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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1953
塔53 6/1 186–193ページ

誠実は生命へ通ず

1 イエスは,如何に誠実に関する最も偉大な例でしたか?

今や,我々はすべての中最も偉大な実例を考えます。それは,最も烈しい試煉のうちにあつて,神への誠実を維持した人の実例です。神は彼に聖い信頼をおき,彼がその信頼のうちに誠実を保つことを期待しました。彼には為すべき仕事がありました。彼は,地上に降つて,清い礼拝を復興し,正義の新しい世の基礎を据えることになつて居ました。イエスは模範的な人でありました。彼は,神への献身の生涯をおくり,誠実を保ちました。然も,普通,人間には到底耐えられない程の烈しいサタンの験しにあつてさえ,そうだつたのです。イエスは,常に神の御言葉を固く守り,神の律法に従つて生きました。誘惑を受けた時,彼は神の御言葉を引用しました。その神の御言葉こそ,地上にある物の中,善の為に最も力あるものでした。この世のすべての国々を支配して居るサタンが,イエスにこの世すべての栄光を提供したけれども,イエスは,あの大論争に関しては正しい立場を守り,こう申しました ―『退れ,悪魔<サタン>よ,「お前の主である神を拝して,神にだけ仕えよ,」と記してある。』― マタイ 4:10,口語。

2 イエスは,地上に於ける誠実な生涯を通じて,何を為し遂げましたか?

2 イエスは,偽の礼拝者,つまり人間の伝説を紹介し,神の御言葉よりもそれを重んじた人々を公然と責めました。(マタイ 15:7-9)彼は,人々に如何に神を礼拝するかを教え,また如何にして誠実を維推すべきかもしたしく教えました。彼によつて,神と隣人の愛に関する,優れた律法が始められました。これは,新しい世の生命を得る人々に対する,正しい要求です。イエスは追従者達を訓練して,神の真の伝道者,つまり神の御言葉の真理を宣教する者にならせました。彼がエホバの御名の誉の為にした事を語るには,何時間も費すことでしよう。然し,あなた方はそれらすべてを学び知る為何時か機をみて,福音書の記事を読むことが出来ましよう。彼にのぞんた試煉は非常に多かつたです。彼は遂に煽動者という偽りの告発を受け,卑められて殺されました。然し,その時に於いてさえも,彼は神の至上権を固く主張しました。この為に,神は彼を甦えして,不滅の冠を与えました。彼は,誠実を保つことによつて,生命を獲得しました。彼は,その贖の犠牲を通じて,誠実な他の人々が生命を獲得出来る様に道を開きました。それは,実に挑戦者サタンの敗北となりました。サタンは,新しい世の王を失格させるのに失敗しました。―ヨハネ 19:12,15。ピリピ 2:5-11。

3 使徒達は,如何にして,又何故,イエスの例に従いましたか?

3 他の人々が彼の跡に従いました。彼の後のクリスチャン,例えば使徒達も,誠実を維持しました。イエスは,彼らに,若し生命を欲するならば,彼の足跡に従わなければならないという事を示しました。それ故彼らは,神の清い礼拝を固く守りました。彼らはあらゆる不道徳を斥け,その高徳を保ちました。彼らは神の真理の御言葉を固守しました。彼らは善いニュースをひろめ,神の清い礼拝を築きあげました。この為,彼らは投獄され,責められ,打たれ,はては殉教までしたのです。それは決してなまやさしい生涯ではありませんでした。サタンは彼らの誠実を打ち砕いて,神のあらゆる礼拝を破滅させようと望みました。然し,それらの人々は,汚なく耐え忍び,他の人々が追従出来る様に教訓をのこして,清い礼拝をつたえる為準備しました。―使行 8:1,4。テモテ後 4:2。ペテロ前 4:3,4。

4 他の初代キリスト教徒は,どんな生活過程を歩みましたか?

