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  • 塔研21 09月号 26–31ページ
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2021
塔研21 09月号 26–31ページ

研究記事39

愛あいする人ひとがエホバから離はなれた時とき

「人ひと々びとは何なん度ど……神かみを傷きずつけたことだろう」。詩し編へん 78:40

102番ばんの歌うた 「弱よわい人ひとたちを援えん助じょ」する

何なにを学まなぶかa

1. 愛あいする人ひとが排はい斥せきされると,どんな気き持もちになりますか。

愛あいする人ひとが会かい衆しゅうから排はい斥せきされる,という経けい験けんをしたことがありますか。そのような経けい験けんをすると,胸むねが張はり裂さけるような思おもいをすることでしょう。ヒルダ姉し妹まいはこう言いいます。b 「41年ねん連つれ添そった夫おっとが亡なくなった時とき,これ以い上じょうつらいことはない,と思おもいました。でも,息子むすこが会かい衆しゅうを離はなれ,妻つまと子こ供どもたちを置おいて出でていった時とき,はるかにつらい思おもいをしました」。

父親がスーツケースを持って家から出ていこうとしている。母親は,泣いている2人の子供を抱き締めている。

愛あいする人ひとがエホバから離はなれるという経けい験けんがどれほどつらいものであるかをエホバは分わかってくださっている。(2-3節せつを参さん照しょう。)d

2-3. 詩し編へん 78編ぺん40,41節せつによると,エホバはご自じ分ぶんに仕つかえる人ひとたちが離はなれていく時とき,どう感かんじますか。

2 エホバは,子こ供どもである天てん使したちがご自じ分ぶんに背せを向むけた時とき,胸むねが張はり裂さけるような思おもいをしたに違ちがいありません。(ユダ 6)また,愛あいするイスラエル国こく民みんが何なん度どもご自じ分ぶんに反はん逆ぎゃくするのを見みて,非ひ常じょうに傷きずついたことでしょう。(詩し編へん 78:40,41を読よむ。)ですから,愛あい情じょう深ぶかい天てんのお父とうさんエホバは,あなたの愛あいする人ひとがご自じ分ぶんから離はなれる時とき,やはり心こころに痛いたみを感かんじます。あなたの悲かなしみを分わかってくださいます。そして,あなたに思おもいやりを示しめし,必ひつ要ような励はげましや支ささえを与あたえてくださるのです。

3 この記き事じでは,愛あいする人ひとがエホバから離はなれた時とき,エホバの助たすけを受うけるために何なにができるか,また,そうした経けい験けんをしている会かい衆しゅうの仲なか間まをどのように助たすけられるかを考かんがえます。でもまずは,どんな考かんがえ方かたを避さけるべきかについて取とり上あげましょう。

自じ分ぶんを責せめない

4. 子こ供どもがエホバから離はなれると,多おおくの親おやはどう感かんじますか。

4 大たい切せつな子こ供どもがエホバから離はなれると,親おやは大たい抵てい,子こ供どもが真しん理りのうちにとどまるよう助たすけるために,もっとできることがあったのではないか,と考かんがえるものです。ルーク兄きょう弟だいは,息子むすこが排はい斥せきされた後あと,こう述のべています。「私わたしは自じ分ぶんを責せめました。そのことで夢ゆめにうなされることもありました。涙なみだを流ながすことが何なん度どもあり,心こころが痛いたみました」。同おなじような経けい験けんをしたエリザベス姉し妹まいは,こう嘆なげきました。「母はは親おやとして何なにが良よくなかったんだろう,と考かんがえました。そして,自じ分ぶんは息子むすこに真しん理りをしっかり教おしえることに失しっ敗ぱいしたんだ,と思おもいました」。

5. 人ひとがエホバから離はなれる場ば合あい,その責せき任にんは誰だれにありますか。

5 覚おぼえておくべきなのは,エホバが私わたしたち一人ひとり一人ひとりに自じ由ゆう意い思しを与あたえてくださっている,ということです。つまり,私わたしたちはエホバに従したがうかどうかを自じ分ぶんで選えらべる,ということです。若わかい人ひとの中なかには,親おやの良よい手て本ほんがなくてもエホバに仕つかえることを選えらび,忠ちゅう実じつに奉ほう仕ししている人ひとがいます。一いっ方ぽう,親おやが聖せい書しょの教おしえに従したがい,ベストを尽つくして育そだてたにもかかわらず,大おおきくなってから真しん理りに背せを向むける人ひともいます。結けっ局きょくのところ,エホバに仕つかえるかどうかは一人ひとり一人ひとりが決きめなければならないのです。(ヨシュ 24:15)ですから,子こ供どもがエホバから離はなれたことでとても悲かなしい思おもいをしている親おやの皆みなさん,自じ分ぶんのせいでこんなことになった,とは決けっして考かんがえないようにしましょう。

