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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2020
塔研20 03月号 18–23ページ

研究記事12

話はなすべき時ときと黙だまっているべき時とき

「黙だまっているのに時ときがあり,話はなすのに時ときがある」。伝でん道どう 3:1,7

124番ばんの歌うた 揺ゆるぎない愛あい

何なにを学まなぶかa

1. 伝でん道どう 3章しょう1,7節せつはどんなことを教おしえていますか。

話はなすのが好すきな人ひともいれば,口くち数かずが少すくない人ひともいます。この記き事じの主しゅ題だい聖せい句くにも述のべられている通とおり,話はなすのに時ときがあり,黙だまっているのに時ときがあります。(伝でん道どう 3:1,7を読よむ。)兄きょう弟だい姉し妹まいについていえば,もっと話はなしてほしいと思おもう場ば合あいもあれば,話はなし過すぎだと感かんじる場ば合あいもあります。

2. 話はなす能のう力りょくの正ただしい用もちい方かたを決きめるのは誰だれですか。

2 話はなす能のう力りょくはエホバが与あたえてくださったものです。(出しゅつ 4:10,11。啓けい 4:11)エホバは聖せい書しょの中なかで,話はなす能のう力りょくの正ただしい用もちい方かたを教おしえています。この記き事じでは,話はなすべき時ときと黙だまっているべき時ときとを判はん断だんするための聖せい書しょ中ちゅうの例れいを考かんがえます。私わたしたちが話はなす事こと柄がらを聞きいてエホバはどう思おもうか,ということも考かんがえます。まず,話はなすべき時ときについて考かんがえましょう。

話はなすべき時とき

3. エホバについて語かたる点てんで,どんな心こころ構がまえが必ひつ要ようですか。ローマ 10章しょう14節せつからどんなことを学まなべますか。

3 エホバとエホバの王おう国こくについていつでも語かたれるようにしておきましょう。(マタ 24:14。ローマ 10:14を読よむ。)語かたるなら,イエスに倣ならえます。イエスが地ち上じょうに来きたのは,1つとして,父ちちエホバについて人ひと々びとに教おしえるためでした。(ヨハ 18:37)どのように話はなすかも大たい切せつです。エホバについて話はなす時ときは,「温おん和わな態たい度どと深ふかい敬けい意いを示しめし」,相あい手ての気き持もちや考かんがえを思おもいやる必ひつ要ようがあります。(ペテ一いち 3:15)そうすれば,ただ語かたるだけでなく,教おしえることができ,恐おそらく心こころを動うごかせるでしょう。

話はなすべき時とき

  • エホバについて話はなす時とき。「温おん和わな態たい度どと深ふかい敬けい意いを示しめし」,相あい手ての考かんがえを思おもいやる。(3節せつ)

  • 重じゅう大だいな過あやまちを犯おかしそうな人ひとに気き付づいた時とき。

  • 忠ちゅう告こくを与あたえる必ひつ要ようがある時とき。長ちょう老ろうは辛しん抱ぼうしつつ,上じょう手ずに話はなす。

2人の姉妹が店に服を買いにきている。一方の姉妹は,もう1人の姉妹が手にしているスカートの丈は短過ぎるのではないかとアドバイスしている。

(8節せつを参さん照しょう。)b

長老が聖書を開きながら若い兄弟に,清潔にすることの大切さについて話している。若い兄弟の部屋は散らかっている。

(4,9節せつを参さん照しょう。)c

4. 格かく言げん 9章しょう9節せつによれば,忠ちゅう告こくを与あたえることはなぜ相あい手てのためになりますか。

4 長ちょう老ろうは,兄きょう弟だいや姉し妹まいに必ひつ要ような忠ちゅう告こくをためらわずに与あたえるべきです。もちろん,気きまずい思おもいをさせないよう,良よい時ときを選えらぶ必ひつ要ようがあります。周まわりに人ひとがいない状じょう況きょうで話はなすよう気きを配くばります。長ちょう老ろうはいつでも,相あい手ての尊そん厳げんを傷きずつけない話はなし方かたをするよう努つとめます。それでも,賢かしこく行こう動どうするのに役やく立だつ聖せい書しょの原げん則そくをきちんと伝つたえます。(格かく言げん 9:9を読よむ。)勇ゆう気きを出だして話はなすことはなぜ大たい切せつですか。対たい照しょう的てきな2つの例れいを考かんがえましょう。息子むすこを矯きょう正せいするのを怠おこたった父ちち親おやと,王おうになる人ひとに進しん言げんした女じょ性せいの例れいです。

