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  • 塔研22 11月号 8–13ページ
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2022
塔研22 11月号 8–13ページ

研究記事46

エホバに助たすけていただき,喜よろこびつつ忍にん耐たいする

「エホバはあなたたちに情なさけを掛かけようと辛しん抱ぼう強づよく待まっており,憐あわれみを示しめそうと立たち上あがる」。イザヤ 30:18

3番ばんの歌うた 私わたしたちの力ちから,希き望ぼう,確かく信しん

何なにを学まなぶかa

1-2. (ア)この記き事じではどんなことを考かんがえますか。(イ)エホバが私わたしたちをぜひとも助たすけたいと思おもっていることは,どんなことから分わかりますか。

エホバは,私わたしたちが毎まい日にちのいろいろな問もん題だいを乗のり越こえ,喜よろこんでエホバに仕つかえることができるよう助たすけてくださいます。どのようにそうしてくださるのでしょうか。私わたしたちはエホバからの助たすけを十じゅう分ぶんに受うけるためにどんなことができますか。この記き事じではこうした点てんを取とり上あげます。とはいえ,エホバは私わたしたちのことを本ほん当とうに助たすけたいと思おもってくれているのでしょうか。まずはその点てんを考かんがえてみましょう。

2 その答こたえは,「ヘブライ人じんのクリスチャンへの手て紙がみ」の中なかにある,パウロの言こと葉ばから分わかります。パウロはこう書かきました。「エホバは私わたしを助たすけてくださる。私わたしは恐おそれない。人ひとが私わたしに何なにを行おこなえるだろう」。(ヘブ 13:6)参さん考こう文ぶん献けんによると,ここで「助たすけてくださる」と訳やくされている語ごには,助たすけを求もとめる人ひとのもとに駆かけ付つけるという意い味み合あいがあります。エホバが困こまっている人ひとを助たすけるために駆かけ付つける様よう子すを想そう像ぞうしてみてください。確たしかにパウロのこの言こと葉ばから,エホバが私わたしたちをぜひとも助たすけたいと思おもっていることがよく分わかります。エホバがそばにいてくださるなら,私わたしたちはどんな問もん題だいも喜よろこびつつ忍にん耐たいすることができるのです。

3. エホバは,私わたしたちが喜よろこびつつ問もん題だいを忍にん耐たいできるよう,どんな3つのことを行おこなってくださいますか。

3 エホバは,私わたしたちが喜よろこびつつ問もん題だいを忍にん耐たいできるように,どのように助たすけてくださるのでしょうか。その点てんを知しるために,イザヤ書しょを調しらべてみましょう。どうしてイザヤ書しょなのでしょうか。イザヤが聖せいなる力ちからに導みちびかれて書かいた預よ言げんの多おおくは,現げん代だいエホバに仕つかえる人ひとたちに当あてはまるからです。また,イザヤは私わたしたちにとって分わかりやすい言こと葉ばでエホバについて説せつ明めいしているからです。では,イザヤ 30章しょうに注ちゅう目もくしてみましょう。その中なかでイザヤは,イメージしやすい言こと葉ばを使つかって,エホバがご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちをどのように助たすけるかを述のべています。では,3つの点てんを考かんがえてみましょう。(1)私わたしたちの祈いのりをよく聞きいて,祈いのりに答こたえること,(2)導みちびきを与あたえること,(3)私わたしたちのために,今いままた将しょう来らいに素す晴ばらしいことを行おこなうことです。

エホバは私わたしたちの祈いのりを聞きいてくださる

4. (ア)エホバはイザヤの時じ代だいのユダヤ人じんについて何なんと言いいましたか。エホバはどんなことが起おきるままにしましたか。(イ)エホバは忠ちゅう実じつな人ひとたちにどんな希き望ぼうを与あたえましたか。(イザヤ 30:18,19)

