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陣痛聖書に対する洞察,第1巻
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「啓示」の書の使徒ヨハネの幻の中で,ヨハネは天の一人の女が「苦痛と子を産むもだえのために」叫んでいるのを見ました。生まれた子は「子……男子であり,あらゆる国民を鉄の杖で牧する者」でした。その子を食い尽くそうとする龍の試みもむなしく,『彼女の子供は神のもとに,そのみ座のもとに連れ去られました』。(啓 12:1,2,4-6)その子が神によって連れ去られたことは,神がその子をご自分の子として受け入れられたことを表わしていました。それは古代に,新生児を受け入れるよう父親の前に差し出すのが習慣であったのと同じです。(「誕生」を参照。)したがって,その「女」は神の「妻」,すなわちキリストと彼の霊的な兄弟たちの「母」である「上なるエルサレム」ということになります。―ガラ 4:26; ヘブ 2:11,12,17。
神の天的な「女」はむろん完全なはずなので,その出産も文字通りの苦痛を伴わないはずです。ですから,この陣痛は出産が迫っているのをその「女」が悟るということを象徴的に示していることになります。彼女はそれが間もなく起きるのを予期するのです。―啓 12:2。
この『子,男子』とはだれのことですか。その子は「あらゆる国民を鉄の杖で牧する」ことになっていました。詩編 2編6-9節では,神のメシアなる王に関してこのことが予告されていました。しかし,ヨハネはキリストが地上で生まれ,死んで復活させられてからずっと後にこの幻を見ました。ですから,この幻は,死人の中からよみがえらされるや『神の右に座し,それ以来,自分の敵たちが自分の足の台として置かれるまで待っておられる』神のみ子イエス・キリストの手にゆだねられたメシアの王国の誕生について述べたものであると思われます。―ヘブ 10:12,13; 詩 110:1; 啓 12:10。
これは期待されている出来事だったので,時が近づくにつれて天と地における期待は高まることでしょう。預言の成就はそれが確かに近いことを示す徴候となるからです。「エホバの日」の到来についても同様で,使徒パウロはクリスチャンに次のように指摘しました。「さて,兄弟たち,時と時期については,あなた方は何も書き送ってもらう必要がありません」。「兄弟たち,あなた方は闇にいるのではありませんから,盗人たちに対するように,その日が不意にあなた方を襲うことはありません」。―テサ一 5:1,4。
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妊娠聖書に対する洞察,第2巻
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使徒パウロは,イザヤ 54章のこの預言を引用して,『自由であって,わたしたちの母である上なるエルサレム』に適用しました。(ガラ 4:26,27)このことは,啓示 12章1-5節に記録されている幻を理解するためのかぎとなるようです。その幻の中では,妊娠している天的な「女」が「子を……男子であり,あらゆる国民を鉄の杖で牧する者」を産みます。諸国民を鉄の杖で牧するということは,神のメシアによる王国と直接関連しているので,この幻はその王国を産み出すことと関係があるに違いありません。それで,生まれたばかりの「子供」に対するサタンの攻撃が失敗した後,それに続いて,「今や,救いと力とわたしたちの神の王国とそのキリストの権威とが実現した」という叫びが発せられます。(啓 12:10)妊娠しているその天的な「女」の出産に先立つ苦もんは,ガラテア 4章19節にあるパウロの表現を思い起こさせます。その箇所の「産みの苦しみ」は,事態の十分な進展(パウロの場合は,ガラテアの信者たちがクリスチャンとして十分に成長すること)を見たいという,胸をわくわくさせるような関心と熱烈な願いを表わしているようです。
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棒,杖,むち棒聖書に対する洞察,第2巻
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詩編作者は,「わたしの主に対するエホバのお告げはこうです。『わたしがあなたの敵をあなたの足台として置くまでは,わたしの右に座していよ』。あなたの力の杖を,エホバはシオンから送り出して,こう言われます。『あなたの敵のただ中で従えてゆけ』」と述べました。(詩 110:1,2)使徒パウロはこの聖句をイエス・キリストに適用しています。イエス・キリストは言わば『エホバの力の杖』を持ち,敵に裁きを執行する完全な権威を帯びながらエホバの代表者として出て行かれます。(ヘブ 10:12,13)『エッサイの切り株から出る小枝』であるイエス・キリストは,「必ずその口のむち棒をもって地を打ち,その唇の霊をもって邪悪な者を死に至らせ」ます。(イザ 11:1,4)彼は権威をもって語り,邪悪な者を罰するためにエホバが与えてくださった力を行使します。彼は,杖をもって群れを穏やかに導く羊飼いとして諸国民を支配するのではなく,鉄の杖をもって支配すると言われています。―啓 2:27; 12:5; 19:15。
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