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  • 塔研22 05月号 2–7ページ
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  • 「ヨハネへの啓示」と現代の私たち
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2022
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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2022
塔研22 05月号 2–7ページ

研究記事19

「ヨハネへの啓けい示じ」と現げん代だいの私わたしたち

「この預よ言げんの言こと葉ばを朗ろう読どくする人ひと……は,幸こう福ふくである」。啓けい示じ 1:3

15番ばんの歌うた 神かみの初はつ子ごを賛さん美びしましょう

何なにを学まなぶかa

1-2. 私わたしたちが「啓けい示じ」の書しょに注ちゅう意いを向むけるべきなのはなぜですか。

誰だれかから写しゃ真しんのアルバムを見みせてもらったことがありますか。写しゃ真しんを見みていくと,写うつっているのはほとんどが知しらない人ひとばかりです。でも,1枚まいの写しゃ真しんに目めが留とまります。自じ分ぶんが写うつっていたからです。その写しゃ真しんを見みて,いつどこで撮とったものだろうか,写うつっている人ひとたちは誰だれだろうか,と考かんがえることでしょう。その写しゃ真しんはあなたにとって特とくに意い味みのあるものとなります。

2 「啓けい示じ」の書しょはこの写しゃ真しんのようです。なぜそう言いえるでしょうか。少すくなくとも2つの理り由ゆうがあります。まず1つ目めに,「啓けい示じ」の書しょは私わたしたちのために書かかれました。最さい初しょの節せつにこうあります。「イエス・キリストによる啓けい示じ。これは神かみが,間まもなく必かならず起おきる事こと柄がらをご自じ分ぶんの奴ど隷れいたちに示しめすため,イエスに与あたえたものである」。(啓けい 1:1)ですから,「啓けい示じ」の書しょは全すべての人ひとのために書かかれたのではなく,神かみに献けん身しんした私わたしたちのために書かかれたものです。私わたしたちは神かみに仕つかえる者ものなので,「啓けい示じ」の書しょの預よ言げんの実じつ現げんに関かん係けいしているとしても,驚おどろくことではありません。私わたしたちはいわば“写しゃ真しんに写うつっている”のです。

3-4. 「啓けい示じ」の書しょによると,その預よ言げんが実じつ現げんするのはいつですか。そのことを考かんがえると,私わたしたちはどんなことを行おこなう必ひつ要ようがありますか。

3 2つ目めの理り由ゆうは,この預よ言げんがいつ実じつ現げんするかということと関かん係けいがあります。高こう齢れいの使し徒とヨハネはその点てんについてこう述のべました。「私わたしは聖せいなる力ちからによって主しゅの日ひに連つれていかれ……た」。(啓けい 1:10)ヨハネがこの言こと葉ばを書かいたのは西せい暦れき96年ねんごろで,「主しゅの日ひ」はまだずっと先さきのことでした。(マタ 25:14,19。ルカ 19:12)聖せい書しょの預よ言げんによると,主しゅの日ひが始はじまったのは,イエスが天てんの王おう国こくの王おうとなった1914年ねんのことです。その年とし以い来らい,神かみに仕つかえる人ひとたちと関かん係けいのある「啓けい示じ」の書しょの預よ言げんが実じつ現げんし始はじめました。それで,私わたしたちは今いままさに「主しゅの日ひ」に生いきているのです。

4 私わたしたちはこのわくわくするような時じ代だいに生いきているのですから,啓けい示じ 1章しょう3節せつにある愛あい情じょうのこもったアドバイスに特とくに注ちゅう意いを向むける必ひつ要ようがあります。そこにはこうあります。「この預よ言げんの言こと葉ばを朗ろう読どくする人ひとと,それを聞きき,書かかれている事こと柄がらを守まもる人ひとたちは,幸こう福ふくである。定さだめられた時ときが近ちかいからである」。ですから私わたしたちは,「この預よ言げんの言こと葉ばを朗ろう読どく[し]」,「聞きき」,「守まもる」必ひつ要ようがあります。では,私わたしたちが守まもるべき言こと葉ばにはどんなものがあるでしょうか。

