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  • 思いやりのあるくびきと軽い荷
    ものみの塔 1971 | 1月15日
    • イエスは言われました。「あなたがた,苦労し,かつ,重荷を負わされているものはみな,わたしのもとに来なさい。そうすれば,わたしはあなたがたを元気づけよう。

  • 思いやりのあるくびきと軽い荷
    ものみの塔 1971 | 1月15日
    • 5 (イ)イエスの招待は,当時のだれに差し伸べられましたか。(ロ)モーセの律法はそれ自体,重荷でしたか。

      5 その招待は,苦労し,かつ,重荷を負わされている人すべてに差し伸べられています。イエスの時代には,それは特に,モーセの律法を守る義務のある人びとにかかわるものでした。使徒行伝 15章10節で,クリスチャン使徒ペテロは,エルサレムの年長者たちに話しかけて,こう言いました。「何ぞ神を試みて弟子たちの頸に我らの先祖も我らも負ひ能はざりし軛をかけんとするか」。ペテロは,モーセの律法のことを,負いがたい重荷を課すくびきと呼びました。それも,律法そのものがしょいがたいからではありません。それどころか,律法は,「聖にして正しく,かつ善」でした。(ロマ 7:12)しかし,不完全な人間は,その完全な規準にかなうことができないため,人間にとって負担となったのです。キリストは,そうした律法の義務のくびきにつながれている人すべてを,自由にされました。―ガラテヤ 3:13。

      6-8 ほかにイエスの招待はだれに差し伸べられましたか。

      6 同時に,「あなたがた,苦労し,かつ,重荷を負わされているものはみな,わたしのもとに来なさい」という,すばらしい招待は,伝統を固守する,当時のむなしい諸体制のもとで重荷を負わされていた人びとにも差し伸べられました。そうした伝統を築いた律法学者やパリサイ人について,イエスは言われました。「重き荷を括りて人の肩にのせ,己は指にて之を動かさんともせず」。(マタイ 23:4。マルコ 7:2-5)パリサイ人は,さほど重要でない,詳細な事がらに極端な注意を払うあまり,公正,慈悲,忠実などの,より重要な事がらを完全に見過ごしました。人をとりこにする,そうした,むなしい崇拝にすぎない伝統から,イエスは人びとを自由にしました。―マタイ 15:1-9。

      7 その招待はまた,カイザルの支配と課税の重圧にあえぐ人びとにも,そして,「牧ふ者なき羊のごとく悩み,且たふるる」ままにされた人びとにも差し伸べられました。(マタイ 9:36; 22:17-21)イエスの解決策を用いれば,そうした人びとも元気づけられることができたのです。

      8 イエスはまた,罪の重荷のゆえに良心のかしゃくを覚えている人びとにも話しかけられました。罪をならわしにすれば,堕落と腐敗のきわみに達し,最悪の貧窮に陥ります。(マタイ 6:23)そのような人も,「わたしのもとに来なさい」とのイエスの招待に応ずれば,その重荷から自由にされたのです。

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