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「終わりの時」における収穫ものみの塔 1981 | 12月1日
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「終わりの時」における収穫
『収穫は事物の体制の終結です』― マタイ 13:39。
1 イエスの予告された「収穫」が二重の意味で喜びの理由となるのはなぜですか。
豊かな収穫はいつでも人の心を喜びと感謝で満たします。収穫期は,長期にわたる重労働の実を刈り取る時です。「小麦」と「雑草」に関するキリストのたとえ話の中で予告されていた収穫は,二重の意味で全人類にとって喜びとなります。なぜでしょうか。なぜなら,収穫はキリストの「定めなく続く支配権」に共にあずかる「王国の子たち」,すなわち「聖なる者たち」の必要な人員が集められて,地を支配する良い政府が確かなものにされることを意味するだけでなく,この「収穫」自体,わたしたちが「事物の体制の終結」の時に,そして義の新秩序の門口にいる証拠となるからです。―ダニエル 7:14,27,新。マタイ 13:38,39。ペテロ第二 3:13。
「シンテレイア」と「テロス」
2 ギリシャ語のシンテレイアの訳語として,「終わり」より「終結」の方がすぐれているのはなぜですか。したがってシンテレイアは,ダニエル書の中に述べられているどんな期間に相当しますか。
2 一部の聖書翻訳は,「収穫」は「世の終」であるとイエスが言われたように信じ込ませようとしてきましたが,イエスはそうは言われませんでした。(欽定訳。アメリカ標準訳。エルサレム聖書)そのような翻訳は,シンテレイアとテロスという二つのギリシャ語を区別していないのです。W・E・バインの「新約聖書用語解説辞典」には,シンテレイアの説明として「この語は終末を示すものではなく,物事が定められた頂点へと向かって行くことを示す」と述べられています。ですから「収穫は事物の体制の終結[シンテレイア]であ(る)」と語られたイエスは,始めと終わりがある一定の活動期間について述べておられたのです。マタイ 13章30節によると,イエスは「収穫の季節」に言及しておられますが,これは明らかに,預言者ダニエルが「終わりの時」と述べた期間,つまりある期間のことを指し示しています。(ダニエル 12:4,新)おもしろいことに,ギリシャ語セプトゥアギンタ訳の翻訳者たちはダニエルのこの節を翻訳した際,シンテレイアという言葉を用いました。
3 「収穫の季節」は何と関係していますか。そしてギリシャ語のテロスは何を意味し,その語はマタイ 24章14節では何に関して用いられていますか。
3 この同じ言葉は,マタイ 24章3節の中でも用いられています。そこでは,弟子たちがイエスに次のように尋ねています。「わたしたちにお話しください。そうしたことはいつあるのでしょうか。そして,あなたの臨在と事物の体制の終結[シンテレイア]のしるしには何がありますか」。そういうわけで,「収穫の季節」は刈り入れ人としてのキリストの,目に見えない臨在と関連があります。弟子たちの質問に対する答えとして,イエスは国際的な戦争,食糧不足,疫病,大地震,不法,恐れる傾向が一般化することなどを列挙しました。(マタイ 24章,マルコ 13章,ルカ 21章の類似の記述と比較してください。)それから,その「収穫の季節」に終わりが到来することを示し,イエスはこう付け加えておられます。「そして,王国のこの良いたよりは,あらゆる国民に対する証しのために,人の住む全地で宣べ伝えられるでしょう。それから終わり[テロス]が来るのです」。(マタイ 24:14)テロスという語は,「終末,中止……最後の部分,終止,特に最終的な事物の終結,宇宙的ドラマの最後の行動という意味における」「終わり」のことですa。
4 「終結」つまり「終わりの時」はいつ始まりましたか。したがって「収穫」に関して何と言えますか。
4 1914年以降の現代史の諸事実は,聖書預言の成就であり,現在の事物の体制が「終わりの時」すなわち「終結」(シンテレイア)の時に入ってかなりの時間が経過していることを示しています。W・E・バインの言葉を再び引用すれば,わたしたちは「物事が定められた頂点(つまり終わり[テロス])に向かって行く」様子を目撃しているのです。ですから,イエスの例えの「収穫」は今行なわれているに違いありません。事実,それは頂点に近付いているに違いありません。たとえ話のほかの部分で予告されていた様々な出来事は,1914年以来はっきり見られるでしょうか。
