聖書理解の助け ― 境界
「知恵は主要なものである。知恵を得よ。自分の得るすべてのものをもって,悟りを得よ」― 箴 4:7,新。
境界。ヘブライ語「ゲブール」は「綱のようにねじるもしくは巻く」という意味の語根から来ており,語原学者によると,それが「境界」ないしは「測り綱によって決定された」ところを意味するようになりました。それはまた,境もしくは境界内に囲み込まれた土地ないしは領地をも指すようです。例えば,ヨシュア記 13章23節(新)はこう述べています。「そしてルベンの子らの境界[ヘブライ語『ゲブール』]はヨルダン川とすることになった。これが領地[ゲブール]としてその相続分であった」。
人びとの居住のための「一定の限界」
パウロは自分の話を聴くアテネの人々にこう語りました。「[神は]定められた時と人びとの居住のための一定の限界[ギリシャ語『ホロセシアス』。その字義は『境を置くこと』]とをお定めになりました」。(使徒 17:26)この陳述を根拠として,過去および現在のすべての政治的境界や国境を神によるものと見る注解者たちもいますが,明らかにパウロは聖書的な見地で述べているのであり,聖書に記録される神の数々のご処置を念頭に置いていたようです。
全地球的な洪水の前,神は最初の人間夫婦をエデンの園から放逐して,その外での生活を余儀なくさせました。(創世 3:23,24)また,アベルの血が「叫んでいる」その「地面」一帯からカインを追放されました。(創世 4:10,11,新)後には,「百二十年」(創世 6:3)という限界を定めて,洪水前の人々がその大多数の人の滅びに至る以前に地上に住むことのできる期限とされました。(創世 6:13)さらに神は,洪水の生存者が『地に満ちる』べきことを定め,地に広く散るのをとどめようとする企てがなされた時には,そのような行動を無に至らせて,人々がその定めを実行せざるを得ないようにされました。―創世 9:1,19; 11:1-9。
幾世紀も後,神はアブラハムとその胤に対し,境界の明示された一定の土地を与える約束をされました。(創世 15:18-21。出エジプト 23:31)神はその地の在住者であったカナン人がその約束の土地にさらに「四百年」居住しつづけることを許されました。それは,「アモリ人のとが」が満ちて退去の布告が執行される時まででした。(創世 15:13-16,新)他方,エホバ神は,遠い時代にイスラエル人の父祖の親族から分かれ出たエドム,モアブ,アンモンなどの諸国民の境界をイスラエル人が侵すことのないようにとも定められました。(申命 2:4,5,18,19)こうした事実に照らして見るとき,さきに引用したパウロの陳述の意味は,申命記 32章8節(新)のモーセの歌の中によく表現されていると言えるでしょう。「諸国民に相続地をお与えになったとき,アダムの子らを互いに引き離されたそのとき,至高者はイスラエルの子らの数を考えつつもろもろの民の境界を定められた」。
後に裁き人エフタがイスラエルの持つ確立された境界に対する権利を弁護したのも,人々の居住のために一定の限界を定めるエホバの主権に基づいてのことでした。(士師 11:12-15,23-27)しかし,イスラエルが神の命令を献身的に守り通さなかったために,エホバは敵対する民の中のある者たちがイスラエルの境域内に残ることを許され(民数 33:55。士師 2:20-23),この国民がカナンに入ってからおよそ4世紀後のダビデ王の治世になってはじめて,イスラエルは約束された境界内の全領地に対する支配権を自分のものとしました。―サムエル後 8:1-15。
やがてエホバは,あらかじめ与えた警告の言葉どおり,異教諸国民が約束の地の境界をじゅうりんし,イスラエルを流刑として引いて行くことを許されました。それは背教の民に対する処罰でした。(申命 28:36,37,49-53。エレミヤ 25:8-11)イザヤ,エレミヤ,エゼキエル,ダニエルなどの預言者を通して神はバビロン以降の世界強国の興亡の様と,その台頭の順序とを予告されました。(イザヤ 13:1-14:4; 44:28-45:5。エレミヤ 25:12-29。エゼキエル 21:18-27。ダニエル 2,7,8章および11:1-12:4)エホバはまた,政治国家の存在と,それが「定められた時」のあいだ地上を支配することとを許してこられましたが,同時にその最終的滅亡と,その政治支配による境界とを一掃することを予告されました。これはメシヤの王国によってなされます。―ダニエル 2:44。啓示 11:17,18; 19:11-16参照。
