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神のみ名を知らなければならない理由神のみ名は永久に存続する
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その質問は,ほかにさまざまの重要な事柄があるのに,なぜイエスは模範となるその祈りの冒頭で,それらすべてよりも先に,神のみ名が『あがめられる』こと,つまり神聖なものとされることを求めたのだろうかというものでした。これを理解するために,かぎとなる二つの言葉の意味をもう少し正確に把握する必要があります。
まず,『あがめる』,もしくは『神聖なものとする』という言葉は実際には何を意味しているのでしょうか。その言葉には字義的には,「聖なるものとする」という意味があります。しかし,神のみ名は既に聖なるものではないのですか。もちろん,聖なるものです。わたしたちが神のみ名を神聖なものとすると言っても,それによってみ名をいっそう聖なるものにするというのではありません。むしろそれは,わたしたちがみ名を聖なるものとして認め,それを取り分け,最大の敬意を込めて扱うことを意味します。神のみ名が神聖なものとされるよう祈り求める時,わたしたちは,被造物すべてがみ名を聖なるものとして敬う時が訪れることを望み見ているのです。
第二の点として,「名」という言葉には厳密に言ってどのような意味が含まれているのでしょうか。神にはエホバというお名前があり,聖書中にそのみ名は幾千回となく出てくることを知りました。また,み名を聖書本文中の正当な箇所に復元することの重要性についても論じてきました。み名が記されていなければ,詩編作者の次の言葉はどのように成就されるのでしょうか。「あなたのみ名を知る者たちはあなたに依り頼みます。エホバよ,あなたはご自分を捜し求める者たちを決して捨てられないからです」― 詩編 9:10。
しかし,『神のみ名を知ること』には,神のみ名がヘブライ語でYHWH,日本語ではエホバであるという知識を単に頭の中に持つことだけが関係しているのではありません。それよりさらに多くのことを意味しています。モーセがシナイ山にいた時,「エホバは雲のうちにあって下って来られ,[モーセ]と共にそこに立ち,エホバの名を宣明され」ました。エホバのみ名のこの宣明には何が伴っていたでしょうか。エホバの特質に関する次の描写が伴っていました。「エホバ,エホバ,憐れみと慈しみに富み,怒ることに遅く,愛ある親切と真実とに満ちる神」。(出エジプト記 34:5,6)モーセは,死ぬ少し前にも,イスラエルの人々に向かって,『わたしはエホバの名をふれ告げる』と語りました。続いて何が語られたでしょうか。エホバの偉大な属性のことが幾つか述べられ,次いで神がご自分のみ名のためにイスラエルに対して行なわれた事柄が回顧されました。(申命記 32:3-43)このように,神のみ名を知ることは,み名が表わす事柄を学び,そのみ名を持たれる神を崇拝することを意味します。
エホバがみ名をご自分の特質や目的,行ないと結びつけておられることから,聖書が,神のみ名は聖なるものであると述べている理由が分かります。(レビ記 22:32)そのみ名は威光を帯びており,大いなるもので,畏怖の念を起こさせ,達しがたいまでに高いのです。(詩編 8:1; 99:3; 148:13)正しく,神のみ名は単なるラベル以上のものです。それは神を人格的存在として示しています。それは一時期用いられ,次いで「主」などの称号に取って代わられるべき単なる一時的な名前ではなかったのです。エホバご自身がモーセにこう言われました。「『エホバ……』。これは定めのない時に至るわたしの名,代々にわたるわたしの記念である」― 出エジプト記 3:15。
人間がたとえ試みたとしても,神のみ名を地上から消し去ることはできません。次のように記されているからです。「『日の昇る所から日の沈む所に至るまで,わたしの名は諸国民の間で大いなるものとなり,あらゆる所で犠牲の煙が上り,進物,すなわち清い供え物がわたしの名に対してささげられるようになるのである。わたしの名は諸国民の間で大いなるものとなるからである』と,万軍のエホバは言われた」― マラキ 1:11。出エジプト記 9:16。エゼキエル 36:23。
ですから,神のみ名が神聖なものとされることは他のいかなる問題よりはるかに重要です。神の目的すべてはそのみ名と結びついています。人間の抱える諸問題は,サタンがエホバを事実上,偽り者と呼び,人類を治めるにはふさわしくないと主張して,最初にそのみ名を汚した時に始まりました。(創世記 3:1-6。ヨハネ 8:44)神のみ名が正しく立証されて初めて,人間は,サタンの偽りがもたらした悲惨な影響からの完全な安らぎを享受できるのです。それゆえにこそクリスチャンは,神のみ名が神聖なものとされることを熱烈に祈り求めます。
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神のみ名を知らなければならない理由神のみ名は永久に存続する
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ですから,神のみ名を知り,み名を愛することがもたらす恩恵は,現在の命だけに限られていません。エホバは従順な人間に楽園の地における幸福な永遠の命を約束されました。ダビデは霊感を受けて次のように書きました。『悪を行なう者たちは断ち滅ぼされるが,エホバを待ち望む者たちは,地を所有する者となる。しかし柔和な者たちは地を所有し,豊かな平和にまさに無上の喜びを見いだすであろう』― 詩編 37:9,11。
このことはどのように可能になるのでしょうか。イエスはその答えを与えておられます。「あなたのお名前が神聖なものとされますように」と祈るようわたしたちに教えたその同じ模範となる祈りの中で,イエスはこう言葉を加えました。「あなたの王国が来ますように。あなたのご意志が天におけると同じように,地上においてもなされますように」。(マタイ 6:9,10)そうです,イエス・キリストの手に託される神の王国は神のみ名を神聖なものとし,同時にこの地上に望ましい状態をもたらすのです。悪を一掃し,戦争,犯罪,飢きん,病気,死を取り除きます。―詩編 46:8,9。イザヤ 11:9; 25:6; 33:24。啓示 21:3,4。
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神のみ名を知らなければならない理由神のみ名は永久に存続する
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同様に,クリスチャンは神のみ名において命令を与えられています。(ヨハネ 8:28)また,クリスチャンも,『エホバのみ名のための民』に連なっています。(使徒 15:14)ですから,「御名があがめられますように」と誠実に祈るクリスチャンは,神のすべての命令に従うことにより,自らの生活によってそのみ名を神聖なものとするでしょう。(ヨハネ第一 5:3)これには,常にみ父に栄光を帰した,神のみ子,イエスの命令に従うことも含まれます。―ヨハネ 13:31,34。マタイ 24:14; 28:19,20。
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