4 使徒達の後に従つた初代クリスチャン達も,誠実を験されました。然し,彼らも汚れなく耐え忍びました。彼らは何処へでも行つて,神の至上権を告げ,神の御命令通りに清い礼拝をひろめました。当時のローマ帝国に於いては,人々は盛んにダイアナやヴィナスの崇拝,つまり性崇拝をして居ました。それから,バッカスを崇拝する酒好きも居ました。ローマの酒好はバッカス崇拝者でした。パウロはロマ書 1章24-31に於いてローマの状態について述べて居ます。それらの状態は,初代クリスチャンが如何なる信仰合同運動にも参加出来ない様にして居ます。清い礼拝はただ一つしかありません。彼ら初代クリスチャンは,その清い礼拝を固くまもりました。何故なら,彼らは当時存在した礼拝形式のうち,最高のもの,つまりエホバ神の礼拝というものを持つて居たからです。彼らは,エホバ神に忠節をつくし,常に清くあつた為に,烈しい迫害を受けました。

5 (イ)初代キリスト教徒は,どんな状態のもとで,誠実を継持しましたか?(ロ)彼らが迫害を受けた本当の理由は何でしたか?

5 ジョン・フォクス博士は,その著「殉教者の書」に於いて,初代クリスチャンの受けた迫害が,何故そんなに烈しいものであつたかを説明して居ます。彼は,ローマ国民は宗教上のことでは誰をも迫害しない国民として有名であつたが,キリスト教の弘布が始まつた時に,迫害が始まり,それは非常に残酷なものであつた,と申して居ます。彼は,モシエィム博士のことに言及し,それがクリスチャンの表明した態度の為であつたことを述べて居ます。彼らは,ローマ帝国の宗教,つまり祖先崇拝或は皇帝崇拝には,聯かも加わらなかつたのです。反つて,彼らはそれに染まることなく,異教崇拝の愚かな事を責め,エホバ神を崇拝することが,当時のローマ帝国に存して居た混合の大崇拝よりも如何に優れて居たかを示しました。或皇帝は,最初,キリスト教を自分達の私的宗教〔多くの宗教から成り立つて居た〕の一部に取り入れようとしましたが,キリスト教がそれ自体独立して居り,他の宗教と少しも与しないことを発見した時,彼らはそれを取り入れることを止め,反つて迫害を始めました。この為に迫害が生じたのだとフォクス博士が申して居ます。然し,聖書を綿密に調べれば,その迫害が生じたのは,此の世の神サタンが,全能の神の清い礼拝を撲滅しようと力め,清い礼拝をして居るものを狙つて居る為である,という事が分ります。真の宗教以外のあらゆる礼拝形式は寛されて居ました。サタンは,当時に於ける神の僕達の誠実を打ち砕こうとして,地上にあつた彼の代理者,つまり当時の支配者を用いました。然し,神の僕達には妥協できませんでした。彼らは,神の御言葉に関する,真理の知識を使つて,死に至るまでも,忠実にエホバ神の至上権を支持しました。

6 ローマ帝国没落後の本当のクリスチャン達は,何故誠実を験されましたか?

6 中世時代を通じ,はてはこの20世紀に至るまでも,神の清い礼拝を守ろうとした正しい誠実な人々は,常に迫害と非難とを受けて来ました。ローマ人は初代キリスト教徒達が,キリストの教えと聖書の教えに固執し,寺も偶像も,偶像への捧物も,祭司制度も,又異教の様な何物も有して居ないので,彼らキリスト教徒を嘲りました。それと同様に,ローマカトリック教会の発足以来,何世紀間も通じて,力ある宗教的指導者達は,聖書と清い礼拝を保つて居る本当のキリスト教徒を迫害して来ました。

7 20世紀に於いても,何故迫害を予期しなければなりませんか?

7 今や20世紀に生存して居る我々は,それと違う事を望めるでしようか? そして,一般に言われて居る如く,人々の文明は一層ひらけ,人々は,迫害など差しひかえ,世の文明の為,より善い生活を始めると期待できるでしようか? 我々は未だにサタンの組織制度下にあるという事を憶えて下さい。事実,我々は,現在もつと悪い状態をさえ予期しなければなりません。何故でしよう? 何故なら,神の御言葉がそう申して居るからです。我々は,聖書が「ハルマゲドンの戦」と言つて居る所の,絶頂期<クライマツクス>に近づきつつあります。この戦に於いて,至上権の論争も解決されます。黙示録 12章は,天に戦の起つた事を示して居ます。そして,この予言は1914年以来成就して居ます。海と地に禍のある時も予言されました。『何故ならば,悪魔は彼の持つて居る時の短いことを知つて,大きな怒りをもつて,お前たちのもとに降つて来たからである。』(口語)これは,神がサタンの生存期間を限定したこと,及び神はサタンに限りない時を許して,地上に住むあらゆる人々の誠実を毎日験させるような事は為し給わず,反つて神の正しい審判執行の日が来たという事を示して居ます。すべての国民と,すべての人々とは,今や神の王の前に,審判を受けて居るのであります。―マタイ 8:29。ペテロ後 2:3,4。黙示 20:1-3。マタイ 25:31-33。

8 益々はげしくなる世の暴虐と犯罪は,何のためですか?

