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  • ヱホバに教えられる
    ものみの塔 1953 | 8月15日
    • 次の様に言いました。『我,汝等と契約をたてん,総て肉なる者は再び洪水に絶るる事あらじ,又地を滅す洪水再びあらざるべし,神言い給いけるは我が我と汝らおよび汝らと偕なるすべての生物の間に世々限りなく為す所の契約の徴は是なり,我わが虹を雲の上に起さん,是我と世の間の契約の徴なるべし,虹雲の中にあらん,我之を観て神と地にあるすべての肉なる諸々の生物との間なる永遠の契約を記念えん。』― 創世 9:11-13,16。

      19 神が『我之を観て神と地にあるすべての……生物との間なる永遠の契約を記念えん』と申したことに注目して下さい。人々は,地上から多くの虹を見ます。雲の上を飛ぶ飛行機から見れば,上を見る代り下の地上に眼を向けて,虹を一層明白に見ることが出来るそうです。この様にして,ヱホバは,彼を信ずる者に対して完全な確証を与えました。ヱホバは非常に有利な地点にゐる為に,虹を常に見ることが出来ます。その虹は,彼が徴として記念として,又強力な確証としてつくつたものであります。神の契約の御言葉は,確かな証拠であります。即ち,地は再び洪水でおおわれることがないということだけでなく,神は決してその妻を棄てず,常に妻を愛しみ,その子らを愛し給うという事を一層素晴しく確証して居るのです。そこで神はこう申して居ります ―『このこと我にはノアの洪水のときのごとし,我むかしノアの洪水を再び地にあふれ流るることなからしめんと誓いしが,その如く我ふたたび汝をいきどおらず,再び汝を責めじと誓いたり,山はうつり岡は動くともわが仁慈は汝より移らず,平安をあたうるわが契約はうごくことなからんと,此は汝を憐み給うヱホバのみことばなり。』― イザヤ 54:9,10。

      20 それから,ヱホバは美わしい聖句をもつて,それ以上の慰めと確信と貴い制度の霊的美を語つて居ります ―『なんじ苦しみをうけ暴風にひるがえされ,安慰をえざるものよ我うるわしき彩色をなして汝の石をすえ,青き玉をもて汝の基をおき,くれないの玉をもて汝の櫓をつくり,むらさきの玉をもて汝の門をつくり,なんじの境内はあまねく宝石にてつくるべし。』― 11節と12節。

      21 シオンの子らについて,今やどんなことが言えますか?

      21 ヱホバは自ら父として,又弟子となる子らの教師としてあらわれます。我々は今やそれらの子らに注意をむけます。ウェブスターの新国際辞典第2版(英文)は,名詞としての『母』について次の様に申して居ります。即ち『母とは何かを産み出したり育てる者,誕生の源泉即ち起源である』と申して居ります。又,形容詞としての『母』とは,『母教会という如く,母としての関係を持つ,という意味である。』かかる母とは,我々が学んだ通り,ヱホバ神の制度であります。人々がその制度の子輩となることは,その制度の造物主の定めた方法に従つて,その制度と交わることによつて出来るのであります。イザヤ書 54章に記されて居る子輩とは,神を礼拝する人々のことであります。そこで,今や質問が起ります。この予言の言葉によれば,それらの子輩は何時生まれるのだろう? という質問が起ります。

      22 復話と『終りの日』とシオンが『子を生まぬこと』との関係を説明して下さい。

      22 イエスが此の予言を引用した時について再び考えてみるならば,我々は,イエスが当時彼の許に来たものを「終りの日に復活させる」と申した事を想い出します。(ヨハネ 6:41-47)初代クリスチャン達は,死んだ時,昇天したのでありません。彼らは復活を体験したのではなく,彼らを復活させる神の御予定の時が到来するまで,死の眠について待つて居たのです。彼らに関する限り,彼らの復活の時が到来するまで,神の制度は彼らを子輩としては持つて居ませんでした。従つて我々は,その予言の成就面である感動的な面を考えることになりました。以下次の記事に続きます。

  • 読まれない聖書
    ものみの塔 1953 | 8月15日
    • 読まれない聖書

      右の見出しの下に或るニューヨークの新聞はニューヨーク・リヴァサイド教会のアール・ジェー・マッククラッケン博士の所説を載せている。『聖書を読む習慣は,すたれつつある。聖書が世界で最大の売行きを示しているという事実から,余りに多くを云うことはできないと。』亦『凡ゆる証拠の示すところに従えば,驚く程多数の家庭で,聖書はシェークスピア全集や,読書クラブの会員に配当として贈れらる古典の類と,同じ位たまにしか繙かれることがないそれは役立たせるものとしてよりはむしろ飾りものとしての役割を果している。花嫁は結婚式に聖書を持参するが,次には使わぬ土産品の中へと押しやつてしまう。政治家は就任する時聖書にかけて宣誓するが後で聖書に誓うことは殆んどしない。教会の会員についても,聖書は知られざる本である。この国の大多数の人々が,世界で最も偉大な本が何を教えているかに就いて,ごく漠然とした考えしか持つていないという事は事実なのである。』

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