第18章
聖書 ― それは本当に神の霊感によるものですか
1 創造者は人間にないどんな能力を持っておられますか。
人間はだれも,将来の事柄を細かな点まで正確に予告することはできません。それは人間の能力の及ばない事柄です。しかしながら,宇宙の創造者は,必要なすべての事実に精通しておられ,事態を制御することさえおできになります。だからこそ,創造者は『終わりのことを初めから,まだ行なわれていなかったことを昔から告げる方』である,と言うことができます。―イザヤ 46:10;41:22,23。
2 どんな証拠は,聖書が神の霊感を受けたものであることを雄弁に語っていますか。
2 聖書の中には幾百もの預言が含まれています。それらはこれまでに正確に成就してきましたか。もしそうであれば,それは,聖書が「神の霊感を受けた」ものであることの,雄弁な証しとなるでしょう。(テモテ第二 3:16,17)またそれは,これから将来の事柄に関する預言に確信を抱かせるものともなるでしょう。ですから,すでに成就した預言の幾つかをここで振り返ってみるのは有益です。
ティルスの滅亡
3 ティルスに関してどんなことが予告されていましたか。
3 ティルスはフェニキアの重要な海港都市でしたが,その南に隣接し,エホバを崇拝していた古代のイスラエルに対して不信実な振る舞いをしていました。エホバは,エゼキエルという名の預言者によって,ティルスの完全な滅びを,それが起きるより250年以上も前に予告されました。エホバはこう宣言しておられました。「わたしは多くの国々の民を起こしてあなたを攻めさせる。そして,彼らはティルスの城壁を必ず滅びに陥れ,その塔を打ち壊すであろう。わたしは彼女からその塵をこそげて,これを大岩の輝く,むき出しの表面とする。彼女は海の中で引き網の干し場となる」。エゼキエルは,ティルスを最初に攻囲する国家とその指導者の名をもあらかじめ挙げていました。『いまわたしは……バビロンの王ネブカドレザルを連れて来て,ティルスを攻めさせる』― エゼキエル 26:3-5,7。
4 (イ)バビロンがティルスを征服することに関する預言はどのように成就しましたか。(ロ)なぜバビロニア人は戦利品を手に入れることができませんでしたか。
4 この予告のとおり,幾年かのちに,確かにネブカドレザル[ネブカドネザル]は,本土側のティルスを覆しました。ブリタニカ百科事典は,「ネブカドレザルによる……13年の攻囲」について記しています。1 しかし,その攻囲ののちにも彼が戦利品を何も手に入れなかったことが報告されています。『報酬はというと……彼のためにティルスからは何もなかった』。(エゼキエル 29:18)これはなぜでしたか。なぜなら,ティルス市の一部は,狭い海峡を隔てた対岸の島に造られていたからです。2 ティルスの財宝の多くは,本土から島に移されていて,都市の島の部分は滅ぼされなかったのです。
5,6 アレクサンドロス大王はどのようにしてティルス市の島の部分を滅ぼし,預言の詳細な点を成就しましたか。
5 また,ネブカドレザルによる征服は,エゼキエルが予告していたとおりに「[ティルス]からその塵をこそげて,これを大岩の輝く,むき出しの表面とする」ほどのものとはなりませんでした。ティルスは「海の中に」投げ込まれるであろうという,ゼカリヤの預言もまだ成就していませんでした。(ゼカリヤ 9:4)これらの預言は正確ではなかったのでしょうか。決してそうではありません。エゼキエルが預言してから250年以上のち,そしてゼカリヤの預言からほとんど200年後の,西暦前332年に,ティルスは,アレクサンドロス大王の率いるギリシャ軍によって徹底的に破壊されました。アメリカーナ百科事典はこう説明しています。「彼は332年に,その都市の本土側の部分の残がいを用いて巨大な[土手道]を構築して,島と本土とをつないだ。7か月にわたる攻囲ののち……彼はティルスを攻め落として,これを滅ぼした」。3
6 こうして,エゼキエルとゼカリヤによって予言されたとおりに,ティルスの塵と残がいは,最後には海の中に投げ込まれました。その場所を訪れたある人も述べたとおり,ティルスはただの大岩,「網を広げる場所」として残っているにすぎません。4 ですから,200年も前に語られた預言が,まさに詳細な点までそのとおりになったのです。
キュロスと,バビロンの滅亡
7 聖書はユダヤ人とバビロンについてどんなことを予告していましたか。