6. 親おやがエホバから離はなれると,子こ供どもはどんな影えい響きょうを受うけるかもしれませんか。

6 時ときには,親おやが真しん理りを捨すて,家か族ぞくのもとを去さることさえあります。(詩し 27:10)こうしたことが生しょうじると,親おやのようになりたいと思おもっていた子こ供どもの心こころは深ふかく傷きずつきます。父ちち親おやが排はい斥せきされたエスター姉し妹まいはこう言いいます。「私わたしは泣ないてばかりいました。父ちちが単たんに真しん理りから漂ただよい出でたわけではないことが分わかっていたからです。父ちちは,エホバから離はなれることをあえて選えらんだんです。私わたしは父ちちのことが大だい好すきでしたから,父ちちが排はい斥せきされた後あとも,父ちちのことが心しん配ぱいでたまりませんでした。パニック発ほっ作さを起おこすほどでした」。

7. 親おやが排はい斥せきされた若わかい人ひとのことを,エホバはどう感かんじていますか。

7 親おやが排はい斥せきされている若わかい皆みなさん,あなたのことを思おもうと,私わたしたちも心こころが痛いたみます。エホバも,あなたの心こころの痛いたみをよくご存ぞんじです。エホバはあなたのことを愛あいしていて,あなたが忠ちゅう実じつであることをとても喜よろこんでいます。あなたの兄きょう弟だい姉し妹まいである私わたしたちも,エホバと同おなじ気き持もちです。そして,親おやがどんな決けっ定ていをするとしても,それはあなたの責せき任にんではない,ということも忘わすれないでください。先さきほど考かんがえた通とおり,エホバは全すべての人ひとに自じ由ゆう意い思しを与あたえています。献けん身しんしてバプテスマを受うけた人ひとは皆みな,「自じ分ぶんの責せき任にんを自じ分ぶんで負おう」必ひつ要ようがあります。(ガラ 6:5,脚きゃく注ちゅう)

8. 排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくは,その人ひとがエホバのもとに帰かえってくるのを待まつ間あいだ,何なにができますか。(「エホバのもとに帰かえってきてください」という囲かこみも参さん照しょう。)

8 愛あいする人ひとがエホバから離はなれた場ば合あい,いつかエホバのもとに帰かえってきてほしいと思おもうのは自し然ぜんなことです。では,待まっている間あいだ,何なにができるでしょうか。強つよい信しん仰こうを保たもつために,できることは何なんでも行おこないましょう。そうするなら,家か族ぞくに手て本ほんを示しめすことができるでしょう。排はい斥せきされた人ひとにも良よい影えい響きょうがあるかもしれません。そして,つらい気き持もちと闘たたかうのに必ひつ要ような力ちからを得えることもできます。では,強つよい信しん仰こうを保たもつためにどんなことができるでしょうか。

エホバのもとに帰かえってきてください

羊飼いが,子羊を懐に入れて優しく抱きかかえている。

1人ひとりの母はは親おやはこう述のべています。「イザヤ 55章しょう7節せつの言こと葉ばは,排はい斥せきされた息子むすこに対たいする私わたしの願ねがいをよく言いい表あらわしています。そこにはこうあります。『憐あわれんでくださるエホバのもとに帰かえれ。私わたしたちの神かみのもとに帰かえれ。神かみは寛かん大だいに許ゆるしてくださる』」。エホバから離はなれている皆みなさん,エホバのもとに帰かえってくるのが早はやければ早はやいほど,一いっ層そう幸しあわせになれます。世せ界かいで起おきていることを見みると,ハルマゲドンが足あし早ばやに近ちかづいていて,いつ来きてもおかしくないということが分わかります。また,この体たい制せいでの命いのちは,短みじかく不ふ確たしかなものです。自じ分ぶんの命いのちが明日あすどうなるかさえ,分わからないのです。(ヤコ 4:13,14)