8 サタンは,自分の時が短いことを知つて居ますから,全人類を支配しようとして居ます。そして,すべての人に自分〔サタン自身〕を拝ませて,すべての人が永遠の生命を獲得するのに失格してしまう様にと,懸命な努力を払つて居ます。彼は,若し支配出来ないのなら,いつそ破滅させてしまおうとして居ます。この事こそ,益々烈しくなる世の暴虐と犯罪の根本的原因であります。その事は,今日,人々のレベルと道徳が何故こんなに悪化して居るかも示して居ます。又,何故法律の違犯や圧制があり,何故人々が自分の言葉と契約をやぶり,何故殺人行為や戦争があるかも,その為です。又,何故大部分の人々が神の御言葉を真剣に考えず,サタンの罠にかかつて他の事柄に注意を向けて居るかもその為です。―テモテ後 3:1-7。

9 我々は,誠実のテストに関する責任者を,如何にして知り得ますか? 又,我々は,この最後のテストの時にあって,どの様にしたら勝利を獲得することが出来ますか?

9 誠実の最後のテストがなされて居ます。質問となるのは次の事です。誰が,正義と誠実のうちに生きるでしよう? サタンが,この末の日に於いて,人類を破滅させる為にする攻撃を斥けるのは誰でしよう? 誰がこの世の危機を切り抜けるのでしよう? 我々は,如何にしたら,サタンの組織制度に対抗出来るでしよう? そして如何にしたらサタンが我らに加える圧迫に対抗出来るでしよう? 勝利の鍵は,神の御言葉と,我らのテストの源泉を認識する事とにあります。責任者はサタンです。我々,或は今日の地上に住む人類の誰かにのぞむ苦難の責任者が,全能の神であるなどとは,たとえ一瞬間でも考えるべきでありません。聖書は,忠実だつた者と,不忠実だつた者の実例を示して居ます。それは,過ぎた昔の男女が,サタンとサタンの悪い制度の攻撃を如何に斥けたかを示し,又,エホバは,彼らが耐え得る様に如何に助け給うたかも聖書に示されて居ます。それらのことによつて,我々は,自分達もどうしたら神への誠実を維持出来るか知り得ます。そして若し我々が永遠の生命を得ると言うならば,我々はどうしても神への誠実を維持しなければなりません。―ヘブル 12:1-3。

10 我々は,今誰に対する誠実を保たなければなりませんか? そして我々の態度はどうでなければなりませんか?

10 我々は,エホバが助けて下さるのを待ち望まなければなりません。我々は祈をもつてエホバに頼らなければなりません。神の前に誠実を保つた人,ダビデは,詩篇 26篇9-11節に於いて,生命の授与者なる偉大なエホバに対する祈りを書き記して居ます ―『願わくは,わがたましいを罪人とともに,わが生命を血をながす者とともに取収め給うなかれ,かかる人の手にはあしきくわだてあり,その右の手は賄賂にてみつ,されどわれはわが完全によりてあゆまん,願わくはわれをあがない,我をあわれみ給え。』審判はエホバの御手にあります。我々は,彼に対する誠実を保たなければなりません。我々が雇主に対して,結婚の相手に対して,或は友人に対して誠実な人となることは,勿論善いことです。然し,ただそれだけの行為では,我々が生命を得る為に充分でありません。世の一般の人々が言つて居る『善い生活』をおくることだけでは,永遠の生命を獲得できません。我々はそれ以上のことをしなければなりません。我々は,エホバ神への誠実を保ち,御子を信じなければなりません。これはどうしてもしなければなりません。何故なら我々は正義の愛を有して居り,正しい事を行いたいからです。或誇りの為とか,隣の人がどう考えるからとかいう理由で,誠実をよそおつたり,誠実を保つたにしても,我々がそれによつて,神に認められる事は確かにありません。我々は神を愛し,神の正しい原則を愛さなければなりません。我々は,神をお悦ばせすることによつて,永遠の生命を獲得できるのです。

11 正しいものとして,大部分の人々に従うべきでしょうか?

