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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2023
塔研23 02月号 8–13ページ

研究記事7

聖せい書しょをどのように読よんでいますか

「どう読よみますか」。ルカ 10:26

97番ばんの歌うた 神かみの言こと葉ばによって生いきる

何なにを学まなぶかa

1. イエスが聖せい書しょを大たい切せつにしていたことはどんなことから分わかりますか。

イエスの話はなしを聞きいているところを想そう像ぞうしてみてください。イエスはたくさんの聖せい句くを引いん用ようして教おしえます。しかも,そうした聖せい句くを覚おぼえているのです。イエスはいつも聖せい書しょから語かたる人ひとでした。バプテスマを受うけた後あとに語かたった言こと葉ばも,亡なくなる直ちょく前ぜんに語かたった言こと葉ばも,聖せい書しょからの引いん用ようでした。b (申しん 8:3。詩し 31:5。ルカ 4:4; 23:46)地ち上じょうで伝でん道どうを行おこなった3年ねん半はんの間あいだ,イエスは人ひと々びとの前まえで聖せい書しょを朗ろう読どくしたり引いん用ようしたり説せつ明めいしたりしました。(マタ 5:17,18,21,22,27,28。ルカ 4:16-20)

1. 幼いイエスが両親の話を聞いている。2. 成長したイエスが家族と一緒に,会堂で聖書の朗読を真剣に聞いている。3. 大人になったイエスが巻物を朗読している。

イエスは生しょう涯がいにわたって,聖せい書しょの言こと葉ばを愛あいし,学まなんだことを実じっ践せんした。(2節せつを参さん照しょう。)

2. イエスはどのようにして聖せい書しょのことをよく知しるようになりましたか。(表ひょう紙しの絵えを参さん照しょう。)

2 イエスは伝でん道どうを始はじめるずっと前まえから,聖せい書しょを読よんだり聖せい書しょの朗ろう読どくを聞きいたりしていました。幼おさない時ときには,家か族ぞくの会かい話わの中なかでヨセフやマリアが聖せい書しょのことを話はなすのを聞きいていたはずです。c (申しん 6:6,7)また,安あん息そく日びには家か族ぞくと一いっ緒しょに会かい堂どうに通かよっていたことでしょう。(ルカ 4:16)そこで聖せい書しょの朗ろう読どくを真しん剣けんに聞きいていたに違ちがいありません。やがて,イエスは自じ分ぶんでも聖せい書しょを読よむようになります。こうしてイエスは聖せい書しょのことをよく知しるようになりました。それだけでなく,聖せい書しょの言こと葉ばを愛あいし,学まなんだことを実じっ践せんするようにもなりました。律りっ法ぽうに詳くわしかった教きょう師したちも,12歳さいのイエスと神しん殿でんで話はなした時とき,「[イエス]の理り解かい力りょくと答こたえにとても驚おどろ」きました。(ルカ 2:46,47,52)

3. この記き事じではどんなことを学まなびますか。

3 私わたしたちも毎まい日にち聖せい書しょを読よむなら,聖せい書しょのことをよく知しって愛あいするようになります。でも,ただ聖せい書しょを読よめばいいのでしょうか。律りっ法ぽう教きょう師しやパリサイ派はやサドカイ派はの人ひとたちは,聖せい書しょをよく読よんでいて律りっ法ぽうに通つうじていましたが,大たい切せつなことを学まなび損そこなっていました。イエスが彼かれらに語かたった言こと葉ばから,聖せい書しょを読よむ時ときに意い識しきしたい点てんを3つ学まなべます。(1)読よんだ内ない容ようを理り解かいすること,(2)宝たからのような真しん理りを見みつけること,(3)学まなんだことに合あわせて自じ分ぶんを変かえることです。