4 イザヤ 30章しょうの初はじめの部ぶ分ぶんで,エホバはユダヤ人じんのことを「罪つみを重かさねる」「強ごう情じょうな子こたち」と言いっています。そして,「彼かれらは反はん逆ぎゃく的てきな民たみ,……エホバの律りっ法ぽうを聞きこうとしない子こたちである」とも言いっています。(イザ 30:1,9)ユダヤ人じんはエホバの律りっ法ぽうを聞きこうとしなかったので,イザヤは,エホバは彼かれらを苦くるしい目めに遭あうままにする,と予よ告こくしていました。(イザ 30:5,17。エレ 25:8-11)そしてその言こと葉ばの通とおり,彼かれらはバビロンに捕ほ囚しゅうにされました。とはいえ,中なかにはエホバに忠ちゅう実じつな人ひとたちもいました。イザヤはそうした人ひとたちに希き望ぼうとなるメッセージを伝つたえました。エホバがやがて彼かれらをエルサレムに戻もどらせてくださるというメッセージです。(イザヤ 30:18,19を読よむ。)その言こと葉ばの通とおり,エホバはユダヤ人じんをバビロンでの捕ほ囚しゅうから自じ由ゆうにしました。それでも,この希き望ぼうの言こと葉ばが実じつ現げんするには,かなりの時じ間かんがかかりました。「エホバはあなたたちに情なさけを掛かけようと辛しん抱ぼう強づよく待まって[いる]」という表ひょう現げんから,それが分わかります。バビロンで捕ほ囚しゅうになってから70年ねん後ご,彼かれらはようやくエルサレムに戻もどることができました。(イザ 10:21。エレ 29:10)人ひと々びとはバビロンに捕ほ囚しゅうにされた時ときには悲かなしみの涙なみだを流ながしましたが,エルサレムに戻もどった時ときには喜よろこびの涙なみだを流ながしました。

5. イザヤ 30章しょう19節せつからどんなことが分わかりますか。

5 イザヤの次つぎの言こと葉ばについて考かんがえると,慰なぐさめられます。「神かみは助たすけを求もとめるあなたの叫さけび声ごえを聞きくと,必かならず情なさけを掛かける」。(イザ 30:19)この言こと葉ばから,私わたしたちが助たすけを求もとめる時とき,エホバがよく聞きいてくださることが分わかります。また,エホバは私わたしたちの祈いのりにすぐに答こたえてくださいます。イザヤが「神かみは……聞きいてすぐにあなたに答こたえてくださる」と述のべている通とおりです。こうした言こと葉ばから,お父とうさんエホバが私わたしたちをぜひとも助たすけたいと思おもっていることが分わかります。ですから,私わたしたちは喜よろこびつつ問もん題だいを忍にん耐たいすることができます。

6. エホバが一人ひとり一人ひとりの祈いのりに耳みみを傾かたむけてくださることは,イザヤのどんな言こと葉ばから分わかりますか。

6 この聖せい句くから,祈いのりについてほかにもどんなことが学まなべるでしょうか。エホバが私わたしたち一人ひとり一人ひとりの祈いのりにしっかり耳みみを傾かたむけてくださるということです。どうしてそう言いえるでしょうか。イザヤ 30章しょうの前ぜん半はんで,エホバは「あなたたち」という表ひょう現げんを使つかって民たみ全ぜん体たいに語かたり掛かけています。でも19節せつでは,「あなた」という表ひょう現げんを使つかって一人ひとり一人ひとりに語かたり掛かけ,「あなたは決けっして泣なかない」,「あなたの叫さけび声ごえを聞きくと,必かならず情なさけを掛かける」,「あなたに答こたえてくださる」と言いっています。愛あい情じょう深ぶかいお父とうさんは,元げん気きがない息子むすこや娘むすめに対たいして,「どうして兄にいさんや姉ねえさんのように強つよくなれないんだ」と言いったりはしません。エホバも私わたしたちに対たいしてそんなことは言いいません。一人ひとり一人ひとりのことを大たい切せつにし,私わたしたちの祈いのりにしっかり耳みみを傾かたむけてくださるのです。(詩し 116:1。イザ 57:15)

1人の姉妹が,1日のいろいろな時に祈っている。1. 娘を学校に送り出す時に。2. 午前中,掃除の合間に。3. 午後のひとときに。4. 娘が眠った後に。

「[エホバ]を休やすませてはならない」というイザヤの言こと葉ばには,どんな意い味みがあるか。(7節せつを参さん照しょう。)

