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神の忍耐を試みすぎてはならないものみの塔 1972 | 8月15日
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16,17 (イ)北の王国の滅びによって,罪を罰する問題は決着を見ましたか。(ロ)エホバは「ユダの家」についてエゼキエルに何を示されましたか。
16 神は西暦前997年以降,イスラエルの反抗と偶像崇拝を大目に見てこられました。反抗的な北の王国は390年は持ちこたえませんでした。その国は西暦前740年に滅びましたが,その滅びは,神であられるエホバの崇拝からの逸脱に対する直接の処罰となりました。しかしそれでも,エホバに関するかぎり問題は決着を見ませんでした。母なる首都エルサレムと決着をつけるべきことがなお多少残っていました。そこでエホバはさらにエゼキエルにこう伝えました。
17 「復右側を下にして臥し四十日の間ユダの家の罪を負ふべし〔わたしがあなたに与えたのは,一年に対して一日,一年に対して一日である。〕汝エルサレムの囲に面を向け腕を袒して其の事を預言すべし視よ我索を汝にかけて汝の囲の日の終るまで右左に動くことを得ざらしめん」― エゼキエル 4:6(後半)-8〔新〕
18 エゼキエルがイスラエルのために彼の左側を,ユダのためにその右側を下にして横たわるのはなぜ適切でしたか。彼は攻囲のその劇的な情景を合計どれほどの期間継続することになっていましたか。
18 もしエゼキエルがエルサレムの模擬攻囲にさいして頭を東に向けて(うつぶせに)横たわったとすれば,彼の左側は北,つまり以前の北のイスラエル王国の方角をさし,彼の右側は南をさすことになります。それで,南のユダ王国の「罪」を負う場合,彼が右側を下にして横たわるのは適切なことでした。そうすることにより,重荷を全部自分の右側に置くことになります。もちろんエゼキエルが右側を下にして40日横たわったのは,左側を下にして390日横たわった後のことです。それで,その攻囲にさいして430日横たわったことになります。a
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神の忍耐を試みすぎてはならないものみの塔 1972 | 8月15日
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a エゼキエルがこの劇的場面を文字通りに実際に示し,430日の日中,からだの片側を下にして実際に横たわったのか,それともそれは単に幻の中で起きたのかは問題です。この点で注釈者の意見はわかれており,その情景は単に幻として生じたのであり,その後にエゼキエルは幻を見たのち,その情景を実際に演じて示したと考える人もいます。しかしいずれにしても,その預言の成就および当時のユダとイスラエルに対するその適用に関する理解はいささかもかわりませんし,キリスト教世界に対するその預言の種々の特徴の最終的成就も影響を受けません。重要なのは,幻の中で与えられた命令がエゼキエルの場合どのように遂行されたかではなく,わたしたちに関係し,また影響を及ぼすその命令の意義です。
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