エホバに受うけ入いれられる崇すう拝はいを捧ささげる

5. 「啓けい示じ」の書しょからすると,エホバに受うけ入いれられる崇すう拝はいを捧ささげることが大たい切せつだと言いえるのはなぜですか。

5 「啓けい示じ」の書しょの最さい初しょの章しょうから分わかる通とおり,イエスはクリスチャン会かい衆しゅうでどんなことが起おきているかをよく知しっています。(啓けい 1:12-16,20; 2:1)そのことは,イエスが小しょうアジアの7つの会かい衆しゅうに向むけて述のべた言こと葉ばから分わかります。それには,1世せい紀きのクリスチャンがエホバに受うけ入いれられる崇すう拝はいを捧ささげるためにどんなことをすべきか,具ぐ体たい的てきな指し示じが含ふくまれていました。その内ない容ようは,神かみに仕つかえる現げん代だいの私わたしたち全すべてにも当あてはまるものです。どんなことを学まなべるでしょうか。私わたしたちの指し導どう者しゃであるキリスト・イエスは,私わたしたちとエホバとの関かん係けいが良よいものであるかどうかをよく知しっているということです。イエスは私わたしたちのことを見み守まもっていて,全すべてのことをご存ぞんじです。私わたしたちが引ひき続つづきエホバに良よいと認みとめていただくにはどうしたらよいかもよく知しっています。では,現げん代だいの私わたしたちはイエスが与あたえたどんな指し示じを守まもる必ひつ要ようがあるでしょうか。

6. (ア)啓けい示じ 2章しょう3,4節せつのイエスの言こと葉ばからすると,エフェソスの会かい衆しゅうにはどんな問もん題だいがありましたか。(イ)そこから何なにを学まなべますか。

6 啓けい示じ 2:3,4を読よむ。エホバに対たいして初はじめの頃ころに抱いだいていた愛あいを失うしなってはいけない。エフェソスの会かい衆しゅうに向むけてイエスが述のべた言こと葉ばから,エフェソスのクリスチャンが忍にん耐たいを示しめし,さまざまな問もん題だいがある中なかでもエホバに仕つかえ続つづけていたことが分わかります。とはいえ,彼かれらはエホバに対たいして初はじめの頃ころに抱いだいていた愛あいを失うしなっていました。それで,その愛あいを再ふたたび燃もえ立たたせる必ひつ要ようがありました。そうしなければ,崇すう拝はいをエホバに受うけ入いれていただくことができなくなってしまうからです。同おなじように現げん代だいの私わたしたちも,ただ単たんに忍にん耐たいするのではなく,正ただしい動どう機きで忍にん耐たいする必ひつ要ようがあります。エホバは私わたしたちが何なにを行おこなうかだけでなく,それをなぜ行おこなうかに関かん心しんを払はらっています。エホバが私わたしたちの動どう機きに注ちゅう目もくしているのは,私わたしたちが深ふかい愛あいと感かん謝しゃの気き持もちからご自じ分ぶんを崇すう拝はいすることを願ねがっているからです。(格かく 16:2。マル 12:29,30)

7. (ア)啓けい示じ 3章しょう1-3節せつからすると,サルデスのクリスチャンはどんな問もん題だいを抱かかえていましたか。(イ)私わたしたちは何なにを行おこなう必ひつ要ようがありますか。

7 啓けい示じ 3:1-3を読よむ。いつも目め覚ざめていなければいけない。サルデス会かい衆しゅうの兄きょう弟だい姉し妹まいは別べつの問もん題だいを抱かかえていました。彼かれらは,以い前ぜんはエホバに仕つかえる面めんで活かっ発ぱつでしたが,手てを緩ゆるめるようになっていました。それでイエスは,「目め覚ざめ」るようにと言いいました。どんな教きょう訓くんを学まなべるでしょうか。確たしかに,エホバは私わたしたちの働はたらきを忘わすれたりはされません。(ヘブ 6:10)しかし,だからといって,これまでの奉ほう仕しに満まん足ぞくして手てを緩ゆるめてよいわけではありません。以い前ぜんと比くらべてできることは少すくなくなっているかもしれませんが,「主しゅの活かつ動どう」を忙いそがしく行おこない,終おわりまで目め覚ざめている必ひつ要ようがあります。(コリ一いち 15:58。マタ 24:13。マル 13:33)