「地の収穫物はすっかり熟している」
5 収穫の時に「人の子」はそのみ使いたちに何をするように命じますか。
5 「畑の雑草の例え」に関する説明を続けて,イエスは次のように述べられました。「収穫は事物の体制の終結であり,刈り手はみ使いたちです。それゆえ,雑草が集められて火で焼かれるのと同じように,事物の体制の終結のときにもそのようになるでしょう。人の子は自分の使いたちを遣わし,彼らは,すべてつまずきのもとになるものと不法を行なっている者を自分の王国から集め出し,それを火の燃える炉の中に投げ込みます。そこで彼らは泣き悲しんだり歯ぎしりしたりするでしょう」― マタイ 13:39-42。
6 どんな人々の間に置かれたまま「小麦」は成長することになりましたか。
6 「人の子」は,「事物の体制の終結」の時に,真の「王国の子たち」の間から「すべてつまずきのもとになるものと不法を行なっている者」を取り去るために「刈り手」であるみ使いたちを遣わすでしょう。前の記事が示しているように,悪魔が夜のうちにまき足した「雑草」は組織的な背教,つまり抑圧的な宗教指導者の階級組織の支配する偽りのキリスト教を生み出しました。その宗教指導者たちは,使徒パウロが予告していた「不法の人」を構成するようになりました。(テサロニケ第二 2:3-12)真の「小麦」は「終わりの時」まで,このような「雑草」の中に置かれたまま成長することになりました。それから「人の子」がその「刈り手」に,「邪悪な者の子たち」と「王国の子たち」を分けるように命令するのです。
7 収穫の時を見分けるのに,どんな類似の預言が助けになりますか。
7 この分ける業が始まったのはいつでしょうか。これに類似したある興味深い預言を調べると,その時についての疑問は解決します。それは次のような預言です。「またわたしが見ると,見よ,白い雲があり,その雲の上には人の子のような者が座っており,その頭には黄金の冠があり,その手には鋭いかまがあった。また,別の使いが神殿の聖所から現われて,雲の上に座している者に大声でこう叫んだ。『あなたのかまを入れて刈り取りなさい。刈り取る時が来たからであり,地の収穫物はすっかり熟しているのである』。すると,雲の上に座している者がそのかまを地に突き入れ,地は刈り取られた」― 啓示 14:14-16。
8 啓示 14章14節で「人の子」はどのように描かれていますか。したがって,どんな出来事があったあとに,収穫は始まるはずですか。
8 ここで見る「人の子」イエス・キリストは,「畑にりっぱな種」をまく種まき人ではなく,「地の収穫物」のために行動を起こそうとしている,冠をいただいた王です。この方が雲の上に座しておられることは,目に見えないその臨在を象徴しています。(使徒 1:9-11。啓示 1:7)ですからこの「収穫」は,キリストの臨在の期間中,キリストが王冠をいただき,「日を経た方」であられるエホバから「支配権と尊厳と王国」を受けたあとに生ずるはずです。(ダニエル 7:13,14,新)したがってこの収穫が始まったのは,1914年後のいつかです。その年は,「終わりの時」つまり「事物の体制の終結」の時の始まりを画する年でした。
9 分ける業が始まったのはいつですか。
9 1914年後のいつ,人の子は,「王国の子たち」と「邪悪な者の子たち」であるまがいものの「小麦」,言い換えれば偽りのキリスト教の宗教上の指導者たちである「不法の人」を含む「不法を行なっている者」を分けるために「自分の使いたちを遣わし」たのでしょうか。その答えは事実と一致していなければなりません。その事実の示すところによれば,1919年に,「小麦」で象徴されている,霊によって生み出された油そそがれた「王国の子たち」は,人類の宗教上の畑を荒らし回っていた偽りのクリスチャンたち,つまり「雑草」から自由にされ始めました。「地の収穫物」は熟しており,「人の子」がかまを突き入れて刈り取る時が到来したのです。このたとえ話は,「人の子」が「刈り手」であるみ使いたちを用いてそうなさることを明らかにしています。
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