「エホバのもとに帰かえって来きてください」の冊さっ子しにはこうあります。c 「安あん心しんしてください,エホバは,帰かえって来くるあなたを迎むかえてくださいます。そして,思おもい煩わずらいに対たい処しょできるよう,心こころの傷きずが癒いやされるよう,また清きよい良りょう心しんを得えて思おもいも心こころも平へい安あんになるよう,助たすけてくださいます。その助たすけを受うけるなら,仲なか間まの崇すう拝はい者しゃたちと共ともにもう一いち度どエホバに仕つかえてゆこうという意い欲よくが湧わいてくるでしょう」。(ペテ一いち 2:25)

c エホバの証しょう人にんが発はっ行こうしたものです。jw.orgでは,多おおくの言げん語ごで読よむことができます。

強つよい信しん仰こうを保たもつためにできること

9. どうすればエホバから力ちからを頂いただくことができますか。(「愛あいする人ひとがエホバから離はなれた場ば合あいに慰なぐさめとなる聖せい句く」という囲かこみも参さん照しょう。)

9 信しん仰こうを保たもつための良よい習しゅう慣かんをしっかり守まもりましょう。自じ分ぶんと家か族ぞくを強つよめ続つづけるのはとても大たい切せつなことです。どうすればそうできますか。聖せい書しょを読よんでじっくり考かんがえる習しゅう慣かんを守まもり,これまで通どおりいつも集しゅう会かいに出しゅっ席せきするなら,エホバから力ちからを頂いただくことができます。父ちち親おやと姉あねが真しん理りから離はなれたジョアナ姉し妹まいはこう言いっています。「アビガイル,エステル,ヨブ,ヨセフ,イエスといった聖せい書しょ中ちゅうの人じん物ぶつについて読よむと,穏おだやかな気き持もちになれます。こうした人ひとたちの手て本ほんについて考かんがえると,前まえ向むきな見み方かたができ,心こころの痛いたみが和やわらぎます。オリジナルソングからも元げん気きをもらっています」。

愛あいする人ひとがエホバから離はなれた場ば合あいに慰なぐさめとなる聖せい句く

  • 詩し編へん 30:10

  • 詩し編へん 34:4,6,18,19

  • 詩し編へん 39:12

  • 詩し編へん 61:1,2

  • 詩し編へん 94:17-19

  • エフェソス 3:20

  • フィリピ 4:6,7

10. 詩し編へん 32編へん6-8節せつからすると,つらい気き持もちと闘たたかうためにどんなことができますか。

10 不ふ安あんに感かんじていることを全すべてエホバに打うち明あけましょう。つらい気き持もちになる時ときも,祈いのるのをやめてはいけません。愛あい情じょう深ぶかいエホバに,あなたと同おなじ見み方かたができるように助たすけてください,「洞どう察さつ力りょくを与あたえ,進すすむべき道みちを教おしえ」てください,とお願ねがいすることができます。(詩し編へん 32:6-8を読よむ。)もちろん,本ほん当とうの気き持もちをエホバに伝つたえるのはとてもつらいことかもしれません。それでも,エホバはあなたの心こころの痛いたみをよく分わかってくださいます。あなたのことを深ふかく愛あいしていて,自じ分ぶんの気き持もちを全すべて伝つたえるようにと勧すすめています。(出しゅつ 34:6。詩し 62:7,8)

11. ヘブライ 12章しょう11節せつによると,エホバが愛あい情じょう深ぶかく矯きょう正せいしてくださることを信しん頼らいすべきなのはなぜですか。(「排はい斥せきはエホバの愛あいの表あらわれ」という囲かこみも参さん照しょう。)

11 長ちょう老ろうたちの決けっ定ていを支し持じしましょう。排はい斥せきはエホバが取とり決きめたものです。エホバは,罪つみを犯おかした人ひとを含ふくめ,全すべての人ひとの最さい善ぜんを願ねがって,愛あい情じょう深ぶかく矯きょう正せいを与あたえます。(ヘブライ 12:11を読よむ。)会かい衆しゅうの中なかには,長ちょう老ろうたちの決けっ定ていは間ま違ちがっていると言いう人ひとがいるかもしれません。大たい抵ていの場ば合あい,そこには罪つみを犯おかした人ひとのことを悪わるく言いいたくないという気き持もちが働はたらいています。しかし,私わたしたちは全すべての事じ実じつを知しっているわけではありません。ですから,審しん理り問もん題だいを扱あつかった長ちょう老ろうたちを信しん頼らいするのは賢けん明めいなことです。そうした兄きょう弟だいたちは聖せい書しょの原げん則そくに従したがい,「エホバのために」裁さばくようあらゆる努ど力りょくを払はらうからです。(代だい二に 19:6)