8. イエスがラオデキアのクリスチャンに述のべた言こと葉ばから何なにを学まなべますか。(啓けい示じ 3:15-17)

8 啓けい示じ 3:15-17を読よむ。エホバへの崇すう拝はいを熱ねっ心しんに心こころを込こめて行おこなわなければいけない。イエスの言こと葉ばから,ラオデキアのクリスチャンが別べつの問もん題だいを抱かかえていたことが分わかります。彼かれらはエホバへの崇すう拝はいの面めんで「生なまぬるく」なっていました。そのためイエスから,「惨みじめで,痛いたまし」い状じょう態たいだと言いわれました。彼かれらは,エホバへの熱あつい思おもいを抱いだき,エホバへの崇すう拝はいを熱ねっ心しんに行おこなう必ひつ要ようがありました。(啓けい 3:19)どんなことを学まなべるでしょうか。自じ分ぶんの熱ねつ意いが弱よわまっているように感かんじるなら,エホバや組そ織しきから与あたえられているものに対たいする感かん謝しゃを深ふかめるようにしましょう。(啓けい 3:18)快かい適てきな生せい活かつを追おい求もとめるあまり,エホバへの崇すう拝はいを二にの次つぎにするようなことがあってはいけません。

9. ペルガモンとテアテラのクリスチャンに対たいするイエスの言こと葉ばからすると,私わたしたちは何なにを退しりぞける必ひつ要ようがありますか。

9 背はい教きょう者しゃの教おしえを退しりぞけなければいけない。イエスは,ペルガモンの一いち部ぶのクリスチャンが分ぶん裂れつを引ひき起おこしていたことをとがめました。(啓けい 2:14-16)一いっ方ぽう,テアテラの会かい衆しゅうのうち,「サタンの奥おく深ぶかい事こと柄がら」を退しりぞけていた人ひとたちを褒ほめ,真しん理りを「しっかり守まも」るよう強つよく勧すすめました。(啓けい 2:24-26)これらの会かい衆しゅうの弱よわくなっていたクリスチャンは,間ま違ちがった教おしえに惑まどわされていたので,悔くい改あらためる必ひつ要ようがありました。現げん代だいではどうでしょうか。私わたしたちは,エホバの考かんがえ方かたに反はんする教おしえを一いっ切さい退しりぞけなければなりません。背はい教きょう者しゃは,「信しん心じん深ぶかく見みえても実じっ際さいには神かみを敬うやまっていません」。(テモ二に 3:5)聖せい書しょを熱ねっ心しんに研けん究きゅうするなら,間ま違ちがった教おしえを見み分わけてそれを退しりぞけることはいっそう容よう易いになるでしょう。(テモ二に 3:14-17。ユダ 3,4)

10. ペルガモンとテアテラの会かい衆しゅうに対たいするイエスの言こと葉ばから,さらに何なにを学まなべますか。

10 どんな不ふ道どう徳とくも行おこなったり大おお目めに見みたりしてはいけない。ペルガモンとテアテラのクリスチャンは,別べつの問もん題だいも抱かかえていました。イエスは,それらの会かい衆しゅうの一いち部ぶの人ひとが不ふ道どう徳とくを退しりぞけなかったことをとがめました。(啓けい 2:14,20)どんなことを学まなべますか。私わたしたちは,不ふ道どう徳とくを行おこなってもエホバは大おお目めに見みてくださる,などと考かんがえるべきではありません。長なが年ねんエホバに仕つかえてきて,会かい衆しゅうや組そ織しきで多おおくの責せき任にんを委ゆだねられているとしてもです。(サム一いち 15:22。ペテ一いち 2:16)世よの中なかの道どう徳とく基き準じゅんがどれほど低てい下かしようと,エホバは私わたしたちが高たかい基き準じゅんを保たもつことを願ねがっています。(エフェ 6:11-13)

11. ここまででどんな点てんを学まなびましたか。(「得えられる教きょう訓くん」の囲かこみも参さん照しょう。)