11 大部分の人々が歩んで居る道は,生命へ通ずる道でありません。イエスは,それを明らかに示しました。生命へ通ずる道は,神の真理の御言葉に従つて歩むことです。イエスは,マタイ伝 7章13,14節(口語)でこう申して居ります ―『狭い門を入つて行きなさい。亡びに通ずる門は大きく,その道は広いから,それを通つて行く者は多い。生命に到る門は狭く,その路はせばめられているから,それを見出す者は少い。』

12 我々は生命へ通ずる道を,どの様にして発見出来ますか? 我々は教会に加わらなければなりませんか?

12 それ故,これは容易な仕事でありません。然し,若し我々が神の御言葉の言つて居る事を先ず学び,その書にある事を学び,どの道を選ぶべきかを学び,それを追い求めるならば,我々にもその仕事が出来るのです。我々は,あらゆる意味に於いて,純粋のクリスチャンとなる様に力めなければなりません。これは,我々が,キリスト教国の教会制度に加わらなければならない,という意味でしようか? さて,御自分で問いただして下さい ― 我らに模範をのこし,その模範に従つて生命を得る様にと教えた方,イエスキリストは,当時に於いて何かの教会制度に加わつたでしようか? まこと神はその様なことをしなさいとは要求して居ません。反つて,神は,彼を拝し,御国の善い便りを宣教し,キリスト教徒となり,イエスののこした模範にしたがい,エホバ神に対する不屈の献身的生活をおくり,神を讃美し,神の至上権を敬い,我らを敬虔から離れさせようとするあらゆる誘惑を斥け,信仰をもつて耐え忍ぶ様にと要求して居ります。我々は,正しい道を示してくれる聖書を有して居ます。人が永遠の生命を得る為に,教会の会員となることは確かに不要であります。―ヨハネ 3:16-18; 17:3。

牧師の失敗

13 キリスト教国の指導者間に,現在一般的にどんな状態が存しますか?

13 宗教的指導者達は,彼らがアメリカ人を『キリスト教徒化』するのに失敗したとという事を認めて居ます。彼らは全世界に於いても,それ以上のことは出来ませんでした。全世界を通じて,人口が増加して居るにも拘らず,教会の出席者は少いのです。人々は牧師への信頼を失いつつあります。何故でしょう? とあなた方は尋ねることでしよう。牧師自身が非難されるのです。宗教は,神を代表すると主張して居ます。それなら,牧師は,誠実という分野に於いても,正しい率先者となるべきです。彼らは,神を清く礼拝する事を教えるべきです。キリストは,我らの模範であると同時に,彼らの模範でもあります。常に,終始一貫した音信,即ち神の御言葉である聖書と一致した音信があるべきです。これに関しても,キリストは我らの模範であり,彼らの模範でもあります。イエスは,神の御言葉と一致して絶えず宣教し,常に聖書の真理を支持しました。然し,牧師は何を為したでしよう? 彼らの記録はどうでしよう? 一階級として,彼らは聖なる信頼に対する誠実を破りました。若し,彼らが神の奉仕者であると主張するのなら,彼らは神の御言葉の言つて居る事を宣教し,神に従うべきであります。(ロマ 6:16)然し,彼らの教えて居る物は何でしよう?

14,15 牧師達は,彼らの教えによって,彼らがエホバに対する誠実を保たなかったという事を,如何に表明したか?

14 彼らは,聖書真理に反する多くの教理を教えて居ます。彼らは,人々に,火の燃ゆる地獄にある永劫の苦悩の場所を教えて居るのです。それを信じようが信じまいが,聖書はその様な物を教えて居ません。彼らのうち,或者は,煉獄を教えて居ますが,これは異教の思想で,聖書に記されても居ないことです。彼らは,人々をそそのかして,三つの同等な神が一つになつて居ることを信じさせようとして居ます。然し,聖書は,エホバが最高至上者であり,キリストイエスは,エホバと同等でなく,その御子であると申して居ます。彼らは,異教徒の如く,偶像をつかいます。彼らは,諸国民の君主の,聖なる権利を宣言します。この事は,今日の独裁君主でさえも,神の許可を得,神の任命を受けたという意味にとれます。現代に於いては,一般に認められた或傾向があります。そして,牧師はそれに従い悪魔など全く居ないと教えて居ます。彼らは,悪魔など架空なものだとさえ言い,悪魔を信ずることは時代後れだと申します。この点に関して,大英百科辞典(第9版,英文)は次の様に言つて居ます。即ち,若し多少なりとも悪魔を信じて居るならば,それは『キリスト教会のどんな派に於いても,非常に疑問な確信で保たれて居る』。そして,アメリカ百科辞典(1942年版)第9巻38頁には次の様にあります『現代の傾向は,悪魔そのものを,初期神話の一部と考えることである。』この様に,聖書が明らかに教えて居る事を信じなくなつたことは,キリスト教国の宗教的指導者の責任です。

