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全人類を祝福するために救われる「全イスラエル」ものみの塔 1984 | 9月15日
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そして,末の日に,エホバの家の山はもろもろの山の頂より上に堅く据えられ,もろもろの丘より上に必ず高められ,すべての国の民は必ず流れのようにそこに向かう。
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全人類を祝福するために救われる「全イスラエル」ものみの塔 1984 | 9月15日
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5 イスラエル共和国の行動の仕方を前にして,「エホバの家」に関するイザヤの預言はどんな観点から見なければなりませんか。
5 今日わたしたちは,このすばらしい預言が,イスラエル共和国の首都である中東のエルサレムに成就しているのを見ていません。シオンの山と呼び習わされてきた所にエホバの神殿はなく,そこにあるのはイスラム教の岩のドームとアラーにささげられたモスクです。数多くの国の旅行客がこの宗教的な場所を訪れますが,それは崇拝の目的のためではなく,この美しいイスラム教の建造物を眺めるためにすぎません。それで,はなはだしく病んだこの事物の体制の「末の日」において,イザヤの預言が現代のイスラエル国家に成就しているとは全く言えないことが明らかになります。同国は,アブラハムに対するエホバの約束の成就として全人類を祝福するために救われる「全イスラエル」となるようには意図されていませんでした。したがって,「エホバの家の山」という預言的な表現は,「神のイスラエル」に関して霊的な観点から見なければなりません。―ガラテア 6:16。
6 (イ)ペテロは,「神のイスラエル」がどんな種類の国民であることを,どのように示しましたか。(ロ)世界のどんな出来事が生じていた時に,「すべての国の民」は「エホバの家」に流れのように向かい始めましたか。
6 この「神のイスラエル」は霊的な国民です。使徒ペテロは次のように書いて,その点を指摘しています。「あなた方は,『選ばれた種族,王なる祭司,聖なる国民,特別な所有物となる民』であり,それは,闇からご自分の驚くべき光の中に呼び入れてくださった方の『卓越性を広く宣明するため』なのです」。(ペテロ第一 2:9)現在のこの「聖なる国民」の残りの者は,「エホバの家」の象徴としての立場を占めており,今日のエホバの証人の中核を成しています。「すべての国の民」が,エホバの証人によっていわば山々の頂の上に高められてきた霊的な「エホバの家」に流れのように向かい始めたのは,「末の日」に入ってから21年たった時のことでした。その時ヨーロッパでは,ローマ・カトリックのファシズムとヒトラーのナチズムが猛威を振るっていました。
7 さまざまな国の民が「エホバの家」に流れのように向かい始めたのが無意味な出来事でなかったのはなぜですか。
7 この意味深い始まりを特色づけたのは,アメリカ合衆国の首都ワシントンで1935年の晩春に開かれた全国大会です。その大会の非常に注目すべき話の中で,「全イスラエル」の一員であった,当時のものみの塔聖書冊子協会の会長J・F・ラザフォードは,国際聖書研究者たちの間に広まっていた理解の誤りを正しました。ラザフォードは,人類のあらゆる部分から集められ,神の霊的な神殿(エルサレムの有形の神殿は西暦70年にローマ人によって滅ぼされていたため)で神を崇拝することになっていた「大いなる群衆」,つまり「大群衆」が地的な級であることを指摘しました。(啓示 7:9-17,欽定訳)この級には,ハルマゲドンを生き残って,1914年以来天で支配しておられるイエス・キリストの,近づきつつある千年統治の新しい事物の体制に入る見込みがありました。
8 (イ)1935年のワシントン特別区の大会で,どんな画期的な出来事が生じましたか。(ロ)「すべての国の民」が「エホバの家」に流れのように向かっていると言えるのはなぜですか。
8 啓示されたこの光に対する反応は画期的なものでした。この劇的な大会において840人の大会出席者が,イエス・キリストを通して行なうエホバ神への献身の象徴としてバプテスマを受けました。そのグループの人々が幾つの国から来ていたかは確認されていませんが,彼らは地上の楽園の希望を思いに描いていました。それから49年以上たった今日,エホバの証人の数は「全イスラエル」の数をはるかに上回っています。彼らは全世界の205の国々で活発に働いています。それで,広い意味で言えば,「すべての国の民」はエホバの高められた崇拝の家に流れのように向かっているのです。
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