7 同じように目ざましいのは,ユダヤ人とバビロンに関する預言です。歴史は,バビロンがユダヤ人を捕囚にしたことを記録しています。しかし,その出来事が起きるより40年ほど前に,エレミヤはその事について予告していました。イザヤは,それが起きるよりおよそ150年前にその事を予言しました。イザヤはさらに,ユダヤ人が捕囚から帰還することも予告していました。エレミヤもそれについて予言し,ユダヤ人は70年後に自分たちの土地に復帰するであろう,と述べていました。―イザヤ 39:6,7;44:26。エレミヤ 25:8-12;29:10。
8,9 (イ)だれが,どのようにしてバビロンを征服しましたか。(ロ)歴史はバビロンに関する預言の真実性をどのように確証していますか。
8 この予告された帰還は,西暦前539年に,メディア人とペルシャ人がバビロンを倒したことによって果たされるようになりました。それは,イザヤによってほとんど200年前に,またエレミヤによっておよそ50年前に予告されていたのです。エレミヤは,バビロンの兵士たちが何ら抗戦しないであろう,と述べていました。そして,バビロンの守りの用水であるユーフラテス川が「必ず干上がる」ことを,イザヤもエレミヤも共に予告していました。イザヤはさらに,そこを征服するペルシャの将軍キュロスの名をさえ挙げて,彼の前に「[バビロンの]門が閉じられないようにする」と述べていました。―エレミヤ 50:38;51:11,30。イザヤ 13:17-19;44:27;45:1。
9 ギリシャの歴史家ヘロドトスの説明によると,キュロスはまさしくユーフラテス川の水の流れを変えさせ,「川の水位は下がって,自然の川床を歩いて渡れるほどに」なりました。5 こうして,兵士たちは,夜の間に川床を進軍し,不注意にも開け放たれていた門を通って市内に入りました。ヘロドトスはこう続けています。「キュロスの行なおうとしていた事について気づいていたなら,バビロニア人たちは,川に面するすべての市街の門の守りを固めていたであろう。……だが,実際のところ,ペルシャ人は不意に彼らに襲いかかって,その都市を攻略したのである」。6 まさに,聖書が説明しているとおり,バビロニア人たちは飲み騒ぎにふけっていたのであり,ヘロドトスはそのことを確証しています。7 (ダニエル 5:1-4,30)イザヤもエレミヤも共に,バビロンがやがて,人の住まない廃虚となることを予告していました。そして,まさしくそのとおりになりました。今日,バビロンは荒廃してただの荒れ塚となっています。―イザヤ 13:20-22。エレミヤ 51:37,41-43。
10 どんな証拠が,キュロスによるユダヤ人の解放を裏付けていますか。
10 キュロスはまた,ユダヤ人をその故国に復帰させました。それより2世紀以上前,エホバはキュロスについて,「彼は……わたしの喜ぶことをすべて完全に成し遂げるであろう」と予告しておられました。(イザヤ 44:28)その預言のとおり,捕らわれから70年後の西暦前537年,キュロスは捕囚となっていた人々を故国に戻らせました。(エズラ 1:1-4)古代ペルシャの碑文で,キュロスの円筒印章と呼ばれるものが発見されていますが,それには,捕囚民をそれぞれの故国に戻らせたキュロスの政策のことが述べられています。キュロスは「バビロンの住民については,わたしは(また)それら[諸都市]の(以前の)住民すべてを集めて,(彼らに)その居住地を返した」と語った,と記録されています。8
メディア-ペルシャとギリシャ
11 聖書は,メディア-ペルシャの興隆,およびギリシャによるその滅亡をどのように予告していましたか。
11 バビロンがまだ世界強国であった時代に,聖書は,バビロンが,「メディアとペルシャの王」を表わす二本の角を持った象徴的な雄羊によって征服されることを予告していました。(ダニエル 8:20)その予告のとおり,メディア-ペルシャは,西暦前539年にバビロンを征服して,次の世界強国となりました。しかしやがて,ギリシャを表わす「一頭の雄のやぎ」が,「[雄羊]を打ち倒して,その二本の角を折(り)」ました。(ダニエル 8:1-7)これは,西暦前332年,ギリシャがメディア-ペルシャを撃ち破って,新しい世界強国となった時に起きました。
12 ギリシャの支配権について聖書は何と述べていましたか。
12 その後にどんな事が起きると予告されていたかに注意してください。「そして,その雄のやぎは甚だしく高ぶった。しかし,それが強大になるや,その大いなる角は折れ,その代わりに際立った四つの角が生え(出た)」。(ダニエル 8:8)これはどういう意味ですか。聖書はこう説明しています。「毛深い雄やぎはギリシャの王を表わしている。その目の間にあった大いなる角,それはその第一の王である。また,それが折れて,その代わりについに四本の角が立ち上がったが,彼の国から四つの王国が立つことになる。しかし,彼ほどの力はない」― ダニエル 8:21,22。
