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エホバの清い崇拝 ついに回復される!
清 第18章 189–199ページ
家族が自宅で一緒に聖書を読んでいる。1人の兄弟が窓の外を見張っている。

第18章

「私わたしの非ひ常じょうに激はげしい怒いかりが燃もえ上あがる」

エゼキエル 38:18

ポイント: ゴグの攻こう撃げきがエホバの怒いかりを引ひき起おこし,エホバはハルマゲドンの戦せん争そうの際さいにご自じ分ぶんの民たみを守まもる

1-3. (ア)エホバの「非ひ常じょうに激はげしい怒いかり」によってどんなことが起おきますか。(冒ぼう頭とうの挿さし絵えを参さん照しょう。)(イ)これからどんなことを考かんがえますか。

男だん性せいも女じょ性せいも子こ供どもたちも,一いっ緒しょに立たって王おう国こくの歌うたを歌うたいます。それから長ちょう老ろうが心こころを込こめてエホバに祈いのり,守まもってくださいと懇こん願がんします。会かい衆しゅうの人ひとたちはエホバが助たすけてくださると確かく信しんしていますが,それでも慰なぐさめや励はげましを必ひつ要ようとしています。外そとでは激はげしい戦せん闘とうの音おとが鳴なり響ひびいています。ハルマゲドンが始はじまったのです。(啓けい 16:14,16)

2 ハルマゲドンの戦せん争そうの際さいに,エホバは感かん情じょうを交まじえずに淡たん々たんと人ひと々びとを処しょ刑けいするのではなく,「非ひ常じょうに激はげしい怒いかり」を抱いだいてそうします。(エゼキエル 38:18を読よむ。)爆ばく発はつ的てきな怒いかりを1つの軍ぐん隊たいや国こっ家かに向むけるのではなく,地ち球きゅう全ぜん域いきにいる無む数すうの人ひとたちに浴あびせます。その時とき,エホバに討うたれた人ひとたちが「地ちの果はてから果はてにまで横よこたわる」ことになります。(エレ 25:29,33)

3 エホバは愛あいの神かみであり,「すぐに怒いからず」,「憐あわれみ深ぶかく,思おもいやりがある」方かたです。では,そのような方かたが「非ひ常じょうに激はげしい怒いかり」を燃もえ上あがらせて人ひと々びとを処しょ刑けいするのは一いっ体たいどうしてでしょうか。(出しゅつ 34:6。ヨハ一いち 4:16)その答こたえを知しると,大おおいに元げん気きづけられ,勇ゆう気きに満みたされ,伝でん道どうしたくなるでしょう。

何なにがエホバの「非ひ常じょうに激はげしい怒いかり」を引ひき起おこすのか

4,5. 神かみの怒いかりは不ふ完かん全ぜんな人にん間げんの怒いかりとどのように違ちがいますか。

4 まず理り解かいしておく必ひつ要ようがあるのは,エホバの怒いかりは不ふ完かん全ぜんな人にん間げんの怒いかりとは違ちがうということです。人ひとが激はげしい怒いかりに任まかせて行こう動どうすると,たいてい収しゅう拾しゅうがつかなくなり,良よい結けっ果かになることはまずありません。例たとえば,アダムの長ちょう男なんだったカインは,弟おとうとアベルの供そなえ物ものがエホバに受うけ入いれられたのに自じ分ぶんの犠ぎ牲せいは退しりぞけられたので,「激はげしく怒いかり」ました。その結けっ果かどうなったでしょうか。カインは正ただしい人ひとだったアベルを殺ころしてしまいました。(創そう 4:3-8。ヘブ 11:4)エホバの心こころにかなう人ひとと言いわれたダビデについても考かんがえてみてください。(使し徒と 13:22)ダビデは善よい人ひとでしたが,自じ分ぶんや部ぶ下かたちが裕ゆう福ふくな地じ主ぬしナバルから侮ぶ辱じょくされたと聞きいた時とき,ひどい罪つみを犯おかしそうになりました。激げき怒どしたダビデと部ぶ下かたちは「剣つるぎを身みに着つけ」,恩おん知しらずのナバルだけでなくその家いえの男だん性せい全すべてを殺ころそうと出で掛かけていきました。幸さいわいにも,ナバルの妻つまアビガイルに説せっ得とくされて,復ふく讐しゅうを思おもいとどまりました。(サム一いち 25:9-14,32,33)エホバが聖せいなる力ちからによりヤコブを導みちびいて次つぎのように書かかせたのも,もっともなことです。「怒いかりの気き持もちからは,神かみが求もとめる正ただしさは生うまれません」。(ヤコ 1:20)

