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祈り続けることには報いがあるものみの塔 1979 | 9月1日
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11 (イ)聖書は本来だれを益するために書かれましたか。(ロ)列王上 8章41-43節にあるソロモンの祈りに,どんな励ましを見いだせますか。
11 もしかしたらあなたは,もちろん正しいのですが,次のように言うかもしれません。つまりすでに述べた事柄を含め,聖書は神の民とりわけ霊的イスラエル,すなわち「神のイスラエル」を構成するクリスチャン会衆を中心としたもので,彼らに適用する,と。(ローマ 15:4。コリント第一 10:11。ガラテア 6:16)そして自分とその霊的イスラエルとを比較し,自分の以前の生き方や宗教に全く無関心であったことなどを考えて,自分のことをいわば局外者または外国人のように思うかもしれません。多くの人は今日そのような立場にあります。しかし,簡単にあきらめないようにしてください。神殿が奉献された時にソロモンはエホバに多くの祈願を捧げましたが,その中に,「あなたの民イスラエルのものではないのに,あなたのみ名のゆえに遠い地から来る異国人」のための祈りもあったことを忘れないでください。「すべてその異国の人があなた[エホバ]に呼び求めるところにしたがって行なわれますように。これはすべての民があなたのみ名を知ってあなたの民イスラエルと同じようにあなたを恐れるため」です,とソロモンは祈っています。―列王上 8:41-43,新。
12,13 (イ)イザヤは霊感により「異国の者たち」についてどのように書きましたか。(ロ)この言葉はだれのために,そしてどのように適用できますか。
12 イザヤ書 56章6-8節(新)にも,これら「異国の者たち」に対する見識と励ましが次のように記されています。
「エホバに連なり,これに仕え,エホバのみ名を愛し,その僕となろうとしている異国の者たち,すべて安息日を守ってこれを汚さないようにし,わたしの契約を捉えている者たち,
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祈り続けることには報いがあるものみの塔 1979 | 9月1日
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13 なんと心をそそる表現なのでしょう! これら「異国の者」たちは型にはめ込まれるのではなく,エホバのみ名とみ名の表わすすべての事柄に対する愛から喜んでエホバに連なるのです。(七日のうちの一日だけではなく)彼らの全生涯は『安息日を守る』生涯,エホバに献身した生涯となり,したがって彼らは,パウロがヘブライ 4章1-10節で説明しているように,エホバの安息に入ります。
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