか知しっていますか。― あなたは,その子こよりも多おおくのことを知しっていますか。― どうしてでしょうね。― それは,あなたのほうが長ながく生いきているからです。いろいろなことを学まなぶ時じ間かんが,年とし下したの子こより多おおかったのです。

あなたよりもわたしよりも,他たのどんな人ひとよりも長ながく生いきているのはだれですか。― エホバ神かみです。エホバは,あなたやわたしよりも多おおくのことをご存ぞんじです。何なにかをするようエホバから言いわれたなら,難むずかしそうに思おもえても,そうするのは確たしかに正ただしいのです。でも,偉い大だいな教おしえ手てでさえ,従したがうのは難むずかしいと思おもったことがありました。知しっていましたか。―

ある時とき,神かみは,とても難むずかしいことをイエスにお求もとめになりました。イエスは,この絵えにあるように,そのことについて祈いのりました。『もしあなたの望のぞまれることでしたら,この難むずかしい問もん題だいをわたしから取とり除のぞいてください』と祈いのったのです。イエスのこの祈いのりには,神かみのご意い志しを行おこなうのはいつも易やさしいわけではないことが示しめされています。しかし,イエスが祈いのりの終おわりに何なんと言いったか,知しっていますか。―

イエスが祈っている

イエスの祈いのりからどんなことが分わかりますか

「わたしの意い志しではなく,あなたのご意い志しがなされますように」と言いって祈いのりを終おえたのです。(ルカ 22:41,42)イエスは,自じ分ぶんの意い志しではなく,神かみのご意い志しがなされることを望のぞみました。自じ分ぶんがいちばん良よいと思おもうことではなく,神かみが望のぞんでおられることを進すすんで行おこないました。

このことから何なにが学まなべますか。― たとえ難むずかしそうでも,神かみが言いわれることを行おこなうのは,いつでも正ただしいということです。でも,ほかにも学まなべる点てんがあります。どんなことか分わかりますか。― ある人ひとたちが言いっているのとはちがい,神かみとイエスは同おなじ方かたではないということです。エホバ神かみのほうが長ながく生いきていて,み子こイエスより多おおくのことを知しっておられるのです。

神かみに従したがうなら,神かみを愛あいしていることを示しめせます。聖せい書しょには,『そのおきてを守まもり行おこなうこと,これがすなわち神かみへの愛あいです』と書かかれています。(ヨハネ第だい一いち 5:3)ですから,わたしたちはみな,神かみに従したがう必ひつ要ようのあることが分わかりますね。あなたも神かみに従したがいたいと思おもっていますね。―

では,聖せい書しょを開ひらいて,神かみが子こどもたちにどんなことを言いっておられるか調しらべてみましょう。エフェソス 6章しょう1,2,3節せつにある聖せい書しょの言こと葉ばを読よみたいと思おもいます。そこには,こう書かかれています。『子こどもたちよ,主しゅと結むすばれたあなた方がたの親おやに従じゅう順じゅんでありなさい。これは義ぎにかなったことなのです。「あなたの父ちちと母ははを敬うやまいなさい」とあり,これは約やく束そくをともなった最さい初しょの命めい令れいです。すなわち,「それはあなたにとって物もの事ごとが良よく運はこび,あなたが地ち上じょうで生いき永ながらえるためである」』。

そうですね,お父とうさんとお母かあさんに従じゅう順じゅんであるようにと言いっておられるのは,エホバ神かみです。親おやを『敬うやまう』とは,どういう意い味みでしょうか。それは,お父とうさんとお母かあさんをりっぱだと思おもって,大たい切せつにするということです。また神かみは,親おやに従したがうなら,物もの事ごとが『あなたにとって良よく運はこぶ』と約やく束そくしておられます。

従じゅう順じゅんだったので命いのちを救すくわれた人ひとたちがいます。その人ひとたちの話はなしをしてあげましょう。ずっと昔むかし,その人ひとたちはエルサレムという大おおきな都と市しに住すんでいました。その都と市しのほとんどの人ひとが神かみの言こと葉ばに耳みみをかたむけなかったので,イエスは人ひと々びとに,神かみはエルサレムにほろびをもたらそうとしておられる,と警けい告こくしました。イエスはさらに,正ただしいことを愛あいする人ひとがどうすればのがれられるかも教おしえました。こう述のべています。『エルサレムが軍ぐん隊たいにぐるりと囲かこまれるのを見みたなら,ほろびの近ちかづいていることが分わかります。それは,エルサレムから出でて,山やまににげるべき時ときです』。―ルカ 21:20-22。