エホバの怒いかりは常つねに制せい御ぎょされていて,根こん拠きょもはっきりしている。

5 理り不ふ尽じんに表あらわされることが多おおい人にん間げんの怒いかりとは対たい照しょう的てきに,エホバの怒いかりは常つねに制せい御ぎょされていて,根こん拠きょもはっきりしています。エホバは非ひ常じょうに激はげしい怒いかりを抱いだいても,必かならず正ただしい行こう動どうを取とります。敵てきと戦たたかう時ときに,「邪じゃ悪あくな人ひとと一いっ緒しょに正ただしい人ひとも」滅ほろぼすことは決けっしてありません。(創そう 18:22-25)さらに,エホバが怒いかりを抱いだくのは,正せい当とうな理り由ゆうがある時ときだけです。2つの理り由ゆうを調しらべて,何なにを学まなべるか考かんがえましょう。

6. エホバはご自じ分ぶんの名なが汚けがされる時とき,どうしますか。

6 理り由ゆう: エホバの名なが汚けがされる。エホバに仕つかえていると言いいながら悪わるいことを行おこなう人ひとは,エホバの名めい誉よを傷きずつけ,当とう然ぜんながらエホバの怒いかりを買かいます。(エゼ 36:23)この本ほんですでに取とり上あげたように,イスラエル国こく民みんはエホバの名なに大おおきな非ひ難なんをもたらしました。彼かれらの態たい度どや行こう動どうがエホバを怒いからせたのも当とう然ぜんです。しかし,エホバは怒いかりでわれを忘わすれることはありませんでした。ご自じ分ぶんの民たみに適てき度どな処しょ罰ばつを与あたえ,度どを越こすことはありませんでした。(エレ 30:11)そして,処しょ罰ばつを終おえた後あとは,憤いきどおりを抱いだき続つづけたりしませんでした。(詩し 103:9)

7,8. エホバがどのようにイスラエル人じんを扱あつかったかに関かんする記き録ろくから何なにを学まなべますか。

7 学まなべること: エホバがどのようにイスラエル人じんを扱あつかったかに関かんする記き録ろくは,私わたしたちにとって身みの引ひき締しまる警けい告こくとなります。古こ代だいイスラエル人じんと同おなじく,私わたしたちは光こう栄えいなことにエホバの名なを負おっています。エホバの証しょう人にんなのです。(イザ 43:10)私わたしたちの言げん動どうは,エホバの評ひょう判ばんに直ちょく接せつ影えい響きょうします。恥はじ知しらずにも間ま違ちがったことを行おこない続つづけ,エホバの名なに非ひ難なんをもたらすということなど,決けっしてしたくはありません。そうした偽ぎ善ぜん的てきな生いき方かたは必かならずエホバの怒いかりを招まねきます。遅おそかれ早はやかれ,エホバはご自じ分ぶんの名めい誉よを守まもるために必かならず行こう動どうします。(ヘブ 3:13,15。ペテ二に 2:1,2)

