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イスラエルの崇拝にみられるケルブ ― 偶像礼拝でないのはなぜかものみの塔 1981 | 2月1日
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偶像礼拝を禁じているこの律法がイスラエル人に対してこれほどまで強調されていたことから,幕屋の至聖所の中の契約の箱の覆いの上に載せるために金のケルブ二つを作るようイスラエルが命じられていたのはなぜか,と尋ねる人もいることでしょう。それだけではありません。幕屋の構築物のわく組み全体は亜麻布で覆われていましたが,その内側には色鮮やかなケルブの姿が刺しゅうされていました。―出エジプト 25:18; 26:1。
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イスラエルの崇拝にみられるケルブ ― 偶像礼拝でないのはなぜかものみの塔 1981 | 2月1日
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しかし,後代になって契約の箱のなだめの覆いをおおっていたケルブは,エホバが再びご自分の民イスラエルの中におられることを示していました。神がケルブの間に座っておられることは,ご自分との正しい関係に入る道を神が開いてくださっていたことを示しています。
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イスラエルの崇拝にみられるケルブ ― 偶像礼拝でないのはなぜかものみの塔 1981 | 2月1日
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神殿のためにケルブや他の彫像を作ることは偶像礼拝にならなかったのでしょうか。
すべての像が偶像であるわけではない
偶像とは,献身の対象になる像や何かの表象,象徴のことです。それが有形の物を表わすか想像上の物を表わすかは問いません。像や象徴を用いる偶像礼拝は広範囲に見られます。10部族のイスラエル王国の中でさえ,偶像礼拝的な崇拝行為のために二つの黄金の子牛が設置されました。また,後代のある王の治世中にはバアル崇拝がしっかり根を下ろし,祭壇と聖木が建てられました。―列王上 12:28; 16:29,31-33。
しかし,像を造ってはならないという神の律法はいかなる表象や像をも造ってはならないというものではありませんでした。前述の通り,荒野での幕屋やエルサレムのソロモンの神殿を飾るためにケルブの形が用いられました。古いユダヤ教の言い伝えによると,これらのケルブは人間の姿をしていました。これは被造物であるみ使いを表わすものでした。契約の箱の上にあったそれらのケルブは,「栄光のケルブ」と描写されています。(ヘブライ 9:5)それらは,細かい点一つ一つにいたるまで,モーセがエホバから与えられた「型……にしたがい」造られました。―出エジプト 25:9,新。
それらのケルブは,「わたしはそこにおいて自分をあなたに示し,覆いの上方から,証の箱の上にある二つのケルブの間からあなたに話す」と言われた王としてのエホバの臨在を表わし示していました。(出エジプト 25:22,新)ですから,エホバは表象的な仕方で,「ケルブの上に[あるいは「間に」]座しておられる」と言われているのです。(サムエル前 4:4。列王下 19:15,新)こうしてエホバは,年に1度至聖所に入ることが許されていたただ一人の人間である同国の在職中の大祭司の心に,神であるご自身がイスラエルの支配者であることを銘記させました。―ヘブライ 9:7。イザヤ 33:22。
幕屋の内部や神殿の内装に見られるケルブを描いた他の表象は,務めを行なう従属の祭司たちの目にも留まりました。ですから彼らも,エホバの聖なる臨在を深く銘記しました。
すでに見てきた通り,これらケルブの表象は人間の考え出したものではありません。祭司たちにご自分の存在を十分に認識させる目的で,エホバご自身がそれを神殿に置くことをお命じになりました。また,それらは人々の崇敬の対象とはなり得ませんでした。一般の人々がケルブを目にすることはなかったので,彼らがそれを偶像礼拝に用いようという誘惑に駆られることはありませんでした。(民数 4:4-6,17-20)これらのケルブの表象は,偶像礼拝を促すのではなく,至高者であり,イスラエルを治める王であり,専心の献身を求められる方と自分たちの関係をイスラエルの祭司たちに絶えず思い起こさせるものとなりました。―申命 6:13-15。
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