イスラエル諸部族間の境界
イスラエルが約束の地を征服したとき,ルベン,ガドの2部族およびマナセの半部族は,「ヨルダンの岸から日の出の側」を自分たちの相続地として受ける権利をすでに認められていました。(民数 32:1-5,19,33-42; 34:14,15,新。ヨシュア 13:8-13,15-32)カナン人を平定するための6年間の戦闘の後,他の9部族とマナセの残る半部族のためにヨルダン川の西で部族の境界を定める時が来ました。ヨシュア,祭司エレアザル,それに各部族から一人ずつの長がエホバにより“土地委員”として任命され,その分配を監督することになりました。(民数 34:13-29。ヨシュア 14:1)その際の手順はモーセに対し神からあらかじめ与えられていた次の命令のとおりでした。「数が多ければその相続地を増やし,少数であればその相続地を減らすように。各々の相続地はその登録された者の数に応じて与えられるべきである。ただし,くじによってその地は配分される」― 民数 26:52-56; 33:53,54,新。
したがって,部族間の土地の分配は次の二つの要素に従って行なわれたようです。すなわち,くじ引きの結果と,その部族の大きさです。一般に想定されている(ユダヤ人の伝統的見解でもある)ことですが,くじは各部族の持つ相続地の大まかな位置だけを確定したようです。つまり,ある相続地がその土地のどの地区か,北か南か,東か西か,沿岸平原か山地かというようなことがくじによって指定されました。くじによるその決定はエホバから発するものであり,そのゆえに部族間のねたみや言い争いを抑えるものとなりました。(箴 16:33)このような手段によって神は種々の事柄を導かれ,各部族の置かれる状況が,創世記 49章1-33節に記される,族長ヤコブの霊感による臨終の預言に適合するようにもされたのでしょう。
くじによって名部族の地理的位置が決定された後,第二の要素つまり部族の相対的な大きさによってその持つ領地の範囲を決めることが必要であったでしょう。「あなた方はその家族にしたがい,所有地としてその地を自分たちの間でくじで配分するように。人数の多い者にはその相続分を増やし,人数の少ない者にはその相続分を減らす。くじの出るところ,そこがその者のものとなる」。(民数 33:54,新)地理上の基本的な位置に関するくじの決定はずっと持続するものでしたが,相続地の大きさに関しては調整の余地がありました。それで,ユダの領地の大きすぎることが分かったとき,その幾つかの部分をシメオンの部族に割り当てることによってユダの持つ地域は縮小されました。―ヨシュア 19:9。
相続地を『増やす』か『減らす』かということは単に土地の広さを広げるかせばめるかという問題ではなかったようです。例えば,ダンの部族は人口の面では2番目に大きい部族でしたが,実際の面積で言うかぎり比較的小さな部分を受けました。都市の数,土地の特徴,土壌の質など他の要素も決定に加味されたのかもしれません。―ヨシュア 17:14-18,参照。
各部族に分割される土地の境界がより明確に定められると,次いで各家族の保有する土地を割り当てることができました。これはくじによらず,エレアザル,ヨシュア,長たちで成る任命された“委員”の指示で行なわれたようです。(ヨシュア 17:3,4)そのため,申命記 19章14節(新)には,「先祖たちが相続地の境界を定めたのちは」それを移し変えてはならない,と述べられています。
