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聖なる場所を正しい状態にするものみの塔 1972 | 3月1日
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ダニエルは古代ギリシアの4王国の角について書き,こう述べます。「またその角の一よりして一の小き角いできたり南にむかひて東にむかひて美地にむかひて甚だ大きくなり
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聖なる場所を正しい状態にするものみの塔 1972 | 3月1日
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25 (イ)『小さき角』はローマ帝国とどんな関係を持っていましたか。『小さき角』はなんであることがわかりましたか。(ロ)それはどのように『猛悪な顔の王』でしたか。
25 では,歴史の示すところによれば,象徴的な『小き角』つまり侵略をこととするあの『猛悪な顔の王』とはだれですか。それはローマ帝国北西部から派生した国すなわちブリテンです。というのは,今日英国として知られるそのブリテンには,西暦3世紀初頭に至るまでローマ領の幾つかの州があったからです。その後何世紀かを経て,英国は一つの帝国の座を成すに至り,17世紀以降,北アメリカの植民地をも包含しました。1763年には大英帝国はスペインとフランスを破りましたが,その両国とも神聖ローマ帝国の強力な成員国でした。以来,大英帝国は四海の覇者また聖書預言の第七世界強国であることをみずから明らかにしました。アメリカ大陸の13植民地が独立してアメリカ合衆国を樹立したのちでさえ,大英帝国は全地の4分の1および地上人口の4分の1を擁するまでに版図を広げました。この第七世界強国は,アメリカ合衆国がブリテンと提携して英米二重世界強国を形成するに及んで,いっそう強大な力を得ました。経済的にも軍事的にも,それはまさに『猛悪な顔の王』でした。
26 象徴的な『小さき角』はどのように「美地にむかひて甚だ大きく」なりましたか。それで,預言の成就のための場所としてのその美地に関してどんな疑問が生じますか。
26 1917年,この英米二重世界強国は確かに,「美地にむかって甚だ大きく」なりました。どのように? 同年12月9日,エルサレムを占拠し,パレスチナを英国の統治下に置くことによってです。1920年,国際連盟はパレスチナをグレート・ブリテンの委任統治領とし,その委任統治は1948年5月14日まで続きました。エホバがご自分の選民にお与えになった,聖書時代の約束の地はたいへん美しかったので,全地の中の美地と呼ばれました。エゼキエル書 20章6,15節でエホバはそれを「諸の地の中の美しき者」と呼ばれました。
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