7. イザヤとイエスは,繰くり返かえし祈いのることの大たい切せつさをどのように示しめしましたか。

7 私わたしたちが自じ分ぶんの悩なやみをエホバに打うち明あける時とき,エホバは力ちからを与あたえて問もん題だいを忍にん耐たいできるように助たすけてくれるかもしれません。とはいえ,なかなか問もん題だいが解かい決けつしないように感かんじる時ときには,忍にん耐たいする力ちからを与あたえてください,と何なん度どもエホバに祈いのる必ひつ要ようがあるでしょう。エホバもそうするよう勧すすめています。そのことについてイザヤは,「[エホバ]を休やすませてはならない」と書かきました。(イザ 62:7,脚きゃく注ちゅう)これはどういう意い味みでしょうか。あたかもエホバが休やすめないと感かんじるほどまでに,何なん度ども何なん度ども祈いのる必ひつ要ようがあるということです。イザヤのこの言こと葉ばについて考かんがえると,イエスが語かたった祈いのりについての例たとえを思おもい出だすかもしれません。それは,ルカ 11章しょう8-10,13節せつにあります。そこでイエスは,「しつこく」祈いのり,聖せいなる力ちからを「求もとめ続つづけなさい」と教おしえました。また私わたしたちは,良よい決けっ定ていができるよう導みちびいてください,とエホバにお願ねがいすることもできます。

エホバは私わたしたちを導みちびいてくださる

8. イザヤ 30章しょう20,21節せつの言こと葉ばは,古こ代だいにどのように実じつ現げんしましたか。

8 イザヤ 30:20,21を読よむ。エルサレムがバビロニア軍ぐんに攻こう囲いされていた1年ねん半はんの間あいだ,人ひと々びとは非ひ常じょうにつらい経けい験けんをたくさんしました。それはまるで,パンや水みずのように当あたり前まえのものとなっていたのです。でもエホバは,イザヤ 30章しょう20,21節せつで,ユダヤ人じんにある約やく束そくをしました。彼かれらが悔くい改あらためて生いき方かたを変かえるなら救すくい出だす,という約やく束そくです。イザヤはエホバのことを「偉い大だいな教きょう師し」と表ひょう現げんし,エホバがご自じ分ぶんをどのように崇すう拝はいすべきかを教おしえてくださると述のべました。この言こと葉ばは,ユダヤ人じんがバビロンでの捕ほ囚しゅうから自じ由ゆうになった時ときに実じつ現げんしました。エホバは偉い大だいな教きょう師しとしてユダヤ人じんを導みちびき,そのおかげで彼かれらは清きよい崇すう拝はいを回かい復ふくさせることができました。エホバが偉い大だいな教きょう師しとして私わたしたちのことも導みちびいてくださるのは,本ほん当とうに素す晴ばらしいことです。

9. 現げん代だい,エホバはどのように私わたしたちを導みちびいてくださっていますか。

9 イザヤはこの部ぶ分ぶんで,私わたしたちのことを生せい徒とに例たとえています。エホバから2つの方ほう法ほうで教おそわる生せい徒とです。まず,イザヤは「あなたは自じ分ぶんの目めで偉い大だいな教きょう師しを見みる」と言いっています。ここでは,教きょう師しであるエホバが生せい徒との前まえに立たっているかのように描えがかれています。エホバから教おしえていただけるというのは,本ほん当とうに素す晴ばらしいことではないでしょうか。エホバは組そ織しきを通とおしてはっきりとした指し示じを与あたえてくれています。そのことに本ほん当とうに感かん謝しゃできます。私わたしたちは,集しゅう会かいや大たい会かいで,また出しゅっ版ぱん物ぶつやJW Broadcasting®などを通とおして教おしえてもらうことができています。そのおかげで,喜よろこびつつ問もん題だいを忍にん耐たいすることができます。