8 エホバが「非ひ常じょうに激はげしい怒いかり」を抱いだくことがあるからといって,エホバに近ちかづくのをためらうべきでしょうか。そうではありません。エホバは辛しん抱ぼう強づよく,寛かん大だいに許ゆるしてくださる方かたです。(イザ 55:7。ロマ 2:4)とはいえ,感かん傷しょう的てきになって処しょ罰ばつを控ひかえることはありません。かたくなに罪つみ深ぶかい生いき方かたを続つづける人ひとに対たいしては怒いかりを燃もやし,ご自じ分ぶんの民たみの中なかにとどまることを許ゆるしません。私わたしたちはそのことを理り解かいし,エホバへの畏おそれを抱いだきます。(コリ一いち 5:11-13)エホバは,どういう理り由ゆうで怒いかりを抱いだくのかを,私わたしたちにはっきり教おしえてくださっています。エホバの怒いかりを招まねく態たい度どや行こう動どうを避さけるかどうかは,私わたしたち次し第だいです。(ヨハ 3:36。ロマ 1:26-32。ヤコ 4:8)

9,10. エホバはご自じ分ぶんの忠ちゅう実じつな民たみが敵てきに脅おびやかされる時とき,どうしますか。どんな例れいがありますか。

9 理り由ゆう: エホバの忠ちゅう実じつな民たみが敵てきに脅おびやかされる。保ほ護ごを求もとめてエホバのもとに避ひ難なんしている忠ちゅう実じつな人ひとたちを敵てきが攻こう撃げきする時とき,エホバは怒いかりを抱いだきます。一いち例れいとして,イスラエル人じんがエジプトを去さった後あと,ファラオが強きょう大だいな軍ぐん隊たいを率ひきいて追おい掛かけ,紅こう海かいの岸きし辺べにいて無む力りょくに見みえる民たみに襲おそい掛かかろうとしました。しかし,その強きょう力りょくな軍ぐん勢ぜいがイスラエル人じんを追おって乾かわいた海かい底ていを渡わたり始はじめると,エホバは戦せん車しゃの車しゃ輪りんを外はずし,エジプト人じんを海うみの中なかに払はらい落おとしました。「誰だれ一人ひとり生いき残のこ」りませんでした。(出しゅつ 14:25-28)エホバはご自じ分ぶんの民たみへの「揺ゆるぎない愛あい」ゆえに,エジプト人じんに対たいして怒いかりを燃もやしたのです。(出しゅつエジプト 15:9-13を読よむ。)

剣を持った天使

ヒゼキヤの時じ代だいに1人ひとりの天てん使しが神かみの民たみをアッシリア軍ぐんから守まもったように,天てん使したちが私わたしたちを守まもる。(10,23節せつを参さん照しょう)

10 ヒゼキヤ王おうの時じ代だいにも,エホバはご自じ分ぶんの民たみへの愛あいゆえに行こう動どうしました。当とう時じ最もっとも強きょう力りょくで残ざん酷こくだったアッシリアの軍ぐん勢ぜいが,エルサレムに攻せめてきました。エホバに忠ちゅう実じつに仕つかえていた人ひとたちは,包ほう囲いされて徐じょ々じょに悲ひ惨さんな死しを迎むかえるしかないように思おもえました。(王おう二に 18:27)しかし,エホバが遣つかわした,たった1人ひとりの天てん使しが,わずか1晩ばんのうちに敵てき兵へい18万まん5000人にんを殺ころしました。(王おう二に 19:34,35)翌よく朝あさのアッシリアの陣じん営えいの様よう子すを想そう像ぞうしてみてください。やりや盾たてや剣つるぎは置おかれたままで,兵へい士したちを起おこすラッパの音おとも呼よび集あつめる声こえも聞きこえません。不ぶ気き味みな静せい寂じゃくが辺あたりを覆おおい,天てん幕まくが立たち並ならぶ陣じん営えいは死し体たいで埋うめ尽つくされています。

11. 民たみが敵てきに脅おびやかされる時ときにエホバがどのように行こう動どうするかを示しめす例れいから,元げん気きや勇ゆう気きをもらえます。なぜそう言いえますか。

