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「大いなる君ミカエル」― だれのことですかものみの塔 1984 | 12月15日
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ミカエルが「立ち上がる」
ミカエルは「あなた方の君」でした。しかし,ミカエルは増し加えられた権威を受けることになっていました。次にわたしたちは,ダニエル書の最後の章にミカエルが現われるのを見ます。「そして,その時に,あなたの民の子らのために立つ大いなる君ミカエルが立ち上がる。そして,国民が生じて以来その時まで臨んだことのない苦難の時が必ず臨む」― ダニエル 12:1。
ダニエルは11章の中で,自分の時代から将来に至る世界強国の行進を描き出したばかりでした。ダニエルはペルシャの没落と,ギリシャの興隆を正確に描写しました。次いでギリシャ帝国が分割されます。その結果生ずる二つの政治的な存在,すなわち北の王と南の王は神の民に対する支配と統制とを巡って張り合うことになっていました。その抗争が最高潮に達した時,ミカエルが「立ち上がる」のです。これは何を意味しているでしょうか。
この同じ預言のほかの箇所で,『立ち上がる』という語は人が王として支配をする権威を執ることを意味しています。(ダニエル 11:3,4,7,20,21)ですからミカエルが「立ち上がる」時にも,やはり王として支配を始めるのです。これが示唆する事柄を考えてみてください。
ダニエルが死ぬ前に,ユダヤ人の最後の王ゼデキヤは廃されていました。その後幾世紀にもわたってユダヤ人の王は存在しないことになっていました。ダニエルの預言は,神の民がもう一度王を頂くようになる日が将来いつか来ることを示していました。その王とはミカエルです。
ダニエルと同時代の人であるエゼキエルは,神の民の王として再び支配をする「法的権利を持つ者」の到来を予告しました。(エゼキエル 21:25-27)短い独立の期間にある程度の権威を行使したレビ人のマカベア家とこの者とを同一視することはできません。ダビデ王の子孫ではなかったので,彼らには王になる「法的権利」はありませんでした。むしろ,天の王国で王として支配するよう神により油そそがれたのはイエス・キリストでした。(ルカ 1:31-33; 22:29,30。詩編 110:1)そのような者として油そそがれたのはイエス・キリストだけでした。ですから,イエスとミカエルは同一人物であるというのは全く理にかなったことです。
ダニエル 7章には,ダニエル 11章とよく似たところのある,世界強国の行進に関する別の預言があります。しかし,その預言の最高潮で,「人の子のような者」に「支配権と尊厳と王国とが与えられた」ことが書かれています。(ダニエル 7:13,14)「人の子のような」者とはイエスのことであるという点は広く認められています。(マタイ 10:23; 26:64。啓示 14:14)ですから,一方の預言の最高潮ではイエスが王になり,ダニエルのもう一方の預言ではミカエルが王になります。どちらの預言も同じ時期また同じ出来事を扱ったものですから,その両方の預言がやはり同一人物を扱っていると結論するのは確かに道理にかなったことです。
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