排はい斥せきはエホバの愛あいの表あらわれ

排はい斥せきが神かみの愛あいの表あらわれと言いえるのはなぜですか。

  1. 1. 長ちょう老ろうたちは愛あいに動うごかされて,罪つみを犯おかした人ひとを助たすけるためにあらゆる努ど力りょくを払はらいます。クリスチャンが排はい斥せきされるのは,その人ひとが重じゅう大だいな罪つみを犯おかし,悔くい改あらためない場ば合あいだけです。(ヘブ 12:7,9-11)

  2. 2. 排はい斥せきによって会かい衆しゅうは守まもられます。罪つみを犯おかして悔くい改あらためない人ひとは,伝でん染せん性せいの強つよいウイルスに感かん染せんした人ひとのようです。ほかの人ひとを感かん染せんから守まもるためには,そうした患かん者じゃを隔かく離りする必ひつ要ようがあります。(コリ一いち 5:6,7,11-13)

  3. 3. 罪つみを犯おかした人ひとは排はい斥せきされることによって,悔くい改あらためるよう動うごかされるかもしれません。排はい斥せきされた人ひとで,本ほん心しんに立たち返かえり,やがてエホバのもとに帰かえってきた人ひとは大おお勢ぜいいます。(ルカ 15:11-24)

  4. 4. 罪つみを犯おかした人ひとが悔くい改あらためて帰かえってくる時とき,エホバもイエスも天てん使したちも大おおいに喜よろこび,会かい衆しゅうの人ひとたちも喜よろこんで迎むかえ入いれます。(ルカ 15:7)

12. ある人ひとたちは,エホバからの矯きょう正せいを支し持じすることによって,どんな良よい結けっ果かを得えましたか。

12 あなたの愛あいする人ひとを排はい斥せきするという長ちょう老ろうたちの決けっ定ていを支し持じするなら,排はい斥せきされた人ひとがエホバのもとに帰かえってくるよう助たすけていることになります。先さきほどのエリザベス姉し妹まいはこう述のべています。「成せい人じんした息子むすこと連れん絡らくすら取とらないようにするのは,とても難むずかしいことでした。でも,息子むすこはエホバのもとに帰かえってきた後あと,自じ分ぶんは排はい斥せきされて当とう然ぜんだったと言いっていました。そして,大たい切せつなことを学まなぶことができた,と後あとになって感かん謝しゃしていました。私わたしは,エホバからの矯きょう正せいが本ほん当とうに良よいものであることを実じっ感かんしました」。夫おっとのマーク兄きょう弟だいもこう言いっています。「ずっと後あとになって,息子むすこは,自じ分ぶんが戻もどってきたいと思おもった理り由ゆうの1つは,お父とうさん,お母かあさんが自じ分ぶんと一いっ切さい連れん絡らくを取とらなかったからだと話はなしてくれました。私わたしたちが従じゅう順じゅんを示しめせるようエホバが助たすけてくれたことに本ほん当とうに感かん謝しゃしています」。

13. つらい気き持もちと闘たたかう上うえで,どんなことが助たすけになりますか。

13 思おもいやり深ぶかい友ともに自じ分ぶんの気き持もちを話はなしましょう。経けい験けんを積つんだ兄きょう弟だい姉し妹まいと時じ間かんを過すごし,前まえ向むきな見み方かたを保たもてるよう助たすけてもらいましょう。(格かく 12:25; 17:17)先さきほどのジョアナ姉し妹まいはこう言いいます。「心こころの中なかではさみしさを感かんじていました。でも,信しん頼らいできる友とも達だちに話はなすことがとても助たすけになりました」。では,会かい衆しゅうの誰だれかからがっかりするようなことを言いわれた場ば合あいはどうしたらよいでしょうか。