10. どうすれば「後うしろから」の声こえを聞きくことができますか。

10 イザヤは,エホバが教おしえてくださるもう1つの方ほう法ほうについて,こう言いっています。「後うしろからあなたの耳みみに……言こと葉ばが聞きこえる」。ここでは,エホバが,生せい徒との後うしろを歩あるきながら気きを配くばり,行いくべき道みちを教おしえる先せん生せいに例たとえられています。現げん代だいの私わたしたちも,後うしろから語かたり掛かけるエホバの声こえを聞きくことができます。どういうことでしょうか。神かみの言こと葉ばが収おさめられている聖せい書しょは,はるか昔むかしに書かき終おえられました。ですから,私わたしたちは聖せい書しょを読よむ時とき,いわば後うしろから語かたり掛かけるエホバの声こえを聞きいていることになるのです。(イザ 51:4)

11. 喜よろこびつつ奉ほう仕しを続つづけていくためには,どんなことが欠かかせませんか。なぜですか。

11 エホバが聖せい書しょや組そ織しきを通とおして与あたえてくださっている導みちびきから十じゅう分ぶんに恩おん恵けいを受うけるには,どうしたらよいでしょうか。イザヤが書かいた2つのフレーズに注ちゅう目もくしてみましょう。「これが道みちである」という言こと葉ばと,「この道みちを歩あゆみなさい」という言こと葉ばです。(イザ 30:21)ここから,「道みち」を知しっているだけでなく,その道みちを「歩あゆ[む]」必ひつ要ようがあるということが分わかります。私わたしたちは,聖せい書しょや組そ織しきを通とおして,エホバがどんなことを願ねがっているかを学まなぶことができます。そして,学まなんだことをどのように実じっ践せんできるかも知しることができます。喜よろこびつつエホバへの奉ほう仕しを続つづけていくためには,学まなぶことと実じっ践せんすることの両りょう方ほうが欠かかせません。こうしたことを行おこなうなら,エホバは私わたしたちのために素す晴ばらしいことを行おこなってくださいます。

エホバは私わたしたちのために素す晴ばらしいことをしてくださる

12. イザヤ 30章しょう23-26節せつによると,エホバはご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちにどんな素す晴ばらしいことを行おこなってくださいますか。

12 イザヤ 30:23-26を読よむ。この言こと葉ばは,バビロンでの捕ほ囚しゅうから自じ由ゆうになってイスラエルに戻もどったユダヤ人じんにどのように実じつ現げんしたでしょうか。エホバは彼かれらに,生いきていくため,またご自じ分ぶんに仕つかえるために必ひつ要ようなものを豊ゆたかに与あたえました。例たとえば,食たべ物ものを十じゅう分ぶんに与あたえました。でもそれだけでなく,ご自じ分ぶんとの絆きずなを強つよめることができるように助たすけ,清きよい崇すう拝はいがだんだんと回かい復ふくしていくようにしました。ユダヤ人じんは,それまでに経けい験けんしたことがないほど,エホバからたくさんの良よいものを受うけました。そして,イザヤ 30章しょう26節せつにある通とおり,エホバはあたかも光ひかりを照てらすかのようにして,ご自じ分ぶんの言こと葉ばをいっそうよく理り解かいできるようにも助たすけました。(イザ 60:2)このようにして,エホバがご自じ分ぶんに仕つかえる者ものたちにたくさんの素す晴ばらしいことを行おこなったので,彼かれらは「心こころが晴はれやか」になり,喜よろこびと自じ信しんを持もってエホバに仕つかえることができました。(イザ 65:14)

13. 清きよい崇すう拝はいの回かい復ふくについての預よ言げんは,現げん代だいどのように実じつ現げんしていますか。

13 清きよい崇すう拝はいの回かい復ふくについての預よ言げんは,現げん代だいでも確たしかに実じつ現げんしています。どのようにでしょうか。1919年ねん以い降こう,大おお勢ぜいの人ひとたちが大おおいなるバビロン(世せ界かいを惑まどわしている間ま違ちがった宗しゅう教きょう全ぜん体たい)への捕とらわれから自じ由ゆうになってきました。そして,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスへと導みちびかれています。これは,イスラエルの約やく束そくの地ちよりもはるかに素す晴ばらしいものです。(イザ 51:3; 66:8)では,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスとはいったい何なんでしょうか。