15 牧師の多くは,イエスキリストの贖の犠牲を信じて居ません。多くの者は地球はやがて燃え去り,地球上の全生物は破滅してしまう,と教えて居ます。彼らの或者は,進化論さえ教えて居り,聖書の教えて居る創造説などかえりみません。彼らの音信は,互に矛盾し,混乱して居ります。神の御言葉に関して,彼らがどう感じて居るかを示す,第一流の声明は,1952年5月29日,(英国)ブラドフォードの司教が声明したものであります。スコットランド,アバディーンのプレス・エンド・ジャナル誌の1952年5月30日号は次の様に報道しました。『昨日の司教会議で,ブラッドフォードの司教は「我々は地獄の思想を放棄した。そして恐らく架空な場所であろうが,望ましい物として以外は,天国を信ずることも出来なくなつた」と言明した。』これが,英国教会の司教に外ならないのです。

16 今や,英国では,宗教に対するどんな態度が表明されて居ますか? 何故?

16 ブラッドフォードの司教の声明を読んだ時予期した通り,我々は,英国の教会が非常に悪い状態にあることを見出します。ロンドンの週刊誌であるエヴリボディズ誌は,英国教会の有様について語り,(1952年5月17日号)『英国の教会は死なんとして居るか?』という記事を載せて居ます。これは,英国のあらゆる教会の危険な状態に言及し,英国の国民中,どこかの教会と交つて居る者は,僅か10%内外の者であることを示して居ます。そして無神経で無頓着なことを引用して,ラウントリとラァヴェスの発行した「英国生活と余暇」という一般報告に言及して居ます。そして次の如く引用して居ます。『英国教会と自由教会内に於ける宗教奉仕者を嫌う傾向が,余りに広範囲に及んで居るので,それは反牧師主義と言う外ない。』次いで,その記事は,教会出席者の減退理由に関する,ヨークの大司教の意見を引用して居ます。この大司教は聖書を信じて居ない有名な作家の破壊的批評論と精神分析論の所為にして居ます。彼は代理の神つまり,マモンの神(財神),富を求める神が居ると言つて居ます。更に民主々義は人を神にし,独裁主義は国家を神にして居ると言つて居ます。又,彼は戦争がその原因であるとも言つて居ます。作家ジョード氏はヨークの大司教の分析を評して次の様に言つて居ます。

『戦争中の教会の成績は,一般の人々に対しては教会の不名誉の為非常に貢献した。これは大司教が考えて居る以上である。戦争が起ると,国の色々な教会は,戦争する国民の中へまき込まれてしまう。説教壇はアマチュア新兵補充所にあてられ,司教が鉄砲を祝する。これらの事が,平和の君の名に於いてなされて居る。しかるにその平和の君は,暴力を棄て,追従者達に互に愛し合う様命じた方である……。

『さて,これらはすべて極く自然であろう……然し,熱い激情が過ぎると,国民は再び平和になり,教会は,その宗教宣教,平和の宗教の宣教が,望み通り真剣に受け容れられることを期待できない。

『……それは,人々に,国家の持つて居ない何を与えなければならないのだろう?』

17,18 アメリカの或牧師達は,エホバに対する誠実の欠乏を,如何に表明したか説明して下さい。

17 アメリカに於いても,牧師達は,聖パトリック礼拝堂の管理者であるジョセフ・エフ・フランネリィ司教補が,朝鮮紛争について語つた様な声明を,公然と発表して居ます ―『疑いもなく,我々自身の罪の為に,この新しい懲戒が我らにのぞんだのである。』(ニューヨーク・タイムス紙,7月24日,1950年)この様にして,彼らは,神が斯る戦争をもたらすのだ,と説明しようとします。若し,フランネリィ司教の考が正しいとするならば,人々は,共産主義者を神の御手にある道具と見なさなければなりません。

