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  • 「忍耐にはその働きを全うさせなさい」
    ものみの塔 1976 | 12月15日
    • 「すべてのものは父によってわたしに渡されており,父をほかにすればだれも子を十分には知らず,また,子と子がすすんで啓示する者をほかにすれば,だれも父を十分には知りません」。(マタイ 11:27)

  • 「忍耐にはその働きを全うさせなさい」
    ものみの塔 1976 | 12月15日
    • 10 父を「知る」とはどういう意味でしょうか。神の存在を知るということですか。それともさらに進んで,神を主権者と認め,そのしもべとしてバプテスマを受けることですか。そうです,そうした事柄も知ることです。しかし,それよりもずっと多くのことを意味します。わたしたちは相手と相手の性質を理解しているという意味でその人を知っている,ということがよくありますが,「知る」と訳されているギリシャ語は,英語の「知る」という語が普通に伝える意味よりも深い意味を持っています。聖書のこれらの文脈の中では,動詞形の「知る」には,「知るようになる,知り合いになる,理解する」という意味があります。ヨハネ 17章3節では,それは神とキリストに関する知識を常に増大させるところの,神と人との永続的な関係を示しています。知識を増し加える人にとっては,神について知られていることは単なる部分的な情報ではなく,貴重な,または重要な情報です。それはまた信用や信任の厚さをも暗示します。(ヨハネ 17:3,王国行間逐語訳)事実,使徒ヨハネはこう述べています。「愛さない者は神を知るようになっていません」― ヨハネ第一 4:8。

      11,12 したがって,神を知っている人というのはどのような人ですか。

      11 したがってエホバ神を知るということは,エホバ神と気脈の通ずる交わりを持つようになるということでしょう。単なる頭の知識ではなく,心に知識を取り入れることですから,クリスチャンは神を知るために,神と神の道に調子を,ないしは「リズム」を合わせるでしょう。神が物事をお感じになるように感じるでしょう。いわば神の目を通して物事を見るでしょう。神と神の道についての間違った考えに遭遇するとき,直ちに何かが間違っていると「感ずる」でしょう。また試練や苦難を神のせいにすることもしないでしょう。―ヤコブ 1:13。

      12 神を知っているクリスチャンは,「使うことによって自分の知覚力を訓練し,正しいことも悪いことも見分けられるようになった人」でしょう。(ヘブライ 5:14)そういう人は大抵の場合,ある問題について何が正しいか正しくないかを知るために聖書注釈書を調べたり,ほかの人に尋ねたりする必要はありません。クリスチャンとしての訓練を受けていますから,神が愛されることを愛し,神が憎まれることを憎むことは,その人の性格の重要な要素となるでしょう。―ローマ 12:9。

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