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イ聖 記事86
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神かみの考かんがえは変かわりますか

聖せい書しょの答こたえ

はい。神かみは人ひと々びとが行こう動どうを改あらためるときに,ご自じ分ぶんの態たい度どを変へん化かさせることがあります。例たとえば,神かみは古こ代だいイスラエル国こく民みんに対たいする裁さばきの音おん信しんの中なかで,彼かれらが聴きいて悪あくの道みちから立たち返かえるなら,その行おこないの悪あくのゆえに彼かれらに下くだそうと考かんがえている災わざわいについてわたしは考かんがえを変かえるであろう,と述のべたことがあります。―エレミヤ 26:3。

多おおくの聖せい書しょ翻ほん訳やくはこの部ぶ分ぶんを,神かみが意い図としていた災わざわいを“後こう悔かいする”と訳やくしていて,神かみが間ま違ちがいを犯おかしたかのように読よみ取とれる箇か所しょがあります。しかし,元もとのヘブライ語ごの言こと葉ばは,“思おもいや意い図との変へん化か”を意い味みすることがあります。ある学がく者しゃはこう述のべています。「人にん間げんが行こう動どうを変へん化かさせると,神かみも裁さばきを変へん化かさせる」。

もちろん,考かんがえを変かえることができるからといって,神かみが考かんがえを変かえなければならないというわけではありません。神かみが考かんがえを変かえていないことを示しめす聖せい書しょの記き述じゅつを幾いくつか取とり上あげましょう。

  • 神かみは,バラクによって考かんがえを変かえさせられて,イスラエルを呪のろうということはなかった。―民みん数すう記き 23:18-20。

  • 神かみは,イスラエルのサウル王おうがかたくなに悪あくを行おこない続つづけたとき,サウルを王おう座ざから退しりぞけるという考かんがえを変かえなかった。―サムエル第だい一いち 15:28,29。

  • 神かみは,み子こを永えい久きゅうに祭さい司しとするという約やく束そくを果はたされる。その考かんがえを変かえることはない。―詩し編へん 110:4。

聖せい書しょは,神かみは決けっして変かわることがないと述のべているのではありませんか。

そのとおりです。聖せい書しょには,「わたしはエホバであり,わたしは変かわっていない」という神かみの言こと葉ばが記き録ろくされています。(マラキ 3:6)また,神かみには「影かげの回かい転てんによる変へん化かもありません」と記しるされています。(ヤコブ 1:17)しかし,こうした記き述じゅつは,神かみが考かんがえを変かえると述のべている箇か所しょと矛む盾じゅんするものではありません。神かみのご性せい格かくは不ふ変へんであり,神かみの愛あいや公こう正せいの規き準じゅんも決けっして変かわりません。(申しん命めい記き 32:4。ヨハネ第だい一いち 4:8)それでも,神かみは状じょう況きょうに応おうじて異ことなる指し示じを与あたえる場ば合あいがあります。例たとえば,ダビデ王おうに対たいし,立たて続つづけに起おきた2つの戦たたかいでそれぞれ全まったく逆ぎゃくの指し示じを与あたえたことがありました。そして,どちらの場ば合あいも勝しょう利りにつながりました。―サムエル第だい二に 5:18-25。

神かみは人にん間げんを創そう造ぞうしたことについて後こう悔かいしていますか。

神かみは,ほとんどの人ひとがご自じ分ぶんを無む視ししたり退しりぞけたりしていることを確たしかに残ざん念ねんに思おもっておられます。とはいえ,人にん間げんを創そう造ぞうしたことについて後こう悔かいするということはありません。地ち球きゅう的てきな大だい洪こう水ずいが起おきる前まえのノアの時じ代だいの様よう子すについて,聖せい書しょはこう述のべています。「エホバは,地ちに人ひとを造つくったことで悔くやみ,その心こころに痛いたみを覚おぼえられた」。(創そう世せい記き 6:6)この聖せい句くに出でてくる「悔くやみ」という表ひょう現げんは,「考かんがえの変へん化か」を意い味みするヘブライ語ごの言こと葉ばに由ゆ来らいしています。神かみは大だい洪こう水ずい前まえに生いきていたほとんどの人ひとに対たいして考かんがえを変かえられました。それは,彼かれらが邪じゃ悪あくな者ものになったからです。(創そう世せい記き 6:5,11)神かみは人ひと々びとが悪あくの道みちに進すすんだのをご覧らんになって残ざん念ねんに思おもわれましたが,人じん類るい全ぜん体たいに対たいする態たい度どを変かえたわけではありません。ノアとその家か族ぞくを救すくうことによって,人じん類るいを保ほ護ごされたのです。―創そう世せい記き 8:21。ペテロ第だい二に 2:5,9。

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