14. 比ひ喩ゆ的てきなパラダイスとは何なんですか。誰だれがそこに入はいっていますか。(「語ご句くの説せつ明めい」を参さん照しょう。)

14 1919年ねん以い降こう,天てんに行いくよう選えらばれた人ひとたちはこの比ひ喩ゆ的てきなパラダイスに入はいっています。b やがて,地ち上じょうで永えい遠えんに生いきる希き望ぼうを持もつ「ほかの羊ひつじ」もそこに加くわわり,エホバからたくさんの良よいものを受うけてきました。(ヨハ 10:16。イザ 25:6; 65:13)

15. 現げん代だい,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスはどこにありますか。

15 現げん代だい,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスはどこにあるのでしょうか。エホバに仕つかえている人ひとたちは,世せ界かい中じゅうにいます。ですから,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスも世せ界かいの全ぜん体たいに広ひろがっているのです。それで,私わたしたちはどこに住すんでいるとしても,ふさわしい仕し方かたでエホバに熱ねっ心しんに仕つかえているなら,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスにいることになります。

1. 1人の兄弟が,王国会館で謝ってきた兄弟を快く許している。2. さまざまな色の木々で彩られた山の斜面。

比ひ喩ゆ的てきなパラダイスの美うつくしさに貢こう献けんするために,私わたしたち一人ひとり一人ひとりには何なにができるか。(16-17節せつを参さん照しょう。)

16. 比ひ喩ゆ的てきなパラダイスの美うつくしさを見み失うしなわないために,どんなことができますか。

16 比ひ喩ゆ的てきなパラダイスにとどまるためには,世せ界かい中じゅうに広ひろがる会かい衆しゅうへの感かん謝しゃを深ふかめることが特とくに必ひつ要ようです。そのために何なにができるでしょうか。兄きょう弟だい姉し妹まいの欠けっ点てんではなく,良よいところに注ちゅう目もくすることです。(ヨハ 17:20,21)これが大たい切せつなのはなぜでしょうか。例たとえで考かんがえてみましょう。美うつくしい公こう園えんや庭てい園えんには,いろいろな種しゅ類るいの木きが植うえられています。同おなじように,会かい衆しゅうにもいろいろな人ひとがいて,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスを美うつくしくしています。(イザ 44:4; 61:3)私わたしたちは,一いっ本ぽん一いっ本ぽんの“木き”にある傷きずではなく,“森もり全ぜん体たい”の美うつくしさに注ちゅう目もくする必ひつ要ようがあります。自じ分ぶんや仲なか間まの不ふ完かん全ぜんさのせいで,一いっ致ちした会かい衆しゅうの美うつくしさが見みえなくなってしまうようなことがないようにしましょう。

17. 会かい衆しゅうの一いっ致ちに貢こう献けんするために,私わたしたち一人ひとり一人ひとりには何なにができますか。

17 この一いっ致ちに貢こう献けんするために,私わたしたち一人ひとり一人ひとりには何なにができるでしょうか。平へい和わをつくる人ひとになることです。(マタ 5:9。ロマ 12:18)私わたしたちは,兄きょう弟だい姉し妹まいとさらに平へい和わに過すごせるよう進すすんで努ど力りょくするなら,比ひ喩ゆ的てきなパラダイスをいっそう美うつくしいところにすることができます。こうした兄きょう弟だい姉し妹まいはエホバが引ひき寄よせた人ひとである,ということをぜひ忘わすれないようにしましょう。(ヨハ 6:44)エホバが大たい切せつに思おもっている兄きょう弟だい姉し妹まいと仲なか良よくして絆きずなを強つよめるよう努ど力りょくするなら,エホバは大おおいに喜よろこんでくださるに違ちがいありません。(イザ 26:3。ハガ 2:7)