ヨルダン川西岸の領地の分割に関する記述によると,ユダ(ヨシュア 15:1-63),ヨセフ(エフライム)(16:1-10),そしてヨルダン川の西に定着するマナセの半部族(17:1-13)の受ける分が最初に決まり,その境界と都市の名とが明記されました。その後,イスラエルの宿営地がギルガルからシロに移動した関係で土地の分割は一時中断したようです。(ヨシュア 14:6; 18:1)それにどれほどの時間が伴ったかは述べられていませんが,ヨシュアは遂に,残りの土地に定着することに関してあとの7部族がぐずぐずした態度を取っていることについてけん責を与えています。(ヨシュア 18:2,3)その7部族の怠慢の理由について種々の説明が行なわれていますが,ある注解者たちは,征服の際に得た戦利物資が豊富にあったこと,当面カナン人からの攻撃の脅威はないというある程度気楽なムードのあったことなどのために,それらの部族はその領土の残りの部分を急いで取得する必要をそれほど感じなかったのであろうと見ています。ところどころに残存する強力な敵の抵抗に立ち向かうめんどうを嫌って余計に手間どる面もあったかもしれません。(ヨシュア 13:1-7)また,約束の土地のその部分について,既に割り当てられた地区に関するほどの知識がなかったという事情もあるかもしれません。
その事を進展させるため,ヨシュアはその7部族のそれぞれから3人ずつ取った21人の代表団を送り出して「その土地を七つの部分に区分」させ,その人々が「それを都市によって区分した」後ヨシュアはその人々のためにくじを引いてエホバの決定を求めました。(ヨシュア 18:4-10,新)個々の相続地がどのように割り当てられたかについてはヨシュア記 18章11節から19章4節に述べられています。
祭司の部族であるレビ族は特定の地域の割り当てを受けず,他の部族の境界内に散在する48の都市とそれに伴う放牧地とを与えられました。―ヨシュア 13:14,33; 21:1-42。
他の種々の境界
律法契約によって神は1,545年の間イスラエルを自分の選びの民として『取り分け』ておられました。(レビ 20:26,新)しかし,み子の犠牲の死によっておきての律法が廃され,異邦諸民とユダヤ人との間を隔てていた比ゆ的な「壁」が取り壊されました。エフェソス 2章12-16節の中でパウロは神殿境内にあった柵もしくは壁に言及しているものと思われます。異邦人はその境界を越えることを禁じられ,越えるなら死をもって処罰されました。そのような壁が使徒パウロにとっては,律法契約によって作られた区分を表わす良い例えとなったのです。
キリスト・イエスを仲介とする新しい契約の下では,いかなる地理上の境界よりはるかに印象的な霊的分界が設けられ,クリスチャン会衆という霊的国民を人類世界の他の部分から隔てています。(ヨハネ 17:6,14-19。ペテロ第一 2:9-11)エホバは遠い昔,シオンを貴重な宝石で築き,「喜ばしい石」をもってその全境界を設けると預言されましたが,イエスはその預言を引用しつつそれに続く部分を自分の弟子となる人々に当てはめました。(イザヤ 54:12,13,新。ヨハネ 6:45。啓示 21:9-11,18-21,参照)これら霊的な境界は侵してはならないものです。それを侵犯する者は滅びに遭うことを神は警告しておられます。―イザヤ 54:14,15; 60:18とコリント第一 3:16,17を比較しなさい。
逆に,この霊的国民を構成する人々はその限界内にとどまり,与えられた道徳上の制限を認め(コリント第一 5:9-13; 6:9,10。テサロニケ第一 4:3-6),自分たちを偽りの崇拝や世の体制から隔てる霊的境界を守る(コリント第二 6:14-18。ヤコブ 4:4。啓示 18:4)ことを求められています。さらに,クリスチャンと現存する諸政府でなる「上にある権威」との関係(ローマ 13:1,5。ペテロ第一 2:13-16。使徒 4:19,20; 5:29),夫と妻との関係(コリント第一 7:39。ペテロ第一 3:1,7),その他多くの分野を規定する霊的境界を守らなければなりません。パウロはまた,宣教活動のために割り当てられた区域の境界もあったことを示しています。―コリント第二 10:13-16。