13 ギリシャに関する預言は,記録されてから200年以上後にどのように成就しましたか。
13 歴史は,この「ギリシャの王」がアレクサンドロス大王であったことを示しています。しかし,西暦前323年のアレクサンドロスの死後,その帝国は分裂し,やがて,セレウコス・ニカトール,カッサンドロス,プトレマイオス・ラゴス,リュシマコスの4人の将軍の間で分割されました。聖書が予告していたとおり,「代わりについに四本の角が立ち上が(り)」ました。しかし,同じく予告されていたとおり,これら4人のだれもアレクサンドロスほどの力を持つことはありませんでした。こうして,この預言は,記録されてから200年以上後に成就しはじめたのです。これも,聖書が霊感によるものであることの目ざましい証拠です。
メシアに関する予告
14 イエス・キリストに成就した多くの預言について,ある学者は何と述べましたか。
14 とりわけ注目に値するのは,イエス・キリストに関する聖書の幾十もの預言です。J・P・フリー教授は,こう述べました。「これらのすべての預言が一人の人物に成就する確率はすこぶるわずかであるから,それが単なる人間の明敏な推測などでないことははっきりと論証される」。9
15 キリストに成就した預言で,キリスト自身は制御できなかったものとしてどんな例がありますか。
15 それらの預言の多くは,イエスが物事を制御して成就させることなど全くできないものでした。例えば,イエスは,自分がユダの部族から,またダビデの子孫として生まれるように取り決めることなどできませんでした。(創世記 49:10。イザヤ 9:6,7;11:1,10。マタイ 1:2-16)また,一連の出来事を操作して,自分がベツレヘムで誕生するようにすることもできませんでした。(ミカ 5:2。ルカ 2:1-7)さらに,銀30枚で売り渡されるようにすることも(ゼカリヤ 11:12。マタイ 26:15),敵対者たちからつばを吐きかけられるようにすることも(イザヤ 50:6。マタイ 26:67),刑柱上の自分がののしりの言葉を浴びせられるようにすることも(詩編 22:7,8。マタイ 27:39-43),槍で突き通されるが,体の骨は一本も折られないようにすることも(ゼカリヤ 12:10。詩編 34:20。ヨハネ 19:33-37),兵士たちがイエスの衣に関してくじを引くようにすることも(詩編 22:18。マタイ 27:35),イエスが自分で取り決めた事ではないはずです。これらは,人間イエスに成就した多くの預言の中のわずかな例にすぎません。
エルサレムの滅び
16 イエスはエルサレムに関してどんなことを預言しましたか。
16 イエスは,エホバの預言者のうち最大の方でした。まず,エルサレムにどんな事が起きると言われたかに注意してください。「あなたの敵が,先のとがった杭でまわりに城塞を築き,取り巻いて四方からあなたを攻めたてる日が来るからであり,彼らは,あなたとあなたの中にいるあなたの子らを地面にたたきつけ,あなたの中で石を石の上に残したままにはしておかないでしょう。あなたが自分の検分されている時を見分けなかったからです」。(ルカ 19:43,44)イエスはさらにこう言われました。「エルサレムが野営を張った軍隊に囲まれるのを見たなら,その時,その荒廃が近づいたことを知りなさい。その時,ユダヤにいる者は山に逃げはじめなさい」― ルカ 21:20,21。
17 エルサレムを包囲する軍隊に関するイエスの預言はどのように成就しましたか。人々はどのようにしてその都市から逃げることができましたか。
17 この預言のとおり,ケスチウス・ガルスの率いるローマ軍が,西暦66年にエルサレムに攻めて来ました。しかしながら,不思議なことに,彼はエルサレムに対する攻囲を最後まで押し進めず,1世紀の歴史家フラビウス・ヨセフスが伝えているとおり,「全く何の理由もなくその都市から撤退した」のです。10 予期しなかった方法で攻囲が解かれた時,エルサレムから逃げるようにという,イエスの諭しに従う機会が開けました。歴史家エウセビオスは,クリスチャンたちがそのとおり逃げたことを伝えています。11
18 (イ)ローマ軍がエルサレムから撤退して4年もたたない西暦70年にどんな事が起きましたか。(ロ)エルサレムの滅びはどれほど徹底的でしたか。