読よんだ内ない容ようを理り解かいする

4. ルカ 10章しょう25-29節せつからすると,聖せい書しょを読よむ時ときに大たい切せつなのはどんなことですか。

4 聖せい書しょを読よむ時ときには,意い味みをよく理り解かいするようにしましょう。そうでないと,大たい切せつな点てんを学まなび損そこなってしまうかもしれません。イエスと「律りっ法ぽうに通つうじた男だん性せい」のやり取とりを考かんがえてみましょう。(ルカ 10:25-29を読よむ。)この男だん性せいは,どうすれば永えい遠えんの命いのちを得えられるかと質しつ問もんしました。それに対たいして,イエスは聖せい書しょに注ちゅう目もくさせ,「律りっ法ぽうには何なんと書かいてありますか。どう読よみますか」と尋たずねます。男だん性せいは,神かみを愛あいすることと隣りん人じんを愛あいすることが必ひつ要ようだ,と聖せい書しょから正ただしく答こたえました。(レビ 19:18。申しん 6:5)でもイエスに「私わたしの隣りん人じんとはいったい誰だれでしょうか」と聞ききました。この人ひとは聖せい書しょの言こと葉ばを知しっていましたが,その意い味みを十じゅう分ぶんに理り解かいしてはいなかったということです。それで,聖せい書しょをどのように当あてはめたらよいかも分わかっていませんでした。

読よんだ内ない容ようを理り解かいするスキルは磨みがくことができる。

5. 聖せい書しょを理り解かいする上うえで,祈いのることやゆっくり読よむことはどのように役やく立だちますか。

5 聖せい書しょを理り解かいするためには,良よい読よみ方かたをすることが大たい切せつです。まず,読よむ前まえにエホバに祈いのります。集しゅう中ちゅうして読よみ,内ない容ようを理り解かいできるよう,聖せいなる力ちからを求もとめることができます。次つぎに,ゆっくり読よむようにしましょう。そうすれば内ない容ようをよく理り解かいできます。声こえに出だして読よんだり,オーディオ版ばんを聞ききながら読よんだりするのも効こう果か的てきです。視し覚かくと聴ちょう覚かくの両りょう方ほうを使つかうと,心こころに深ふかく印いん象しょう付づけることができ,記き憶おくにも残のこりやすくなります。(ヨシュ 1:8)そして,読よみ終おわったならエホバにもう一いち度ど祈いのります。聖せい書しょを与あたえてくださったことへの感かん謝しゃを伝つたえ,学まなんだことを実じっ践せんできるように助たすけてください,とお願ねがいすることができます。

1. 姉妹が聖書に貼るメモを書いている。2. 兄弟がタブレットで勉強しながら,テキストにハイライトを付けたりメモを書き込んだりしている。3. 姉妹がJW Libraryで聖書を読みながら,テキストにハイライトを付けたりメモを付けたりしている。

メモを取とりながら読よむと,内ない容ようをよく理り解かいすることができ,記き憶おくにも残のこりやすくなる。(6節せつを参さん照しょう。)

6. 自じ分ぶんに問とい掛かけたり,メモを取とったりしながら読よむとよいのはどうしてですか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

6 聖せい書しょをよく理り解かいするために,ほかにもできることを2つ考かんがえてみましょう。1つ目めは,自じ分ぶんに問とい掛かけながら読よむことです。登とう場じょう人じん物ぶつは誰だれか,誰だれが誰だれに向むかって話はなしているか,どうしてそう言いったのか,いつどこで起おきた出で来き事ごとか,といった点てんを考かんがえます。そうすれば,話はなしの流ながれをつかみやすくなるでしょう。2つ目めは,メモを取とりながら読よむことです。考かんがえを文も字じにすると,頭あたまの中なかを整せい理りすることができ,記き憶おくにも残のこりやすくなります。次つぎのようなことをメモできます。あらすじや要よう点てん,調しらべて分わかったこと,学まなべること,自じ分ぶんの感かん想そう,どのように実じっ践せんできるかなどです。そうするなら,聖せい書しょの言こと葉ばをエホバから自じ分ぶんへのメッセージと感かんじられるようになるでしょう。

7. 聖せい書しょを理り解かいするためには何なにが必ひつ要ようですか。どうしてですか。(マタイ 24:15)

7 イエスは,聖せい書しょを理り解かいするためには識しき別べつ力りょくが必ひつ要ようだと教おしえました。(マタイ 24:15を読よむ。)識しき別べつ力りょくとは,2つの考かんがえの関かん連れんや違ちがいを把は握あくする能のう力りょくのことです。識しき別べつ力りょくがあるなら,物もの事ごとの表ひょう面めんには現あらわれていない部ぶ分ぶんを見み抜ぬくことができます。イエスの言こと葉ばから分わかる通とおり,聖せい書しょの預よ言げんが実じつ現げんしていることを理り解かいするためにも識しき別べつ力りょくが必ひつ要ようです。

