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    聖書に対する洞察,第1巻
    • しかし,神の敵対者により起こされた論争のゆえに,約束のメシアであり,神の王国の将来の王であるみ子は今や新たな状況のもとで忠誠の試みを受けざるを得なくなりました。この試みとそれに伴う苦しみも,み子が人類に対する神の大祭司としての地位にふさわしい者として『完全にされる』ために必要でした。(ヘブ 5:9,10)救いの主要な代理者としての職に完全に任じられるために必要な条件にかなうには,神のみ子は「すべての点で自分の『兄弟たち』[み子の油そそがれた追随者となった人たち]のようにならなければなりませんでした。……憐れみ深い忠実な大祭司とな(る)ためでした」。み子は困難や苦しみを忍耐しなければなりませんでした。それは,「試練に遭っている者たちを助けに来ることができ」,「すべての点でわたしたちと同じように試され,しかも罪のない」方として,それらの者たちの弱さに同情することができるようになるためです。み子は完全で罪のない方ですが,それでも「無知で過ちを犯す者たちを穏やかに扱うことができ」ます。不完全な人間はそのような大祭司を通してのみ,『時にかなった助けとして憐れみを得,また過分のご親切を見いだすために,はばかりのないことばで過分のご親切のみ座に近づく』ことができました。―ヘブ 2:10-18; 4:15–5:2。ルカ 9:22と比較。

  • 完全
    聖書に対する洞察,第1巻
    • キリスト・イエスの完全性 イエスは完全な,つまり罪のない,聖なる人間としてお生まれになりました。(ルカ 1:30-35; ヘブ 7:26)むろん,その肉体的な完全さは限界のないものではなく,人間の領域内での完全さでした。イエスは人間としての限界を経験されました。疲れたり,のどが渇いたり,空腹を感じたりされました。死ぬこともあり得る方でした。(マル 4:36-39; ヨハ 4:6,7; マタ 4:2; マル 15:37,44,45)エホバ神はご自分のみ子を人類のために大祭司として用いることを意図しておられました。イエスは完全な人でしたが,み父がお定めになった要求を完全に満たし,定められた結末,もしくは目標に到達するようにされて,そのような大祭司の地位に就くために「完全にされ」(ギ語,テレイオオー)なければなりませんでした。そのような要求があったので,イエスは「すべての点で自分の『兄弟たち』のように」ならなければなりませんでした。つまり,ご自分の「兄弟たち」,すなわちその足跡に従う者たちと同様に苦しみに耐え,試練のもとで従順を学ばなければならなかったのです。こうして,イエスは「すべての点でわたしたちと同じように試され,しかも罪のない方」として「わたしたちの弱いところを思いやる」ことができる方になられたのです。(ヘブ 2:10-18; 4:15,16; 5:7-10)その上,イエスは完全な犠牲として死んで復活させられた後,天で不滅の霊の命を受けることにより,祭司の職に就くために「永久に完全にされ」なければなりませんでした。(ヘブ 7:15–8:4; 9:11-14,24)同様に,従属の祭司としてキリストと共に奉仕する人たちも皆,『完全にされる』,つまりそれらの人々が求め,またそのために召されている天的な目標に到達することになるのです。―フィリ 3:8-14; ヘブ 12:22,23; 啓 20:6。

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