18 それから4年もたたない西暦70年,ティツス将軍の率いるローマ軍が戻って来て,再びエルサレムを囲みました。彼らは周囲数キロにわたって樹木を切り倒して,その都市を囲む壁を,つまり「先のとがった杭でまわりに城塞を」築きました。その結果,ヨセフスの述べるとおり「ユダヤ人が逃れ出る望みはいまやすべて絶たれ」ました。12 ヨセフスが記すところによると,約5か月の攻囲の結果,三つの塔と城壁の一部とを除き,そこに残されていたものは「徹底的に打ち崩されて平らにされ……そこにかつて人が住んでいたことを,訪れる人々に信じさせるものは何も残らないまでに」なりました。13
19 (イ)エルサレムに臨んだ苦難はどれほど厳しいものでしたか。(ロ)ティツスの凱旋門はどんなことを無言のうちに思い出させていますか。
19 その攻囲の間に約110万人が死に,また9万7,000人が捕虜にされました。14 今日でも,イエスの預言が成就したという証しをローマに見ることができます。そこにはティツスの凱旋門がありますが,エルサレム攻略の成功を記念して,西暦81年にローマの人々によって建てられたものです。その凱旋門は,聖書の預言の中の警告に注意を払わなければ災厄に陥るということを,無言のうちに思い出させています。
今日成就しつつある預言
20 どんな質問に答えて,イエスは,世界の大きな変化が近いことをわたしたちが知るための「しるし」について語られましたか。
20 聖書によると,驚くほどの世界の変化が近づいています。イエスは,1世紀の人々が差し迫ったエルサレムの滅びについて知るための手がかりとなる出来事を予告されましたが,同じように,今日の人々が世界の変化の近いことを知るための出来事についても予告しておられます。イエスがその「しるし」について語られたのは,「あなたの臨在と事物の体制の終結のしるしには何がありますか」という,弟子たちの質問に答えた時でした。―マタイ 24:3。
21 (イ)キリストの「臨在」はどのようになされますか。「事物の体制の終結」とは何ですか。(ロ)イエスの語られたしるしについてどこで読むことができますか。
21 聖書によると,キリストのこの「臨在」は人間のかたちを取ってなされるのではありません。キリストは,天にあって強大な統治者となり,抑圧された人類を救い出すのです。(ダニエル 7:13,14)その「臨在」は,イエスが「事物の体制の終結」と呼ばれた期間中になされるはずです。では,イエスが目に見えないかたちで支配者として臨在しておられ,この事物の体制の終わりが近づいていることを示すしるしとして,イエスはいったいどんな事柄を挙げましたか。聖書の,マタイ 24章,マルコ 13章,ルカ 21章の中で,同時代に起きることによってそのしるしを構成する一連の出来事について読むことができます。その中の主だったものを幾つか挙げると,次のとおりです。
22 1914年以来の戦争はどのようにしるしの一部となってきましたか。それらはどれほど破壊的でしたか。
22 大きな戦争: 『国民は国民に,王国は王国に敵対して立ち上がる』。(マタイ 24:7)1914年以来,この預言は圧倒的なかたちで成就してきました。1914年に始まった第一次世界大戦は,機関銃,戦車,潜水艦,戦闘機,また毒ガスなどの大々的な使用を開始させました。1918年にその大戦が終わるまでに,およそ1,400万人の兵士や一般市民が殺されていました。「第一次世界大戦は最初の『全面戦争』であった」と,一歴史家は述べています。15 1939年から1945年にまで及んだ第二次世界大戦はさらにいっそう破壊的なものとなり,将兵と一般市民を合わせた死者の数は5,500万人に上りました。しかもそれは,全く新たな恐怖となった原子爆弾をもたらしたのです。それ以後にも,幾十もの大小の戦争によってさらに3,000万人以上の人が死んできました。ドイツのニュース雑誌「シュピーゲル」は,「1945年以来,世界が真に平和であった日は一日もない」と述べました。16
23 食糧不足は1914年以降の世界をどれほど苦しめてきましたか。
23 食糧不足: 『食糧不足がある』。(マタイ 24:7)第一次世界大戦のあとには,広範囲に及ぶ飢きんが続きました。第二次世界大戦の後には,さらにひどい飢きんがありました。そして,今日はどうでしょうか。「今日の飢えは全く新たな規模のものである。……4億もの人々が常に餓死の危機にさらされている」と,ロンドンのタイムズ紙は述べています。17 トロントのグローブ・アンド・メール紙は,「8億以上の人が食物の不十分な状態にある」と伝えています。18 そして,世界保健機関は,栄養不良のために,「毎年,1,200万人もの幼児が,満1年目の誕生日を迎える前に死んでいる」と報告しています。19
