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偽りの王国の避難所を暴露するものみの塔 1976 | 1月15日
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1 イエスがからしの種粒の例えを語られた目的はどこにありましたか。それはどんな預言と調和していましたか。
さて,イエスが語られたからしの種粒のたとえ話,つまり萌芽期には非常に小さくてもやがて成長して木になる種粒のたとえ話の意図はどこにあるでしょうか。それは,イエスが言及されたイザヤ書 6章9,10節に描かれている否定的状況と一致している何かを示すことにあるに違いありません。(マタイ 13:13-15)七つ続いているたとえ話のこの三番目のたとえ話を語る際に,イエスはこう言われました。「天の王国はからしの種粒に似ています。人がそれを取って自分の畑に植えました。実にそれはすべての種の中でいちばん小さいものですが,成長したときには野菜のうちでいちばん大きくて木のようになり,天の鳥たちが来て,その枝の間に宿り場を見つけるのです」― マタイ 13:31,32。
2 からしの種粒の木を名目だけの教会になぞらえ,「シオンのものみの塔」誌,1900年5月15日号は,天の鳥が木の枝の間に宿ることをどのように説明しましたか。
2 「シオンのものみの塔」誌,1900年5月15日号,153ページには,次のように述べられています。「現在,成長の初期の状態にある,王国の三番目の例えの情景は,この福音時代の教会が非常に小さな初まりから相当大きなものになる,ということを示すためのものである。……ただしこの大きな成長は,必ずしも有利な地歩もしくは特別に望ましいものを意味するのではなく,逆に,空の鳥が来てその枝に住み,木を汚すという点で不利になる。これより前に出てくる種をまく人のたとえ話の中では,『空の鳥』はサタンおよびサタンの手先を表わしている。ゆえにわれわれは,ここで類以の適用を行ない,これを次のように解釈するのは正しいと思う。つまり,主イエスの植えた教会は急速に,かつ並々ならぬ繁栄を見せたこと,また教会が獲得したもの,教会の力その他のゆえに,サタンがその手先を通してやってきて,教会の多くの枝に宿った,ということである。彼らはこの福音教会の枝々に幾世紀もの間宿っており,現在もその中に見られる。それは汚すことを行なう分子である」。
3 「ものみの塔」誌の1910年6月15日号は,完全に成長したその「木」と鳥たちは何を表わすと述べていますか。
3 「ものみの塔」誌の1910年6月15日号も204ページで,いま引用した記事と同じ見解を示しながら,次のように述べています。「したがってこのたとえ話の教えはわれわれを次のような結論に導く。すなわちキリスト教会は一時期,それに所属することが恥ずべきこと,不名誉なことであったほどに,この世で微々たる存在であったが,ついに誉れあるもの,大いなるものとなり,仇のしもべどもがその陰で快楽を得た,ということである。こうして発達したものを聖書はバビロンとして表わし,種々の分派教派を持つ名目だけのキリスト教会全体がバビロン的であることを明らかにしている。主のみことばを傾聴せよ。『大いなるバビロンは……悪魔の住家,もろもろのけがれたる霊の檻,もろもろのけがれたる鳥の檻となれり』」。―「ものみの塔」誌,1912年6月15日号(英文),198ページ,「からし種のように」という見出しの記事もご覧ください。
4 (イ)「ものみの塔」誌のその二つの記事は,その象徴的な「木」は,何であるとは述べていませんか。(ロ)時と場所について言えば,からしの種粒のたとえ話はどんな状態や情景を表わすものではありませんか。
4 さてわたしたちは今1976年に住んでいます。そこで大きな疑問は,例の成長したからし種の木は何を表わしているか,ということです。先ほど引用した二号の「ものみの塔」誌は,大いなるバビロンである,と言います。この野菜の木は,天的権力を得て即位した14万4,001人の王国級を表わすとは言っていません。しかし,今日住んでいるわたしたちは,なんと言わねばなりませんか。わたしたちはまず,次のことを念頭に置いていなければなりません。つまり,からしの種粒のこの例えは,千年期の状態を表わすものでも,王国級の全員が天的栄光のうちに統治し,全人類がこのメシアの王国の支配下に避難することを示すためのものでもない,ということです。それは,「天の王国」の相続者に関する天の情景を表わしているのではなく,ある特定の期間におけるある物事の地上での状態を表わしています。