5. 大だい祭さい司しエリは話はなすべき時ときに話はなさなかったといえるのはなぜですか。

5 大だい祭さい司しエリは息子むすこたちに愛あい情じょうを注そそぎました。しかし,息子むすこたちはエホバを敬うやまっていませんでした。幕まく屋やで祭さい司しとして働はたらくという重じゅう責せきを担になっていたのに権けん限げんを乱らん用ようし,エホバへの捧ささげ物ものを不ふ敬けいに扱あつかい,性せい的てきに不ふ道どう徳とくなことを平へい気きで行おこないました。(サム一いち 2:12-17,22)モーセの律りっ法ぽうによれば,エリの息子むすこたちは死し刑けいにされるべきでした。しかし,エリは息子むすこたちを甘あまやかし,やんわりたしなめるだけで幕まく屋やでの職しょく務むをそのまま行おこなわせました。(申しん 21:18-21)エリの判はん断だんについてエホバはどう感かんじましたか。「なぜあなたは私わたしよりも息子むすこたちを尊とうとんでいるのか」と問といただし,悪あく人にんである息子むすこたちを死しなせることにしました。(サム一いち 2:29,34)

6. エリの行こう動どうからどんなことを学まなべますか。

6 エリの行こう動どうからどんなことを学まなべますか。エホバに仕つかえる友ゆう人じんや親しん戚せきがエホバの基き準じゅんに背そむくことをしているなら,その点てんを指し摘てきしましょう。エホバが任にん命めいした人ひとたちに助たすけを求もとめるよう勧すすめ,そうしたかどうかを確たしかめる必ひつ要ようもあります。(ヤコ 5:14)エリのように,友ゆう人じんや親しん戚せきをエホバよりも尊とうとぶという間ま違ちがいをしてはなりません。矯きょう正せいが必ひつ要ような人ひとに問もん題だいを指し摘てきするには勇ゆう気きが要いりますが,そうするだけの価か値ちがあります。エリとは逆ぎゃくの行こう動どうを取とったイスラエル人じんアビガイルの例れいを考かんがえましょう。

アビガイルはひざまずいてダビデに話している。

アビガイルは話はなすべき時ときに話はなした。(7-8節せつを参さん照しょう。)d

7. アビガイルがダビデに話はなしに行いったのはなぜですか。

7 アビガイルは裕ゆう福ふくな地じ主ぬしナバルの妻つまです。ダビデは部ぶ下かたちと共ともにサウル王おうから逃にげていた間あいだに,ナバルの羊ひつじ飼かいたちと行こう動どうし,ナバルの羊ひつじを略りゃく奪だつ隊たいから守まもりました。ナバルは感かん謝しゃしませんでした。それどころか,ダビデから遣つかわされた部ぶ下かたちが食しょく料りょうや水みずの援えん助じょを求もとめた時ときに腹はらを立たて,怒ど鳴なり散ちらしました。(サム一いち 25:5-8,10-12,14)ダビデはナバルの家いえの男おとこたちを皆みな殺ごろしにすることにします。(サム一いち 25:13,22)どうすれば災わざわいを回かい避ひできるでしょうか。アビガイルは,自じ分ぶんが話はなすべき時ときであることをわきまえ,勇ゆう気きを奮ふるってダビデに会あいに行いきました。腹はらを立たて,おなかを空すかせ,武ぶ器きを持もった400人にんの男おとこたちのもとに出でて行いったのです。

8. アビガイルの行こう動どうからどんなことを学まなべますか。

8 アビガイルはダビデに会あった時とき,勇ゆう気きを奮ふるい,敬けい意いを込こめ,説せっ得とく力りょくのある話はなし方かたをしました。自じ分ぶんのせいではないのにダビデに謝あやまりました。正ただしいことを愛あいしている人ひとという信しん頼らいを込こめてダビデに進しん言げんしました。また,エホバが自じ分ぶんを助たすけてくださるに違ちがいないと考かんがえました。(サム一いち 25:24,26,28,33,34)誰だれかが重じゅう大だいな過あやまちを犯おかしそうだと気き付づいたなら,アビガイルに倣ならい,勇ゆう気きを奮ふるってそのことを指し摘てきしましょう。(詩し 141:5)敬けい意いを示しめしながらも大だい胆たんに語かたる必ひつ要ようがあります。その人ひとのことを思おもって忠ちゅう告こくするなら,真しんの友ともになれます。(格かく 27:17)