24 1914年以来,地震はどのように増大していますか。
24 地震: 『大きな地震がある』。(ルカ 21:11)耐震工学の専門家ジョージ・W・ハウスナーは,数十万人の命を奪った,1976年の,中国,唐山<タンシャン>の地震を,「人類史上最大の地震災害」と呼びました。20 イタリアの雑誌「イル・ピッコロ」は,「統計的にも示されるとおり,我々の世代は,地震活動の活発な危険な時代に生きている」と伝えています。21 平均すると,1914年以降の地震による毎年の死者の数は,それまでの幾世紀もの時代と比べて約10倍にも達しています。
25 1914年以来,どんな痛ましい流行病が生じて,しるしの一面を成就してきましたか。
25 疾病: 『そこからここへと疫病がある』。(ルカ 21:11)サイエンス・ダイジェスト誌はこのように述べています。「1918年に流行したスペイン風邪は,非常な速さで地上全域に広がり,2,100万人の命を奪った」。同誌はさらにこう述べました。「全歴史を通じてこれほど厳しく,これほど足早な死の訪れはなかった。……その流行病の加速の割合がそのまま続いていたなら,人類はほんの数か月で全滅していたであろう」。22 その後にも,心臓病,がん,性病,その他多くの苦しい病気が,幾億もの人々の体を損ない,命を奪ってきました。
26 1914年以来,不法はどのように増し加わってきましたか。
26 犯罪: 「不法が増す」。(マタイ 24:12)殺人,強盗,強姦,テロ,不正 ― この種の多くの言葉をわたしたちはよく耳にしています。人々が自分の住む市街地を歩くことに不安を感じる土地さえ少なくありません。1914年以後のこの不法の傾向を認めて,テロ問題の一権威者はこう述べました。「最初の大戦までの時代は,概してもっと人道的であった」。23
27 恐れの気持ちに関する預言は今日どのように成就していますか。
27 恐れ: 『恐ろしい光景がある』。(ルカ 21:11)ハンブルクのディ・ウェルト紙は,わたしたちの時代を「恐怖の世紀」と呼びました。24 人類に対する全く新たな脅威が,かつてないほどの恐れの気持ちを抱かせています。歴史上初めて,核による絶滅と汚染という問題が『地の破滅』の脅威をかもし出しています。(啓示 11:18)増大してゆく犯罪,インフレ,核兵器,飢餓,その他種々の苦しい状況が,安全と生存そのものに関して人々の抱く恐れの気持ちを高まらせてきました。
それを異ならせているものは何か
28 今日見られるこうしたしるしのさまざまな特色は,今が「事物の体制の終結」の時であることをどのように示していますか。
28 しかし,こうした事柄の多くは過去の時代にも起きた,と言われる方もおられるでしょう。では,今日起きている事柄をこれまでと異ならせているものは何でしょうか。第一に,しるしを構成するすべての出来事が一つの世代によって観察されてきました。それは,1914年当時に生きていた世代であり,その世代の幾百万もの人々が今なお生きています。イエスは,『すべての事が起こるまで,この世代は決して過ぎ去らない』とはっきり言われました。(ルカ 21:32)第二に,このしるしの影響は,「そこからここへと」全世界に及んでいます。(マタイ 24:3,7,9;25:32)第三に,この期間全体を通じて状況は徐々に悪化してきました。「これらすべては苦しみの劇痛の始まり」であり,「邪悪な者とかたりを働く者とはいよいよ悪に進(む)」と記されています。(マタイ 24:8。テモテ第二 3:13)そして第四に,このすべてには,『大半の者の愛が冷えるであろう』というイエスの警告の言葉のとおりに,人々の態度と行動の変化が伴っています。―マタイ 24:12。
29 「この世界の終わりの時代」に関する聖書の描写は,今日の人々の道徳的な状態とどのように一致していますか。
29 そうです,わたしたちが今,予告されていた,終わりの重大な時に生きているという強力な証拠の一つは,人々の道徳の低下に見られるのです。今日の世界で観察される事柄を,今の時代に関して述べられていた次の預言の言葉と比べてみてください。「あなたはこの事を知っておかなければなりません。この世界の終わりの時代は苦難の時となります。人々はただ金銭と自分だけを愛するようになります。人々は尊大になり,誇りたかぶり,ののしりの言葉を吐くようになるでしょう。親に敬意を持たず,感謝を抱かず,敬神の念がなく,自然の愛情がありません。人々は憎しみを抱いて容易に和解せず,陰口を好み,節度がなく,荒々しく,あらゆる善に対してよそ者で,背信の者,向こう見ずな者,うぬぼれを抱いて威張る者となるでしょう。それらの人々は,快楽を神の位置に置く者,宗教の外面を保ちながら,その真実さを常に否定する者となるでしょう」― テモテ第二 3:1-5,新英訳聖書。