18 数週間後,その同じ説教壇で正反対のことが言われました。即ち,戦争は,もはや神の懲戒として歎かれることなく,反つて神よりの祝福である,と宣言されました。1950年9月11日号ニューヨーク・タイムス誌から引用します。『昨日,聖パトリク礼拝堂に於いて,自分の息子が兵役義務の為に召集されて悲しむ親達は次の様な話を聞いた。即ち,戦死することは,「天国」を満たす為の,神の計画の一部に外ならないと言い聞かされたのである。そして彼〔ダブルユー・チィ・グリーン主教〕は次の様に続けた ―「これは常に考えられるべきものではない。然し,自分の子供を神へお返しする為,神のお召とあらば何時如何なる所でも,又如何なる環境のもとにあつても,喜んで自分の力の及ぶ限りのことをすることは,キリスト教徒としての親の第一の務である。」』若し戦争が,天国を満たす為の神の御計画の一部であるならば,何故平和を維持して,神のその御計画を妨げ,天国を満たさないのですか? グリーン氏の意見と一致する声明は,聖書の何処にも見あたりません。朝鮮戦乱は,神よりの祝福ではないし,又天国を満たす為の,神の御計画の一部でもありません。この様な宣教の型は,悪魔サタンによつて世にもたらされた悪の為に,全能の神を責めるのです。そして,神に対する誠実を完全に欠いて居ることを表明して居ます。

19 一般の牧師は,どんな行動と,態度とによつて,神のお悦びを得るのに失格しまか?

19 大部分の人々を把握して,その人々を満足させておく為に,牧師達はすべての人を喜ばせようとして居ます ― 政府を喜ばせ,一般の人を喜ばせ,実業家を喜ばせ,労働者を喜ばせ,すべての人を喜ばせようとして居ます。彼らは,聖書の言つて居ることなどにおかまいなく,その時自分に都合の良いことなら何でも喋べるのです。然し,彼らは,その様な事をして居ては決して神に喜ばれないでしよう。又,真剣なキリスト教徒男女の喜びも受け得ないでしよう。まこと,我々は,牧師が此の世の欠くべからざる部分になりきつて居ることを知ります。今日のキリスト教国に於ける既成宗教は,サタン支配下の此の世の一部分となりきつて居る為に,聖書の教えて居る清い礼拝の,明白な道へ足を向ける決意も才能も持ち合わせて居ません。彼らは,政治家や世論の圧迫が加わる時,思いなやみます。彼らは,神に対する完全な信頼を示して居ません。彼らは,若し物質的に利を得る立場に立つなら,進んで誰とでも妥協するかに見えます。東ヨーロッパに於ける,カトリック教会,ルーテル教会,正教会等の記録を見てごらんなさい。彼らは無神共産主義に対して堅固に耐えることが出来ません。圧迫を受けると,彼らは共産主義的計画と共に歩むことに同意し,説教壇から共産主義の布教すら敢てするのです。そして,共産主義者と協力するという協定に署名するのです。若しそうしないならば,自分達の教会は閉鎖されてしまうと考えて居るのです。それより寧ろ閉鎖された方がましです。1952年8月17日,ワシントンの国務省は,共産主義政府が『青年を捕え,又あらゆる宗教を撲滅させようとして教会を国家に釘づけして居る』戦略の調査書を発行しました。それはこう申して居ます ―『「この目的は,ルーマニア,アルバニア,ハンガリに於いて部分的に達成されて来た。チェコスロヴァキアに於いては,その方向に向つて或程度の進歩が見られて来た。ポーランドに於いては,政府はそれほど成功しなかつた……」

『その調査書は,言つた ―「教会制度が,国家の管理にうつされた時,僧侶の地位は,上から下に至るまで,国家か或は国家の認めた制度によつて任命されるのである」

『「共産主義に対する忠誠と友好とを証明した僧侶のみが,撰ばれる機会を有して居る。説教や講演の題材,及び教区民に関する他の活動等は,屢々国家が之を供給して居る。」』― ボストン・ポゥスト・1952年,8月18日号。

妥協しない人々

20 神の本当の奉仕者達は,誠実を保っ為に,異ったどんなコースを歩みますか?