9-10. 長ちょう老ろうはどんなことをわきまえながら忠ちゅう告こくを与あたえますか。

9 とりわけ長ちょう老ろうは勇ゆう気きを奮ふるい,道みちを踏ふみ外はずした兄きょう弟だい姉し妹まいを正たださなければなりません。(ガラ 6:1)長ちょう老ろうは,自じ分ぶんも不ふ完かん全ぜんで忠ちゅう告こくが必ひつ要ような場ば合あいがあることを謙けん遜そんに認みとめています。だからといって,矯きょう正せいすべき人ひとを戒いましめずに放ほう置ちすることはしません。(テモ二に 4:2。テト 1:9)忠ちゅう告こくを与あたえる時ときは,辛しん抱ぼう強づよく教おしえ,上じょう手ずに話はなすよう努つとめます。兄きょう弟だいを愛あいしているので助たすけます。(格かく 13:24)とはいえ,長ちょう老ろうが一いち番ばん気きに掛かけるのはエホバを敬うやまうことです。エホバの基き準じゅんを守まもり,会かい衆しゅうの清きよさが損そこなわれないようにします。(使し徒と 20:28)

10 ここまでで,話はなすべき時ときについて考かんがえました。一いっ方ぽう,黙だまっているべき時ときもあります。黙だまっていることを難むずかしく感かんじるどんな状じょう況きょうがありますか。

黙だまっているべき時とき

11. ヤコブはどんな例たとえを用もちいましたか。この例たとえが適てき切せつなのはなぜですか。

11 話はなすべきでないことを話はなさない,というのは必かならずしも簡かん単たんではありません。聖せい書しょの筆ひっ者しゃヤコブは,その難むずかしさをこう説せつ明めいしています。「言こと葉ばで過あやまちを犯おかさない人ひとがいれば,それは完かん全ぜんな人ひとで,体からだ全ぜん体たいを制せい御ぎょできます。馬うまを従したがわせるために口くちにくつわをかませれば,馬うまの体からだ全ぜん体たいを操あやつれます」。(ヤコ 3:2,3)くつわは,手た綱づなにつないで馬うまの口くちにかませます。手た綱づなを引ひくことにより,馬うまを思おもい通どおりの方ほう向こうに進すすませたり停てい止しさせたりできます。手た綱づなを離はなすなら,馬うまは暴ぼう走そうし,馬うまも乗のっている人ひとも大おおけがをします。話はなし方かたもコントロールしないなら,大おおきな被ひ害がいが及およびます。手た綱づなを引ひくかのように舌したを制せい御ぎょし,黙だまっているべきどんな状じょう況きょうがあるでしょうか。

黙だまっているべき時とき

  • 禁きん令れい下かでどのように活かつ動どうしているかについていろいろ尋たずねられる時とき。

  • 会かい衆しゅうの内ない密みつの事こと柄がらが関かん係けいする時とき。

王国会館で兄弟姉妹は訪れた夫婦を囲んでいろいろ尋ねている。

(12節せつを参さん照しょう。)e

電話中の長老は後ろのドアを閉じ,隣の部屋で勉強している妻に話が聞こえないようにしている。

(13-14節せつを参さん照しょう。)f

12. 誰だれと話はなす時ときに舌したを制せい御ぎょすべきですか。

12 兄きょう弟だいか姉し妹まいが内ない密みつにすべき情じょう報ほうを持もっている時とき,あなたはどうしますか。私わたしたちの活かつ動どうが禁きん止しされている国くにで奉ほう仕ししている人ひとに会あったとします。どのように伝でん道どうし集しゅう会かいを開ひらいているか,詳くわしく知しろうとしますか。これは舌したを制せい御ぎょすべき時ときです。もちろん,悪わる気ぎはないでしょう。兄きょう弟だいたちを心こころから気きに掛かけているので,様よう子すを知しりたいという気き持もちも分わからなくはありません。兄きょう弟だいたちのために具ぐ体たい的てきに祈いのりたいとも思おもいます。それでも,内ない密みつのことを知しっている兄きょう弟だい姉し妹まいに圧あつ力りょくを掛かけるのは,その人ひとに対たいする愛あいの欠かけた行こう為いです。また,その人ひとを信しん頼らいして働はたらく現げん地ちの兄きょう弟だい姉し妹まいにとっても不ふ親しん切せつなことです。禁きん令れい下かにあり,ただでさえ大たい変へんな状じょう況きょうで働はたらいている兄きょう弟だい姉し妹まいに余よ計けいな負ふ担たんを掛かけたくはありません。そのような土と地ちで働はたらく兄きょう弟だい姉し妹まいは,伝でん道どうや他たの活かつ動どうがどのように行おこなわれているかについての詳しょう細さいが知しられることを望のぞんでいません。

