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復活聖書に対する洞察,第2巻
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それに啓示 7章に描かれている「大群衆」がいます。彼らは「証印を押された」14万4,000人の一員ではないので,霊によって生み出された者としての霊の「印」を持っていません。(エフェ 1:13,14; コリ二 5:5)彼らは大患難の生存者として「大患難から出て」来ると描写されています。このことからすると,このグループを集める業は,その患難の少し前の終わりの日に行なわれるようです。彼らは信仰によって義とされており,子羊の血で洗った白くて長い衣を着ています。(啓 7:1,9-17)彼らは一つの級としては復活させられる必要はありませんが,このグループのうち大患難前に死ぬ忠実な人たちは,神のご予定の時に復活させられます。
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患難聖書に対する洞察,第1巻
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エルサレムが滅亡してから約30年後,使徒ヨハネは,すべての国民,部族,および民族の中から来る人々の大群衆に関して,『これは大患難から出て来る者たちである』と告げられました。(啓 7:13,14)大群衆が「大患難から出て来る」という事実は,彼らがその患難の際に生き残ることを示しています。これを確証するものとして,使徒 7章9,10節には,『神は[ヨセフ]と共におられて,そのすべての患難から彼を救い出された』という同様の表現があります。ヨセフがそのすべての患難から救い出されたことは,単に患難に耐えることができたというだけでなく,苦難に遭いながら生き残ったことをも意味しました。
使徒パウロが不敬虔な人たちの受ける神の裁きを患難と呼んだことは注目に値します。彼はこう書いています。「これは,あなた方に患難をもたらす者に患難をもって報い,一方患難を忍ぶあなた方には,主イエスがその強力なみ使いたちを伴い,燃える火のうちに天から表わし示される時,わたしたちと共に安らぎをもって報いることこそ,神にとって義にかなったことであると言えるからです。その際イエスは,神を知らない者と,わたしたちの主イエスについての良いたよりに従わない者に報復をするのです」。(テサ二 1:6-8)「啓示」の書は,「大いなるバビロン」と「野獣」が神の聖なる者たちに患難をもたらしてきたことを示しています。(啓 13:3-10; 17:5,6)ですから,当然,「大いなるバビロン」と「野獣」を襲う患難は,その「大患難」に含まれているということになります。―啓 18:20; 19:11-21。
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