8. 聖せい書しょを読よむ時とき,どのように識しき別べつ力りょくを働はたらかせることができますか。

8 エホバは私わたしたちに識しき別べつ力りょくを与あたえてくださいます。それで,識しき別べつ力りょくを働はたらかせることができるように助たすけてください,とエホバに祈いのりましょう。(格かく 2:6)それに加くわえて,聖せい書しょを読よむ時ときには内ない容ようをよく分ぶん析せきし,すでに知しっていることとの関かん連れんを考かんがえるようにします。「エホバの証しょう人にんのためのリサーチガイド」などの出しゅっ版ぱん物ぶつも活かつ用ようできるでしょう。そうするなら,聖せい句くの意い味みや,どのように自じ分ぶんに当あてはめられるかが分わかります。(ヘブ 5:14)識しき別べつ力りょくを働はたらかせて聖せい書しょを読よむなら,内ない容ようをもっとよく理り解かいできるようになります。

宝たからのような真しん理りを見みつける

9. サドカイ派はの人ひとたちはどんな大たい切せつな真しん理りを受うけ入いれていませんでしたか。

9 サドカイ派はの人ひとたちは,モーセ五ご書しょの内ない容ようをよく知しっていました。でも,そこに書かかれている大たい切せつな真しん理りを受うけ入いれていませんでした。ある時とき,サドカイ派はの人ひとたちは,復ふっ活かつの教おしえに関かんしてイエスに言いい掛がかりをつけました。それに対たいしてイエスはこう言いいました。「モーセが書かいたいばらの木きに関かんする記き述じゅつの中なかで,神かみがモーセに『私わたしはアブラハムの神かみ,イサクの神かみ,ヤコブの神かみである』と言いったのを読よまなかったのですか」。(マル 12:18,26)サドカイ派はの人ひとたちはこの聖せい句くを何なん度ども読よんでいたはずですが,亡なくなった人ひとが復ふっ活かつするという大たい切せつな真しん理りを受うけ入いれていなかったのです。(マル 12:27。ルカ 20:38)d

10. 聖せい書しょを読よむ時ときにはどんなことを意い識しきできますか。

10 この記き述じゅつからどんなことが分わかるでしょうか。聖せい書しょを読よむ時ときには,その聖せい句くから学まなべることをできるだけたくさん見みつけることが大たい切せつです。基き本ほん的てきな教おしえだけで満まん足ぞくするのではなく,宝たからのように隠かくされている聖せい書しょの教おしえや原げん則そくも探さがすようにしましょう。

11. 聖せい書しょから宝たからのような真しん理りを見みつけるためにどんなことができますか。(テモテ第だい二に 3:16,17)

11 聖せい書しょを読よむ時とき,どうすれば宝たからのような真しん理りを見みつけられるでしょうか。テモテ第だい二に 3章しょう16,17節せつによると,「聖せい書しょ全ぜん体たい」は,(1)教おしえ,(2)戒いましめ,(3)矯きょう正せいし,(4)指し導どうするのに「役やく立だちます」。(読よむ。)普ふ段だんあまり注ちゅう目もくしないような聖せい句くであっても,この4つの役やく立だつ点てんを見みつけられます。まず,「その聖せい句くは,エホバやエホバの目もく的てきや原げん則そくについてどんなことを教おしえているだろうか」と考かんがえましょう。自じ分ぶんを戒いましめる面めんでどのように助たすけとなるかも考かんがえましょう。その聖せい句くは,自じ分ぶんの良よくない点てんに気き付づいてそれを正ただし,エホバに仕つかえ続つづけるためにどのように役やく立だつでしょうか。矯きょう正せいするという面めんでは,「伝でん道どうで会あう人ひとの間ま違ちがった見み方かたを正ただすために,どのように使つかえるだろうか」と考かんがえられます。そして,エホバと同おなじ考かんがえ方かたができるように自じ分ぶんを訓くん練れんし,指し導どうするのに役やく立だつ点てんも探さがすことができます。こうした4つの点てんを意い識しきしながら聖せい書しょを読よむと,宝たからのような真しん理りをたくさん見みつけることができるでしょう。