13. 格かく言げん 11章しょう13節せつにある通とおり,長ちょう老ろうはどのように行こう動どうすべきですか。なぜですか。

13 とりわけ長ちょう老ろうは,格かく言げん 11章しょう13節せつの原げん則そくを守まもり,内ない密みつの事こと柄がらを漏もらさないよう気きを付つけます。(読よむ。)長ちょう老ろうが結けっ婚こんしている場ば合あいには注ちゅう意いが必ひつ要ようです。夫ふう婦ふはよく意い思しを通かよわせ,本ほん当とうの気き持もちや心こころの奥おくにある思おもいや気き掛がかりなことを伝つたえ合あうなら強つよい絆きずなを保たもてます。でも長ちょう老ろうは,会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいの「内ない密みつのこと」を明あかしてはなりません。明あかすなら信しん頼らいを失うしない,自じ分ぶんの良よい評ひょう判ばんを損そこないます。会かい衆しゅうで責せき任にんある立たち場ばに任にん命めいされている人ひとは,「二に枚まい舌じたを使つかわず」,信しん頼らいして話はなしてくれた人ひとを裏うら切ぎりません。(テモ一いち 3:8)うわさ好ずきであってはなりません。長ちょう老ろうは妻つまを愛あいしているなら,知しる必ひつ要ようのない情じょう報ほうを漏もらして妻つまに不ふ必ひつ要ような荷にを負おわせることはしません。

14. 長ちょう老ろうの妻つまは,夫おっとが良よい評ひょう判ばんを得えられるようどんなことに気きを配くばれますか。

14 妻つまは内ない密みつのことを話はなすよう夫おっとに圧あつ力りょくを掛かけてはなりません。夫おっとの良よい評ひょう判ばんが損そこなわれることのないためです。圧あつ力りょくを掛かけないなら,夫おっとを困こまらせずに済すみます。夫おっとを信しん頼らいして話はなしをした兄きょう弟だい姉し妹まいを敬うやまうことにもなります。何なによりもエホバに喜よろこばれます。会かい衆しゅうの平へい和わと一いっ致ちに貢こう献けんできるからです。(ロマ 14:19)

私わたしたちが話はなす事こと柄がらを聞きいてエホバはどう思おもうか

15. エホバはヨブの3人にんの友ゆう人じんのことをどう思おもいましたか。なぜですか。

15 ヨブ記きから,いつ,どのように話はなすかについて多おおくを学まなべます。一いち連れんの悲ひ惨さんな経けい験けんをしたヨブのもとに,4人にんの人ひとがやって来きました。慰なぐさめや忠ちゅう告こくを与あたえるためです。4人にんはかなりの間あいだ,黙だまったままでした。しかし,そのうちの3人にんであるエリパズ,ビルダド,ツォファルは,その後ごの発はつ言げんから読よみ取とれる通とおり,ヨブをどのように力ちからづけられるかを考かんがえていたわけではありません。ヨブの間ま違ちがいをどのように証しょう明めいできるかを考かんがえていたのです。3人にんの発はつ言げんには,一いち部ぶ正ただしい内ない容ようもありました。しかし,ヨブやエホバについて語かたった事こと柄がらの多おおくは不ふ親しん切せつか,事じ実じつに反はんするものでした。3人にんはヨブを容よう赦しゃなく批ひ判はんしました。(ヨブ 32:1-3)エホバはどうしましたか。3人にんに強つよい怒いかりを抱いだきました。愚おろかなことをしたと責せめ,ヨブに祈いのってもらうよう指し示じしました。(ヨブ 42:7-9)