11 学まなべること: 民たみが敵てきに脅おびやかされる時ときにエホバがどのように行こう動どうするかを示しめすこれらの例れいは,私わたしたちの敵てきにとって強きょう烈れつな警けい告こくとなります。「生いきている神かみ」が憤いきどおりを抱いだく時とき,その「手てに掛かかるのは恐おそろしいことです」。(ヘブ 10:31)一いっ方ぽう,私わたしたちはこうした例れいから元げん気きや勇ゆう気きをもらえます。主しゅ要ような敵てきであるサタンが成せい功こうしないことを知しると,元げん気きづけられます。サタンが支し配はいする「短みじかい」時ときは間まもなく終おわるのです。(啓けい 12:12)それまでの間あいだ,勇ゆう気きを抱いだいてエホバに仕つかえることができます。どんな人ひとも組そ織しきも政せい府ふも私わたしたちが神かみの望のぞむことを行おこなうのを阻そ止しできない,と知しっているからです。(詩し編へん 118:6-9を読よむ。)使し徒とパウロが神かみに導みちびかれて記しるした言こと葉ばに,私わたしたちの確かく信しんが言いい表あらわされています。「もし神かみが私わたしたちの味み方かたであるなら,誰だれが私わたしたちに敵てき対たいできるでしょうか」。(ロマ 8:31)

12. 大だい患かん難なんの際さいに,エホバが激はげしい怒いかりを燃もえ上あがらせるのはなぜですか。

12 やがて来くる大だい患かん難なんの際さいに,エホバは私わたしたちを守まもるために行こう動どうしてくださいます。かつてエジプト軍ぐんに追おい詰つめられたイスラエル人じんや,アッシリア軍ぐんに包ほう囲いされたエルサレムのユダヤ人じんを守まもったのと同おなじようにです。敵てきが私わたしたちを滅ほろぼそうとする時とき,エホバが激はげしい怒いかりを燃もえ上あがらせるのは,私わたしたちを深ふかく愛あいしているからです。愚おろかにも私わたしたちを攻こう撃げきする人ひとたちは,いわばエホバの瞳ひとみに触ふれることになります。エホバは速すみやかに断だん固こたる行こう動どうを取とります。(ゼカ 2:8,9)結けっ果かとして,前ぜん例れいのない規き模ぼで人ひと々びとが殺ころされることになります。しかし,エホバが敵てきたちに怒いかりを浴あびせる時とき,敵てきが驚おどろくべき理り由ゆうは何なにもありません。なぜでしょうか。

エホバはどんな警けい告こくを与あたえてきたか

エゼキエルがエホバからの警告を伝えている。

囲かこみ 18A: エホバは将しょう来らいの大だい戦せん争そうについて警けい告こくする

13. エホバはどんな警けい告こくを与あたえてきましたか。

13 エホバは「すぐに怒いか」ることはせず,ご自じ分ぶんの民たみを脅おびやかす敵てきたちを滅ほろぼすという警けい告こくを十じゅう分ぶんに与あたえてきました。(出しゅつ 34:6,7)エレミヤ,エゼキエル,ダニエル,キリスト・イエスといった預よ言げん者しゃや,使し徒とのペテロとパウロとヨハネを用もちいて,最さい終しゅう的てきな大だい戦せん争そうについて警けい告こくしました。(「エホバは将しょう来らいの大だい戦せん争そうについて警けい告こくする」という囲かこみを参さん照しょう。)

14,15. エホバはどんなことを行おこなってきましたか。なぜですか。

14 エホバはそうした警けい告こくを聖せい書しょの中なかに記き録ろくさせました。そして,聖せい書しょがあらゆる本ほんの中なかで最もっとも多おおくの言げん語ごに翻ほん訳やくされ,最もっとも広ひろく頒はん布ぷされるようにしました。また,世せ界かい中じゅうで奉ほう仕し者しゃたちの大たい群ぐんが活かつ動どうするようにしてきました。その奉ほう仕し者しゃたちは,人ひと々びとに神かみと良よい関かん係けいを築きずく方ほう法ほうを教おしえ,やがて来くる「エホバの大おおいなる日ひ」について警けい告こくしています。(ゼパ 1:14。詩し 2:10-12; 110:3)エホバに導みちびかれて意い欲よくに燃もえているので,聖せい書しょを学まなぶための出しゅっ版ぱん物ぶつを幾いく百ひゃくもの言げん語ごに翻ほん訳やくし,毎まい年とし数すう十じゅう億おく時じ間かんも費ついやして,聖せい書しょに記しるされている約やく束そくや警けい告こくを人ひと々びとに伝つたえています。