学まなんだことに合あわせて自じ分ぶんを変かえる

12. イエスがパリサイ派はの人ひとたちに,「読よんだことがないのですか」と言いったのはどうしてですか。

12 イエスは,聖せい書しょを間ま違ちがった態たい度どで読よんでいたパリサイ派はの人ひとたちに,「読よんだことがないのですか」と言いいました。(マタ 12:1-7)e この時とき彼かれらは,イエスの弟で子したちが安あん息そく日びを守まもっていないと批ひ判はんしました。それに対たいしてイエスは,聖せい書しょ中ちゅうの2つの出で来き事ごととホセアの聖せい句くに触ふれ,パリサイ派はの人ひとたちが安あん息そく日びの意い味みを理り解かいしておらず,憐あわれみに欠かけていることを指し摘てきしました。彼かれらは聖せい書しょを読よんでいたのに,どうしてそれに沿そった考かんがえ方かたや行こう動どうができなかったのでしょうか。謙けん遜そんではなく,ほかの人ひとを批ひ判はんするような態たい度どで読よんでいたからです。それで,聖せい書しょを本ほん当とうの意い味みで理り解かいすることができていませんでした。(マタ 23:23。ヨハ 5:39,40)

13. どんな態たい度どで聖せい書しょを読よむことが大たい切せつですか。どうしてですか。

13 イエスの言こと葉ばから,正ただしい態たい度どで聖せい書しょを読よむことの大たい切せつさが分わかります。パリサイ派はの人ひとたちのようにはなりたくありません。謙けん遜そんであり,意い欲よく的てきに学まなぶようにしましょう。聖せい書しょの「言こと葉ばを温おん和わに受うけ入いれ,それが心こころに植うえ付つけられるようにしてください」。(ヤコ 1:21)温おん和わで柔やわらかい心こころがあるなら,聖せい書しょの言こと葉ばを当あてはめやすくなります。謙けん遜そんであって初はじめて,憐あわれみや思おもいやりや愛あいについて学まなび,学まなんだことに合あわせて自じ分ぶんを変かえることができるのです。

聖せい書しょに合あわせて自じ分ぶんを変かえているかどうかはどんなところに表あらわれますか。(14節せつを参さん照しょう。)f

14. 自じ分ぶんを聖せい書しょに合あわせて変かえているかどうかは,どんなことから分わかりますか。(写しゃ真しんも参さん照しょう。)

14 聖せい書しょに合あわせて自じ分ぶんを変かえているかどうかは,人ひととの接せっし方かたに表あらわれます。パリサイ派はの人ひとたちは聖せい書しょの言こと葉ばが心こころに達たっしていなかったので,「罪つみのない人ひとを断だん罪ざいし」ていました。(マタ 12:7)ほかの人ひとに対たいする自じ分ぶんの見み方かたや接せっし方かたについて,次つぎのように考かんがえてみましょう。人ひとの良よいところについていつも話はなしているでしょうか。それとも,できていないところを批ひ判はんすることが多おおいでしょうか。誰だれかが間ま違ちがいをした時とき,進すすんで許ゆるすでしょうか。それとも,根ねに持もったり厳きびしく責せめたりするでしょうか。このように分ぶん析せきするなら,自じ分ぶんの考かんがえ方かたや感かんじ方かたや行こう動どうを聖せい書しょに合あわせて変かえているかどうかが分わかります。(テモ一いち 4:12,15。ヘブ 4:12)

聖せい書しょを読よんで幸しあわせを味あじわう

15. イエスは聖せい書しょについてどう感かんじていましたか。

15 イエスは聖せい書しょを愛あいしていました。そのことは,詩し編へん 40編ぺん8節せつでこう預よ言げんされていました。「私わたしの神かみ,あなたの望のぞまれることを喜よろこんで行おこないます。あなたの律りっ法ぽうは私わたしの奥おく深ふかくにあります」。このようにイエスは聖せい書しょを愛あいしていたので,幸しあわせを味あじわい,エホバに忠ちゅう実じつに仕つかえ続つづけることができました。私わたしたちも聖せい書しょを心こころから愛あいするようになるなら,幸しあわせを味あじわいつつエホバに仕つかえていくことができます。(詩し 1:1-3)