5 そのたとえ話が成就の最高潮に達する特別の期間とは何ですか。またそれはどこで成就しますか。
5 その特別の期間というのは,イエスが小麦と雑草および引き網の例えで示された期間のことです。雑草をまかれた小麦畑のたとえ話の中でイエスは,「収穫は事物の体制の終結であり,刈り手はみ使いたちです」と言われました。引き網のたとえ話ではイエスはこう言われました。「事物の体制の終結のときにもそのようになるでしょう。み使いたちは出かけて行って義人の中から邪悪な者をより分け,彼らを火の燃える炉にほうり込むのです。そこで彼らは泣き悲しんだり歯ぎしりしたりするでしょう」。(マタイ 13:39,49,50)その「収穫」は,より分ける必要のある「雑草」のあるこの地上で行なわれます。同様に,ふさわしい「魚」をふさわしくない魚から分けることも,魚を取る「海」のあるこの地上で行なわれます。その象徴的な「雑草」およびふさわしくない「魚」とは,自称クリスチャンのことです。彼らは受け入れない心,遠い耳を持ち,目を堅く閉じているので,そのような自称クリスチャンを霊的にいやすことは不可能です。―イザヤ 6:9,10。マタイ 13:14。使徒 28:25-28と比較してください。「ものみの塔」1967年2月15日号の「家々に住む人がなくなるまで癒されない」という記事を参照してください。
6 今日のこの野菜の「木」は何であると主張しますか。したがってその象徴的な「木」はなぜ大いなるバビロンではあり得ませんか。
6 わたしたちの時代の「事物の体制の終結」までには,その象徴的なからし種の木は完全に成長しているはずです。その成長した状態は収穫の時が来たことを示します。霊的「小麦」すなわち「王国の子たち」の収穫は西暦1919年以来進行していますから,わたしたちは象徴的なからし種の木が現在地上で成長しきっているのをはっきり見ることができます。この野菜の木は,イエスが「天の王国は」それに「似ています」と言われたので,「天の王国」を代表すると主張します。ですから,からしの種粒から成長した木は大いなるバビロンを表わすはずがありません。なぜなら,同組織は,古代バビロンとともに始まった,偽りの宗教の世界帝国であるからです。大いなるバビロンはその全体が,「天の王国」すなわちメシアの「神の王国」である,またはそれを代表する,と主張するわけではありません。しかし,大いなるバビロンの,最も数が多くて顕著な部分は確かに,神の天的メシア王国を代表すると主張します。大いなるバビロンのその最も強力な部分は,千を超える分派教派を持つキリスト教世界です。
7 歴史の上でのキリスト教世界の非常な成長は何に起因しますか。キリスト教世界は実際にはいつどのように発足しましたか。
7 キリスト教世界は,西暦一世紀中に,エルサレムにあった最初の小さなクリスチャン会衆から生まれたと主張します。今日,キリスト教世界の会衆の数は何百万という数にのぼります。キリスト教世界は非常な成長を遂げました。しかし今日のその恥ずべき俗っぽさと霊性の欠如は,その非常な成長が,キリスト教世界の霊的美徳に起因するものでもなければ,聖書の真理の前進的光を有していたからでもないことをはっきり示しています。
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偽りの王国の避難所を暴露するものみの塔 1976 | 1月15日
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キリスト教世界の非常な数の偽りの「王国の子たち」のこの堕落により,その偽りの地上の「神の王国」は,「天の鳥たち」が完全に成長したからし種の木の枝に宿るのと同じように,悪魔サタンの手先たちが身を隠すのに格好の場所となりました。―マタイ 13:31,32。
10,11 (イ)からしの種粒のたとえ話の中で,人類の益とならない事柄が表わされていると言えるのはなぜですか。(ロ)それでからし種の「木」は今日どんな「王国」を表わしていますか。