1914年 ― 歴史の転換点
30,31 (イ)1914年より前の人々は世界の状態についてどんな見方をしていましたか。将来はどうなると彼らは考えていましたか。(ロ)しるしのほかに,聖書は,わたしたちが「終わりの日」にいることを示す他のどんなものを提出していますか。
30 人間の観点からするとき,聖書の中に予告されていた,世界の苦難と全地球的な規模の戦争とは,1914年より前の世界では全く想像もしない事柄でした。ドイツの政治家コンラート・アデナウアーはこう語りました。「さまざまな回想と情景が思いに浮かぶ。……1914年以前の時代の回想である。その時代,この地上には真の平和と静けさと安全とがあった。それは,恐れというものを知らない時代であった。……1914年以来,安全と静けさは人々の生活から失われた」。25 1914年以前の人々は,将来は「ますます良い方向に向かう」と考えていたと,英国の政治家ハロルド・マクミランは記しています。26 「1913年: 二つの世界にはさまれたアメリカ」と題する本はこう書いています。「国務長官ブライアンは[1913年に],『世界の平和を約束する状況が今日ほど有望なものになったことはない』と述べていた」。27
31 ですから,第一次世界大戦の間際まで,世界の指導者たちは,社会的進歩と啓発の時代を予測していました。しかし,聖書はその逆の事,すなわち,1914年から1918年の,前例のない戦争が「終わりの日」の始まりを明示するものとなることを予告していました。(テモテ第二 3:1)聖書はまた,1914年が神の天の王国の誕生の年となり,それ以後に前例のない世界の苦難が続くことに関する年代的な証拠をも示していました。28 しかし,その当時に生きていた人で,1914年がそのような歴史の転換点となることに気づいていた人がいたでしょうか。
32 (イ)聖書中の年代記述に通じていた人々は,1914年の何十年も前から,その年について何と述べていましたか。(ロ)ここにある表によると,他の人々は1914年について何と述べましたか。
32 その年より何十年も前から,1914年の重大性について知らせていた人々の組織がありました。ニューヨークのザ・ワールド紙は,1914年8月30日付の紙上でこう説明していました。「欧州における恐るべき戦争の勃発は,異例な預言の成就となった。過去四半世紀の間……『国際聖書研究者[エホバの証人]』は,伝道者や出版物を通して,聖書に預言された憤りの日は1914年に明けるであろう,とふれ告げてきた。『1914年に注意せよ!』というのが……福音宣明者たちの叫びであった」。29
預言を成就する人々
33 しるしのさらにどんな面をエホバの証人は成就していますか。
33 聖書はまた,「末の日に」,あらゆる国から来た人々が,比ゆ的な意味で「エホバの山に」行き,神はそこで「ご自分の道について[彼ら]に教え諭(す)」とも予告していました。その預言は,そのような教えの結果の一つについてこう述べています。「彼らはその剣をすきの刃に,その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。……彼らはもはや戦いを学ばない」。(イザヤ 2:2-4)戦争に関する,エホバの証人の広く知られた記録は,この預言の明瞭な成就となっています。
34 エホバの証人たちが『剣をすきの刃に打ち変えた』ことについてどんな証拠がありますか。
34 第二次世界大戦前後のドイツにおけるプロテスタントの指導者の一人であったマルティン・ニーメラーは,エホバの証人たちについて述べ,彼らは「聖書のまじめな学者であり,戦争のために奉仕することを拒み,仲間の人間に向かって発砲することに応じなかったために,幾百,幾千人もが強制収容所に入り,またそのために死んだ」と書きました。そして,それとは対照的に,「キリスト教の諸教会は,幾時代にもわたって,戦争と軍隊と武器を祝福することに常に同意してきた。また……きわめて非クリスチャン的な態度で,自分たちの敵の絶滅を祈り求めてきた」とも書いています。30 では,イエスが真のクリスチャンを見分けるためのしるしとして語られた事柄にかなっているのはだれでしょうか。イエスはこう言われました。「あなた方の間に愛があれば,それによってすべての人は,あなた方がわたしの弟子であることを知るのです」。(ヨハネ 13:35)ヨハネ第一 3章10-12節がはっきり述べているとおり,神の僕たちは殺し合うようなことをしません。そのようなことを行なうのはサタンの子供たちです。