15 エホバがこうした仕し事ごとを行おこなわせてきたのは,「一人ひとりも滅ほろぼされることなく,全すべての人ひとが悔くい改あらためることを望のぞんでいる」からです。(ペテ二に 3:9)光こう栄えいなことに私わたしたちは,愛あい情じょう深ぶかく辛しん抱ぼう強づよい神かみの証しょう人にんとして,神かみからのメッセージを広ひろめる活かつ動どうの一いっ端たんを担になっています。とはいえ,警けい告こくに注ちゅう意いを払はらわない人ひとたちに残のこされている時じ間かんは尽つきようとしています。

エホバの怒いかりはいつ「燃もえ上あがる」か

16,17. エホバはご自じ分ぶんの民たみを敵てきがいつ攻こう撃げきするかを知しっています。なぜですか。

16 エホバは最さい終しゅう的てきな戦せん争そうの日ひを定さだめています。ご自じ分ぶんの民たみへの攻こう撃げきがいつ行おこなわれるかをすでに知しっています。(マタ 24:36)敵てきがいつ攻こう撃げきするか,なぜ分わかるのでしょうか。

17 この本ほんの前まえの章しょうで学まなんだように,エホバはゴグに,「あなたの顎あごにかぎを引ひっ掛かけ」ると言いいます。国くに々ぐにを決けっ戦せんへといわば引ひいて行いくのです。(エゼ 38:4)これは,エホバがご自じ分ぶんから攻こう撃げきを仕し掛かけるということではなく,敵てきの自じ由ゆう意い志しを奪うばって無む理りやり戦たたかわせるということでもありません。エホバは人ひとの心こころを読よむことができ,敵てきが一いち連れんの状じょう況きょうに応おうじてどう行こう動どうするかが分わかるのです。(詩し 94:11。イザ 46:9,10。エレ 17:10)

18. 人ひと々びとが全ぜん能のうの神かみと戦たたかうことになるのはなぜですか。

18 エホバが争あらそいを始はじめるわけではなく,敵てきに戦たたかいを強きょう制せいするわけでもないのであれば,なぜ単たんなる人にん間げんが全ぜん能のうの神かみと戦たたかうことになるのでしょうか。1つの理り由ゆうとして,人ひと々びとはその時ときまでに,神かみは存そん在ざいしないか,いても人にん間げんの物もの事ごとに介かい入にゅうしない,と決きめ付つけていると考かんがえられます。地ち上じょうの間ま違ちがった宗しゅう教きょう組そ織しきを一いっ掃そうした後あとなので,そのように考かんがえるのかもしれません。もし神かみがいるのなら,神かみのものだと主しゅ張ちょうする組そ織しきがむざむざ滅ほろぼされるのを放ほうっておくわけがない,と結けつ論ろんするのでしょう。次つぎの事じ実じつを理り解かいしていないからです。それらの宗しゅう教きょうは神かみの名めい誉よをひどく傷きずつけていたのであり,そうした宗しゅう教きょうを滅ほろぼすという考かんがえを人ひと々びとの心こころに入いれたのは,ほかでもない神かみご自じ身しんなのです。(啓けい 17:16,17)

19. 間ま違ちがった宗しゅう教きょうが滅ほろぼされた後あと,どんなことが起おきると考かんがえられますか。

19 間ま違ちがった宗しゅう教きょうが滅ほろぼされた後あと,程ほどなくしてエホバは,ご自じ分ぶんの民たみを使つかって痛つう烈れつなメッセージを伝つたえさせると考かんがえられます。「啓けい示じ」の書しょの中なかで,重おもさ20㌔ほどのひょうに例たとえられているメッセージです。(啓けい 16:21)それはおそらく,政せい治じ体たい制せいや商しょう業ぎょう体たい制せいが終おわりを迎むかえようとしているという宣せん告こくであり,人ひと々びとはそれに悩なやまされて神かみを冒ぼう瀆とくします。このメッセージが伝つたえられることにより,国くに々ぐには神かみの民たみを永えい久きゅうに沈ちん黙もくさせようと総そう攻こう撃げきを仕し掛かけるのかもしれません。私わたしたちのことを,無む防ぼう備びで簡かん単たんに滅ほろぼせる相あい手てだと考かんがえるのです。それは大おおきな間ま違ちがいです。