16. 聖せい書しょから多おおくのことを学まなぶためにどんなことをしたいと思おもいますか。(「イエスの言こと葉ばから学まなべる聖せい書しょの読よみ方かた」の囲かこみを参さん照しょう。)

16 この記き事じでは,イエスの言こと葉ばや手て本ほんについて学まなびました。私わたしたちも聖せい書しょを読よむスキルを磨みがいていくようにしましょう。聖せい書しょをよく理り解かいするために,祈いのり,ゆっくり読よみ,自じ分ぶんに問とい掛かけたりメモを取とったりしながら読よむことができます。出しゅっ版ぱん物ぶつを活かつ用ようして聖せい句くを分ぶん析せきし,識しき別べつ力りょくを働はたらかせるようにしましょう。普ふ段だんあまり注ちゅう目もくしないような聖せい句くからも,宝たからのような真しん理りを見みつけることができます。正ただしい態たい度どで聖せい書しょを読よみ,聖せい書しょに合あわせて自じ分ぶんを変かえていくようにしましょう。こうした点てんで努ど力りょくするなら,聖せい書しょからたくさんのことを学まなび,エホバともっと親したしくなることができます。(詩し 119:17,18。ヤコ 4:8)

イエスの言こと葉ばから学まなべる聖せい書しょの読よみ方かた

  • 内ない容ようを理り解かいする。識しき別べつ力りょくを働はたらかせて,自じ分ぶんにどう当あてはめられるかを考かんがえる。(マタ 24:15。ルカ 10:25-37)

  • 聖せい句くをよく調しらべて,宝たからのような真しん理りを見みつける。(マル 12:18-27)

  • 聖せい書しょに合あわせて自じ分ぶんを変かえ,人ひとへの接せっし方かたを改かい善ぜんする。(マタ 12:1-8)

聖せい書しょを読よむ時とき,どんなことができますか

  • 内ない容ようを理り解かいするために

  • 宝たからのような真しん理りを見みつけるために

  • 聖せい書しょに合あわせて自じ分ぶんを変かえるために

95番ばんの歌うた 光ひかりは明あかるさを増ます

a エホバに仕つかえる私わたしたちは,聖せい書しょを毎まい日にち読よむよう努ど力りょくしています。聖せい書しょを読よんでいる人ひとたちはほかにもいますが,その多おおくは内ない容ようを正ただしく理り解かいできてはいません。イエスの時じ代だいにもそのような人ひとたちがいました。イエスが彼かれらに語かたった言こと葉ばから,聖せい書しょを読よむ時ときに意い識しきしたい大たい切せつなことを学まなべます。

b イエスはバプテスマを受うけて聖せいなる力ちからを注そそがれた時とき,天てんにいた時ときの記き憶おくがよみがえったものと思おもわれます。(マタ 3:16)

c マリアは聖せい句くをよく知しっていて,それを会かい話わに含ふくめたこともあります。(ルカ 1:46-55)貧まずしかったヨセフとマリアは,自じ分ぶん用ようの聖せい書しょを手てに入いれることができなかったと思おもわれます。会かい堂どうで聖せい書しょが朗ろう読どくされる時とき,それを真しん剣けんに聞きいていたので,後あとで思おもい起おこすことができたのでしょう。

d 「ものみの塔とう」2013年ねん2月がつ1日ついたち号ごうの「神かみに近ちかづく ―『この方かたは……生いきている者ものの神かみなのです』」という記き事じを参さん照しょう。

e マタイ 19章しょう4-6節せつでもイエスはパリサイ派はの人ひとたちに,「あなた方がたは読よまなかったのですか」と言いいました。彼かれらは創そう造ぞうについての記き述じゅつを読よんではいましたが,そこから結けっ婚こんに対たいする神かみの見み方かたを読よみ取とることができていませんでした。

f 写しゃ真しんや挿さし絵え: 王おう国こく会かい館かんでの集しゅう会かいで音おん響きょう係がかりの兄きょう弟だいが幾いくつもミスをしてしまった。でも集しゅう会かい後ご,兄きょう弟だいたちはそのミスではなく誠せい実じつな努ど力りょくに目めを留とめて褒ほめている。

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