11 ここまででどんな点てんを学まなんだでしょうか。私わたしたちはエホバに受うけ入いれられる崇すう拝はいを捧ささげなければなりません。自じ分ぶんがエホバに喜よろこばれないことを行おこなっていることに気き付づいたなら,すぐに正ただす必ひつ要ようがあります。(啓けい 2:5,16; 3:3,16)では,イエスが小しょうアジアの会かい衆しゅうに向むけて語かたった別べつの点てんにも注ちゅう目もくしてみましょう。

得えられる教きょう訓くん

  • エホバに対たいして初はじめの頃ころに抱いだいていた愛あいを失うしなってはいけない。

  • いつも目め覚ざめていなければいけない。

  • エホバへの崇すう拝はいを熱ねっ心しんに心こころを込こめて行おこなわなければいけない。

  • 背はい教きょう者しゃの教おしえを一いっ切さい退しりぞけなければいけない。

  • どんな不ふ道どう徳とくも行おこなったり大おお目めに見みたりしてはいけない。

喜よろこんで迫はく害がいを忍にん耐たいする

大きな竜であるサタンが,エホバに仕えている人たちを攻撃している。1. 1918年,天に行くよう選ばれた8人の主立った兄弟たちが投獄された。2. ナチスの強制収容所で,武装した看守が兄弟たちを怒鳴りつけている。3. 覆面をし,武装した警察官たちが,1人の兄弟を逮捕している。4. 韓国の刑務所に入れられている1人の兄弟が,手錠を掛けられ,ロープで縛られている。

サタンは天てんから投なげ落おとされた後あと,神かみに仕つかえる人ひとたちをどのように攻こう撃げきしてきたか。(12-16節せつを参さん照しょう。)

12. イエスがスミルナとフィラデルフィアのクリスチャンに語かたった言こと葉ばから何なにを学まなべますか。(啓けい示じ 2:10)

12 イエスがスミルナとフィラデルフィアのクリスチャンに語かたった言こと葉ばを考かんがえてみましょう。イエスは,迫はく害がいを恐おそれてはいけないと述のべました。忠ちゅう実じつを保たもつなら報むくわれるからです。(啓けい示じ 2:10を読よむ。啓けい 3:10)どんなことを学まなべますか。私わたしたちは迫はく害がいに遭あうことを覚かく悟ごし,それを喜よろこんで忍にん耐たいする必ひつ要ようがあります。(マタ 24:9,13。コリ二に 12:10)この点てんを思おもいに留とめておくべきなのはなぜでしょうか。

13-14. 神かみに仕つかえる人ひとたちは,啓けい示じ 12章しょうで述のべられている出で来き事ごとからどんな影えい響きょうを受うけますか。

13 「啓けい示じ」の書しょは,神かみに仕つかえる人ひとたちが「主しゅの日ひ」に,つまり現げん代だいに迫はく害がいを受うけることを述のべています。啓けい示じ 12章しょうによると,神かみの王おう国こくが設せつ立りつされた直ちょく後ご,天てんで戦せん争そうが起おきます。ミカエル(栄えい光こうを受うけたイエス・キリスト)が忠ちゅう実じつな天てん使したちと共ともに,サタンや邪じゃ悪あくな天てん使したちと戦たたかいます。(啓けい 12:7,8)サタンと邪じゃ悪あくな天てん使したちは戦たたかいに敗やぶれ,地ちの近きん辺ぺんに投なげ落おとされます。その結けっ果か,地ちとそこに住すむ人ひとたちに大おおきな苦くるしみがもたらされます。(啓けい 12:9,12)では,神かみに仕つかえる人ひとたちはどんな影えい響きょうを受うけるでしょうか。

14 「啓けい示じ」の書しょには,サタンが次つぎにどんな行こう動どうを取とるかが述のべられています。サタンはもはや天てんに行いくことができないので,自じ分ぶんの怒いかりを,天てんに行いくクリスチャンのうち地ち上じょうに残のこっている人ひとたちに向むけます。彼かれらは,神かみの王おう国こくを地ち上じょうで代だい表ひょうする人ひとたちであり,「イエスについて証しょう言げんする務つとめを与あたえられてい」ます。(啓けい 12:17。コリ二に 5:20。エフェ 6:19,20)この預よ言げんはどのように実じつ現げんしてきたでしょうか。

