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ナボニドス年代記の証言ものみの塔 1971 | 12月1日
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ナボニドス年代記によれば,クロスはタシュリツの月(チスリ,〔9月–10月〕)オピスでバビロニア軍を攻撃しました。碑文はこう続けます。「14日目,戦わずしてシッパラは占領され,ナボニドスは逃げた。16日目,グティウムの総督ゴブリヤス(ウグバル)とクロスの軍隊は戦わずしてバビロンに入城した。その後,ナボニドスはバビロンに戻って捕えられた」― ジェームス・B・プリチャード編,「古代近東本文」306ページ。
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ナボニドス年代記の証言ものみの塔 1971 | 12月1日
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この年はナボニドス年代記そのものにはしるされていませんが,それにしても西暦前539年をバビロン倒壊の年代として受け入れるに足る十分の証拠があります。もちろん,このことがその事件の起きた時を確定する点ではナボニドス年代記の価値を減ずることはいなめません。しかし,それでも,この碑文はバビロン倒壊のありさまに関する注目に値する証言を提供しているゆえに,相当の価値があります。同時に,この碑文はナボニドスがバビロン倒壊のさい,その都にいなかったことを示していますから,聖書がなぜナボニドスの名前に触れていないのかを説明するものとなります。しかしながら,聖書は,ベルシャザルが王国の第3の地位をダニエルに提供したとしている点で,ナボニドスの存在を示唆しています。その王国の第1の地位はナボニドスによって,また第2の地位はベルシャザルによって占められていたのです。―ダニエル 5:16。
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