人々がイエスの言葉に従ってエルサレムを離れている

これらの人ひとは,イエスの命めい令れいに従じゅう順じゅんに従したがい,どのように行こう動どうして救すくわれましたか

さて,イエスの言いわれたとおり,軍ぐん隊たいがエルサレムをこうげきするためにやって来きました。ローマの軍ぐん隊たいは,エルサレムをぐるりと囲かこんでテントを張はります。ところがそのあと,どういうわけか兵へい士したちは引ひきあげてしまいます。大だい部ぶ分ぶんの人ひとは,もう危あぶなくないと思おもって,エルサレムにとどまっていました。でも,イエスは,どうしなければならないと言いっていましたか。― もし,あなたがエルサレムに住すんでいたら,どうしたと思おもいますか。― イエスをほんとうに信しんじていた人ひとたちは,家いえを後あとにして,エルサレムから遠とおくはなれた山やまににげました。

1年ねんたっても,エルサレムには何なにも起おきません。2年ねん目め,何なにも起おきません。そして3年ねん目め,やっぱり何なにも起おきません。エルサレムから出でて行いった人ひとたちはおろかだった,と思おもう人ひともいたかもしれません。ところが,4年ねん目めになると,ローマの軍ぐん隊たいがもどってきました。そして,またもや,その都と市しをぐるりと囲かこんでテントを張はりました。にげるには,もうおそすぎます。今こん度どこそ,ローマの軍ぐん隊たいはエルサレムをほろぼしてしまいました。その中なかにいた人ひとのほとんどは死しんでしまい,あとに残のこった人ひとたちはとらえられました。

しかし,イエスの言こと葉ばに従したがった人ひとたちはどうなったでしょうか。― 無ぶ事じでした。エルサレムから遠とおくはなれたところにいたので,害がいを受うけませんでした。従じゅう順じゅんだったので,守まもられたのです。

あなたの場ば合あいも,従じゅう順じゅんであれば守まもられるでしょうか。― お父とうさんやお母かあさんは子こどもに,道どう路ろでは絶ぜっ対たいに遊あそんではいけません,と言いうことがありますね。なぜでしょうか。― 車くるまにひかれてしまうかもしれないからです。ところが,ある日ひ,あなたはこう思おもうかもしれません。『今いまは,車くるまが走はしっていないから,ひかれたりしないよ。道どう路ろで遊あそんでいる子こもいるけど,けがをした子こなんか,いちども見みたことがない』。

車が近づいてきているときに2人の男の子が道路で遊んでいる

少すこしも危あぶなくないと思おもえても,従したがう必ひつ要ようがあるのはなぜですか

エルサレムにいた人ひとのほとんども,同おなじように考かんがえました。ローマの軍ぐん隊たいが去さったので,もう大だい丈じょう夫ぶと思おもったのです。その人ひとたちは,ほかの人ひとがエルサレムにとどまったので自じ分ぶんもとどまりました。警けい告こくされていたのに,耳みみをかたむけなかったのです。そのために,命いのちを失うしないました。

男の子がマッチで遊び,火事が起き始めている

もう一ひとつの例れいを考かんがえましょう。マッチで遊あそんだことがありますか。― マッチに火ひをつけてながめるのはおもしろそうに思おもえるかもしれません。でも,マッチで遊あそぶのは危き険けんなことです。家いえが丸まる焼やけになって,あなたは死しんでしまうかもしれません。

次つぎのことを忘わすれないようにしましょう。ときどき従したがえばよいというのではありません。ときどきではなく,いつも従したがっていれば,確たしかに守まもられます。それから,『子こどもたちよ,あなた方がたの親おやに従じゅう順じゅんでありなさい』と命めいじているのはだれでしたか。― 神かみです。神かみはあなたをほんとうに愛あいしているので,そう言いっておられるということも,忘わすれないでください。

ここで,従じゅう順じゅんの大たい切せつさを示しめす次つぎの聖せい句くを読よんでください。箴しん言げん 23:22。伝でん道どうの書しょ 12:13。イザヤ 48:17,18。コロサイ 3:20。

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