20 本当のキリスト教徒は,前記の様な人々と何と違うのでしよう。エホバの証者達は,東ヨーロッパに於けるあらゆる共産国に於いて,禁ぜられて居ます。独裁君主の前に屈して,人類の希望として共産主義を布教する様なことは,彼らは絶対にしません。彼らは,神の清い礼拝を固く守り通します。政治家達はエホバの証者を追放し,あなた方は神に仕えてはならない,神への誠実を保つてはならない,と言うかも知れません。然しエホバの証者は,少しも恐れず確固と立ち,神よりの停止命令がない限り,何時までも,全能の神の御国を,世界唯一の希望として宣教しつづけるでしよう。独裁君主の意志が,エホバ神の御意より重んぜられることは絶対にあり得ません。独裁君主が,本当のキリスト教徒制度を汚そうとする時,神の奉仕者達は,完全にそれを斥け,たとえ地下工作によつてしなければならないにしても,絶えず聖書からの真理を宣教しつづけるでしよう。それは,正義の為の闘を意味します。そして,我々は,世界支配に関する大論争が解決さるべき時であるこの現在,その闘があると考ます。クリスチャン各々の誠実は徹底的に験されて居るのです。―黙示 14:6-12。

21 エホバの証者が,正義の為にその様な確固たる立場をとることは,どの様にして可能ですか?

21 エホバの証者はどうしてその様な立場がとれるのだろうとお尋ねになるかも知れません。それは,ただ真理の正しい知識を持ち,エホバ神に対する強い信仰を保ち,エホバの助けを受けることによつてのみ可能です。あの大論争を認識して居ない世の人々は,苦しい時には便宜な手段をとるべきだと論じ,事態が苦しければ神にも許されるだろう,と言うかも知れません。だが,その様な論を支持する聖句がどこにありますか? キリストは,験された時,神の原則に関して妥協しましたか? 彼の使徒達,或は彼以前に生存した忠信者達は,妥協したでしようか? 否!と答えます。今日の本当のクリスチャんも,キリストと同様に,誠実な道を歩みます。彼らは,生命を愛し,生命の授与者に対して忠節を尽くしたいと願つて居ります。

22 我々は,若し妥協するならば,永遠の生命を獲得できますか? 我々は何をしなければなりませんか?

22 誠実の為の此の闘に於いて,イエスキリストは,千里眼的見解を首唱し,自分勝手な利益や,試煉の時の助けを得ようなどと近視眼的妥協はしませんでした。『もしあなたの手または足が,あなたに罪を犯させるならば,切つてすててしまいなさい。両手両足があつて永遠の火に投げ込まれるよりは,片手片足で生命に入つた方がましである。もしあなたの目があなたに罪を犯させるならば,抜出して捨ててしまいなさい。両眼があつて地獄<ゲヘナ>の火に投げこまれるよりは,片目で生命に入つた方がましである。』(マタイ 18:8-10,口語)イエスがここで,説明して居るこは,たとえ,目とか手の様に大切なものであつても,誠実を失うよりか,それら物質的損失をした方がまだましである,という事なのです。今は,我々が物事を正しく評価すべき時です。今は,我々の生活中で,常に神を第一に重んずべき時であります。我らの誠実を損わせようとするあらゆる努力を斥けなければなりません。そしてそれらの努力がたとえ倫理を無視した富の提供によつて為されようと,或は残酷な痛々しい迫害によつて為されようと,我々は決してそれらの努力に屈服すべきでありません。

23 我々はこの堕落した世に於いて,どうしたら善い影響を活潑に及ぼせますか?

23 今日に於けるエホバの証者は,彼らの指導者で司令官であるイエス・キリストのもとに,確固と闘かい,誠実を固く保つて居ります。然し,そうするけれども,彼らは完全な内気屋になつたり,修道院の隠遁生活をしたりしません。善意ある人々は,全能の神にかえり,キリストによる神の国にたちかえり,正義を求め,永遠の生命を追い求める様に,今勧告されなければなりません。さもなくば決してその勧告を受けないでしよう。今は,この墜落した世界に於いて,善い影響を活潑に及ぼすべき時であります。我々は,誠実を固く保つことによつて,それが可能なことを他の人々に示します。我々は他の人々も神の奉仕を始めるように励まします。我々は,神に忠節をつくし,善い音信を宣教し,神の至上権を支持することによつて,他の人々が永遠の生命を獲得する様に援助できるのです。今日,キリスト教国に於ける何百万もの人々が,正義を求めて居ります。教会制度内に於ける多くの人々が,希望を求め,道を求めて居ります。我々はその様な人々に援助することが出来ます。我々は彼らに援助しなければなりません。我々は,この終りの時に於いて,あの大論争に関して神を支持しなければなりません。―ロマ 10:13-15。

神の助けと救

24 エホバは,我々がためしを受けても誠実を保ち得る様に助けて下さると,如何に保証して居ますか?