14. 「引ひき続つづき互たがいに我が慢まんし,寛かん大だいに許ゆるし合あ」う必ひつ要ようがあるのはなぜですか。

14 兄きょう弟だい姉し妹まいに対たいして辛しん抱ぼう強づよくありましょう。全すべての人ひとがいつでもぴったりの言こと葉ばを言いってくれるわけではありません。(ヤコ 3:2)人ひとは皆みな,完かん全ぜんではないので,何なんと言いったらよいか分わからなかったり,そのつもりはなくても傷きずつけるようなことを言いってしまったりすることがあるものです。使し徒とパウロの次つぎのアドバイスを覚おぼえておきましょう。「引ひき続つづき互たがいに我が慢まんし,寛かん大だいに許ゆるし合あいましょう。たとえ誰だれかに不ふ満まんを感かんじるとしてもです」。(コロ 3:13)親しん族ぞくが排はい斥せきされていた1人ひとりの姉し妹まいは,こう言いいます。「私わたしを励はげまそうとして,逆ぎゃくに傷きずつけるようなことを言いってしまった兄きょう弟だいたちを許ゆるせるよう,エホバは助たすけてくれています」。では,会かい衆しゅうの人ひとたちは,排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくをどのように助たすけられるでしょうか。

会かい衆しゅうの人ひとたちにできること

15. 最さい近きん排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくをどのように助たすけられますか。

15 排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくに親しん切せつを示しめし,温あたたかく接せっしましょう。ミリアム姉し妹まいは弟おとうとが排はい斥せきされた後あと,集しゅう会かいに行いくことに不ふ安あんを感かんじました。こう言いっています。「みんなからどんなことを言いわれるだろうかと心しん配ぱいでした。でも,会かい衆しゅうの素す晴ばらしい友ゆう人じんたちは,私わたしと同おなじように悲かなしんでくれて,排はい斥せきされた弟おとうとのことを悪わるく言いったりはしませんでした。そうした兄きょう弟だい姉し妹まいのおかげで,悲かなしい気き持もちはあっても,独ひとりぼっちだと感かんじることはありませんでした」。別べつの姉し妹まいはこう述のべています。「息子むすこが排はい斥せきされた後あと,親したしい友ともたちが慰なぐさめに来きてくれました。何なんと言いったらよいか分わからないと言いう人ひともいましたが,一いっ緒しょに泣ないてくれたり手て紙がみをくれたりしました。すごく助たすけられました」。

16. 会かい衆しゅうの人ひとたちは,排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくをどのように支ささえ続つづけることができますか。

16 排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくを支ささえ続つづけましょう。そうした人ひとたちは,皆みなさんの愛あいや励はげましをこれまでになく必ひつ要ようとしています。(ヘブ 10:24,25)時ときには,自じ分ぶんも会かい衆しゅうの人ひとから避さけられているように感かんじることもあるからです。そのようなことが決けっして起おきないようにしましょう。若わかい人ひとは,親おやが真しん理りから離はなれた場ば合あいは特とくに,褒ほめてもらったり励はげましてもらったりする必ひつ要ようがあります。マリア姉し妹まいの夫おっとは排はい斥せきされ,家か族ぞくを置おいて出でていきました。姉し妹まいはこう言いっています。「友とも達だちが家いえに来きて,料りょう理りを作つくってくれたり,子こ供どもたちと聖せい書しょの勉べん強きょうができるように助たすけてくれたりしました。私わたしの心こころの痛いたみを分わかってくれて,一いっ緒しょに泣ないてくれました。私わたしについての事じ実じつでないうわさが流ながれた時ときには,それは違ちがうと言いってくれました。そうした友とも達だちからたくさん元げん気きをもらいました」。(ロマ 12:13,15)

母親と子供たちが,家に来てくれた2人の長老を迎えている。

会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいは,排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくを愛あい情じょう深ぶかく支ささえることができる。(17節せつを参さん照しょう。)e

17. 長ちょう老ろうたちは,つらい思おもいをしている人ひとたちに,どのように思おもいやりを示しめすことができますか。

17 長ちょう老ろうの皆みなさん,排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくを強つよめるために,あらゆる機き会かいを捉とらえてください。皆みなさんには,そうした兄きょう弟だい姉し妹まいを慰なぐさめる特とく別べつな責せき任にんが与あたえられています。(テサ一いち 5:14)集しゅう会かいの前ぜん後ごには自じ分ぶんの方ほうから近ちかづいて励はげましましょう。家いえを訪たずねて一いっ緒しょに祈いのることができます。一いっ緒しょに伝でん道どうをしたり,家か族ぞくの崇すう拝はいに誘さそったりすることもできます。牧ぼく者しゃである長ちょう老ろうたちが,悲かなしんでいる人ひとたちに必ひつ要ような思おもいやりや愛あいや気き遣づかいを示しめすのはとても重じゅう要ようなことです。(テサ一いち 2:7,8)