35 (イ)エホバの証人を一致させているものは何ですか。(ロ)彼らが神の王国に忠誠を尽くすのは聖書的に見て正しいことですか。
35 エホバの証人を一致させて全世界的な兄弟関係を築かせているのは,神の王国に対する共通の忠誠と,聖書の原則を堅く守ろうとする忠実さです。彼らは,聖書が教えている事柄を全面的に受け入れています。その王国が法律と権威とを持つ現実の政府であり,まもなくそれが全地を統治するということを信じています。その王国にはすでに地上の数百万の臣民がいて,その数は増大しており,これから来る文明のための土台として形造られつつあります。その王国に関して,預言者ダニエルは霊感のもとにこう書きました。「天の神は決して滅びることのないひとつの王国を立てられます。……それは[今存在する]これらのすべての王国を打ち砕いて終わらせ,それ自体は定めのない時に至るまで続きます」。(ダニエル 2:44)イエスはこの王国を最重要なものとして,弟子たちにこう教えました。「あなた方はこのように祈らなければなりません。『天におられるわたしたちの父よ,……あなたの王国が来ますように』」― マタイ 6:9,10。
36 (イ)神はどんなことを広く知らせるように望んでおられますか。(ロ)それを行なっているのはだれですか。
36 1914年以来聖書預言の成就として起きた多くの出来事は,神の天の王国が『他のすべての政府を打ち砕いて終わらせる』時が非常に近いことを示しています。そのため神は,その事実が広く知らされることを望んでおられます。そのことは,しるしの重要な部分として語られた次の言葉の中にも示されています。「王国のこの良いたよりは,あらゆる国民に対する証しのために,人の住む全地で宣べ伝えられるでしょう。それから終わりが来るのです」。(マタイ 24:14)全世界的な兄弟関係を保ち,数百万を数えるエホバの証人は,現在この預言を成就しています。
37 この事物の体制がハルマゲドンで終わることはなぜ良いたよりになりますか。
37 神の望まれる程度までその王国のたよりが伝えられたとき,この世界は,イエスの言われたとおり,「世の初めから今に至るまで起きたことがなく,いいえ,二度と起きないような大患難」を見ることになります。これは,最終的にハルマゲドンの戦いとなり,それをもってサタンからのよこしまな働きかけは終わります。それは全地から邪悪な国家と人間とを除き去り,『義の宿る』楽園<パラダイス>の到来のための道を開きます。―マタイ 24:21。ペテロ第二 3:13。啓示 16:14-16;12:7-12。コリント第二 4:4。
38 (イ)聖書に記録されている預言が成就したことによって何が実証されましたか。(ロ)それらの預言はこれから将来に関してどんな意味を持ちますか。
38 すでに数多くの預言が成就して信頼性が示されてきた聖書は,まさしく「神の霊感を受けた」書物であることが実証されています。(テモテ第二 3:16)ですから,それを,「人間の言葉としてではなく,事実どおり神の言葉として」受け入れてください。(テサロニケ第一 2:13)その著者であるエホバ神は,『終わりのことを初めから告げる方』でもあられますから,あなたは,これから将来に成就する預言に対しても強固な確信を持つことができます。(イザヤ 46:10)そして,これから来る事柄にはまさに驚嘆すべきものがあります。次の章の中でそれについて読むとき,あなたは胸の躍るものを感じることでしょう。
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成就した預言は確信を抱かせる
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エルサレムの滅びはイエスによって予告されていた
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そのしるしを構成するすべての出来事が一つの世代によって観察されている
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「1914年以前……この地上には真の平和と静けさと安全とがあった」