24 今日,エホバの証者は,世界のあらゆる場所で,烈しい試験を受けながらも,誠実を維持して居ります。神の御言葉は,クリスチャン達が,あらゆる試練と誘惑を斥け得る,という事を保証して居ります。何故なら,コリント前書 10章13節にこう記されて居るからです ―『あなた方が出会つた誘惑は,世の常ならぬものではない。神は誠実な方であられる。あなた方を耐えられないような誘惑にあわせ給わないであろう。誘惑には逃道を供えていて下さるであろう。それはあなた方が,それに堪えられるようにするためである。』神は御自分の民をよく知つて居られます。そして神は御自分の民を決して見棄てなさいません。我々は宗教制度が墜落し,世の状態が益々悪化するのを,眼のあたりに見るけれども ― この様な状態はすべて神の御言葉が予言したことであるから,当然予期すべきである ― それだからといつて,神を信ずる者が希望をすてる理由は,一つもありません。エホバは至上者であり,全能の神であるという事を憶えて下さい。エホバの誓い給いし目的は,サタンとサタンの悪い制度すべて,及び地上に悪い行為をもたらしたすべての者を滅すことであります。悪人は,今日今までになかつた程栄えて居る様に見えます。神の絶対無過誤な御言葉はこう申して居ります ―『悪しき者は草のごとくもえいで,不義を行う衆庶はさかゆるとも遂にはとこしえに亡びん。されどエホバよ,汝はとこしえに高き処にましませり。』― 詩 92:7,8。

25 神の正しい御国の統治は,正義を愛し,誠実を保つ者すべてに対して,如何に祝福をもたらしますか?

25 それは,地上に住むすべての人の,あらゆる悩がなくなることを意味します。何故なら,その破滅の時を切り抜ける者は,神の御国に住み,その多くの祝福を享受するのです。イエスは,我々にその時が来るように祈り求めなさい,と教えました。イエスは,神の御国を祈り求めなさい,と教えました。何故なら,その時神の御心が地上に行われるからです。その時にも,瀆職も暴力も,不安も悩みも一切消え去ります。その時には,もはや憎しみも不正も,道徳の墜落も全くなくなります。それらの事は,決して心に想出されません。(黙示 21:1-5)それは正しい統治,神の統治であります。その神権政府は,エホバの至上権と慈みと愛と清さの証拠として固く立つのです。誠実を保つて死に,墓にある忠実な人々も,その統治のもとに,生命へと甦えされます。それ故,誠実を継持する者は,― たとえその為に死んでも ― 永しえの幸福のうちに生きる確信を持つて居ます。そして,多くの者は,この代にあるハルマゲドンの戦を切り抜け,真の歓びと正義と永しえの生命の存する新しい世へ入るのであります。―ヨハネ 5:29。

26 我々は,今何を為すべきですか?

26 今日,我々は,誠実を保てば大いなる報酬があることを知つています。ですから,あなた方もエホバの証者と同じ立場をおとりなさい。神の御言葉を研究し,それに従い,キリスト教国の背教を斥けなさい。完全に,全く,しかも率直にエホバに献身し,どんな理由があろうと,あなたの身のまわりにある誘惑に屈服してはなりません。絶対無過誤の神の御言葉を信じ,それに従いなさい。その御言葉はこう申して居ります ―『直者の端荘は己をみちびき,悖逆者の邪曲は己を亡ぼす。』『実に,こうせよと神はあなたを召されたのである。というのは,キリストはあなた方のために苦しみ,あなた方が彼の足跡を踏んで行くようにと模範を残されたからである。キリストは罪を犯されなかつた。また彼の唇には偽がなかつた。キリストは罵られても,罵り返されなかつた。苦しめられても,荒々しいことを言われなかつた。彼は正しい裁きをなさる方を信頼された。』『来ようとして居る苦しみを恐れるな。見よ,悪魔はお前たちの誰かを投獄し,試みようとして居る。そしてお前たちは十日間苦しむかも知れない。死に至るまで忠実であれ。そうすれば,私はお前に生命の冠を与えよう。』まこと,誠実は生命へ通ずるのです。―箴 11:3。ペテロ前 2:21-23。黙示 2:10,口語。

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