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  • エホバの証人はなぜ繰り返しお宅を訪問するのですか
    ものみの塔 1972 | 8月1日
    • 3-5 エホバの証人は,もしだれかの家を故意に無視して通り過ぎるとすればどう感じますか。なぜですか。

      3 そのうえ,証人たちはお宅を訪問することを義務と考えています。もし故意にお宅を無視したとすれば,自分の義務を履行しないで,あなたに対して不当なことをしたと感ずるのです。なぜですか。

      4 なぜなら,彼らはあなたに警告するよう,神から直接命じられているからです。

      5 それはほんとうですか。わたしたちはたいてい,良いたよりが全世界で宣べ伝えられるであろうとイエス・キリストが言われたことを知っています。(マタイ 24:14)しかし,そうするのはだれかの義務ですか。そうです,違背すれば,彼らは死刑に処されるのです。どうしてですか。聖書のある強力な実例を調べると,それはよくわかります。

      神に用いられる「見守る者」

      6-8 神はどんな責任をエゼキエルに課しましたか。

      6 その実例は神の原則や神が人間をどのように扱われるかを明らかに示しています。それは架空の事がらではなく,国家的な規模で実際に起きたできごとなのです。

      7 その実例は,神から預言者として選ばれ,次いで悪をならわしにしていた人たちに警告するよう告げられたエゼキエルに関するものです。

      8 「人の子よ,わたしはあなたをイスラエルの家のために見守る者とした。あなたはわたしの口から言葉を聞くたびに,わたしに代って彼らを戒めなさい。わたしが悪人に『あなたは必ず死ぬ』と言うとき,あなたは彼の命を救うために彼を戒めず,また悪人を戒めて,その悪い道から離れるように語らないなら,その悪人は自分の悪のために死ぬ。しかしその血をわたしはあなたの手から求める。しかし,もしあなたが悪人を戒めても,彼がその悪をも,またその悪い道をも離れないなら,彼はその悪のために死ぬ。しかしあなたは自分の〔魂〕を救う」。

  • エホバの証人はなぜ繰り返しお宅を訪問するのですか
    ものみの塔 1972 | 8月1日
    • 11 エゼキエルが伝えた警告はなぜ非常に緊急なものでしたか。

      11 その警告はどうして急を要しましたか。なぜなら,ユダヤ人が自分たちに対する神の支配権を否認し,加えて背徳行為に走ったため,エルサレムはバビロニアの軍隊によって,ほどなく(6年以内に)滅ぼされようとしていたからです。そのきたるべき破滅は恐ろしいものでした。同市の長期間に及ぶ攻囲ののち,老若男女を問わず人びとはちまたで死に,子供は打ち砕かれようとしていました。食糧の欠乏は深刻をきわめ,中にはわが子を食べる者も出ることになっていました。―哀歌 2:11,12,20,21; 4:4,9,10; 5:11,12。

  • エホバの証人はなぜ繰り返しお宅を訪問するのですか
    ものみの塔 1972 | 8月1日
    • 21 それで,神のみ名を奉じ,神の律法と裁きを知っているエホバの証人は,万一居眠りをして,眠っている戦友のための見張りを怠るなら,自分の命をも失いかねない歩哨に似ています。

      22 したがってエホバの証人は,神が行なおうとしておられる事がらや神の要求を知る機会を与えるため,同胞を訪問しなければなりません。生きることを願う人がすべて死なずに生きるためです。

      23 神は,人びとを訪問する責任をご自分の証人たちに課する点で,証人たちに対してどうして過酷ではありませんか。

      23 エホバ神はこの責任をご自分の証人たちに課する点で彼らに対して過酷ではありません。実際,それは彼らの愛を試みるものなのです。そして彼らは進んで,また喜んでその責任をにないます。詩篇作者が予告したとおりです。「なんぢのいきほひの日になんぢの民は……心よりよろこびて己をさゝげん」― 詩 110:3。

      24,25 神がご自分の証人たちを遣わすのは,彼らの訪問を迷惑に思う人がいるにしても,どうして愛ある行為といえますか。

      24 また,神がご自分の証人たちを人びとの中に遣わす点でも,それがたとえ証人たちの訪問や携える音信を迷惑に思う人がいるにしても,神は人びとに対して無情ではありません。証人たちの行なっているわざは実際には神に由来します。なぜなら,神がご自分の証人たちを遣わし,すべての人,特にキリスト教世界の人たちのもとに行って話すよう命じておられるからです。

      25 そのうえ,神が,ご自分の敵となる者を含め,あらゆる人びとに警告をお与えになるのは最大の過分の親切といわねばなりません。神は仰せられます。「主エホバ言たまふ我争で悪人の死を好まんや寧彼がその道を離れて生んことを好まざらんや」― エゼキエル 18:23。

      26 エホバの証人はなぜ自分たちの義務を真剣に考えますか。

      26 神の真理のみことば聖書の述べることに耳を傾けようとしない,キリスト教世界の人びとの直面している最も重大な危険は,自然死のそれではなく,神の手による処刑の危険です。エホバの証人が自分たちの義務を非常に真剣に考えているのはそのためです。証人たち自身まず最初他の人の訪問を受けて,聖書を学びました。そして彼らは,神が行なっている事がら,また行なおうとしておられる事がらを知り,また理解しています。証人たちはあらゆる人びとが生きるのを見たいと願っています。そのうえ,警告を与えて生き長らえさせるよう十分配慮しなかったとの理由で他の人びとの血の責任を負わされるのを望んではいません。彼らは,自分自身の生活を聖書の原則に従って改め,また他の人びとに伝える責務を受け入れます。なぜなら,証人たちは,創造者の定められた清い原則に従って生活する人たちだけがその新秩序で生活するということを知っているからです。

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