16. エリパズ,ビルダド,ツォファルの行こう動どうからどんな点てんを学まなべますか。

16 エリパズ,ビルダド,ツォファルの行こう動どうから幾いくつかの点てんを学まなべます。第だい一いちに,兄きょう弟だいを批ひ判はんすべきではありません。(マタ 7:1-5)話はなす前まえに,相あい手ての話はなしをよく聞ききましょう。そうして初はじめて兄きょう弟だいたちの状じょう況きょうが分わかります。(ペテ一いち 3:8)第だい二にに,話はなす時ときは親しん切せつで正せい確かくな事こと柄がらを語かたりましょう。(エフェ 4:25)第だい三さんに,私わたしたちが人ひとにどのように話はなすかにエホバは注ちゅう目もくしています。

17. エリフの対たい応おうからどんなことを学まなべますか。

17 次つぎにヨブの所ところに来きたのはエリフです。エリフはアブラハムの遠とおい親しん戚せきです。ヨブと3人にんの友ゆう人じんの話はなしをよく聞きいていました。しかも,細さい心しんの注ちゅう意いを払はらっていたことがうかがえます。ヨブの気き持もちを思おもいやりながらも,正ただしい考かんがえ方かたができるよう率そっ直ちょくな忠ちゅう告こくを与あたえているからです。(ヨブ 33:1,6,17)エリフはエホバが誉ほまれを受うけることを一いち番ばん気きに掛かけていました。自じ分ぶんや他たの人ひとが誉ほまれを受うけることを考かんがえていたのではありません。(ヨブ 32:21,22; 37:23,24)エリフの対たい応おうから,黙だまって話はなしを聞きくべき時ときがあることを学まなべます。(ヤコ 1:19)忠ちゅう告こくを与あたえる時ときは,自じ分ぶんに注ちゅう目もくさせるのではなく,エホバが栄えい光こうを受うけることを一いち番ばん気きに掛かけるべきです。

18. 話はなす能のう力りょくが与あたえられていることへの感かん謝しゃをどのように示しめせますか。

18 話はなす能のう力りょくをエホバからの贈おくり物ものと見みている人ひとは,いつ,どのように話はなすかに関かんする聖せい書しょの勧すすめに従したがいます。賢かしこい王おうソロモンは,エホバに導みちびかれてこう書かきました。「適てき切せつな時ときに話はなされる言こと葉ばは,銀ぎんの器うつわの中なかの金きんのリンゴのようだ」。(格かく 25:11)人ひとの話はなしをよく聞きき,話はなす前まえに考かんがえましょう。そうすれば私わたしたちが語かたる言こと葉ばは,高こう価かで美うつくしい,金きんのリンゴの装そう飾しょく品ひんのようになります。口くち数かずが多おおいか少すくないかにかかわらず,人ひとの励はげみになり,エホバに喜よろこばれる言こと葉ばを語かたれます。(格かく 23:15。エフェ 4:29)話はなす能のう力りょくを与あたえてくださったエホバへの感かん謝しゃを表あらわす,何なによりの方ほう法ほうです。

どのように答こたえますか

  • 話はなすべき時ときとして,どんな状じょう況きょうがありますか。

  • 黙だまっているべき時ときとして,どんな状じょう況きょうがありますか。

  • この記き事じで考かんがえた聖せい書しょ中ちゅうの人じん物ぶつの対たい応おうから,どんなことを学まなびましたか。

82番ばんの歌うた 「光ひかりを人ひと々びとの前まえに輝かがやかせなさい」

a 聖せい書しょには,話はなすべき時ときと黙だまっているべき時ときとを判はん断だんするための原げん則そくが示しめされています。聖せい書しょの原げん則そくを理り解かいし,当あてはめるなら,エホバに喜よろこばれる話はなし方かたができます。

b 写しゃ真しんや挿さし絵え: 姉し妹まいが良よい判はん断だんを働はたらかせながらアドバイスを与あたえている。

c 写しゃ真しんや挿さし絵え: 兄きょう弟だいが清せい潔けつにすることの大たい切せつさについて話はなしている。

d 写しゃ真しんや挿さし絵え: アビガイルは時ときを逃のがさずにダビデに進しん言げんし,良よい結けっ果かを得えた。

e 写しゃ真しんや挿さし絵え: 夫ふう婦ふは,活かつ動どうが禁きん止しされている国くにでどのように奉ほう仕ししているかを話はなさないようにしている。

f 写しゃ真しんや挿さし絵え: 長ちょう老ろうは,会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいに関かんして内ない密みつにすべき事こと柄がらが漏もれないよう気きを配くばっている。

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