15. 啓けい示じ 11章しょうに出でてくる「2人ふたりの証しょう人にん」は誰だれを表あらわしていますか。彼かれらにどんなことが起おきましたか。

15 サタンは,王おう国こくの良よい知しらせを伝つたえる面めんで率そっ先せんしていた天てんに行いくクリスチャンたちを攻こう撃げきさせました。それらの人ひとのうち主おも立だった兄きょう弟だいたちは,「啓けい示じ」の書しょの中なかで「2人ふたりの証しょう人にん」として表あらわされています。この証しょう人にんは殺ころされることが預よ言げんされていました。b (啓けい 11:3,7-11)1918年ねん,大おおきな責せき任にんを担になっていた8人にんの兄きょう弟だいたちが,偽いつわりの告こく発はつによって有ゆう罪ざいとされ,長ちょう期き間かんの刑けいを言いい渡わたされました。人にん間げんの観かん点てんからすれば,彼かれらの活かつ動どうは“死しんだ”かのように見みえました。

16. 1919年ねんにどんな驚おどろくべきことが起おきましたか。その時とき以い降こうも,サタンはどんなことを行おこなっていますか。

16 啓けい示じ 11章しょうの預よ言げんによると,「2人ふたりの証しょう人にん」はしばらくして生いき返かえることになっていました。この預よ言げんの通とおり,兄きょう弟だいたちが投とう獄ごくされた次つぎの年としに驚おどろくべきことが起おきました。1919年ねん3月がつ,8人にんの兄きょう弟だいたちは釈しゃく放ほうされ,後のちに告こく発はつが取とり下さげられたのです。兄きょう弟だいたちはすぐに宣せん教きょう活かつ動どうを再さい開かいしました。とはいえ,これでサタンの攻こう撃げきが終おわったわけではありません。この時とき以い降こう,サタンは神かみに仕つかえる全すべての人ひとに対たいして,「川かわ」に例たとえられている迫はく害がいを引ひき起おこしてきました。(啓けい 12:15)そのため,私わたしたち全すべてには「忍にん耐たいと信しん仰こうが必ひつ要ようにな」ります。(啓けい 13:10)

エホバから委ゆだねられている活かつ動どうに励はげむ

17. 神かみに仕つかえる人ひとたちはサタンの攻こう撃げきを受うけているにもかかわらず,思おもいも寄よらないどんな助たすけを得えてきましたか。

17 啓けい示じ 12章しょうによると,神かみに仕つかえる人ひとたちは思おもいも寄よらないところから助たすけを与あたえられます。「地ち」が迫はく害がいの「川かわ」をのみ込こむのです。(啓けい 12:16)実じっ際さい,その通とおりになってきました。時ときには,サタンの世せ界かいのより安あん定ていした部ぶ分ぶんである司し法ほう制せい度どなどに助たすけられてきました。何なん度ども裁さい判ばんで有ゆう利りな判はん決けつを得えて,ある程てい度どの自じ由ゆうを勝かち取とってきたのです。では,この自じ由ゆうをどのように用もちいているでしょうか。エホバから委ゆだねられている活かつ動どうを行おこなうために十じゅう分ぶんに活かつ用ようしています。(コリ一いち 16:9)その活かつ動どうにはどんなものが含ふくまれるでしょうか。

1人の天使が地上の人々に良い知らせを伝えている。その後ろには7人の天使がいて,そのうちの1人がラッパを吹いている。1. プラカードを手に持ったり首に掛けたりしている兄弟たち。プラカードには,「宗教はわなであり,まやかしである」,「神と王なるキリストに仕えなさい」などと書かれている。2. 1組の夫婦が,ハルマゲドンを特集した「ものみの塔」2012年2月1日号を紹介している。3. 1人の男性が,「新しい世界 すぐそこに!」という題の「ものみの塔」2021 No. 2を手にしている。

神かみに仕つかえる人ひとたちが伝つたえているメッセージには,どんな2つの面めんがあるか。(18-19節せつを参さん照しょう。)

