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メシアは苦しみに遭い,死ぬことになっていたのか目ざめよ! 1983 | 6月22日
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「あなた方の上とあなた方の聖なる都市の上に七十週(年)が定められている。それは背教を抑え,罪の終わりをもたらし,とがを贖い,永遠の救い[「永遠の義」]をもたらすためである。
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メシアは苦しみに遭い,死ぬことになっていたのか目ざめよ! 1983 | 6月22日
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ダニエル 9:24-26,ズンツ訳。
興味深いことに,聖書はここで永遠の義がもたらされることについて述べていますが,それはメシアの支配に帰されてはいません。それとは反対に,メシアが死んで絶たれることと結び付けられています。
それに加えて,これらの出来事は「罪の終わり」と関連づけられています。これは確かに際立った事柄です。ヘブライ語聖書は,わたしたちすべてに誤ったことを行なう,つまり罪を犯す傾向が生来あることを告げているからです。例えば,創世記 8章21節には,「人の心の想像する事柄はその年若い時から邪悪である」という神の語られた言葉が記されています。さらに,「いつも善を行なって,決して罪を犯すことのないほど義にかなった人は,地上には一人もいない」とも告げられています。(伝道 7:20,リーサー訳)ところが,自分では完全に克服することのできないこの傾向がわたしたちすべてにあるにもかかわらず,メシアの出現と死によって実際に「罪の終わり」がもたらされるのです。このことが,『永遠の義をもたらすこと』と関連づけて述べられているのも不思議ではありません。
さらに,ダニエル 9章はメシアの出現と死が『とがを贖う』ことになるであろうと述べています。ヘブライ語聖書の中で,「贖い」は,動物の犠牲をささげることによって罪を償うことを指しています。(出エジプト記 29:36)しかし奇妙なことに,ダニエル 9章は贖いのことを,動物の死ではなく,メシアの死と関連づけて述べているのです。
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