エホバは激はげしい怒いかりをどのように表あらわすか

20,21. ゴグとは何なんでしたか。ゴグはどうなりますか。

20 この本ほんの第だい17章しょうで取とり上あげたように,「マゴグの地ちのゴグ」という預よ言げん的てきな称しょう号ごうは,私わたしたちを攻こう撃げきする諸しょ国こっ家かの連れん合ごう体たいを指さしています。(エゼ 38:2)しかし,その連れん合ごう体たいを構こう成せいする国くに々ぐには,いわば細ほそい糸いとで結むすばれているにすぎません。表ひょう面めん的てきには協きょう力りょくしているように見みえても,対たい抗こう心しんや誇ほこりや愛あい国こく主しゅ義ぎ的てきな野や心しんがくすぶっています。エホバにとって,各かく自じの剣つるぎが「自じ分ぶんの兄きょう弟だいに向むけられる」ようにするのは簡かん単たんなことです。(エゼ 38:21)とはいえ,国くに々ぐには人にん間げんによって滅ほろびるのではありません。

21 敵てきたちは滅ほろぼされる前まえに,人ひとの子このしるしを見みます。おそらく,エホバとイエスの力ちからの表あらわれである超ちょう自し然ぜんの現げん象しょうを見みるのでしょう。そして,見みた事こと柄がらによって非ひ常じょうに動どう揺ようすることになります。イエスが予よ告こくした通とおり,「人ひと々びとは,世せ界かいを襲おそう事こと柄がらに対たいする恐おそれと予よ想そうから気きを失うしないます」。(ルカ 21:25-27)エホバの民たみを攻こう撃げきしたのはひどい間ま違ちがいだったことに気き付づき,恐おそろしくなるのです。創そう造ぞう者しゃである神かみ,大たい軍ぐんを率ひきいるエホバが,強きょう大だいな軍ぐん司し令れい官かんであることを彼かれらは思おもい知しらされます。(詩し 46:6-11。エゼ 38:23)エホバは天てんの軍ぐん勢ぜいや自し然ぜん界かいの力ちからを解とき放はなって,ご自じ分ぶんに仕つかえる忠ちゅう実じつな人ひとたちを守まもりながら敵てきを除のぞき去さるに違ちがいありません。(ペテロ第だい二に 2:9を読よむ。)

大勢の警察官や兵士たちが町に入って捜索しているのを,イエスと天使たちが天から見ている。兄弟が2人のエホバの証人を家に入れている。

エホバは,ご自じ分ぶんの民たみが敵てきに脅おびやかされる時とき,天てんの軍ぐん勢ぜいを使つかって敵てきに怒いかりを浴あびせる。(21節せつを参さん照しょう)