18. この終おわりの時じ代だいに私わたしたちが行おこなうべき重じゅう要ような活かつ動どうは何なんですか。

18 イエスは,自じ分ぶんに従したがう人ひとたちが「[神かみの]王おう国こくの良よい知しらせ」を終おわりが来くる前まえに世せ界かい中じゅうで伝つたえる,と予よ告こくしました。(マタ 24:14)その際さい,彼かれらは天てん使しからの助たすけを得えることができます。天てん使しは,「地ち上じょうに住すむ人ひと々びと,すなわち,あらゆる国くにや民みん族ぞくや言げん語ごや種しゅ族ぞくの人ひと々びとに伝つたえる,永えい遠えんの良よい知しらせ」を携たずさえています。(啓けい 14:6)

19. エホバを愛あいする人ひとたちは,どんなメッセージも伝つたえる必ひつ要ようがありますか。

19 神かみに仕つかえる人ひとたちが伝つたえるべきなのは,王おう国こくの良よい知しらせだけではありません。彼かれらは,啓けい示じ 8章しょうから10章しょうに出でてくる天てん使したちの活かつ動どうもサポートする必ひつ要ようがあります。それらの天てん使したちは,神かみの王おう国こくを退しりぞける人ひとたちにどんな災わざわいが臨のぞむかを告つげています。それで,エホバの証しょう人にんは「ひょうと火ひ」のようなメッセージを伝つたえ,サタンの邪じゃ悪あくな体たい制せいのさまざまな要よう素そに対たいする神かみの裁さばきを知しらせています。(啓けい 8:7,13)人ひと々びとは,終おわりが近ちかいということを知しる必ひつ要ようがあります。生いき方かたを大おおきく変へん化かさせるなら,エホバの怒いかりの日ひを生いき残のこることができるからです。(ゼパ 2:2,3)とはいえ,このメッセージは受うけの良よいものではありません。ですから,このメッセージを伝つたえるには勇ゆう気きが必ひつ要ようです。そして,大だい患かん難なんの時ときに伝つたえられる最さい終しゅう的てきな裁さばきについてのメッセージは,いっそう痛つう烈れつなものとなるでしょう。(啓けい 16:21)

預よ言げんの言こと葉ばを守まもる

20. 続つづく2つの記き事じではどんなことを取とり上あげますか。

20 私わたしたちは「啓けい示じ」の書しょの預よ言げんの実じつ現げんと関かん係けいがあるので,「この預よ言げんの言こと葉ば」をぜひとも守まもる必ひつ要ようがあります。(啓けい 1:3)では,忠ちゅう実じつを保たもって迫はく害がいを忍にん耐たいし,エホバから委ゆだねられているメッセージを大だい胆たんに伝つたえ続つづけるために,どんなことができるでしょうか。次つぎの2つの点てんを考かんがえることが役やくに立たちます。(1)「啓けい示じ」の書しょが神かみの敵てきたちについて述のべていることと,(2)忠ちゅう実じつを保たもつ人ひとに与あたえられる祝しゅく福ふくです。続つづく2つの記き事じで,これらの点てんを取とり上あげます。

どのように答こたえますか

  • 7つの会かい衆しゅうに対たいするイエスの言こと葉ばから,どんなことを学まなべますか。

  • 迫はく害がいに備そなえる必ひつ要ようがあるのはなぜですか。

  • 神かみに仕つかえる人ひとたちは,この終おわりの時じ代だいにどんな活かつ動どうを行おこなう必ひつ要ようがありますか。

32番ばんの歌うた エホバの側がわに立たつ

a 私わたしたちはわくわくするような時じ代だいに生いきています。「啓けい示じ」の書しょに載のせられている預よ言げんが実じつ現げんしているからです。この預よ言げんは私わたしたちとどんな関かん係けいがあるのでしょうか。この記き事じと続つづく2つの記き事じでは,「啓けい示じ」の書しょについて幾いくつかの点てんを考かんがえます。私わたしたちの崇すう拝はいをエホバ神かみに受うけ入いれていただくためには,「啓けい示じ」の書しょに書かかれていることを守まもる必ひつ要ようがある,という点てんについても学まなびます。

b 「ものみの塔とう」2014年ねん11月がつ15日にち号ごう30ページの「読どく者しゃからの質しつ問もん」を参さん照しょう。

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