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「彼らは一致の中に伝道する」ものみの塔 1961 | 5月15日
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ておき,10月の「目ざめよ!」予約運動の時,その人々をひとりずつ訪ねて予約を提供しました。その結果,1ヵ月に128の新しい予約を得ました。
アマゾンのジャングルの真中で,地域の僕は善意者を見つけ,「御国のこの良いたより」の小冊子を配布しました。その時すぐに研究が始められ,地域の僕の友だちが毎週勉強を続けるように取り極めました。マナウスで次の巡回大会があった時,地域の僕は今度は証言用のかばんをもってにこにこしているこの同じ男の人に再びあい,びっくりしました。彼はその土地の兄弟たちと共に,モーターボートで大変な旅をして大会にきたのです。
この地域の僕の奥さんはギレアデ卒業生の中で,一番最初にこのジャングルの真中にふみこんだ姉妹ですが,カヌーを漕ぐことを覚え,ジャングルの単純な生活様式にも難なく順応しています。彼女はこの土地の姉妹たちが新しい聖書の話をするのは上手でも,勉強をなかなか始めることができないということを知りました。彼女は多くの姉妹たちに家から家のわざで,「御国のこの良いたより」の小冊子を配布している時,最初の訪問で研究を始める仕方を示しました。研究を始めるのに1週間待つ必要はないのです! 始めて訪ねた時から1週間後には2度目の研究をします。このようにしてその地域でたくさんの研究が始められるようになりました。
私たちはいつもパンフレットを各種そろえて持っているべきです。そして奉仕をしている時でも,バスに乗っている時でもすぐ取り出して使うようにしましょう。お客さんに渡したり,手紙に同封したり,そのほか数えきれないいろいろな方法で使うことができます。開拓者である一人の姉妹は,再訪問に行く途中,突然の雨に見舞われ,スコールがやむまで雨やどりをしようと思って一番近くの家にかけこみました。その家の若い娘さんが,どんな仕事をしているのかと彼女にききました。それで簡単に仕事の内容を説明し,その娘のお父さんのためにパンフレットを1部おいていきました。お父さんが帰ってきてパンフレットを読んだ時,非常な興味をおぼえ,そのパンフレットを発行した教会がどこにあるのか,知りたくなりました。1週間たたぬうちにこの姉妹は再訪問し,研究を始め,近くの御国会館をこの人に教えました。次の日曜日に彼は出席し,野外奉仕の発表をきき,家から家の伝道の時兄弟たちについていきました。2ヵ月たつと彼は献身した伝道者になりました。これは雨やどりしている時,彼の娘さんに渡したパンフレットがもとで,このような結果が生れたのです。
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読者よりの質問ものみの塔 1961 | 5月15日
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読者よりの質問
● 「子どもはその父の故によりて殺さるべからず」と述べている申命記 24章16節の言葉は,サムエル後書 12章14節に示されているように,ダビデとバテシバの間の姦淫関係によって産まれた子供が両人の罪の故に死んだ,という事実とどのように調和しますか。―アメリカの一読者より
申命記 24章61節の述べるごとく,律法は次のことを示します。すなわち,父は子の故に殺されてはならず子は父の故に殺されてはなりません。公正なさだめは,各人は自分自身の罪の故に死ぬべきであって,罪のない親族をひきこむべきではありません。このダビデとバテシバの場合には,そのどちらにも子供を持つ権利がなく,したがって,両人から子供が取られても,それは不正なことではありません。また,割礼をうけておらず,名前もつけられていなかったその子供は個性の型あるいは意識が十分に発達せず,生命を認識するにいたってはいません。さらに,姦淫を犯したバテシバは石打ちされて殺されることもあり得ました。その場合には,産まれていない子供も死んでしまうでしょう。しかし,「ものみの塔」でかつて述べられたごとくダビデには,エホバが彼とむすんだ御国契約の故に,恵みが示されました。しかし,エホバの不興を銘記させるため,エホバはその子供を死なせました。それは,ダビデ王にとってきわめて痛烈な打撃でした。ダビデの生涯中におきたふたつの類似の事件は記録されています。ひとつはけいやくのはこの安定をはかったウザの死で,もうひとつの場合は,ダビデ王が僭越にも誇り高ぶってイスラエルの軍勢の数をかぞえたために幾万人というイスラエル人が滅ぼされたことです。(歴代志上 15:13; 21:1-27)これらの記録はエホバ神の至上性をはっきりと示すものです。―ダニエル 4:35。
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