22,23. 神かみの民たみを守まもるのは誰だれですか。自じ分ぶんたちの務つとめについてどう感かんじるに違ちがいありませんか。

エホバの日ひについて知しっている私わたしたちは,何なにを行おこないたいと思おもうか。

22 イエスは熱ねつ意いを抱いだいて,天てんの軍ぐん勢ぜいを率ひきいて神かみの敵てきを攻こう撃げきし,天てんの父ちちを愛あいして仕つかえる人ひとたちを守まもることでしょう。選えらばれて天てんに行いった人ひとたちも深ふかい感かん慨がいを覚おぼえるに違ちがいありません。神かみに選えらばれた人ひとたちのうち地ち上じょうに残のこっている最さい後ごの人ひとたちは,ハルマゲドンが始はじまる前まえのある時じ点てんで天てんでの命いのちに復ふっ活かつさせられ,14万まん4000人にん全ぜん員いんがイエスと共ともに戦たたかうことになります。(啓けい 17:12-14)天てんに行いった人ひとたちの多おおくは,終おわりの時じ代だいにほかの羊ひつじと一いっ緒しょに活かつ動どうを行おこない,親したしい友ゆう情じょう関かん係けいを築きずいていたことでしょう。その人ひとたちが天てんで権けん威いと力ちからを与あたえられ,自じ分ぶんたちを試し練れんの間あいだ忠ちゅう実じつに支ささえてくれた仲なか間まをハルマゲドンの際さいに守まもるのです。(マタ 25:31-40)

23 イエスが率ひきいる天てんの軍ぐん勢ぜいには天てん使したちも含ふくまれます。(テサ二に 1:7。啓けい 19:14)天てん使したちはすでに,イエスがサタンと邪じゃ悪あくな天てん使したちを天てんから追つい放ほうするのを手て伝つだいました。(啓けい 12:7-9)また,エホバを崇すう拝はいしたいと思おもう人ひとたちを地ち上じょうで集あつめる活かつ動どうにも関かかわってきました。(啓けい 14:6,7)ですから,エホバが忠ちゅう実じつな人ひとたちを天てん使しに守まもらせるというのは適てき切せつなことです。最もっとも重じゅう要ようなこととして,エホバの軍ぐん勢ぜいを構こう成せいする者ものたちは皆みな,エホバの敵てきを滅ほろぼすのを手て伝つだうことにより,エホバの名なを神しん聖せいなものとし立りっ証しょうできます。エホバの名なを高たかく掲かかげ,名めい誉よを回かい復ふくできるのです。そのことを誇ほこらしく思おもうに違ちがいありません。(マタ 6:9,10)

24. ほかの羊ひつじの大だい群ぐん衆しゅうは将しょう来らいどんな態たい度どを示しめしますか。

24 ほかの羊ひつじの大だい群ぐん衆しゅうは,非ひ常じょうに強きょう力りょくで意い欲よくにあふれた軍ぐん勢ぜいに守まもってもらえるので,恐おそれる理り由ゆうは何なにもありません。「真まっすぐに立たち,頭あたまを上あげ」ます。「救きゅう出しゅつが近ちかづいているからです」。(ルカ 21:28)エホバの日ひが来くる前まえに,私わたしたちには行おこなうべき大たい切せつな務つとめがあります。守まもってくださる憐あわれみ深ぶかい天てんの父ちちエホバを知しって愛あいするよう,できるだけ多おおくの人ひとを助たすけるのです。(ゼパニヤ 2:2,3を読よむ。)

ハルマゲドンの時の,ある町の様子。通りで警察官たちが武器で同士打ちをする中,エホバの天使が神の民を守っている。

ハルマゲドンの際さい,神かみの民たみが戦たたかうことはない。敵てきが同どう士し討うちをする中なか,天てん使しが民たみを守まもる。(エゼ 38:21)(22-24節せつを参さん照しょう)

25. 次つぎの章しょうではどんなことを考かんがえますか。

25 人にん間げんの戦せん争そうが混こん乱らんと惨みじめさをもたらすのに対たいし,ハルマゲドンの後あとには秩ちつ序じょと幸こう福ふくが行いき渡わたります。エホバの激はげしい怒いかりが静しずまり,エホバの戦せん士したちが剣つるぎをさやに収おさめ,大だい戦せん争そうに幕まくが下おろされたら,一いっ体たいどうなるのでしょうか。次つぎの章しょうでは,その素す晴ばらしい将しょう来らいについて考かんがえます。

清きよい崇すう拝はいとあなた

  1. 何なにがエホバの怒いかりを引ひき起おこしますか。

  2. エホバは激はげしい怒いかりをどのように表あらわしますか。

  3. いま勇ゆう気きを持もって清きよい崇すう拝はいを広ひろめるべきなのはなぜですか。

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