希き望ぼうを保たもち,エホバを信しん頼らいし続つづける

18. ペテロ第だい二に 3章しょう9節せつによると,神かみは罪つみを犯おかした人ひとがどうすることを望のぞんでいますか。

18 エホバは,「一人ひとりも滅ほろぼされることなく,全すべての人ひとが悔くい改あらためることを望のぞんでい」ます。(ペテロ第だい二に 3:9を読よむ。)重じゅう大だいな罪つみを犯おかした人ひとの命いのちも,神かみにとって貴き重ちょうであることに変かわりはありません。エホバは,私わたしたち一人ひとり一人ひとりの罪つみを贖あがなうために,大おおきな犠ぎ牲せいを払はらってくださいました。愛あいする独ひとり子ごイエスを差さし出だしてくださったのです。エホバは思おもいやり深ぶかくもご自じ分ぶんの方ほうから助たすけの手てを差さし伸のべ,離はなれていった人ひとたちが帰かえってこられるようにしています。エホバは,ぜひ戻もどってきてほしいと思おもっています。そのことは,いなくなった息子むすこに関かんするイエスの例たとえから分わかります。(ルカ 15:11-32)真しん理りから離はなれた人ひとで,後あとになって愛あい情じょう深ぶかい天てんのお父とうさんエホバのもとに帰かえってきた人ひとは大おお勢ぜいいます。会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいたちも帰かえってきた人ひとを喜よろこんで迎むかえました。前まえに出でてきたエリザベス姉し妹まいは,息子むすこが復ふっ帰きした時とき,大おおきな喜よろこびを味あじわいました。当とう時じを振ふり返かえってこう言いいます。「希き望ぼうを捨すてないよう励はげましてくれた人ひとたちに心こころから感かん謝しゃしています」。

19. エホバを信しん頼らいし続つづけることができるのはなぜですか。

19 エホバを信しん頼らいし続つづけましょう。エホバが私わたしたちに害がいになるような指し示じを与あたえることは決けっしてありません。エホバはいつでも助たすけてくださる,思おもいやり深ぶかいお父とうさんです。ご自じ分ぶんを愛あいし,崇すう拝はいする全すべての人ひとたちを深ふかく愛あいしています。とてもつらい思おもいをしているあなたのことを決けっして見み捨すてたりはしません。(ヘブ 13:5,6)先さきほどのマーク兄きょう弟だいはこう言いいます。「エホバは私わたしたちを決けっして見み捨すてませんでした。どんなにつらい思おもいをするとしても,必かならずそばにいて助たすけてくださいます」。エホバはあなたにも,「普ふ通つうを超こえた力ちから」を引ひき続つづき与あたえてくださいます。(コリ二に 4:7)愛あいする人ひとがエホバから離はなれることがあるとしても,あなたは信しん仰こうと希き望ぼうを保たもつことができるのです。

以い下かの聖せい句くからどんなことを学まなびましたか

  • 詩し編へん 78:40,41

  • 詩し編へん 32:6-8

  • ヘブライ 12:11

44番ばんの歌うた 謙けん遜そんな人ひとの祈いのり

a 愛あいする人ひとがエホバから離はなれるというのは,本ほん当とうにつらいことです。そうした時ときに,エホバはどのように感かんじるでしょうか。排はい斥せきされた人ひとの家か族ぞくは,心こころの痛いたみに対たい処しょし,強つよい信しん仰こうを保たもつために,何なにができるでしょうか。会かい衆しゅうの全すべての人ひとは,その家か族ぞくを慰なぐさめ,支ささえるためにどんなことができますか。この記き事じでは,こうした点てんを考かんがえます。

b この記き事じに出でてくる一いち部ぶの名な前まえは変かえてあります。

d 写しゃ真しんや挿さし絵え: 1人ひとりの兄きょう弟だいがエホバと家か族ぞくを捨すてて出でていき,妻つまと子こ供どもたちが深ふかく悲かなしんでいる。

e 写しゃ真しんや挿さし絵え: 2人ふたりの長ちょう老ろうが会かい衆しゅうの家か族ぞくを励はげますために訪ほう問もんしている。

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