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「彼らはもはや戦いを学ばない」
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聖書は,創造者の霊感を受けた書物としての信頼性を自ら実証している
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1914年 ― 歴史の転換点
二度目の世界大戦の後でさえ,多くの人は,1914年を振り返って,その年が現代史における大きな転換点であったことを認めている:
「真にわたしたちの時代の転換点となったのは,広島に原爆が投下された年ではなく,むしろ1914年であった」― レーヌ・アルブレヒト-カリー,サイエンティフィック・マンスリー誌,1951年7月号。
「1914年以来,世界の趨勢に気づいてきた人々は皆,終始増大してゆく災いに向かう,運命づけられ,また予定された行進のように思えるもののために深く憂えさせられてきた。多くの真剣な人々が,破滅への突入を回避しようにも,手の施しようがないと感ずるようになっている。人類は,怒り立った神々に翻弄されるギリシャ悲劇の主人公のように,もはや自らの運命を支配できなくなっている,と彼らは見ている」― バートランド・ラッセル,ニューヨーク・タイムズ・マガジン,1953年9月27日号。
「現代は……1914年に始まった。これがいつ,どのようなかたちで終わるかはだれも知らない。……大量殺りくをもって終わることもありうる」― 1959年1月1日付,シアトル・タイムズ紙。
「1914年に,それまで知られ,また受け入れられてきた世界は終わった」― ジェームズ・カメロン著,「1914年」,1959年発行。
「全世界は第一次世界大戦を境にしてまさに爆発した。我々はいまだその理由を知らない。……ユートピアは見えていた。そこには平和と繁栄とがあった。が,その時,突如としてすべてが吹き飛んだ。以来我々は一種の仮死状態にある」― ウォーカー・パーシー博士,アメリカン・メディカル・ニューズ誌,1977年11月21日号。
「1914年に世界は結合力を失い,以来それを取り戻すことには成功していない。……これは,国境の外でも中でも,異常なまでの無秩序と暴力の時代となってきた」― ロンドンの,エコノミスト誌,1979年8月4日号。
「文明は,1914年に,残酷な,そしておそらく末期的な病気に取り付かれた」― フランク・ピーターズ。1980年1月27日付,セントルイスの,ポスト-ディスパッチ紙。
「すべての事がますます良くなると思われていた。わたしが生まれたのはそのような世界であった。……しかし,1914年のある朝,突如,全く不意に,そのすべてが終わりを迎えた」― 英国の政治家ハロルド・マクミラン,1980年11月23日付,ニューヨーク・タイムズ紙。
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ティルス市の島の部分に近づくために土手道が構築され,それによって聖書の預言が成就した
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ユーフラテス川の水が干され,それによって聖書の預言が成就した
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この粘土製のキュロスの円筒碑文(縦にして示してある)は,捕囚民を故国に帰らせた,キュロスの政策について記している
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アレクサンドロス大王の肖像を刻印した金の大メダル。アレクサンドロスの偉業は預言の中であらかじめ語られていた
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イエスに関する預言の中には,それが成就するようにイエスが自分で物事を取り決めたりすることのできなかったものが多い
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これは,ティツスの凱旋門の内側の壁にある浮き彫りで,エルサレムの滅びの後にその財宝が運ばれて行く様子を描いており,無言の証しとなっている
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この体制が終わった時,それを生き残った人々は義の新体制に入る