10 キリスト教世界の多数の分派の中にそれら象徴的な「天の鳥」すべてが宿ったことは,キリスト教世界の霊的益にはなりませんでした。それはちょうど農夫が彼の庭または畑にまいたからしの種粒から成長した木のようです。その枝に宿った天の鳥たちは,種まき人の手から道端に落ちた種を食べてしまった,イエスの四種類の土のたとえ話に出てくる鳥たちと同じように,からし種を食べることができました。(マタイ 13:4)イエスが語られた限りでは,そのたとえ話の木は,人間の益には少しもなりませんでした。例えば,木が完全に成長した時,それを植えた者が来て鳥たちを追い払い,食物の味付けによいソースを作るためのからし種をたくさん集めたとは,そのたとえ話は述べていません。しかしその農夫が,「天の鳥たち」に宿り場を与えるため庭にからしの種粒をまいたのでないことは確かです。
11 すべての事柄を総合して考えてみると,今日の象徴的なからし種の「木」はまがいの「天の王国」,すなわち僧職者が平信徒を支配するキリスト教世界であることが明らかです。完全に成長したその「木」は,今日地上にいる,証印を押された霊的イスラエルの残りの者を,矛盾をきたさずに表わすことはできません。というのは,その人々はごく少数であって,数の上で成長しきった王国相続者14万4,000人全員ではないからです。それどころか,霊的残りの者の数は,27年以上減少を続けてきました。1975年の記念式には彼らの数は1万454人に減っていました。
わたしたちが予想するものとは異なるからしの木
12 種はその類を生み出さねばならないという聖書の法則に基づいて,からし種の「木」はキリスト教世界を表わすという説明に対し,必然的にどんな異議を唱える人が出てくる可能性がありますか。
12 もっとも,ある人は以上の説明に対して次のように異議を唱えるかもしれません。イエスのたとえ話では,からしの種粒をまいた人は,良い目的でそれをまいた。その種粒が,『その類に従い』からしの木に成長することを彼は期待した。(創世 1:11,12)彼は自分のまいたものが何か違うものになることを予期してはいなかった。まがいのからしの木が生えることなど考えてもみなかった。だから,まいた者がそのようなまがいものを得た,とどうして言えるだろうか。したがって,上記のように,からしの種粒から成長した「木」が,「天の王国」のまがいものであるキリスト教世界を表わす,などとどうして言えるだろうか。a そう言うことは,種はそれ自身の種類を産出しなければならないという神の律法に反してはいないか。神のこの律法は,霊的に適用するとき,「天の王国」とは反対のものであるキリスト教世界という考えを排除するのではないか。
13,14 (イ)もしイエス・キリストが存在しなかったなら,なぜキリスト教世界も存在しなかったでしょうか。(ロ)どんな標準に従って神はキリスト教世界にご自分に対する責任を問われますか。また彼女は何に似たものですか。
13 この点から言えば,事の始まりはイエス・キリストでした。もしイエスという人物が存在しなかったなら,キリスト教世界も存在しなかったことでしょう。簡単な陳述ですが,それでも真実です。西暦四世紀に,キリスト教世界は,まがいものであることが目立たないように,偽りのキリスト,偽りのメシアではなくて本物のキリストに自らを結びつけました。また自らをキリスト教世界と呼んで,キリストの公式の称号を取ることさえしました。イエス・キリストと関係のある種々の事柄を,自らの用に供します。水のバプテスマを施すこともします。一部の教会は今日でも完全に水に浸すことを行なっています。キリスト教世界はまた,パンおよびぶどうの木の産物をもって主の晩餐を祝います。キリスト教世界には長老,司教,執事などがいます。(フィリピ 1:1,欽定訳)また,聖書全部について言えば,西暦1950年に「新世界訳聖書」の出版が始まるまでエホバのクリスチャン証人が用いてきた聖書は,キリスト教世界の教会が運営する聖書協会から出されたものでした。
14 キリストの真の教会である,と現在まで主張してきたキリスト教世界の構造にイエス・キリストが巻き込まれていることは明白です。それにエホバ神もキリスト教世界のことば通りに,彼女自身の主張通りに受け取られます。そういう理由から,エホバはその主張にふさわしく生きることを彼女に求め,ご自身の要求を実践しない責任を問われます。このためにエホバは彼女に当然の罰を加えます。この「事物の体制の終結」において,エホバは彼女をその宗教告白に不忠実な者として裁かれます。彼女は,不忠実であった古代イスラエルの現代版です。
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