18. どんなことをじっくり考かんがえるとよいですか。なぜですか。

18 エホバは,ご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちに素す晴ばらしいことをたくさん行おこなってくださっています。では,私わたしたちはどうすればその恩おん恵けいを十じゅう分ぶんに受うけられるでしょうか。聖せい書しょや出しゅっ版ぱん物ぶつを学まなび,じっくり考かんがえることです。そうするなら,クリスチャンとしての内ない面めんを磨みがくことができ,それによって,会かい衆しゅうで「兄きょう弟だい愛あい」や「優やさしい愛あい情じょうを示しめし合あい」たいという気き持もちがいっそう強つよまるでしょう。(ロマ 12:10)また,エホバが今いま行おこなってくださっている良よいことについてじっくり考かんがえるなら,エホバとの絆きずなが強つよまります。そして,エホバが将しょう来らい行おこなうと約やく束そくしてくださっていることについてじっくり考かんがえると,エホバにいつまでも仕つかえていくという希き望ぼうをいつもはっきりと思おもい描えがくことができます。こうしたこと全すべては,私わたしたちが喜よろこびつつエホバに仕つかえる助たすけとなります。

最さい後ごまで忍にん耐たいする

19. (ア)イザヤ 30章しょう18節せつからどんなことが分わかりますか。(イ)喜よろこびつつエホバへの奉ほう仕しを続つづけていく上うえで,どんなことが助たすけとなりますか。

19 エホバは,私わたしたちのために「立たち上あが」り,この邪じゃ悪あくな世せ界かいを終おわらせてくださいます。(イザ 30:18)エホバは「公こう正せいの神かみ」なので,サタンの世せ界かいが必ひつ要よう以い上じょうに長ながく続つづくことを決けっして許ゆるしません。(イザ 25:9)私わたしたちはそのことをよく知しっているので,エホバが救すくい出だしてくださるのを辛しん抱ぼう強づよく待まちます。では,それまでの間あいだ,どんなことができるでしょうか。祈いのりの機き会かいを大たい切せつにし,聖せい書しょを学まなんで当あてはめ,エホバが私わたしたちのためにしてくださっている良よいことについてじっくり考かんがえることです。こうしたことを行おこなっていくなら,喜よろこびつつエホバへの奉ほう仕しを続つづけていけるでしょう。

イザヤ 30章しょうから以い下かの点てんについてどんなことが分わかりますか

  • エホバが祈いのりを聞きいてくださること

  • エホバが導みちびいてくださること

  • エホバが素す晴ばらしいことを行おこなってくださること

142番ばんの歌うた 希き望ぼうをしっかり持もち続つづける

a エホバは,ご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちが毎まい日にちのいろいろな問もん題だいを喜よろこびつつ忍にん耐たいできるよう,どのように助たすけてくださるでしょうか。この記き事じでは,イザヤ 30章しょうから3つの点てんを考かんがえます。そうすることによって,エホバに祈いのることや聖せい書しょを学まなぶこと,そして現げん在ざいまた将しょう来らいにエホバがしてくださる素す晴ばらしいことについてじっくり考かんがえることの大たい切せつさが学まなべるでしょう。

b 語ご句くの説せつ明めい: 「比ひ喩ゆ的てきなパラダイス」とは,一いっ致ちのうちに安あん心しんしてエホバを崇すう拝はいできる環かん境きょうのことです。その中なかで私わたしたちは,どのようにエホバに仕つかえるべきかについて正ただしい情じょう報ほうをたくさん学まなぶことができます。また,王おう国こくの良よい知しらせについて伝つたえる仕し事ごとをたくさん行おこなって,充じゅう実じつ感かんを味あじわうこともできます。さらに,エホバと親したしくなり,愛あいする仲なか間まと仲なか良よく過すごすこともできます。そうした兄きょう弟だい姉し妹まいたちは,私わたしたちが喜よろこびつつ毎まい日にちの問もん題だいを忍にん耐たいできるよう助たすけてくれます。比ひ喩ゆ的てきなパラダイスに入はいるためには,ふさわしい方ほう法ほうでエホバを崇すう拝はいし,エホバに倣ならうよう精せいいっぱい努ど力りょくする必ひつ要ようがあります。

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